• follow us in feedly
scroll_icon
shuffle_button
【雑学まとめ】日本初のポテトチップスはカルビーのものではない

【雑学まとめ】日本初のポテトチップスはカルビーのものではない

Author:
MATANMATAN
Posted date:
【雑学まとめ】日本初のポテトチップスはカルビーのものではない

はじめに

ポテトチップスとは

ジャガイモを薄切りにして冷水で短時間さらした後、高温の油で軽く色づくまで揚げたもの。それを塩や香辛料で味付けしたスナック菓子のこと。ポテトチップあるいは、クリスプス (Crisps) とも呼ばれる。日本ではポテチ、チップスなどと省略される場合がある。保存が利き、冷めても美味しい。
ジャガイモを薄く切って油で揚げ、塩などで味をつけた食品。

出典:ポテトチップスとは - コトバンク

	
じゃがいものスライスを油で揚げ、それに味付けをした菓子である。分類はスナック菓子。

出典:ポテトチップスとは (ポテトチップスとは) [単語記事] - ニコ...

	

出典:カルビー

ポテトチップスといえば「カルビー」が有名

日本のジャガイモ年間消費量の10%がカルビーによるもの。(24万トン)

このキャラクターの作者は原田治氏。ECCジュニアのイラストで有名です。
日本でポテトチップスといえば、カルビーを思い浮かべる人が多いと思いますが、カルビーが日本で最初ではありません

出典:ポテトチップスはなぜ生まれた?日本でいつ生まれた?ポテト...

	

日本初のポテトチップスはどういう経緯で発売されたの?

調べてみた

きっかけは濱田音四郎という人だった

いまや国民的スナックであるポテトチップスは、アメリカ生まれのスナックですが、これを日本に持ち込んだのは「ポテトチップスの父」と呼ばれる浜田音四朗という人物です。
日本では第二次世界大戦直後、アメリカン・ポテトチップスの社長、浜田音四郎氏が最初に手がけました。

出典:ポテトチップスを考えたのはだれか-雑学倶楽部

	
わが国でのポテトチップス製造の元祖は、浜田音四郎と言う人。彼は明治44(1911)年11月生まれの和歌山県出身。

出典:ジャガイモ博物館、ポテトチップス、George Crum

昭和の初めに外航船の船員になり、ハワイで、ポテトチップスの製造の携わった経験があり、太平洋戦争中には日系人収容所に入れられていたが1946年に帰国した。
日系2世だった浜田さんは戦前にハワイでポテトチップスの製造に関わり、終戦後に日本に移住し、昭和20年代に工場を設立し、製造を始めました。

出典:雑学ブログ

	
元々はハワイでポテトチップスの製造を行っていた人物でしたが帰国して「アメリカン・ポテトチップ」という会社を設立しました。その際に作ったのがフラ印というポテトチップスです。

出典:ポテトチップスの発祥や歴史!日本初のものはカルビー? | 歴...

	

そこで誕生したのが日本初となる「フラ印」のポテトチップス

			
浜田氏は終戦により日本に引揚げ、それまでの経験を生かして昭和22年に”アメリカン・ポテトチップス”という会社を市ヶ谷に設立し、日本で初めてポテトチップスを製造・普及させた。

出典:ポテトチップスといえば浜田音四郎だよ|ソーシャル系広報ブログ『蛙の目』

当初は米軍を主な販路にしていたが、氏の営業努力により昭和27年頃からは日本人にも受け入れられるようになってきたという。
昭和20年代のアメリカン・ポテトチップスを設立した当初は顧客といえばアメリカ軍のキャンプぐらいで中々一般市場では普及しなかったそうです

出典:【70年代】カルビー・ポテトチップスの袋の表面が透明だった...

当時の日本人にとっては、『ポテトチップスのどこがおいしいの?』と見向きもされなかったそうです

twitterでは

だがしかしのED歌ってるはちみつロケットのCMで色んなポテチ持ってる人いたが左手のやつはフラ印のうすしおで日本初のポテチだからな?カルビーとかコイケヤがビックサイズ税込170円とかで売ってる中税込300円近くで売ってるそこそこ高いポテチであって駄菓子じゃないからな?なお味は保証する美味い
	
今日は輸入菓子など調味料など扱うお店に行ってきたよ〜???日本初のポテチはフラ印だよ〜???✨いちばん好きなポテチはこれだ〜\\ ٩( ’ω’ )و ////
	
これ再宣伝ですが、堅揚げポテトがお好きな方は、フラのポテチを是非。ハワイ産のようで、日本人の日本人のための日本初のポテチです。サワークリームおすすめ。
	
フラダンスのパッケージから輸入されたポテトチップスだとばかり思っていたら、日本初の歴史あるポテトチップスだった…。
	
 

補足

フラ印のポテトチップスは、特許出願をしなかった

やがてポテトチップスは多数のメーカーが作り始め日本でも親しまれるようになりましたが、ポテトチップスの普及を望んでいた浜田さんはあえて特許を出願しなかったのです。

出典:食べ物のかたい話とやわらかい話 : 日本でポテトチップスが広...

