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【社会問題特集】買わずにいられない!「買い物依存症」の現実を取材してきました。 #知ってる? #一人称独白

【社会問題特集】買わずにいられない!「買い物依存症」の現実を取材してきました。 #知ってる? #一人称独白

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【社会問題特集】買わずにいられない!「買い物依存症」の現実を取材してきました。 #知ってる? #一人称独白
 二人の子供が寝静まった夜更け、家計簿を見つめながら不意に泣きそうになります。実際、涙がこぼれて止まらなくなったことも、何度もありました。もうやめよう、やめなくちゃいけない、単身赴任中の夫にバレたらどんなに怒られるかわからない、こんなことをしていたらいつかは破滅してしまう。だからやめなくちゃと、自分に言い聞かせるのです。
 朝になって着替えをしようとクローゼットを開けます。するとそこには箱に入ったまま一度も使ったことのないブランド物のバッグや毛皮のコートが、びっしりと詰まっているのが目に入ります。何でこんなバカなことをしているのだろう。。

そう、自分でも無駄なことをしているのはよくわかっているのです。。

「買い物依存症」の現実

 そう思う気持ちの一方で、私の頭の中には、前の日にデパートで見かけたブランド物の服の影がちらついているのです。あれ、やっぱり買っておけば良かった、今日行って売り切れていたらどうしよう、と。一度気になりだすと矢も盾もたまらなくなります。そして、上の子の愛美を幼稚園に送って行った後、下の子を連れてデパートに出かけてしまうのです。

 私は、幼かった頃に特にものに不自由した記憶はありません。二人の兄の下にようやく生まれた女の子だった私は、父にとてもかわいがられていました。弁護士の父は忙しく、いつも家にいなかったような気がしますが、たまに一緒に出かけると、私が欲しいと言うものは何でも買ってくれました。物だけではなく、習い事のピアノも水泳も、私がやってみたいといえば一も二もなく賛成し、すぐに習わせてくれました。

 父の口癖は、
「これからの時代は、女だからって家のことだけができれば良いという訳じゃない。お前も、しっかり勉強して、社会に出られるような人間になれ」

でした。そして兄たちだけでなく私にも、中学に入ると家庭教師をつけてくれて、お陰で私は有名大学の付属高校に無事入学することができました。その後、一番上の兄は父にならって弁護士になり、下の兄は名の知れた一流企業に就職しました。

 私は一流とまでは行きませんが、そこそこ大手の会社に、その頃は花形と言われていた総合職として就職することができました。バブルははじけて景気は下降気味ではありましたけど、まだ余韻は残っていて、それほど就職難という時代でもありませんでした。その会社で出会ったのが、今の夫です。

 私と夫は、六年前に結婚しました。結婚してからも働くことには夫も賛成してくれていたので、しばらくはそのまま働き続けていましたが、じきに愛美を妊娠して、それを機会に私は退職しました。
 同じ頃、私たちは郊外に一軒家を買いました。まだ生まれてもいなかった上の子の誕生祝と称して、父が頭金を払ってくれました。それでも三十年のローンです。けれど、生まれてくる子供のためと思えば、そんなに苦ではないような気がしました。

愛美がニ歳になった頃に、下の子の雄也を妊娠、出産。夫はあるプロジェクトを任されて成功させ、係長から課長になりました。世間ではリストラだの給料カットだのと騒がれていたのに、夫の会社はそれほど深刻でもなかったようで、思えばその頃が一番幸せだったのではないでしょうか。

 転機が訪れたのは、上の子が幼稚園に入園する春でした。

愛美は、特に幼児教室に通わせて勉強をさせたわけでもないのに賢いところがあり、試しに受けた大学付属の幼稚園に運良く受かって、春からの通園が決まっていました。あとから考えると、愛美の実力もあったでしょうが、夫が有名企業の課長クラス、うちの父が弁護士で、義父も大手企業の役員をやっているという家庭環境も、合否を左右したように思います。でもその時は思いもかけず入園できた、という気持ちで私は有頂天になっていました。

