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シリーズ【歴史に学ぶ】出版マスコミ戦国時代の『ライター』生き残りサバイバル「黄金律」とは?
殿堂

シリーズ【歴史に学ぶ】出版マスコミ戦国時代の『ライター』生き残りサバイバル「黄金律」とは?

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シリーズ【歴史に学ぶ】出版マスコミ戦国時代の『ライター』生き残りサバイバル「黄金律」とは?
それぞれの専門分野において、その道一本で食べて行ける人は、ほんの一握りです。

逆にいえば、一応、プロとして名乗れている人であっても、なんらかの副業をすることによって生活を支えていたり、あるいは、自分の意にそぐわない仕事を引き受けたりして、ようやく糊口を凌いでいるのが現状なのです。

そう考えた場合、「ライター」を生業とするという行為は、普通のサラリーマンやフリーターとして生活するよりも、はるかに「困難な道」と言えるでしょう。

時給に換算すれば、コンビニでバイトをしている方が、はるかに効率的であることは、疑うべくもないかもしれません。

そんな「出版マスコミ」の世界でライターが生き残るためにはどのような心構えが必要なのか、今回はそれについての基礎講座講演方式でご紹介します。

「ライター」生き残りのための【黄金律】

まず最初に「ライター」として、クライアントから仕事を請けている以上、「〆切り」からは絶対に逃れられません。

もっとも、「〆切り」は、「ライター」に限らず、クリエイター業界全体の宿命ですので、致し方ないといえるでしょうけれども。

百歩譲って、万が一、たまたま著作が大ヒットしたり、売れっ子作家になったとしても、それはそれで、気楽に喜んでばかりもいられません。

この業界は、使える人のところに鉄砲水のように仕事が押し寄せますので、一旦、そうなったら、文字通り、寝食を忘れて、自分の限界を超える量の仕事を短納期でこなさなければなりません。

そうした量産体制に耐えられるか、どうかが、プロであり続けることの分水嶺となります。

もちろん、早々とそうした状況への対応を見越して、たとえば、自分の影武者として、ゴーストライターを雇って、量産体制を整えている人もいます。

それゆえ、我々、ライターのところにも、回りまわって仕事が舞い込んで来たりしているわけですから、ある意味で、「ワークシェアリング」が出来ているわけですね。

場合によっては、「使えるゴースト」として、「ゴーストライター」でありながら、クライアント
からの執筆依頼が殺到するといった、笑うに笑えない状況すら起こっていたりします。


いずれにしても、そのように仕事が押し寄せる状態の中で、潰れていく人もいれば、才能を使い尽くされた挙句、あっさりと捨てられる人もいます。

「業界の使い捨て消費財」として、ほんの少しの間、ちやほやされた挙句、潰されるか、あるいは、業界が消費しきれないほどの作品やコンテンツを延々と供給し続けるか、まさしく、「喰うか食われるか」の「弱肉強食」の「戦国時代」なのです。

「戦国時代」といえば、ライターや作家という職業は、「軍師」に当たるのではないか?と、私は以前から思っていました。

「軍師」とは、古くは古代中国の『三国志』で有名な「諸葛亮孔明」などが思い浮かぶかもしれませんが、私がイメージしているのは、日本の戦国時代の「三大軍師」と呼ばれる、「山本勘助」・「竹中半兵衛」・「黒田官兵衛」たちです。

彼らは、戦略・戦術を極め、長年培った知識を実戦に応用することにより、自らが仕える主君の天下取りに貢献しました。

「山本勘助」については、敢えて、御説明するまでもないでしょう。

最近では、大河ドラマの主役として注目されていますが、実際はその実在が長年、疑問視されてきたほど、謎に包まれた人物です。

史実としては、武田家の足軽大将という程度の役職だったそうですが、その圧倒的な存在感や活躍ぶりは、武田信玄の武略の要として、『甲陽軍鑑』に詳細に描かれています。

「竹中半兵衛」も、あの織田信長が、秀吉に「三顧の礼」をもって迎えるように命じたほどの天才軍師でしたし、彼の戦略により、秀吉は織田家中で異例のスピード出世を遂げることが出来たわけです。

この「竹中半兵衛」と共に、秀吉の天下取りを支えた、「両兵衛」、あるいは「二兵衛」と称されたのが、「黒田官兵衛」です。

「黒田官兵衛」は、信長に反旗を翻した荒木村重の有岡城に、秀吉の名代として、説得に赴き、逆に捕まって一年以上も土牢の中に幽閉される憂き目を見ました。

その時の後遺症は、脚の関節に障害が残るほどでしたし、何より、幽閉期間には、信長より寝返りを疑われ、人質に差し出していた長男の長政の処刑が命じられたところを、同僚の「竹中半兵衛」が匿って難を逃れたと言いますから、「軍師」の仕事も、単なる智恵袋や軍事顧問に留まらず、命懸けの業務だったといえるでしょう。

もっとも、この「黒田官兵衛」は、早々と家督を倅に譲って、大大名の隠居となっていますから、見方によっては、スタープレイヤーと呼べるかもしれません。

けれども、一般的に戦国大名として、さらには筑前国福岡藩52万3千石の初代藩主として名を残しているのは、やはり、倅の「黒田長政」ですから、「黒田官兵衛」は、生涯を「一軍師」としていきぬいたと言って良いでしょう。

