【死刑判決】香川・坂出3人殺害事件の「川崎政則」とは
香川・坂出3人殺害事件
香川・坂出3人殺害事件(かがわ・さかいでさんにんさつがいじけん)とは、香川県坂出市で50代の女性とその孫の幼児姉妹2人の計3人が2007年11月16日未明に殺害され、死体が遺棄された事件。
幼児姉妹は11月15日の18時頃に隣の祖母(50代の女性)の家に泊まりに行き、翌日の16日の朝に母親が迎えに行ったところ3人ともいなくなっていた。香川県警坂出署捜査本部は11月16日未明から早朝までに何らかのトラブルがあったと見方を強め、捜査を行った。父親によれば、寝室や玄関、浴室に血痕があり、さらに寝室のカーペットはL字形に切り取られ、血はカーペットの下の畳まで染みこんでいた。
室内の状況
血痕は、寝室(大量)、居間、浴室(洗い流した痕跡)、玄関(血痕を踏んだ大人の靴跡)、台所(血液反応)にあり、家の外にはない。寝室のカーペットはL字(縦横約1メートル)に切り取られており、切り取られた跡の畳には50~30センチの大きな血痕が残っている。
寝室のタンスと鏡台は全部開けられて、タンスの中から衣類を引っ張り出した痕跡。
かばんの中に財布は残っていた。
凶器がない。家にある包丁やカッターナイフなどは使われていない。
事件の経緯 ※時間はおおよその時刻
11/15午後5時半:三浦啓子さんが食品製造会社の仕事を終える。普段、昼は食品製造会社に勤め、午後6時から午後10時まではスーパーマーケットのレジ担当で勤務しているが、この日スーパーの仕事は休みだった。
午後6時頃:姉妹二人が、「隣のおばあちゃんの家に泊まりに行く」と向かいにある三浦さん宅へ泊まりに行く。
午後7時頃:姉妹の母の佐智子さん(34)が三浦さんに「好きなテレビ見せてあげてね」と電話する。
午後10時頃:佐智子さんが三浦さんに「もう寝るからね」と電話する。電話越しに姉妹の声が聞こえる。
午後11時頃:三浦さん宅の明かりは消えていた、と姉妹の父の清さんが証言。
11/16
午前1~2時頃:清さんが、トイレに行く際に2階の窓から三浦さんの自転車が玄関前に止まっているのを確認。
午前4時:近所の住民が「4時から起きていたが物音はしなかった」と証言。
午前4~5時頃:通りがかった付近の住民が「自転車はなかった」と証言。
午前5時過ぎ:近所の住民が車のエンジン音が聞こえたと証言。
午前6時:「白いセダンっぽい車が三浦さん宅の前に停まっていた。いつも新聞を配っている時、その車は見たことがなかった」と新聞配達員の人の証言。ただし「木曜か金曜か記憶が曖昧」とのこと。
未明:不審な車の目撃情報が複数。 11/21
早朝:「早よせんか」という男の声を近所の女性が聞く。 11/25
午前7時20分頃:三浦さん宅の方向からドアが開閉する音が聞こえ、外を見ると自転車がなかった、と清さんが証言。
午前7時半頃:佐智子さんが、仕事に行く前の三浦さんを励まそうと2回電話するが、どちらも通じず、留守番電話に切り替わる。
午前7時50分頃:佐智子さんが三浦さん宅へ。普段施錠してある三浦さん宅の玄関の鍵が開いていた。鍵は室内にあった。
佐智子さんが3人が行方不明になっていることと寝室に血痕を発見。
ケガでもしたのかと、複数の病院に電話をかける。
清さんが南側の土手で三浦さんの自転車のワイヤー錠を発見。
土手の道幅は1メートルほどと狭く、坂もきつい。また三浦さんは普段この道を使っていないとのこと。
午前9時頃:佐智子さんと清さんが、坂出署に3人が不明になったことを届ける。
後に警察の調べで、朝には寝室の照明がついていたことが判明。 11/21
