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神と人間の『大いなる悩みの時代』多難を極めた『一神教』確立について考察する #ユダヤ #キリスト

神と人間の『大いなる悩みの時代』多難を極めた『一神教』確立について考察する #ユダヤ #キリスト

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Update date:2018年04月12日
神と人間の『大いなる悩みの時代』多難を極めた『一神教』確立について考察する #ユダヤ #キリスト
古代ユダヤ人の前に、突然その存在を現したエホバ。厳格な教えと強大な力で民を導こうとするが、非情な世界に生きる人々は見向きもしない。激動の渦中で、『神』と『ユダヤの民』の関係は悪化の一途を辿り、度重なる苛烈な試練と困難が続く。だが、『民』ばかりでなく『神』もまた深く苦しむことで、やがて意外な形で新しい『希望』が見い出された。その勇壮かつ壮大な歴史的物語の原点を手繰る。

● 「ユダヤの大いなる悩み」<総論部>

紀元前2000年ごろ、75歳のアブラム老人は神の声を聞いた。
「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地へ歩け」
「それから、わたしはお前を大きな国民にしよう。それから、わたしはあなたを祝福し、あなたの名前を大いならしめよう」
ユダヤの祖アブラムは、75歳というシルバーエイジ真っ只中にもかかわらず、この神の言葉を信頼し、家族を連れて約束の地へと向かった。
ユダヤ人の放浪は、この時から始まったとも思える。

ところがアブラムの子孫らは、祝福されるはずの約束の地を、幾度も追い払われることになる。挙句にユダヤ戦争後には、完全にエルサレムから追い払われ、世界中に四散することになった。
いまもなお数奇な運命を辿り続けるユダヤの民は、いったいどんな過去を持つ民族なのか。

旧約聖書編纂当時の歴史的背景と、『神と契約した特異な民』という視点から探ってみる。

≪ディアスポラ≫

ディアスポラ』とは“四散の民”とも訳されるが、世界中に散り散りにされたユダヤ教徒を指す。
「どうもこの者たちは、一ヶ所に集まっているとロクなことをしない」
そう神は嘆かれ、ユダヤの民に幾度も試練を与えている。

アダムからノア、そしてアブラムの時代まで、人々は多くの過ちを繰り返しては神の逆鱗に触れた。その後も時代を経るにつれ、王や司祭などの権力者たちは搾取・詐欺・暗殺・快楽に明け暮れ、、祖先が神と結んだ『契約』を守ろうとはしなかった。

呆れ返った神は、アブラムの子孫モーセをして、彼に「細かな教育書<十戒>」を与えた。「自分で考えなさい」という時代は終わり、「ここに詳しく書いておいたから、これだけやってなさい」となった。ところがそれでも多くの人々は理解しようともせず、露骨に煙たがった。

人々の生活で「慈愛」「共存」「神への畏敬」は失われてゆき、都合の良いもの、刹那的な快楽ばかりが求められ、信奉する神もエホバではなく、温和で奔放な古代の多神教を好んだ。

そもそも、トーラーモーセ五書)が編纂されたという紀元前8世紀ごろから、社会構造の中心が宗教的な儀式から市場経済へと変化する。また度重なる戦乱で、為政者たちが次々と顔を変えてゆく中、異文化交流が盛んになり、人々の視野が大きく広がった。いろんな楽しみを知った人間が、エホバの厳しい律法にまみれた生活を求めるはずもない。堕落は止め処なく広がってゆく。

神は、日々地上で行われる「人を人とも思わぬ行為」に激怒する。きっと誰が神でも、多分同じ怒りを覚えるだろう。誰だって、慈しんで育てていた動物が、互いに傷つけ合っているのを見たら、深い悲しみと憤りを感じるものだ。そんな時、私たちは争う動物たちを別々にするだろう……。

