• follow us in feedly
scroll_icon
shuffle_button
旧約聖書を読み解く『アダムとイブ』の愛のカタチとは? 【創世記】超・入門 #ノアの箱船

旧約聖書を読み解く『アダムとイブ』の愛のカタチとは? 【創世記】超・入門 #ノアの箱船

Posted date:
旧約聖書を読み解く『アダムとイブ』の愛のカタチとは? 【創世記】超・入門 #ノアの箱船
聖書の中で、私たちの太祖とされるアダムとイブは、万能の神を悩ませるキッカケを創りだした張本人であるが、その彼らの出生に関しても、様々な『』があるのはご存知だっただろうか。

例えば人間を創る際、神は「われわれにかたどって人を造り」と伝えているが、「われわれ」というからには、神は他にもいっぱいいたのか? 「かたどった」とは姿を似せたのか? などなど。

これには様々な説があり、とても紹介しきれない。ひとまず「われわれ」については、神が先に「知恵」を創造して「知恵」と伴に人を創った、という説を例示しておく(箴言第八章から解釈)。

また「かたどった」のも、姿ではなく、神と同様の自由と、広大無辺な精神世界を似せた、という説をお勧めする。なぜなら、この先の物語にある「神と人間の悩み」を考えたとき、この考えに立つとイメージが膨らんで楽しめるからである。

今回は旧約聖書から「創世記」の一部分である「アダムとイブ」の物語と「ノアの方舟(箱船)」を解説してみたいと思う。

<創世記第三章>

旧約聖書が他の宗教と決定的に違ったのが、「アダム」は「アダマ土の塵)」から創られたことである。当時の宗教は、人間は「神の身体の一部から創られた」という親近感を持っていたのに、エホバはそれをひっくり返して「わたしとお前たちは全く違うんだよ」とモーセに教えたことになる。エホバはどうして当時の人々の感情を逆撫でばかりするのか? そんなスリリングな推理を味わうこともできる。
さて、ようやく人間をお創りになった神は、作業の終わりに「良し」とは言わなかった。
「……神は彼らを祝福して言われた。『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ』」
そして全ての調整が終わると「それは、はなはだ良かった」と、思わず感激の言葉を残している。人間の創造を終えた時の神の喜び、そして安堵が伝わってくる、なかなか感動的な一節である。

≪禁断の果実の物語≫

アダムとイブに、「お互いに向き合って」「大地を管理し」「子孫を育む」という使命を与えた。
この楽園時代のアダムとイブに子どもはない。その暮らしぶりから察するに、身体は大人であったが、心は未成熟で無垢な子どものそれであった、と解釈されている。

そんなイブの下に、あの有名なヘビがニョロニョロとやってくる。イブを「誘惑」する目的を胸に秘め、芸術的なセンスをもって、まんまとイブをその気にさせた。

結局、イブは禁断の実を食べ、アダムにも分けてやった。このとき『創世記』には面白い事実が描かれている。誘われたアダムは何処に立っていたか? 実はイブの隣である。神は問題が生じたときは「互いに向き合って助け合え」と言っていたのに、である。

この情景は、現代の男女関係にも当てはまるのではないか。「向き合う」ことが欠けた時、往々にして「いい選択」が出来なくなることを如実に示している。思い当たる節はないだろうか?

≪アダムとイブの新生活≫

やがて神に所業がバレてしまうと、アダムとイブは言い訳をした。因みにヘビは本当のことしか言ってないので、言い訳の必要はなかった。結局、神は問題を起こした二人を楽園から追放した。
親元からほっぽり出された二人は途方に暮れた。その後、初めて相手を「知った」。「知る」という「ある行為」をすると、子どもが出来るという事に、だ。

楽園とは違い、様々な困難を目の前に抱えた二人は、初めてお互いの大切さを痛感し、ようやく神に言われた通りに「互いに向き合って知り合い」「子孫をつくり」「仕事」に励んだ。二人はそれで良かったが、今度はその子どもたちが次々と問題を起こすようになる(有名なカインとアベルの物語などが続く)。

やがて神の堪忍袋の緒が切れる。実は切れるまで長い我慢があった。が、それでもキレた。
アダムが930歳で歿し、それからおよそ700年後、神は一大決心をなしてそれを実行した。
アダムとイブの9代目の子孫、「ノア(=休息という意味)」600歳の時だった。