11/17
午後4時頃:自宅からなくなっていた三浦さんの携帯電話の微弱電流が複数の基地局で受信される。三浦さんの携帯電話に掛けると呼び出し音が鳴り、留守番電話に切り替わる状態。
午後7時頃:三浦さんの携帯電話の電波が坂出市内の基地局を最後に途絶える。三浦さんの携帯電話に掛けても電源が入っていない状態とのこと。電池切れや意図的に電源を切られた可能性がある。
11/18
午前:香川県警が捜査本部を設置。
11/19
午後:DNA鑑定で血痕は不明の3人のものと判明。
11/27
午後9時30分:死体遺棄容疑で三浦さんの義弟(妹の夫)、川崎政則容疑者を逮捕。3人殺害を認める供述。
11/28
坂出港近くの資材置き場で3人の遺体を発見。不明の祖母・姉妹の3人と確認。
坂出市の山にある墓地で凶器と見られる刃物を発見。
11/29
遺体を埋めた穴の近くの穴から、切り取られたカーペットとタオルを発見。
司法解剖の結果、3人の死因はいずれも失血死と判明。
犯人は義理の大叔父だった
捜査本部は、三浦さん宅の室内が荒らされず、財布なども残っていたことや、犯行時間帯に3人の悲鳴や物音を聞いた人がいない事から、顔見知りによる犯行の疑いが強いとみて捜査。三浦さんと金銭トラブルを抱えていた川崎容疑者らが浮上し、車両検証結果も含めて断定。
この日、関係者の一斉聴取で川崎容疑者が犯行を認めた。
香川県警坂出署捜査本部の任意取調べに対し、義理の大叔父川崎政則(祖母の妹婿)が、27日までに「3人を殺害し、山中に遺体を捨てた」と犯行を認める供述をし、11月27日夜に死体遺棄容疑で逮捕された。11月28日には、当初の供述通りに山中に向かったところ、川崎が「本当は港に捨てた」と一変し、捜査員らがその港に向かったところ、祖母と幼児姉妹の遺体が発見された。11月30日、川崎の供述通りに坂出港海底で、遺棄された携帯電話を発見。12月6日、川崎の供述通りに坂出港海底で、遺棄された自転車を発見。12月18日には殺人容疑で再逮捕し、同日高松地検は死体遺棄容疑については処分保留とした。祖母は借金の返済に追われており、その関係上大叔母(祖母の妹で被疑者の妻、事件前に死去)から金を借りており、その怨恨と見られる。最終的に単独犯と断定される。
川崎政則
事件前、坂出市内の共同住宅で家族と一緒に住んでいた。18日朝(事件発覚は16日朝)、川崎容疑者は三浦さんの実家を訪れ、三浦さんの両親に「ニュースを見て事件を知った。大変なことになったが、力を落とさんように」と気遣う言葉をかけていた。
18日夜には、長男に、「友達と仕事に行く。じっちゃんとばっちゃんには言わんとってくれ」と言い残し、布団などを持って家を出た。
高松市内の短期賃貸型アパートに引っ越す。その数日後には住民票も移動。
勤務していた坂出市内のパン製造会社には、事件発覚の約1カ月前に辞表を提出。発覚数日後からは職場に姿を見せなくなった。
捜査本部は、川崎容疑者が行方をくらませようとしていたとみている。
遺体発見の状況
川崎政則(61)は、最初「五色台の山の崖から捨てた」と供述。当日、五色台に向かう途中で「坂出港の近くに捨てた」と供述を一転。坂出港近くの資材置き場で3体の遺体発見。
遺体は三浦啓子さん(58)、山下茜ちゃん(5)、山下彩菜ちゃん(3)と確認。
現場は川崎容疑者が務めていたパン工場に近い場所。土地勘のある場所を遺棄場所に選んだとみている。
穴は2つあり、片方に祖母、もう片方に姉妹が仰向けに埋められていた。
「穴は手で掘れる深さではない」「穴は遺体の高さぎりぎりの深さだった」←どっちが正しいの?
