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シリーズ【動物愛護】生き物を通して心を育てる子どもたちについて取材しました。 #動物保護 #動物虐待

シリーズ【動物愛護】生き物を通して心を育てる子どもたちについて取材しました。 #動物保護 #動物虐待

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シリーズ【動物愛護】生き物を通して心を育てる子どもたちについて取材しました。 #動物保護 #動物虐待
2年ほど前、玩具メーカーが行った幼稚園児小学生を対象に、「あなたの好きな虫は?」というアンケートの結果を見て驚いたことがあります。小学生の間では、カブトムシクワガタが一番人気。それはなんとなく頷けるものがあります。これらの虫は、強そうな角とボディが子どもたちに人気があり、ヒーローもののアニメキャラクターにもなって、テレビによく登場するからです。勇者のイメージなのでしょう。さて、一方の幼稚園児たちの間で、いちばんの人気ものだった虫はいったいなんだったと思いますか。とても意外な答えです。そのときのアンケートの集計結果では、なんと「ダンゴムシ」だったのです。
私たちの考える「生き物」の概念とは違う子供たちの心を、今回は取材してみました。

生き物を通して心を育てる子どもたち

先ほどの続きですが、ランキングはその次にアリチョウバッタトンボなどが続きます。意表をつかれた方も多いのではないでしょうか。ダンゴムシとは、ネズミ色で足がいっぱいあり、ちょっとでも触れるとくるりとダンゴ状にまるまってしまう、あの湿ったところにいるムシのことです。

どうやら園児たちは、ふだんあまり縁のないカブトムシやクワガタよりも、ひんぱんに庭先や公園で目にし、ふれることのできる、ダンゴムシやアリなどの身近な生き物に愛着を覚えたようです。アニメキャラクターとなって登場し、おとなたちの間でも高額で売買されるようなかっこいいよりも、小さな子どもたちは自分の目線の先にうつる小さな生き物たちが好き。これは意外ですが、ちょっとすてきな話しだと思いませんか。

一方の小学生たちですが、中学年くらいまではクワガタやカブトムシといった、いわゆるかっこいい虫に強く惹かれる傾向があるようです。女の子たちの間では、チョウやトンボといった見ための愛らしい虫たちに人気があつまります。しかし、高学年になると、ほとんどの小学生、特に女子の大多数は、好きな虫などいない、またはもっとストレートに「虫は嫌い」、とアンケートで回答していました。幼稚園児たちのほとんどが虫は好きとこたえたのに対し、年齢がすすむにつれ、子どもたちは虫が好きではなくなってしまっています。これはいったいどうしたことによるものでしょうか。

どうやら子どもたちのこの心境の変化は、子どもたちの周囲にいる、おとなたちからの影響を受けてのことのようです。特にお母さんたちの間でムシが苦手という人が多く、その価値観を知らず知らずに自分の子ども達に押し付けてしまっていると思われます。わたしたちおとな達が、お散歩の途中などで子どもが道ばたで虫を見つけ、つかまえたり触れてみようとすると、即座に、「きたない」、「手が汚れる」、「触っちゃダメ」と、まるで犬のフンでもつつくかのように、それを阻止し、子どもたちの心に「虫=きたないもの」と、つねひごろ、先入観をインプットしてしまっているのです。これではいくら虫が好きだった子どもたちでも虫ぎらいになってしまうのは、しかたがないことかも知れません。

虫は小さな子どもの自然への興味の入り口に立ち、様々なことを教えてくれる貴重な存在です。同じ生き物の仲間として小さなうちから対等に感じ、虫を触ることで、しらずしらずのうちに、命のはかなさや尊さ、弱いものをいたわる気持ちなどを学んできたはずです。

このアンケートの結果にも表れているように、はじめはみんな虫が好きでした。しかし後天的に大人たちが子どもと虫のいい関係を絶ち切ってしまったため、いつしか子ども達は虫を不潔な下等動物として見下すようになってしまったとも言えます。こうなってしまっては、もうあとのまつり。なかには子どもたちに分別がつく年頃になってからホームセンターでザリガニやカブトムシを買い、子どもに与える親もいます。しかしそれは生物の観察には役立つかも知れませんが、子どもたちはもはや、そこから生き物を身近に感じることが以前のようにできるとは思えません。