● 「エホバの神は人気がなかった」

 ユダヤの思想や歴史を紐解くのであるから、まずは彼らの『神の歴史』について触れておく。

当時の人々は、古代バビロニアから続く多神教を崇拝していた。『創世記』の項でもご紹介した通り、神々は人間の遠い親戚筋であり、口やかましいことは何も言わない。ただ、生け贄を捧げないと機嫌が悪くなり、意地悪をしたりするので、儀式は欠かさずに行っていた。その儀式も、人々の快楽の表象と密接に繋がっており、なかなか気持ち良さそうな秘儀が盛んに行われていたようである。だから進んで止めるはずがない。退屈は、いつの時代も人類の宿敵である(当時、仕事は奴隷がやっていたことから、「市民」には有り余るほどの時間があった)。

一方エホバは、アブラム時代から頻繁に祭壇が設けられたものの、儀式そのものに一貫性・連続性がなかった。信者たちは厳しい律法を背負い、その日常生活は実に窮屈そうに見えた。

例えば、ギリシヤイスラエルの地を治めた時、ユダヤ教の独創的な考え方は、たちまち市民の中で大人気となった。ギリシア市民はこぞってユダヤ教の集会所に行列をつくったが、トーラー(律法)の遵守だけは上手く逃がれた(後のローマ時代も同じ風潮が見られる)。

また、紀元前600年代のユダヤ王国マナセ王アモン王ですら、エホバ信仰の傍ら、古いカナンの神々を崇拝し、多神教の神殿を新築・改築していた。

エホバの説く「慈愛の精神」は、道徳性に富み、知識階級のみならず一般受けするものだったが、言うのとやるのとでは全く違う。人々はなんとなく「いいなぁ。素敵だなぁ」と感銘を受けるが、日常生活での実践については、どうも面倒くさくってイヤだったのである。

≪人気がないのは魅力がないから?≫

当時のエホバは『エジプト』に見られるように、エジプトで奴隷生活に苦しんでいたユダヤ人を助ける「戦いの神」としてイメージされていた。「豊饒」や「平和」を懇願する人々は、それぞれバアル神アシェラ神などを崇拝する。多神教が支配的だった時代だから当然の成り行きである。
また先にも述べた通り、エホバの教えは非常にストイックであり、当時の市場経済や異文化交流で華やいだ生活とは相容れられなかった。時の為政者ですら、「全部を守っていたら堪ったものではない」と、他の神々に逃げていたほどである。

そしてエホバは決してその姿を見せない。見せるのはカヴォード(いわゆる「後光」のようなもの)だけ。しかも預言者に言葉を授ける時は、大抵「お前たちを全ての罪のゆえに罰する」という恐ろしい預言ばかり。「便りのないのは良い知らせ」とは、正にこの時代のための言葉だろう。

度重なる戦乱や混乱に見舞われたユダヤの民は、望むと望まざるとを問わず、広大な中東世界で離合集散を繰り返すことになる。その悲劇的な運命について、エホバは自分がユダヤに与えた「試練」だと説明した。ユダヤの民らは、幾ら自分たちが享楽に溺れていたにせよ、助けるどころか災いばかりを齎す神を、どうして信奉などできるものか、と考えた。

その結果、多くのユダヤ人たちは、エホバの存在を横目でチラチラと睨みながらも、自分たちの『希望』は、別の神々の信仰のなかで育み続けていた。

● 「神の挑戦のはじまり」

エホバは預言者モーセをして、奴隷だったユダヤ人を解放し、カナンの地へ導いてやった。そしてユダヤの民を守り、その繁栄を約束する傍ら、ユダヤの民と『契約』を交わした。
「あなたには、わたしをおいて他に神があってはならない」などの<十戒>を授け、トーラー律法)の内容を遵守するように求めた。これを守っている以上、神は天地創造以来の『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ』という『祝福』の実行を確約したことになっている。
ところが、大多数の人々は、窮屈で理解不能なエホバの言葉を疎みすらして、『契約』の履行を怠ってゆく。その『契約』の内容とは、いわゆる<社会的正義の履行>だった。