	
今では考えにくい話ですが、そのおかげでポテトチップス製造に様々なメーカーが参入でき、年代を問わず愛されるヒット商品となったのです。

出典:雑学ブログ

	
発売から5年も経つと、日本人の間でも人気のお菓子になったが、浜田はその特許を申請しなかった。ポテトチップスの普及を望み、その妨げになる事を敢えてしなかったのである。

出典:【ユルい社長の気になる話】 | カ一加藤水産 BLOG

そのお陰で、1970年代に複数の企業がポテトチップスの製造販売に参入、人気を拡大していった。
浜田氏はポテチ普及のためにあえて特許を出願せず、むしろ自ら製造方法を他社にも広めたらしい。まさしく「日本のポテトチップスの父」である。

出典:まだある。: 今でも買える“懐かしの昭和”カタログ食品編 - 初...

	
濱田音四郎はポテトチップス普及のために特許申請などはせず、逆に製法を広めていきました。そのため多くの企業がポテトチップスの製造に参入することになります。

出典:ポテトチップスの発祥や歴史!日本初のものはカルビー? | 歴...

そして1962年、湖池屋がポテトチップスのり塩を開発しました。

ベースを作ったのはフラ、量産・低価格化に成功したのは湖池屋

昭和20年代初めに登場した「フラ印」のポテトチップスが、日本初のブランドだと言われている。だがこの頃のポテトチップスはそのほとんどが手作りで、スナックやバーなどでしかお目にかかれない、高級で珍しいものだった。

出典:コイケヤポテトチップス ニッポン・ロングセラー考 - COMZIN...

	

1962年

湖池屋がポテトチップスのり塩を開発しました。
「たくさんの人々に食べていただきたい!」という想いから1967年に日本で初めてポテトチップスの量産化に成功し、日本におけるポテトチップスのパイオニアとしての一歩を歩み始めました。

出典:湖池屋 ミュージアム のり塩篇|株式会社湖池屋

	
湖池屋の創業者である小池和夫が初めて食べたポテトチップスに感動し、多くの人に広めたいと試行錯誤を繰り返して完成したのものが「コイケヤポテトチップス のり塩」でした。

出典:湖池屋の“元祖”日本のポテトチップス 『コイケヤポテトチップ...

	
1962年、「湖池屋」が「コイケヤポテトチップス のり塩」を発売して、1967年に日本で初めてポテトチップスの量産化に成功

出典:【70年代】カルビー・ポテトチップスの袋の表面が透明だった...

	

世界初のポテトチップスは、負けず嫌いのシェフが作り出した

ポテトチップスの歴史は、1853年にアメリカ、ニューヨーク州のサラトガ・スプリングスにあるムーン・レイク・ハウスホテルが発祥の地との説があります。

出典:ポテトチップスが誕生したのはいつですか?ポテトチップスの...

ホテルのレストランでお客様が、「フレンチフライを厚く切りすぎだ!」と言い出したので、コック長が紙のように薄く切ったじゃがいもを揚げたのがはじまりといわれています。

写真の男性、ジョージ・クラムさん

ニューヨーク州のサラトガスプリングにあるレストランでコックさんをしていました。

ある日、フライドポテトを頼んだお客さんが、「太すぎる・分厚すぎる」などと言って、何度もキッチンに突き返したそうです(現代で言う『クレーマー』でしょうか)。それに腹を立てたジョージさんは、嫌味のつもりでジャガイモをできるだけ薄く切って揚げたのです。
何度も作り直しをさせられてウンザリしていたジョージ・クラムは頭にきて、とんでもなく薄くスライスしたポテトをカリッカリに固く揚げて提供したのです。

出典:ポテトチップスの発祥や歴史!日本初のものはカルビー? | 歴...

コーネリアス・ヴァンダービルトという人物がホテルに宿泊していました。コーネリアス・ヴァンダービルトはレストランでフライドポテトを注文するとその厚さが気に入らずもっと薄く切れ!と何度もクレームをつけました。
クラムはジャガイモもこれでもかというほど薄く切り、くるりとカールするほどカリカリになるまで揚げて、それに塩をふり客に出したのです。

出典:シェフのいじわるから生まれたポテトチップス

当時の常識では考えられないジャガイモの料理法です。すると意外にも客は大喜びをして、おかわりをするほど好評でした。

この記事が気に入ったら

いいね!しよう

Sharetubeの最新記事をお届けします

著者プロフィール
MATAN