お金さえ出せば手に入り、不要になったら捨てることもできる、養殖による野性生物の代用品をあたえられても、自然の中で出会ったダンゴムシ、カブトムシ、ザリガニやオタマジャクシを通して学ぶことができる、多くのことの、ほんの一握りの部分しか買って来たそれらからは得ることができないでしょう。

小さな子どもたちにたいせつなさまざまな世の中のこと、生命の神秘いのちのはかなさ、優しい気持ちや慈しみの心などを生き物たちは教えてくれます。昔のように自然がたくさん残っていた時代であればまだしも、現代のようにコンクリートジャングルと化した都会の中で生活を強いられる子どもたちに、虫やどうぶつ草花とのちょっとしたふれあいの機会、その芽を摘みとってしまうようなことは本来、あってはならないのです。

また、これらは自然の中でだけの話しではありません。

小学校のなかに置かれている、飼育小屋についても同じことがいえるでしょう。たいへん極端な例になってしまいますが、聞いた話しによると、小学校のPTAの中には、ウチのコはアレルギーがあるから虫にも動物にも決して触らせないで欲しい、といった親からの連絡や、飼育係になった子どもの親から、そんな不潔な仕事はウチのコは外させて欲しいといった苦情まで、ほんとうに学校に寄せる親がいるといいます。きっと彼らは、そうやって自分が思うところの「不潔な」虫や動物から自分の子どもを遠ざけてさえおけば、自分にとって面倒な、子どもの病気や怪我がさけられるであろう、余計な心配ごとがひとつ世の中から減った、と、親たちは気が楽になるのかもしれません。

しかし、そんな心ない親の言動や仕業によって、子どもたちはいつのまにか身近にいる生き物を、自分を脅かすひどく不快な存在として感じるようになってしまいます。これでは、生き物を愛する気持ちどころか、自分のことばかりを優先して考え、弱い立場の者を思いやる気持ちすら子どものなかに育たなくなってしまうのではないでしょうか。そんな親を持つ子どもたちがなんだか不憫にも思えてきます。

PTAのなかからは、飼育小屋という不潔な環境で子どもたちが動物の世話にあたっていることに疑問をおぼえる声があがり、また一方、動物愛護団体からも、ずさんな管理のなかで動物たちがひどい状況に置かれていることを追求する声があがりました。その両者から、小学校の飼育小屋廃止という要望も出てきました。しかし、不潔だから、めんどうだから、動物たちがかわいそうだからといって子どもたちから飼育小屋をとりあげてしまってほんとうによいのでしょうか。それにも踏み切れず、かといって現状を大幅に改善することもできず、学校側はずるずると飼育小屋の設営を続けてきました。これではいい結果が得られなかったことでしょう。

小学校の中における飼育小屋の存在は、子どもたちにとって、命について学ぶたいせつな場所のひとつです。学校に登校すれば、毎日目にする飼育小屋の動物たちを見て、子どもたちは自然や命について考え、多くを学んでゆくことでしょう。住環境の都会化、集合住宅化がすすみ、動物とのふれあいや、ペットの飼育が以前にもまして難しくなってきた昨今、小学校の飼育小屋は動物たちとの貴重なふれあいの場です。

かつて小学校の飼育小屋といえば、目をおおいたくなるようなひどいものばかりでした。もともと子どもたちのためのたいせつな情操教育の一環として設置されたはずの飼育小屋です。しかし現実には、雨風は吹きっさらし、夏は暑く冬は寒い、愛情も工夫も見られない申しわけ程度の飼育小屋しかありませんでした。その小屋の中には、皮膚病にかかったモルモット、とさかのちぎれた雄鶏、傷だらけのウサギたちが、互いをけん制し合いながら、ひしめき合っています。冬は凍死、夏になれば熱中症にかかって死んでいく動物たちもいます。それを見て見ぬふりの学校側とPTAたち。