≪預言者らの苦悩≫

なかなか『契約』を実行しないユダヤの民に、エホバは特定の人間をとっ捕まえては「どこそこへ行き、わたしの言葉を伝えなさい」と注文をつけた。多くの預言者たちは、こぞって「勘弁してください。わたしじゃとてもムリですよ」とイヤがっている。

イヤがる理由は、のメッセージが曖昧で難解この上なく、あのモーセですら、「わたしはもともと弁が立つほうではありません…」と拒否している(この時、神は仕方なく別の者に語らせることを許している。他の預言者には「いいから頼んだよ」と無理強いをしているが…)。

神は、時には預言者をして『神とユダヤとの関係』を演出することもあった。ホセアの場合、神は彼に娼婦と結婚せよと命じた。つまり神は、ホセアの結婚を「信頼関係が破壊された神とユダヤの関係」を人々にイメージさせようとしたのだ。「娼婦」とは、エホバを信じず、いつまでもいろいろな神々と宜しくやっているユダヤの民を指した。

このように、神は時折、かなり手の込んだ『演出家』になったりする。
しかしながら、そんな預言者を姿を見た人々は「アイツは何を言ってるだ。ちょっとオカシイんじゃないのか?」と取り合わなかった。神や預言者らの様々な広報活動は、失敗の連続だった。

≪創世記の中の試練≫

自発的な改善がムリだと解った段階で、神は自ら手を下す。ユダヤディアスポラは、すでに創世記時代から始まっていたのである。
思えばアダムとイブ楽園追放も、彼らが言い訳をして、自ら悔い改めることをしなかったので、家(楽園)からおっぽり出される羽目になった。

ノアの時代には、一番強烈な「諸悪の一掃」という方法が取られた。
しかしこの時、あの万能で冷徹にも見える神が、深い悲しみと自省の念を抱いた。
「人が心に思い図ることは、幼いときから悪いとはいえ、私はもはや二度と人のゆえに地を呪わない。私はこのたびしたように、全ての生き物を撃つことを二度と繰り返さない……」
万能の神ですら、謙虚さを態度で示した。ところがノアの子孫たちは、「さあ、町と塔を建てて、その頂を天に届かせよう」と、せっせと『バベルの塔』の建設に着手した。

神は、思わず込み上げる怒りをグッと抑えた。恐らく、相当頭に来ていたのは間違いない。このとき神は、人々の「言葉(コミュニケーション)」を壊してしまうことで、見事にバベルの塔を崩壊させた。塔の上部でレンガを積み上げる者が「早く持ってこい!」と言えば、レンガを持っていた者が「レンガを捨てろ!」と勘違いする。これでは人間にはなす術もない。この後、バベルの塔は見事に瓦解し、人々は再び散り散りになった。

それ以降、神は問題が起こるたびに最悪の状況になるまで待ち、手を下した後に様子を見ることにしている。手を出すにしても、大惨事になるようなことは自制し続けた。

ところがユダヤの民は、神と祖先の契約を守るどころか、「国家が」「文化が」と称して、神や隣人をないがしろにし続けた。。
神は大英断のもと、遂にユダヤの王国を潰すことを決意する。

≪バビロニア捕囚時代≫

紀元前10世紀ごろ、イスラエルの地はダビデ王ソロモン王の下で華やかな繁栄の時代を迎える。一方で、イスラエルの民は戦争と絶滅の淵に立たされる事になった。預言者イザヤの時代である。モーセの神は「勝利の神」であったが、イザヤの神は「悲しみの神」であった。

「牛は飼い主を知り、ロバは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエルは何も知らず、わが民は何も理解しない」
紀元前922年、イスラエルの地は「北王国イスラエル」「南王国ユダ」に分裂した。それから200年後、神はイザヤに預言した。「イスラエルはアッシリア人に滅ぼされる」。紀元前722年、北王国イスラエルはアッシリア人に蹂躙され、10の部族がバビロニアに連れ去られてしまった。そして紀元前586年には南王国ユダもバビロニアに滅ぼされ、多くのユダヤ人たちは土地を失い、四散した(バビロン捕囚時代)。

