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起死回生のアイデアは「絶望」の中でこそ生まれる。人間にはその力があるのだ。 #自己啓発シリーズ

起死回生のアイデアは「絶望」の中でこそ生まれる。人間にはその力があるのだ。 #自己啓発シリーズ

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起死回生のアイデアは「絶望」の中でこそ生まれる。人間にはその力があるのだ。 #自己啓発シリーズ
 「親のいない子は、どうやって生きていったらいいんでしょうか」

 取材で出会った、今や日本でも有数の健康産業会社T社・田中社長の寂しげな表情を思い出すとき、この言葉がいつも浮かぶ。彼のように十歳にならないうちに父母を失った人にとって、人生の味気なさは想像の及ぶところではない。

 親戚の援助でようやく高校を出してもらった18歳の田中氏には、絶望だけがあった。
当時「もう、この世の一切は諦めた。もし来世というものがあるなら、そこで楽しい日々を送ろう。来世に良い日々がくるように、ただそれだけを目標に、この世で徳を積もう」と考えていたという。身震いするほどの寂しさである。

 だが、絶望にも一得がある。

それは絶望に徹すれば、時代ごとにクルクル変わる世間の価値観から、完全に遮断できることだ。

「こうすることが現代人の生きる道」「この会社がいい会社」「大学に行けぬ者は落伍する」など、我々の周囲には世間の価値観が網の目のように張り巡らされている。

考えてみると、自分の人生を生き切るには、未熟であっても「自分の考えを通す」しかないのだが、幼い頃から我々の心に叩き込まれた世間への気兼ねが、なかなかそうはさせてくれない。

ただ「絶望した」者だけが、世間の価値観から解き放たれ、自分の本当の道を見出させ、進ませてくれる。世間から脱落していく恐ろしさに、身震いするほどのツライ数年間を忍耐できればだが・・。

 田中氏は、高卒後、神田で果物店を始め、一日十五時間働いて三年が過ぎた。だが、心の空しさは埋められない。そこで店を処分し、アメリカに渡る。安いアパートメントに住み、ブラブラと街を見て歩く日々。だが、どんな絶望感も逃げずに付き合っていると、疫病神がスーッと離れるように、心から去る時がきた。

 「絶望が去っていくと、今度は色々な事に興味が出てきました。当時のアメリカでは貧富・年齢の差はなく、みんな一緒にスポーツをしている姿を見て、これだと感じました。つまり、健康産業に着目したわけです」

 よみがえった感受性が真っ先にとらえたこの健康産業に、彼は賭けた。

 帰国するや知人友人を口説いて、日本最初の民間アスレティッククラブを駅前に作った。

 そして、米国のスポーツ器具会社から「健康ベルト」「マッサージ機」などを輸入販売したところ、大ヒット。

 ついに彼は絶望から這い上がり、健康産業の世界で、自分らしさを取り戻したのだ。「人間、どんな絶望・ハンデも跳ね返す力が眠っているんですね。」彼はそうつぶやき、笑った。

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著者プロフィール
 Pride of the Japanese

国際ボディガード歴20年。世界を飛び回るSharetubeトップキュレーターの一人。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」