それが、三月に入っていきなりの、夫の転勤命令。転勤先は東京からはるか離れた大阪で、待遇は支店長。いずれは東京本社に戻ってきて部長に、という、栄転であるはずの転勤命令でした。本来なら家族みんなで大阪に行くべきだったのでしょう。でも、買ってまだ数年のマイホームに、入園の決まっている幼稚園。結局、夫は単身赴任をすることになったのです。

あわただしく準備を進めて夫が大阪に発ってから、二人の子供と取り残された私は、急に心細さを感じました。それは、愛美が幼稚園に通うようになってからますます強くなっていきました。

愛美の入園が決まったことで浮かれていた私は、「大学付属の幼稚園」に子供が入ることがどういうことなのか、深く考えてはいませんでした。ところがさすがに、教育ママたちの目指す有名幼稚園、お母さんたちの気合が違います。みんなお金持ちの家の子供たちばかり(中には見栄を張っているだけの人もいるでしょうけど)、送り迎えは運転手つきの車だったり、「お昼でもご一緒に」で行くレストランのランチは三千円を下らなかったりと、見栄やブランドにお金を使うことを好まなかった父に育てられた私には、ついていけない世界でした。

それでも始めのうちは、親同志の世界になじまなければ子供がかわいそうな目にあうかも知れないと、一生懸命彼女たちに合わせようと努力をしました。でもまず、自分の器を無視して子供の教育に血道を上げる彼女たちの話からして、合わせることができませんでした。幸いにも愛美は、親同士のことになどお構いなく、すぐに幼稚園になじんでいったようでした。ほっとした反面、何故か自分の中に満たされないものを感じるようになりました。

それに加えて下の子はわんぱく盛り。少し目を離した隙に、何をしでかすかわかりません。昼間お姉ちゃんがいないのを幸いに、部屋の中を走り回っては散らかし放題にしてみたり、公園に連れていけば近所の女の子の物を取り上げて泣かせたり。いくら怒っても言うことを聞きません。

そんな子供の愚痴をこぼしたくても、それまで子供の年齢が近いからと親しくしていた近所のお母さんは、同じ幼稚園に子供を通わせるお母さん同士で仲良くなって、違う幼稚園に愛美を通わせている私とは、自然に疎遠になっていました。一番わかってくれるはずの夫はそばにいません。たまに電話で話しても、疲れきったような夫の愚痴を聞いているうちに私のほうの話はしにくくなって、口に出すことができません。私のイライラは募るばかりでした。

ある日、とうとう私はイタズラをやめない雄也に手を上げてしまいました。ほんの軽く頬を叩いただけのつもりでしたが、雄也は殺されんばかりの悲鳴を上げ、私の足にしがみついてゴメンナサイ、ゴメンナサイと泣き叫んだのです。その声に我に返った私も、子供に手を上げてしまった自己嫌悪から涙がポロポロこぼれてきました。
その日の午後、車で愛美を幼稚園に迎えに行く途中、私は雄也を連れてデパートに買い物に行きました。叩いてしまったことへのお詫びのつもりで、雄也に好きなものを買ってやろうと思ったのです。彼は前から欲しがっていた電車のおもちゃを手にして、とてもご機嫌でした。ついでに私も、幼稚園の集まりの時に着て行く用に、働いていた時とは違う、ブランド物のスーツを買おうと婦人服売り場に足を運びました。

久しぶりに足を踏み入れる、専門店。店員は愛想よく、雄也の相手をしながらもとっかえひっかえでおしゃれなスーツを私の所へ運んできます。何着か手にしたあとにその中のひとつを取って試着をすると、店員は、
「まぁ!よくお似合いです。顔が明るく見えますよ」
と褒めてくれます。お世辞だとはわかりながらも、自分でも悪くないな、と思ったので、私はそれを買うことに決めました。こっそり値札を見て五万円という金額にびっくり、でも必要なものだからと自分に言い聞かせて、カードで支払いを済ませました。

