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「ハイ」という返事の重みを知るべき。フリーライター歴20年の私がひよっこライターに思う事はそれだ。 #自己啓発シリーズ

「ハイ」という返事の重みを知るべき。フリーライター歴20年の私がひよっこライターに思う事はそれだ。 #自己啓発シリーズ

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Update date:2018年03月24日
「ハイ」という返事の重みを知るべき。フリーライター歴20年の私がひよっこライターに思う事はそれだ。 #自己啓発シリーズ

「プロでありたい」とする自分自身の誇り。

 勤め人時代と脱サラ後で根本的に違うのは何だろう。収入や労働時間、精神状態など異なる点は多いが、仕事に関しての根本的な違いは「ハイ」の重みだろう。

 つまり、どんな業種であれ、独立してからの「ハイ」は金鉄の重みがあるのである。

 むろん、勤め人でも「ハイ」は重大だ。「キミ、この仕事を明日までに!」「ハイ」。そして翌日になって「だめでした。すみません」では、やはり彼の評価は下がってしまう。だが、だからといって、別にクビや懲戒の対象になるわけではないから、「致命的」なものではない。

 しかし、脱サラ後は違う。その業種は何であれ、ある注文を受けて「ハイ、承知しました」と相手方に伝えたとしよう。その段階から「ハイ」の持つ重さは大変なものになる。

 私の経験から「フリーライター」の例をとってみよう。注文はこんな感じで入って来る。

 「×月〇日までに、独立開業で成功しているケースを写真入で5ケース。ペラ(200字詰原稿用紙)五十枚、宜しくお願いします」というように。そして「ハイ」と答えた途端、もう投げ出す事も引き返す事もできない道が始まるのだ。

 ストや交通事故、自分の病気や肉親の不幸、それすら「ハイ」の重みを覆すことはできない。そして早速仕事にとりかかるが、多くの場合決まって難渋するのである。大都会を歩き回り、聞き回っても対象を発見できないことがある。そしてついに「締切」の時を迎える。

 こうなると心臓はドキドキ、胃はキューンと痛み、眩暈がする。―そんな状態に見舞われると人に会うのがイヤになる。だが取材を続けなければならない。

 真夜中の一時過ぎ、すっかり人通りも途絶えた都会をうろついて取材に当たっていると、身も心も切られる思いである。が、そうした労苦の末に取材がようやく完了となる。

 明け方の薄明かりの中で、さっきまで悩んでいた身体的症状がスーッと消えてなくなっているのだ。(どうやら責任は果たした・・)そんな思いだけが残る。こんなことを繰り返しているのがフリーライターとしての体験なのだが、それもひとえに「ハイ」の重みにあるといえよう。

 時になぜ、こんなにも肉体や精神をキズだらけにして頑張るのかと、自分ながら考え込むことがある。「仕事をシクジったら、そのあとの注文がこなくなるからでしょう?」という人もいるだろう。

 むろん、それも一つの理由である。が、それ以上の理由は「プロでありたい」とする自分自身の誇りのためだ。ささやかな、とるに足らぬ仕事であっても約束した以上は絶対にやり遂げる」ということによって自分の存在意義を認める、プロ意識である。

 先輩ライターにS氏がいる。このライターから、骨身に徹する教えを受けた事がある。ある出版社から電話が急にあった。「佐々山さんが急病で時間が無い。ピンチヒッターを頼む」というのだ。急いで出社して打ち合わせている途中、なんと本人がヨロヨロと入ってきた。顔面蒼白、腹部を押えながら「病院から抜け出てきた。自分の責任分はやりますから・・」と申し出たのだ。

  その姿を見て、私は「ハイ」の重みを心から知ったのである。

 〆切も、依頼もない好きな時に書くだけの、いまの気楽な「まとめライター」に、このことが理解できるだろうか。





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著者プロフィール
 Pride of the Japanese

現役キュレーターの中でトップのアクセス数を誇るSharetuber。世界を飛び回る国際ボディガード歴20年。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」