飼育小屋の中にいる動物といえば、夜店で買った元ひよこのオス、そして無知な飼い主がつがいで飼って増やしてしまったミニウサギ、子どもにせがまれ買ったものの、あきっぽい子どもが見向きもしなくなってしまったセキセイインコウズラなど、以前は家庭における情操教育のために飼っていた小動物たちが常連でした。親たちは「寄付」などというていのいい言葉で、学校に要らなくなった動物たちを押し付けてきたのです。そうでなくてもとっくにキャパシティを超えている飼育小屋の中では、危険から身を隠す場所もなく、本来温和な性格である動物たちまでもが、縄張り争いをし、互いを傷つけあい、命を落としてゆきました。

そして、そのような殺伐とした飼育小屋の中のようすに、子どもたちは飼育動物たちにうまく愛情をかけることもできず、おのずから足が遠のいていきます。病気や怪我を負った動物だらけの飼育小屋の状況に、教師たちまでもが関わり合いを持ちたがらず、しだいに教師間で互いに責任をなすりつけあうようになり、新米の教師に飼育小屋の責任者を押し付けるような学校も多かったようです。

そうなると動物をすすんで世話してくれる人もなく、飼育小屋は衛生管理もおろそかになりがちになり、たまに掃除をしてあとはとりあえずエサだけやっておくという、ずさんな管理になってしまいます。飼育動物をかわいがるどころの話しではなくなってしまうのです。梅雨の頃になると菌やカビの温床となり、動物たちの間で皮膚病が蔓延します。また春休み、夏休み、冬休みといった長期休暇に入れば、山積みにしただけのエサでは到底こと足りず、飼育小屋の中で餓死する動物もおり、それらはどの小学校でも決して珍しい光景ではありませんでした。

そもそも、学校側の年間予算の中には飼育小屋管理費といった項目も、特別予算もありませんでした。飼育小屋のそんな惨状に胸を痛める教師や子どもたちもいましたが、予算がないため、動物病院に病気や怪我をした動物たちを連れていくことも出来ず、出産や餓死も見てみぬふり、死んでしまったら、子ども達を刺激しないよう、彼らの目につかない時間にそそくさと教師たち同士で校庭の片隅に埋めてしまう、ということが小学校では実に日常茶飯事で何十年にも渡り、続けられてきました。

中には、校長や担当教師のポケットマネーで動物に治療を受けさせる学校や、地元の獣医に甘え、無料で診療をしてもらっていた学校もあります。時代はかわり、各方面からの呼びかけによって、状況はだいぶ改善されつつあありますが、いまだに日本の多くの小学校では、傷だらけのウサギ、皮膚病のモルモット、片目のつぶれたニワトリ、そういった飼育動物たちの傷ついた姿がごく当たり前の光景になり、先生方だけでなく、保護者、こどもたちまでもが、この悲惨な状況に慣れ、あたり前のこととして受けとめてしまっている現状があります。神聖な教育の現場で、このように動物の虐待が日常化しているのです。これは先進国と呼ばれる日本においても、世界中から常識を問いただされるような、とても嘆かわしいことのひとつではないでしょうか。

 これからご紹介する中川美穂子さんは、学校飼育動物獣医師連絡協議会を主宰している東京で動物病院を開業する獣医師の方です。ご自身の4人の子育て中に、飼育小屋、学校飼育動物の惨憺たる現状を目の当たりにし、これに胸を痛め、状況を改善していこうと、20年余年にも渡り活動されてきました。学校飼育動物の専門家として獣医師会、学校、文部科学省といった各方面への啓蒙活動を続けられ、動物の気持ちを子どもたちに伝え、子どもと動物がより仲良く、より元気で明るく過ごせるために、飼育指導、環境指導衛生指導ふれあい指導を地元の獣医師が学校で行う学校獣医師制度の立ち上げにも大きく貢献されてきました。その他、あらゆる面で、学校飼育のありかたにおける大きな流れの主流で貢献されてきた方です。最近では、文部科学省による教師向けのマニュアル「望ましい飼育指導のありかた」の執筆や監修にも携われました。