 デパートを出た後も、少し後ろめたい気持ちはあったものの、私は本当にしばらくぶりにイライラが消えて、すっきりした気分になっていたのをよく覚えています。

 数日経って、私はあのスーツに似合うバッグがないことに気がつきました。せっかく新しくていいスーツがあっても、それに合うバッグがなければ着られない、どうせなら同じブランドでそろえたい。私はまた、デパートの専門店に向かいました。

 お店では、先日とは別の店員がやはり同じように満面の笑顔で相手をしてくれました。次々と目の前に並べられる、上品なバッグ。見れば見るほどどれも欲しくなります。でも、全部というわけには行きません。さんざん悩んだ挙句、その中のひとつに決めました。

「ありがとうございます」
深々とお辞儀をする店員を背に、買ったばかりのバッグを入れた紙袋を持って私は最高の気分でデパートを後にしました。帰り道、車を運転しながら鼻歌を歌っている私を、助手席の雄也が不思議そうな顔をして眺めていました。

 さすがにちょっと使いすぎたかな、来月の支払いが心配だな。夜、独りでベッドに横になった私は少し不安を覚えました。それでも次の日、愛美を幼稚園まで送って行って、他のお母さんたちとなるべく顔を合わせないようにと足早に帰ろうとすると、
「あの人、どうしていつもあんな普段着で来るのかしら」
「きっと、きちんとしたお洋服をお持ちでないのよ」
「いやだわ、学園の質が落ちるから、遠慮して欲しいわよね」
などというひそひそ声が聞こえるような気がして、私だって買えるわよ、バカにしないでよ、と心の中で反発しながら、足は自然にデパートに向かってしまうのです。

 靴、あのスーツに似合う靴が欲しい。そして私は靴売り場に行きます。正直に言えば、うちには働いていた時の靴がいくつもあったし、買ったスーツに合わせられるようなものもありました。でも新しい靴を買わなくてはいけない、そんな気がして、店員に勧められおだてられるままに、私はヒールが低めの、上品な革靴を購入しました。

 箱を大事に抱えて車に乗りこむ頃には、朝幼稚園で感じた劣等感など、どこ吹く風です。胸を張って颯爽と家路につくことができるのです。

 それからというもの、幼稚園の帰りにデパートに寄るのが日課のようになりました。何かの用があって寄って来られないと、その日一日そのことばかりが気になって仕方がありません。

 スーツ、バッグ、靴、アクセサリーと一通りそろえても、私はそれらを身につけて幼稚園に行くことはありませんでした。着ていけば陰口をたたかれなくても済むとは思っても、なぜか着ていく気になれなかったのです。着ないままに、また新しいものを欲しくなるのです。

 回を重ねるうちに、私はあまり売り場で悩まないようになりました。パッと目に付いて、気に入ったものをレジへと持っていく。値段もほとんど見なくなりました。OL時代に作ったクレジットカードは、いつのまにか限度額になっていました。

「お客さま、申し訳ありませんが…」
店員にそれを指摘されると、私はいかにも最初からわかっていたように、
「あら、間違えちゃった、すみません」
と言って、夫のカードを差し出します。幸か不幸か、日本の店員はカードの名義人については無頓着で、家族カードではなくてもなにも言わずにそれで通してくれるのです。

 ひとつの店で買いものを済ませても、まだ何か物足りない気分になることがあります。すると私はさっさと他の店に入り、また同じように目に付いたものをレジまで運びます。そうして私はじつに晴れやかな気分で家に帰り、手に入れたものはそのまま寝室のクローゼットの中にしまい込むのです。
 売り場でのお客さま気分、買い終わった後のなんともいえない爽快感、それを味わってしまった後に残った商品は、私にとってはそれほど重要ではなくなっているのです。