「天下を狙う才能や知識を持ちながら、自らの分を知り、天職を全うする」という、「軍師」の生き様に、私は「ライター」の本分を見る想いがします。

もちろん、ライターや作家として、立派なスタープレイヤーになった人もいれば、その後、政治家やタレント、俳優、映画監督などに転身した才能豊かな人も、大勢います。

おそらく、そうした人たちは、ライターや作家といったクリエイターという才能とは別に、そうしたタレント性やカリスマ性を持ち合わせていたのでしょう。

そうした才能豊かな人は、自然と機会にも恵まれ、自分からは特に何もしなくても、世に出ていくものです。
ある意味で、世の中が放っておかないということなのでしょう。

そんな才能や運に恵まれた人のことはさておき、私がここで目を向けておきたいのはこの記事を読んでいただいた「ライター」(志望含む)の方々です。

「ライター」という職業が、収入的にも雇用契約的にも非常に不安定で、かつ、多くの勉強や資料収集、さらには取材などのフットワークまで要求される一方で、長時間、机やパソコンに向かい合うことを強いられる、ハードな職業であることは、今更申し上げるまでもないでしょう。

己の才覚一つで、文章を紡ぐことにより、収入を得ようと思えば、まさしく、戦国時代の「軍師」が味わったような辛酸を舐めなければなりません。

私の知り合いでも、多くの仲間たちが度重なる労苦のために精神に変調を来したり、椅子に座り過ぎて、脚の健康を害したり、痔を患ったり、視力の著しい低下などに見舞われたりしています。

さきほどの戦国時代の「軍師」たちも、梅毒に冒されつつ、天寿をまっとうした「黒田官兵衛」は例外として、基本的にはほとんど長生きは出来ませんでした。

「竹中半兵衛」は、36歳の若さで、秀吉の三木城攻めの陣中にて病死しています。
しかも、わざわざ病をおして、静養中の京都から参陣して陣中死しているのです。

「山本勘助」に至っては、第四次「川中島の合戦」の際に、自らが「軍師」として、信玄に進言した「きつつき戦法」を上杉軍に読まれたことの責任を感じて、合戦の中で壮絶な討ち死にをしているのです。

まさに、生涯を戦場で完結することこそが、「軍師」の務めであるかのように。

この恐るべきプロ意識こそ、「知的生産者」の生き方の鏡だと私は思います。
ライターや作家といった仕事は、実際には戦国時代の「軍師」ほど、壮絶な生き方を強いられるわけではありません。

しかし、自らの経験や発想、情報収集力を武器に、ブレーンとしてクライアントの為に、己の持つすべての力を発揮するという仕事の基本姿勢は、十分に「軍師」に通じるものがあると思います。

それゆえ、一つ、確実にいえることは、現代のクリエイターといえども、やはり、並大抵の仕事ではなく、これを生業とすることは、文字通り、「筆舌に尽くし難い」ほどの艱難辛苦が待ち受けているという現実に対する覚悟が必要だということです。

それでも「ライター」になりたい、成功したいと思うのであれば、私は敢えて止めません。
なぜなら、それはある意味で、非常に贅沢な職業選択なのかもしれないからです。

「とても食べてはいけないことは、判っている。それでも、文章を書くのが好きだから、これを生業としてやっていきたいんだ。」

ライターや作家を志す諸氏からは、このような力強い言葉が聞こえてきそうです。

何を隠そう、かつての私がそうでした。

私の周囲にいた、若い仲間たちも、みな、同じ気持ちでした。

基本的に、「モノを書く」ことにより、自分の価値観や思想、美意識などを表現することで、収入を得ることほど、素敵な職業はこの世に存在しないと思っています。

けれども、実際には出版マスコミ業界を志望しながら、厳しい現実の前に、夢破れて、郷里に帰った仲間もいます。

「ゴーストライター」といった日陰の仕事や、人目を憚るような仕事をしながら、それでも、「書くこと」や「創造すること」が好きで、頑張っている仲間もいます。

たとえば、映画が好きであったり、翻訳が好きであっても、全員が全員、ロードショー館で上映されるハリウッド大作の字幕スーパーを書いているわけではないのです。

仲間の1人は、誰も見ないような外国の3流ポルノ映画の、どうでもいい会話のセリフをせっせと訳して、黙々と字幕をつけています。
こういう仕事があってこその、「翻訳家」であり、「字幕翻訳者」なのです。

それでも、彼は「好きなことをして、食べていけているんだから。」と、不平の一つも言わずに、毎日、せっせとスタジオに通っています。

同じく、「作詞家」志望の仲間のいる世界には、彼女と同じように、売れない「作曲家」や、チャンスに恵まれない「歌手」、ヒットさせることが出来ない「プロデューサー」たちがゴロゴロいます。

そうした人たちの多くは、必ず、副業を持っており、収入的にはどちらが本業であるのかは、一目瞭然なのですが、あくまでも本人たちは、自分のやりたい仕事が「本業」だと言い張っています。

おそらく、そうしたプライドを持って、自分を支えていなければ、とても、夢や理想だけでは、やっていけない現実の厳しさがあるのでしょう。

まさしく、「勝てば官軍」であり、「結果がすべて」なのは、現代のクリエイターも、戦国時代の「軍師」も同じなのです。

頼りになるのは、自分の中で培ってきた経験や独自のノウハウ、さらには、人脈やめぐり合わせといった「運」を味方につける実力だけなのです。

そうした、敢えて厳しい世界に挑戦し、自分の可能性を信じて、自分の好きなことを生業とする生き方を貫こうという、現代のライターという名の「軍師」たちを私は心から応援しております。


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著者プロフィール
 Pride of the Japanese

国際ボディガード歴20年。世界を飛び回るSharetubeトップキュレーターの一人。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」