● 「ノア600歳での試練」<創世記第六~九章>

大洪水は実際にあったのだろうか?
今では考古学の立場から、洪水物語の原型とされる古代メソポタミア粘土板ギルガメッシュ叙事詩』が発見されたり、別の観点から紀元前3000年ほどに大洪水があったことが判明している。また少し前、ノアの箱舟の残骸」と思われる遺物が発見され、いまも検証が続けられている。

さて、物語の中では大洪水が起きるが、その原因は、アダム子孫たちの横暴な行動にあった。
「人が地のおもてにふえはじめて、娘たちが彼らに生まれたとき、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった」

実際は、アダムの直系の子孫らが神の子の威光をかさにして、次々と人の娘を奪ったのである。このとき神は、欲望にまみれて救いようのない者を一掃しようと計画した。その一方で、ノアには「世界再建の方法」と「箱船の建造」に関して細かい指示を与えた。

この大役に選ばれたノアという人物は、いったいどんな人だったのか?

ラビらの解釈では、ノアは英雄でも何でもなかった。素朴で実直。少しばかり「愚直」な雰囲気すらある。なにしろ、本当に起こるかどうか解らないのに、誰もやったこともない巨大な船の建造を、文句も言わずに始めている。私たちは後に洪水が起こることを知っているが、ノアと同じ立場だったら、果たしてノアのように振舞うだろうか?

しかしそんなノアも、セム・ハム・ヤペテであり、息子たちは後のセム系民族(メソポタミア)、ハム系民族エジプト)、ヤペテ民族ギリシア)の父となる。ノアの凄いところは船の建造にも見れる。箱舟の規模については、『長さ300キュビット、幅50キュビット、高さ30キュビット(1キュビット=およそ50センチ)』とされており、メートル法に換算すれば、長さ150メートル、幅25メートル、高さ15メートルという大きさになる(およそ1500名の収容能力が見込まれている)。ノアは120年の年月をかけて大洪水の準備をしているから驚きだ。

聖書の面白さは、預言者が神の言葉を鵜呑みにしないところにもある。ノアも、雨が降り始めると、「どうかなあ? 本当に洪水は起きるのかなあ?」と戸惑いながら、ひっきりなしに箱船の中を出たり入ったりする。読んでいる方も、思わずドキドキしてしまう情景が描かれている。

やがて本降りになると、雨は40日間降り続く。この「40」という数字は「」と伴に、聖書では鍵になる数字である。「40」は物事の徹底を意味し、「7」は完全を意味する。覚えておくと便利だ。

≪様々なカップルを乗せた箱舟≫

さて、様々な生き物のカップルを乗せた箱船は、5,000メートル級のアララテ山トルコ東北部)に漂着する。神が起こした大洪水の凄まじさを物語る一節である。
そのノアの箱船には、なかなか珍妙なカップルが同船していた。

大雨の前、ノアの下に<ウソ>がやってきて、「わたしも乗せて下さいな」と頼み込んだ。だがノアは「カップルじゃないと……」と言って乗せなかった。しばらくして、<ウソ>は独り者の<不幸>を見つけた。<ウソ>が「カップルになって一緒に船に乗ろう」と誘うと、<不幸>は「カップルになったら、あたしに何をくれるの?」とじらした。<ウソ>は嘘で稼いだ多くの財産を与えることを約束して、どうにか<不幸>とカップルとなり、ノアの箱船に乗り込むことに成功する。

やがて箱舟がアララテ山に漂着し、地表を覆っていた大水がすっかり引くと、<ウソ>と<不幸>は他の生き物たちと一緒に船を下りた。

「さぁ、新しい生活の始まりだ。……ところで、オレたちの財産はどこ?」

<ウソ>がそう言うと、<不幸>は「あなた、なにを言ってるの?」と呆れ果てた。
「財産を全部なくすのが、あたしの仕事よ」
これ以降、この世界では<ウソ>と<不幸>は必ずセットでやってくる。ウソがお金を生めば、不幸が取る』

有名なユダヤ格言の誕生である。

この記事が気に入ったら

いいね!しよう

Sharetubeの最新記事をお届けします

著者プロフィール
 Pride of the Japanese

国際ボディガード歴20年。世界を飛び回るSharetubeトップキュレーターの一人。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」