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事例インタヴューで学ぶ「独立開業」のススメ。『誰かの役に立つ充実感』味わいたくないですか? #ノウハウ  #ビジネスリポート

事例インタヴューで学ぶ「独立開業」のススメ。『誰かの役に立つ充実感』味わいたくないですか? #ノウハウ  #ビジネスリポート

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事例インタヴューで学ぶ「独立開業」のススメ。『誰かの役に立つ充実感』味わいたくないですか? #ノウハウ  #ビジネスリポート
リストラの急増で、世の中の会社員は今、選択を迫られている。
「独立転職現状維持か」・・現実の狭間で揺れるそんな人たちに、今あえて「独立のススメ」を問いたい。
現在、独立して成功を収めている人たちの体験に触れ、そこにはどんな「成功の秘訣」が存在するのかを見てみよう。
それを知ることで、きっとあなたも「独立って難しいことじゃないんだ」と気づくはずだから。

「誰かの役に立つ充実感」は独立で味わえる

「自分を活かす本当の仕事って何だろう?」・・この悩みは、誰でも一度や二度ぶつかるものだろう。「自分の本来の仕事が分からず、心に染まらぬ仕事を続けている」事を深刻に思う人も多い。しかし、これらの人は、「独立」というプロセスを経て、その悩みから脱却する事もまた、多いのである。その為の方法論をまとめたのがこの特集である。

 日本経済は「平成不況」の真っ只中。中小企業だけでなく、大手企業の大型リストラも横行し、終身雇用という形は、幻想となって久しい。今は否応無しに、「会社の人間=集団」を離れた「一人の人間=個」として、誰もが「自力」で生きていく術を持つ必要が出てきたといえる。

「企業から追われる独立」・「わが道を志す独立」・・・どんな形の独立でも、成功する条件は共通している。それは「誰かの役に立つ充実感を持てる仕事をする」という事である。今回の事例に登場する三名の方も、電話で取材に応じてくれた方も、独立した理由は様々であったが、みな究極的には「世の中に貢献」しているという一点に、深い充実感・達成感を味わっているのだ。独立を継続していく・成功させていくためのヒントはきっと、そんなところに隠されているのではないだろうか。

独立事例集

ここでは三名の独立開業者の事例を紹介しよう。彼らの独立までの過し方・独立後の考え方は三人三様だが、ただ一つ共通することは前述したように、「世の中の誰かの役に立つことの喜び」を知っているという事である。そこに独立成功の一番重要なポイントがあると思うのだ。

■ 「成功の秘訣は、人が面倒くさがることをやること」

 株式会社ユーアイディ 北村勝利氏

 東京都渋谷区にある株式会社ユーディアイ(代表取締役社長・北村勝利氏)は、独自の不動産情報サービスで飛躍的に成長を遂げた会社。同社が扱う情報は主に建設予定の物件情報を建築業者に提供するサービスで、そのニーズはますます高まっている。
そんな同社の北村社長は、元美容師という意外な経歴の持ち主。福岡の工業高校を卒業後、ただかっこいいという理由から美容師の道を選び、二年間働いた。しかし、「お金にならない」という理由と「事業家への憧れ」から美容師を辞めて上京した。
「金も学歴のない自分がまず食べていくためには、必要とされる技術を身に付けることが優先だと考えました。そこで、今一番必要とされているのはマーケティングだと直感し、新聞配達をしながらマーケティングを教えてくれる専門学校に3年間通ったのです」と語る北村氏。この期間が自らの下積時代だと振り返る。
専門学校卒業後、いくつかの会社を転々としながら不動産会社に行き着いた同氏だが、ある建設現場の前を通りかかった時、完成日や施主などが書かれてある『お知らせ看板』を一生懸命写している内装業者や工務店の営業マンの姿を見かけた。
「その時、あの看板には業者が必要とする情報が詰まっているんだと直感し、この情報を集めて売れば世の中の役にたてるなって確信しました」とは北村氏。早速、会社を辞め、不動産情報サービスを開業する。まずは情報収集だと、バイクにまたがり、一日中、山手線内を走り周り、看板を見つけては書き写して、オリジナルの雑誌にして販売した。それには、すぐに顧客がつき、現在では、1億円のビジネスにまで成長している。
「信用も金もない若者が成功するには、世の中が必要としていて人が面倒くさがることをやるしかないんです」と語る北村氏の睡眠時間は4時間。夜中の2時まで働く日々が今も続いている。
「次に何がやりたいかは、自分の心に耳をすませば聞こえてくるでしょう」
世の中が求めている事を察知し、人がやらないことをいち早くやる。常に自分なりのアンテナを張り巡らせている同氏の情熱と行動力は、原始的なスピリットでもある〝健全な野心〟に裏付けられているようだ。

