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【ニッポン珍バイト百景】アドリブバーテンダーという仕事をやっていましたが、果たしてどんな仕事なのでしょう?

【ニッポン珍バイト百景】アドリブバーテンダーという仕事をやっていましたが、果たしてどんな仕事なのでしょう?

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Update date:2018年05月26日
【ニッポン珍バイト百景】アドリブバーテンダーという仕事をやっていましたが、果たしてどんな仕事なのでしょう?
「発明とは、1%のヒラメキと99%の汗である...。」

これは、言わずと知れた、発明王エジソンの言葉ですが、同じくエジソンは「天才とは1%の霊感(ないし閃き)と99%の努力」とも言っています。

つまり、この「1%のヒラメキ」こそが、「発明」や「天才」を成立させる必要不可欠なエッセンスということでしょう。

さて、この「1%のヒラメキ」が求められる珍バイト関西にありました。
実体験としてご紹介したいと思います。

「アドリブ」バーテンダーとは...

といっても、アルバイトの採用条件として、その才能が求められたわけではなく、いわば、結果として、そうした「ヒラメキ」による発明が求められたということなのですが。

私が20歳になった頃の話です。
大阪のミナミにあるカフェバーに、バーテンダーとして雇われました。

私は、これまでバーテンとしての経験はまったく無かったのですが、映画やドラマで見たカクテル作りに励むバーテンの姿に魅せられ、独学でレシピを勉強しては、自宅でいろいろと作って試していました。

もともと、酒好きだったため、自分で作ったカクテルは全て、最後まで飲み干してしまっていましたので、いつも最後の方は、ヘベレケになりながらの勉強となってしまい、知識もうろ覚えの内容にままでしたが...。

そんな私が、たまたま、求人誌の片隅で見つけたカフェバーのバーテン募集広告にダメもとで応募したところ、バーテン向きの長身も手伝ってか、即採用が決まり、翌日の晩から働くことになりました。

いざ、カウンターの中に立ってみると、これがまた、私が想像していた以上に素敵な職場でした。

若くてキレイな女性が入れ替わり、立ち代り来店し、彼に気に入ってもらおうと、気取りながらも色目を使ってきます。

お客からみれば、カウンターの中で堂々としている私の姿は、若い割りにカクテルを極めたベテランの雰囲気が漂っているように映ったのでしょう。

そんな私ですが、客からの注文が来るたびに、内心、冷や汗ものでした。

客の手前、その場でレシピを開くわけにもいかず、すべて自分の頭の中に叩き込まれているかの風を装いながら、適当に作っていきます。

しかし、そのうち、男性客から頼まれるオーダーは大体、パターンが決まっていることに気がつき、
ほとんど毎日、せいぜい10種類程度のカクテルを作っていれば、プロとして通用してしまうことを
悟ってしまいました。

そうした定番の注文を直球とすると、あとは、変化球として、20種類ほどのカクテルレシピを
覚えれば、ほぼ1年間のうちにオーダーされるカクテルのほとんどは賄えることを知りました。

そうなると、私もだんだんと大胆になってきて、もともと、いい加減だった知識が、さらに適当な
目分量になったり、勝手なアレンジになったりし始めました。

たとえば、その日、たまたまジンが切れていても、その辺にあったウオッカを炭酸で薄めて出したり、ブルーのキュラソーの分量を間違えて、倍入れてやたらと青いカクテルを出したりもしました。

それを飲んだ男性客は、いかにも今、自分が飲んでいるカクテルが正当なレシピであるような顔をして、美味いと言いながら、飲んでいるので。

たまに、他の店で飲みなれている男性客が、いつもの味との違いを指摘してきたりすることもあったのですが、私が平然と
「これが、本来の味なんです。世間の常識の
 方が、いつの間にか変わってしまったのです。」

と言えば、相手を納得していました。

そんな私をオーナーの店長は苦笑いしながら横目で見ていましたが、そのうちに私があまりに適当なアレンジをして、それにいちいち、もっともなウンチクを後付して、客を納得させる才能に注目してくれるようになりました。

私がアドリブで適当に作るレシピを、店長がメモに書き溜めていくうちに、結果的にそれらが、「当店のオリジナルメニュー」になっていきました。

そのため、まるで高座の大喜利のような私のカクテルアレンジは、次第にその店の看板のようになってきたのですが、そのうちに私が飲み過ぎで肝臓を患ったため、アルバイトを辞めてしまいましたが...。

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著者プロフィール
 Pride of the Japanese

国際ボディガード歴20年。世界を飛び回るSharetubeトップキュレーターの一人。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」