中川さんはこう語ります。現在、日本では、住環境など様々な理由で、ペットの飼育ができない子ども達が増えており、各地で犬猫と遊べるふれあいランドや小動物のふれあい動物園が急速に増えています。しかしこれらは子どもたちにとって、あくまで一時的なふれあいに過ぎません、と。これでは満たされない要求を、子どもたちは、テレビゲームやペットロボットのような玩具に求めていますが、それは動物を飼うことの育成体験を擬似的に行って気を紛らわせているに過ぎず、子どもたちの本能的な要求の解決にはなっていない、そういった状況から、小学校での小動物飼育体験は近年、重要視されつつあり、やっと文部科学省もこれらの制度を「社会にとって必要な制度」と捉え、取り組みをはじめたところ、なのだそうです。

中川さんの講演では、ある中学校で校長が生徒を対象に「死への意識」を調査した際、かわいがっていたペットの死を経験したことのある生徒は、その体験のない生徒より、自殺について否定的に捉えていたという、興味深い調査結果を発表されていました。また、ペットを飼っている子ども300人と飼っていない子ども300人とのアンケートによる比較では、「心に残ったこと」への記入例はペットを飼っている子どもの方が、圧倒的に多く、子どもたちは動物飼育を通じて、感受性がより高くなっていることをあらわしたといいます。

動物飼育を通して、子どもたちはより豊かな心をはぐくみ、相手の気持ちを思いやることができるようになるということでしょうか。カリフォルニアにおける調査では、子どもたちは、動物を飼うことで動物の発する言葉以外のメッセージを受け取れる訓練ができ、このことが、いじめや虐待相手に対する「やめて」という信号を受け取る能力を養っているという報告もあるといいます。

中川さんはこう警告します。子どもの心を成長させるには、動物とのふれあいは決して欠かせないことであり、しかもそのためには、学校における飼育小屋はきちんと正しいかたちで存在しなくては意味がありません。小さな小屋にニワトリやウサギ、モルモットなどがいっしょくたに押し込められ、エサをやるばかりで病気やケガの手当てもせず、ただ死んだら埋める、ということでは子どもたちの心が育つどころか、逆効果ですらあるのです。教師が生徒の心を刺激しないようにとそそくさと動物の死体を処理する姿を子どもたちはかげでしっかりと見ているのです。なかには飼育小屋で死んだ動物の数を数えていたという子どもすらいます。

「子どもたちは素直純粋ですから、学校飼育動物でも可愛がるときは、心からそれはもうベタベタにかわいがります。動物が傷ついたり、元気がなくなれば、子どもたちはすぐにそれに気づき、教師や親たちに訴えてきます。子どもにとってのペットは親にとっての子どもと同じようなたいへん重要な意味がある存在なのです。それを決して放置したりせず、治療が必要であれば病院に連れていってあげて欲しい。これは決して動物愛護の精神だけで言っているのではありません。未来ある子どもたちのために言いたいのです。
これが子どもの心を大事にするということなのではないでしょうか。」

おとなたちにとって世話がたいへん、手間のかかる面倒な存在だから、また動物たちがかわいそうなめにあっているからといって、子どもたちから飼育小屋の動物たちをとり上げたりしたら、子どもたちから貴重な飼育体験を奪ってしまうことになるといいます。

また、中川さんらが実験的に動物を学級で飼育した結果、小動物、哺乳類、鳥類を飼育した学級では100%、子どもたちの様子に変化があったそうです。動物に対する思いやり、そして動物と一緒に世話するクラスメイトへの共感、そして感化。子どもたちは動物の世話をすることで、自分の気持ちを相手に置き換えて考えてみることができるようになります。常に相手の気持ちを考え、先を読むようになるのです。

「また、お父さんお母さんは、子どもが動物を欲しがったらこれはまたとない心を成長させるためのチャンスと捉え、喜んで一緒に動物を飼ってあげて欲しいのです。
動物を飼うことは手間もかかるし、家も汚れます。子どもの思いやりを深く育てるのが親
の役目だとしたら、やはり子どもの動物への興味を裁ち切ってはいけません。子どもの成長のためにはピカピカのきれいな勉強部屋より、いとしいペットを1匹、与えるほうが、よほど子どもの成長の役に立ちます。」