「サラリーマン時代に味わえなかった醍醐味がある」

        オールマイティパソコンスクール板橋大山教室 星野俊明氏
 
 一流企業を定年前に退職し、フランチャイズで独立を成功させた実例を紹介しよう。
 東京都板橋区で「オールマイティパソコンスクール板橋大山教室」を設立した星野俊明氏は「もともとサラリーマンだけが人生じゃない」と考え、独立に踏み切った49歳である。早稲田大学卒業後、大手電機メーカーに就職し、その後、一流外資系医療機器メーカーに転職。医療機器の製品企画という花形的ポジションで順風満帆に歩んでいたにも関わらず、2000年3月に退社した。
「もともと独立志向が高かったんです。今のビジネスに飛びついたのは、かつての会社の同僚や近所の主婦、中高年の間でパソコンを使いたいが使えないという人があまりにも多かったからです。皆、人には聞きづらいし、資格を売り物にした大手のスクールには行きたくないという悩みを持っていましたから、そんな人の為になんとかしようと、そして、これを新しいビジネスとして始めたいと思ったのです」。そう語る星野氏は迷うことなく独立開業のターゲットを「パソコンスクール」に絞る。とはいえ、星野氏自身はパソコンを人に教えられるほどの技術はない。成功する秘訣は、優れた経営ノウハウに信頼が置けるフランチャイズビジネスだと確信。独立系の雑誌を見て、幾つかのパソコンスクールのフランチャイズをピックアップした同氏は、オーナー一人でも経営できる優れたソフトと学習法で実績のある「オールマイティ」に決めた。
現在、板橋区のマンションの1階部分を借り、〝超初心者向け〟のパソコン教室を開業中で、受講者数も六十数名になっている。受講者の平均年齢は男性54歳、女性48歳。最高齢者は85歳と高年齢者がほとんどだが、さらに技術を向上させたいというOLもいる。開業して約半年を経て、経営も安定してきた。
「さまざまな人と接しお役に立てる事で、サラリーマン時代に味わえなかった醍醐味を感じています」星野氏はこの仕事を通じて出会ういろんな世代の人とふれあいことが楽しいと言う。
定年を間直に控えて独立を果たした星野氏は、元一流企業サラリーマンという意識は全くない。マンションの一室で毎日、多くの受講生とふれあう日々にサラリーマン時代以上の充実感をかみしめているのだ。

「失敗も勉強。体一つで世間を歩いているという喜びがある」

                   有限会社ベリッシモ 清水良二氏
 
東京都渋谷区でイタリアの輸入食材でオンラインショップを経営している有限会社ベリッシモ(代表・清水良二氏)。現在、人気も上々で、新たにイタリア雑貨などの卸しや小売りも計画しており、順調に軌道に載っている。
同社代表の清水氏はいわゆる脱サラ組。婦人小物販売会社の店舗開発部門で働いていた同氏は、上司からの信用も厚く、自分自身も仕事にやりがいを感じていた。しかし、その反面、にわかに「違和感も感じていた」という。
「代表的な同族経営で何を決めるのにもトップの意見が求められ、稟議書もいる。社内的なもどかしさは常に感じていました」と語る清水氏。同族経営がゆえにいくら頑張っても役員止まり。すでにゴールの見えている将来につまらなさを感じ始めていた。そんな時、商品の仕入れで行ったイタリアで、同行したフリー通訳者の言葉に触発される。
「五感を超えた第六感まで使い、自分の力だけで誰かの為に仕事が出来ることは素晴らしいですよ」。そう話した通訳者の生き生きとした姿に、羨ましさを感じたという。「会社に勤めていたら、そんな実感は到底持てないだろう」そう考えた清水氏は独立を決意。立ち上げる事業は、仕事で何度も訪れている大好きなイタリアの文化を、日本に広めることだ。しかし、販売先のメドがまったく立たっておらず、会社の上司にも強く引き止められた。清水氏は正直悩んだが、自分の力だけでやりたいという気持ちが勝り、独立を決行。
現在、自ら惚れ込んで仕入れた超高級バルサミコ「トラッディツィオナーレバルサミコ」など、日本ではあまり知られていない良品を続々と輸入販売し、着実に注文が増やしている。
「好きな仕事を自分の采配で実行するという楽しさがあり、会社に勤めていた時より自由に仕事が出来る喜びを噛みしめています。朝、起きてから眠るまでの一日のスケジュールを全て自分で決定できることが何よりもうれしいですね」
年収は未だサラリーマン時代より少ないと笑う清水氏だが、「お客様が喜んでくれる姿が嬉しい。そんなお金には変えられない生き甲斐を手に入れたことが最大の幸せ」だと言う。独立すればサラリーマン時代のように、自分がミスをしても上司が何とかしてくれるという訳にはいかない。失敗も自分の責任である。だが、そんな不安を清水氏はこんな言葉で一蹴した。
「実際に独立したら、失敗も勉強になるので嬉しいです。体一つで世間を歩いているという喜びがあるんです」と嬉々として語る。
その笑顔は、独立開業者としての厳しさも実感し、サラリーマン時代以上に自己管理を徹底させている努力と自信を内包していた。

