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百人一首の歌人まとめ 蝉丸

サムネイル出典:10 蝉丸

百人一首の歌人まとめ 蝉丸

Author:
MATANMATAN
Posted date:
百人一首の歌人まとめ 蝉丸

蝉丸について

せみまる

生没年未詳。

伝記も不明。宇多天皇の皇子敦実親王に仕えた雑色で、琵琶の名手だったといわれるが、確実ではない。
『小倉百人一首』にその歌が収録されていることで知られているが、宇多天皇の皇子敦実親王の雑色、光孝天皇の皇子など諸伝があり、その人物像は不詳。 盲であり琵琶の名手という伝承から、仁明天皇の第四宮人康親王と同一人物という説もある[2]。

出典:蝉丸 - Wikipedia

	
生没年不詳。平安前期の歌人。盲目の琵琶の名手との説があり、敦実親王に仕えたとも、醍醐天皇の第四皇子とも伝えられるものの、詳しい経歴は不明。

出典:小倉百人一首・蝉丸 - 学ぶ・教える.COM

	
平安時代の歌人で、逢坂山に住んでいました。

出典:百人一首全首一覧と意味、解説。小倉百人一首人気和歌ランキ...

	
蝉丸(せみまる)は平安時代初期の人ですが、生まれた年など、詳しいことは分かっていません。『今昔物語』巻二十四によると、蝉丸は宇多天皇の皇子・敦実親王に仕える官位の低い官僚で、のちに逢坂山に住んだと記されています。

出典:百人一首/蝉丸(せみまる)

盲目であったとも言われていますが、和歌に優れると共に、琵琶の名手でもあったと伝えられていて、浄瑠璃や歌舞伎などでも、蝉丸を題材にしたものが伝えられています。

作品について

これやこの行くも帰るも別れては
知るも知らぬもあふ坂の関

上の句「これやこの」

これやこの
ゆくもかへるも
わかれては
しるもしらぬも
あふさかのせき

現代語訳

これが例の、都から離れて行く人も都へ帰る人も、知っている人も知らない人も、出逢いと別れをくり返す逢坂の関なのです。

出典:小倉百人一首・蝉丸 - 学ぶ・教える.COM

	
これがあの、行く人も帰る人も、知る人も知らぬ人も逢っては別れる逢坂の関なのですね。

出典:百人一首全首一覧と意味、解説。小倉百人一首人気和歌ランキ...

	
これがあの、京から出て行く人も帰る人も、知り合いも知らない他人も、皆ここで別れ、そしてここで出会うと言う有名な逢坂の関なのだなあ。

出典:【百人一首講座】これやこの往くもかへるも別れては 知るも知...

	
これがあの有名な、(東国へ)下って行く人も都へ帰る人も、ここで別れてはまたここで会い、知っている人も知らない人も、またここで出会うという逢坂の関なのだなあ。

出典:百人一首/蝉丸(せみまる)

	

文法・語句解説

これやこの

「これ」と「こ」は、いずれも近称の指示代名詞。「や」は、詠嘆の間投助詞。「これやこの」で、「これが例の・噂に聞く」の意。逢坂の関にかかる。

出典:小倉百人一首・蝉丸 - 学ぶ・教える.COM

	
「これがあの噂に聞くあの」というほどの意味です。「や」は詠嘆の間投助詞です。この句は「逢坂の関」にかかります。

出典:【百人一首講座】これやこの往くもかへるも別れては 知るも知...

	

行くも帰るも

「行く」と「帰る」は、いずれも動詞の連体形で準体法。下に「人」を補って訳す。「行く」は「東国へ行く」、「帰る」は「都へ帰る」の意。「も」は、並列の係助詞。

出典:小倉百人一首・蝉丸 - 学ぶ・教える.COM

	
「行く」「帰る」とも連体形なので、「行く人」「帰る人」の意味です。さらにこの場合は、京都から出て行く人と帰ってくる人を意味しています。

出典:【百人一首講座】これやこの往くもかへるも別れては 知るも知...

	

別れては

「は」は、強意の係助詞。「ては」で、動作の反復を表す。「別れ(る)」と「逢(ふ)」がくり返されることを示す。

出典:小倉百人一首・蝉丸 - 学ぶ・教える.COM

	
「ては」は、動作などについての反復(繰り返し)を意味していますので、「別れてはまた逢うを繰り返す」という意味です。

出典:【百人一首講座】これやこの往くもかへるも別れては 知るも知...

	

知るも知らぬも

「知る」は、動詞の連体形、「知らぬ」は、動詞の未然形+打消の助動詞の連体形で、いずれも準体法。下に「人」を補って訳す。

出典:小倉百人一首・蝉丸 - 学ぶ・教える.COM

	
これも連体形で、知人も見知らぬ人も、という意味になります。

出典:【百人一首講座】これやこの往くもかへるも別れては 知るも知...

	

逢坂の関

「あふ」は、「逢ふ」と「逢(坂)」の掛詞。上を受けて「知るも知らぬも逢ふ」という動詞になり、下に続いて「逢坂の関」という地名になる。

出典:小倉百人一首・蝉丸 - 学ぶ・教える.COM

「逢坂の関」は、山城(京都府)と近江(滋賀県)の境にあった関所で、不破(美濃)・鈴鹿(伊勢)とともに三関の一つとされたが、当時の都人にとっては、京と東国とを隔てる身近な難所であり、特別な関所であった。現在、その付近に名神高速道路の「蝉丸トンネル」がある。
逢坂の関は、現在の山城国(現在の京都府)と近江国(滋賀県)の境にあった関所で、この関の東側が東国だとされていました。実は関所は比較的昔になくなったのですが、歌枕としては有名でよく歌に詠まれています。「逢坂」は「逢ふ」の掛詞。

出典:【百人一首講座】これやこの往くもかへるも別れては 知るも知...

	

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著者プロフィール
MATAN