 ある日、私がいつものようにデパートに行き、ガラスのショーケースの中に並んだダイヤを見ていてかわいいリングを見つけ、それを買おうとカードを差し出すと、
「お客さま、すみません、このカードは…」
店員が言いにくそうにカードを返してきました。珍しくカード名義のことを言われたのかと、
「これ、主人のカードなの。私の家族なんだから、いいでしょ?」
と聞くと、店員はさらに困ったような顔をして、
「いえ、違うんです、こちらのほう、限度額が…」
と口ごもりました。まさか、もう夫のカードまで使えなくなっているなんて。私は一瞬頭の中が真っ白になってごまかすこともできず、逃げるようにして売り場から立ち去りました。

 来月の支払いはどんなことになっているだろう、いくつかはボーナス払いにしてあるからなんとかなるだろうか。家に戻る途中、私の頭の中はいずれ来るであろうカードの請求の心配でいっぱいでした。ところが、家に帰って通帳を開いた私は、定期預金にまとまったお金があることに気がついたのです。万が一、月々の給料で払えないような請求がきたとしても、定期を解約すればいい。そのことに気がついて心からほっとしました。

 そうなると今度は、さっき買いそびれた指輪のことが気になって仕方がありません。明日行ってもまだ売れ残っているかどうか、どうしてもっと早く定期のことを思い出さなかったの、カードがダメなら現金で払えばいいじゃない。

 翌日、私はさっそく定期預金を解約しに行きました。結婚前から二人で貯めていたお金は、相当まとまったものになっています。これであの指輪が買える。私は喜び勇んでデパートへと向かいました。果たして、百万に近い値札のつけられた指輪は、昨日の位置にきちんと並べられています。私は銀行から持って来たばかりの封筒から札束を取り出すと、店員が丁寧に枚数を数えているのを最高の気分で眺めていました。

 これだけあればしばらくは何も気にせず買い物ができる、喜び浮かれたのもつかの間、帯で束ねられていたはずのお札はいつのまにかきれいになくなっていました。

 もう、買い物ができない。あれほど頑張って働いて貯めたお金が、もうどこにもない。私の中になんとも言えない、苦い思いが広がって行きました。こんなことを続けていてはいけない。単身赴任で預金通帳を見ることのない夫は、今は全く知らないでいるけれど、いつかはわかってしまうかもしれない、そうしたらなんとごまかせばいいのだろう。私は途方に暮れました。

 やめなくちゃいけない、こんな無駄遣いばかりして、愛美の学費はこれからが本当に多額になっていくのに、貯金を使い果たしてしまっては破滅してしまう。本当にやめよう、もうデパートには絶対に行かない。

 固く固く決心したつもりでした。愛美のため、雄也のため、自分たち家族のため、と何度も自分に言い聞かせて納得できたはずでした。でも、がまんがまんと思えば思うほど、私の中でモヤモヤしたものが大きくなっていくのです。

 モヤモヤは日を追うごとに色濃くなっていき、子供たちがちょっと私の癇に障るようなことをすると、すぐに爆発するようになりました。その度に、いつか雄也の頬をたたいた時のことが思い出されて、自己嫌悪とともに、買い物をした後の最高に幸せな気持ちが、私の中に強い欲望として蘇えるのです。

 そしてついに、私は生まれて初めて消費者金融のカードを作ってしまったのです。良くないことかも知れない、でも子供たちに当り散らすよりはマシだ、と思いました。無人コーナーに行って座り、運転免許証や保険証を機械に請われるままに差し出し、あっけないほど簡単にカードは手元に届きました。

 そうやって次々に作ってしまったカードが、今や財布の中に五枚も入っています。消費者金融の利息、クレジットカードの支払いだけで、お給料の大半が消えてしまいます。もうこれ以上、カードは作れないでしょう。それでも、クレジットカードは返済した分だけ次の月にまた使えるのです。もちろん、大した額は使えません。

 わかってはいても、どうしても、私の足は今日もデパートに向かってしまうのです。。
 

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著者プロフィール
◆Pride of the Japanese◆

現役キュレーターの中でトップのアクセス数を誇るSharetuber。世界を飛び回る国際ボディガード歴20年。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」