「独立成功の秘訣」とは

  この特集では、世に多く出回る「独立成功=金儲け」という図式に拘らず、これまで一貫して「独立成功=誰かの役に立つ」事にこだわり続けてきた。
読者の中には「“儲かる仕事”が載っている本を読んで、その中から手っ取り早く選んだ方が成功しやすいんじゃ・・」という疑問を持たれた人もいるだろう。だが、多くの独立成功のケースを調べてみたり、今回の事例に登場した人たちに聞いてみて、はっきりしたことは「自分だけの責任で誰かの役に立ち、やりがいを感じたい」という意見が非常に多かったという事なのである。
そう考えると「儲かりそうな仕事を・・」という理由だけで仕事を選んだ人は、予期に反する状態(儲からない)が訪れた場合、まずもたないだろう。理由はひとつ。その仕事を「金儲け」としてしか考えていないからである。「儲かれば何でもいい」というスタンスで経営しているからである。ところが、「自分の力で世の中のために何ができるのか」をジックリ考えてスタートした人の場合、当初数年間に訪れるであろう、色々なつらい状況になんとか耐えられるのだ。そして最後には、独立成功という名の「見事な花」を咲かせているのである。
 最後に「誰かの役に立つ」ためのポイントとなる「独立成功の秘訣」を、「独立成功十か条」として以下のようにまとめてみた。前項の独立成功体験事例と共に、多くの北海道在住の独立開業者への電話取材で見えてきた「成功のポイント」である。この十か条を、あなた自身の現在に当てはめながら、「独立」の夢をいつか是非叶えて欲しいと思う。

「独立成功十か条」

①	まず、自分のタイプ、適性をじっくり見極めよう
会社という組織の中で本領を発揮できずに悩む人にこそ、実は独立適格者が多い。会社を辞め、仲間から外れ、ひとり「はぐれ鳥」となっても孤独に耐えられる人なら素質十分である。
②	体力と粘りに自信がある
自力で稼ぐ独立後の世界では、前歴や学歴はモノをいわない。実力を支えるのは一に体力、二に粘りで、これこそ成功者の必須条件である。
③	勤めている時の二倍働こう
独立後の平均労働時間は一日12時間、週休二日制や有給休暇など縁がないから、確実に勤め人の二倍は働いているのが殆どの独立成功者の現実である。
④	過去を振り切り、世間体を捨てよう
元一流大企業という意識を捨てきれない人ほど「独立失敗物語」の主人公になりやすい。見栄や外聞にとらわれず、心をハダカにする―それでこそ独立人としての強さ、しぶとさが身に付くのである。
⑤ 自らUターンの退路を絶とう
独立者に暖かい励ましの言葉など無用。問題退社・訳あり退社、大いに結構。「この道しかないのだ」としがみつく意地が成功への頼もしい原動力となる。
⑥	目標を絞ろう
目標はハッキリ意識しているものほど、達成されやすい。あれもこれもと中途半端な夢ばかり膨らむ独立は、必ず失敗する。「多角化」には失敗がつきものである。
⑦	会社員を馬鹿にしない
「会社員は楽して給料・ボーナスもらえていいねぇ」―こんな不用意な言葉を吐く感覚の人は、失敗する人が多い。地道な会社員に暖かい尊敬の眼を向けられないようでは客の心はつかめない。かつての会社への怨念は心の奥にしまうことだ。
⑧	シンプルライフをめざそう
自ら厳しい道を選択した以上、独立開業者は色々なものを捨てる事を迫られる。趣味・友人付き合い・ギャンブル・・どんどん捨てていくと、最後にどうしても捨てられないものが残る。例えば、愛する家族・親友・・・その、かけがえのないものだけをしっかり守って邁進すれば、必ず道は開けるだろう。
⑨	時代の方向を見誤らないようにしよう
社会の激しい変化に伴って、職業や商品もどんどん変わり続ける。新商売、有望業種・・「一味違う」新発想が常に要求される。第一線の感覚だけは失ってはならない。アンテナを張り巡らせておく努力は惜しまないことだ。
⑩	自分自身にこそ賭けよう
独立とは結局、「自分自身に賭ける」ことに他ならない。サラリーマン時代は「自分の選んだ会社に賭ける」人生だった。土日にギャンブル三昧だろうと、会社という「乗合バス」は目的地(定年)に向かって確実に私たちを運んでくれた。しかし終身雇用が期待できない今、そんな甘えた人生を捨てる勇気も必要だ。これからは「自分自身が賭ける対象」になるのだ。

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著者プロフィール
◆Pride of the Japanese◆

現役キュレーターの中でトップのアクセス数を誇るSharetuber。世界を飛び回る国際ボディガード歴20年。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」