自分の子どもが捨てられた哀れな動物を見つけ、家に連れてきてしまった、また外に放っておくには後味が悪いということで保護まではしたものの、自宅はマンションや社宅で飼えるわけでもなし、知り合いに犬や猫を欲しがる人がいるとも思えず、かなり切羽詰ってからわたしの病院に連絡してくる人も多くいます。しかし、誰かをたよる前にそこでちょっと、考えて欲しいのです。なぜならそれは、
「今、その動物のことを心から心配しているのは世界でたったひとり、あなたのおこさんだけなのですから」
PTA向けの講演会の中では保護者に向けてこう語っていた中川さん。

「もし、自分の子どもが動物を拾ってきたら、えらいね、いいことしたねってまず誉めてあげてください。そしてなるべくなら、その動物をおうちで飼ってあげてください。小さな命を見捨てなかった、そして自分がなんとか動物を守りたいと思う、子どものその優しい心を尊重してあげて欲しいのです。決してそこで動物を拾ってきたことについて、子どもたちを叱ったり、迷惑そうな顔を見せたりしてはいけません。家が狭いから、社宅だから、動物が嫌いだからなどという、ありきたりで適当な理由でそれを拒否したりしてはいけません。子どもながらにどうしてかわいそうな動物をウチでは保護できないのか、心を痛め、不信感を抱き、そのうち親をあてにはしなくなってしまいます。

仮にひろってきた動物が小さな仔猫だったとしましょう。お子さんの連れてきたその仔猫を、真剣に心配しているのは、この世でたった一人、あなたのお子さんだけなのです。
もし、どうしても飼えないということであれば、お子さんと一緒に新しい飼い主を探してあげてください。社宅だってマンションだって、きちんと事情を説明すれば、ほんの数週間、不幸な動物を家の中で保護するだけで目くじらを立てる人はそうはいないはずです。知り合いをあたるほか、里親募集のチラシを作ったり、地域の掲示板を利用するなどして、その仔猫が幸せになれるような新しい飼い主を子どもと一緒に探しましょう。

私の病院では、そういった飼えない家で保護した犬猫を一日数百円でお預かりすることもあります。すると二週間くらいで、たいていの場合、新しい飼い主が見つかります。
欲しくてぜひ飼いたいというよりは、毎日動物病院の前を通り、昨日も貰われない、今日もまだ貰われないと気をかけてくれる優しい人が貰っていってくれるというケースがほとんどですが。でも、そうやって新しい飼い主を親子で一緒に見つけることで、子どもたちの心の中に、命を預かったという責任感も芽生えてくるものなのです。」

かちっとした上品なスーツに身を包み、時には厳しい口調になることもある中川さんですが、そのお話しからは、子ども、動物、両者に対してとても深い愛情が感じられます。

中川さんは、これらの活動を通して、小学校の子ども達に生き物を通じて、ごくふつうの感性を養ってもらえるように働きかけていきたいと言います。自然や、周りの人達と本当の意味でうまく関わりを持てる人に育つために、ほんの少しでもいいからお手伝だいができたら、と。

長年にわたり、学校飼育動物に関する社会の意識を変えてきていらした中川さんですが、今、次に考えていることは何でしょうかという私の問いに対して笑顔でこう答えました。

「やはり次は学校の先生たちの意識改革でしょうか。モルモットも抱けないまま小学校の先生をやっているというのは、やっぱり問題だと思いませんか。現在の教育課程の中には、動物についての扱いはまだ組み込まれていません。飼育動物の正しい飼養を身につけ、子どもたちと動物たちの交流についても、正しい知識を先生方に知ってもらうよう呼びかけていきたいと思っています。」

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著者プロフィール
 Pride of the Japanese

国際ボディガード歴20年。世界を飛び回るSharetubeトップキュレーターの一人。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」