神は堕落したユダヤの民を更正させるべく、アッシリア人を利用したことになっている。その傍ら、「後にアッシリア人も滅ぶであろう」と伝え、ユダヤの民に一筋の光明を残した。

やがてその預言は実現し、バビロニアはペルシャ王に征服されると、ユダヤの民は解放された。だがその多くが旧バビロニアの勢力圏内に留まり、42,360人だけが故郷への辛い旅に出た。
ユダヤの民は、中東世界に分散したのである。だが、事はそれだけでは済まなかった……。

●「王国の崩壊~ユダヤ戦争~」

≪第一次ユダヤ戦争(紀元66~70)

 過酷なユダヤの歴史を決定づける戦いが、遂にその幕を開けた。
紀元6年ごろ、イスラエルの地はローマ帝国の支配下に置かれた。様々な紆余曲折が続き、紀元60年ごろになるとローマ帝国の支配に対する不満が一気に高まった。「シカリオリ(短剣党)」なる地下運動が組織され、反ローマ帝国運動に参加しない者を片っ端から暗殺するという、とんでもない暗黒時代を迎えた。

そして紀元66年、遂に事件は起こった。
この年、ユダヤ総督であるフロルスが、エルサレム神殿の宝物庫からお宝を拝借してしまった。これには、さして不満もない市民たちも怒り狂い、エルサレムの街に暴動が発生した。フロルス
総督はこの暴動を鎮圧し、多くのユダヤ人を十字架刑に処したが、これがいけなかった。
遂にユダヤの民は大規模な武装蜂起を決意し、第一次ユダヤ戦争が勃発した。

これに対しローマ当局は、シリア総督ガルルスに鎮圧を命じ、ガルルスは第十二軍団を中心とする軍隊をエルサレムに送り込んだ。ところが、驚くべきことに、エルサレムの民はこれを見事に追い払うことに成功した。

見事初戦で大勝を納めたユダヤ社会は、交戦派が主流になったが、内部では指導権を巡ってすったもんだに明け暮れた。それが原因で弱体化の一途を辿り、やがて自滅してゆくことになる。
紀元70年春、ローマ軍がエルサレムに総攻撃をかけ、夏には神殿が炎上し、秋にはエルサレムが陥落した。

その後、反乱軍の一部は岩山に囲まれた「マサダの砦」に立てこもり、2年間の長きに亘ってローマ軍と戦い続けた。その戦いは、実に悲惨な最期で幕を下した。砦に立てこもっていた960人のうち、二人の女性と五人の子どもを残し、その他全員が自決した……。

この砦は現存し、国家独立のシンボルとなっている。イスラエル軍新兵は、ここで国家への忠誠を宣誓することになっている。

≪第二次ユダヤ戦争(紀元132~135)≫

紀元132年、ユダヤの民は再びローマの圧制に蜂起する。今度はバル・コホバを指導者として反乱軍を組織したが、結局第一次ユダヤ戦争の時より悲惨な結果に終わってしまう。

ユダヤ人の扱いに苦慮したローマ当局は、戦後、エルサレムの地をローマ風に改築してしまう。
全てのユダヤ人をこの地から追い払い、「ユダヤ」という名を剥奪し、居住も禁止した(違反者は死刑に処せられた)完全に故郷を失ったユダヤ人は、世界中に四散させられ、あちこちで迫害の憂き目にあう。
ここで古代イスラエルの歴史は終焉を迎え、国を持たぬ民が放浪を続けることになったのである。

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著者プロフィール
 Pride of the Japanese

現役キュレーターの中でトップのアクセス数を誇るSharetuber。世界を飛び回る国際ボディガード歴20年。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」