祖母には胸に刃物と見られる凶器で複数の刺し傷、姉妹はそれぞれ左胸をひと刺し。
坂出市山中の墓地から凶器とみられる刃物を発見。
自転車、携帯電話などは見つかっていない。
11/29、遺体があった穴から5メートルのところで、切り取られたカーペットやタオルなどが土中から発見された。
報道と遺族の反応
当初は「行方不明事件」と報じられた。家族は積極的にテレビの取材に答え「とにかく早く帰ってきてほしい」と訴えた。しかし、安否がなかなか分からず家族もいらだち始め、やがて被疑者が逮捕されるまで、電子掲示板の多くや、一部のテレビ・週刊誌報道などが、疲れからマスコミに憤る被害女児姉妹の父親の様子などを中心に扱うなど、父親に対し「犯人ではないか」とする報道姿勢などが目立った。また、虚偽の自宅間取り図や、行方不明の子供2人の顔写真に対し逆に名前が付されているフリップもあるなどの間違った報道内容にも不満を述べた。このように過熱するメディアの取材攻勢を受けて、香川県警記者クラブは総会を開き「節度ある取材を確認」する事態となった。前年の秋田児童連続殺害事件同様メディアスクラム状態になってしまった上、週刊誌ではこの事件との関連付けすら行われていた。特にみのもんたは『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS系)の11月19日の放送で(行方不明になってから、通報に至るまで1時間かかったことについて)「普通すぐに電話しない?(略)警察署に行って届け出てる。普通だったらそのまま電話しないかねぇ?」「不思議だねぇ」と被害者の家族を嫌疑し、あからさまに犯人扱いするかのような発言を執拗に繰り返した。被害女児姉妹の父親は取材に対し「みのもんたさんに聞きたかった。オレが殺したんか、と」と怒りを表明した。当初は問題発言をしたみのは沈黙していたが、2008年1月になってみのもんたがTBSの幹部職員と共に被害者家族と対面し謝罪したと報じられている。しかし、番組内や公式の謝罪は一切行っていない。
みのもんたの発言を受け、タレントの星野奈津子は、犯人は被害者家族(父親)であるとの憶測や父親が犯人であってほしいとの会話を家族で交わしていると自身のブログに書き込んだ。このブログの記事に批判が寄せられ、11月20日に星野は所属事務所から1年間の謹慎処分を受け、問題のブログ記事も削除された。
出典:J-CASTニュース
「とくダネ!」で単独インタビューに応じた山下清さん
裁判焦点
公判前整理手続きにより、殺害の事実関係については争わず、主に川崎被告の犯行時における責任能力について争われた。2008年7月17日の初公判で、川崎被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。弁護側は「精神遅滞などが原因で責任能力は限定的だった。川崎被告の犯行時の責任能力は、精神鑑定で明らかにされるべきだ」などと述べた。高松地裁はこの日、精神鑑定を行うことを決定した。
精神鑑定の結果を受けて、裁判の争点や日程などを決めるための期日間整理手続きが行われ、3月9~12日に集中審理し、16日に判決を言い渡すことが決められた。
検察、弁護側双方が推薦する2人の鑑定人が精神鑑定を実施。ともに知的能力は低いものの、刑事責任能力を完全に認める診断内容だった。
2009年3月9日の第2回公判では、川崎被告の責任能力について争われた。検察側は以前から恨んでいた女性を完全犯罪で殺害する計画とし、姉妹を殺害した理由については犯行の発覚を防止するためと主張した。そして責任能力はあると主張した。弁護側は犯行や動機について争わず、川崎被告について「知的能力、精神能力、特定不能の広汎性発達障害があり、犯行に大きな影響を及ぼしている」と指摘した上で「悪いことと分かっていても行動に出ることを思いとどまることが著しく困難だった」と心神耗弱を主張した。
3月12日の論告で検察側は争点となった責任能力について、精神障害はないとした鑑定医2人の鑑定結果などを踏まえ、「善悪を判断し、自らの行動を制御する能力に障害はなかった」と指摘。弁護側の主張に対し、「少年法は、少年の健全育成を期すためのもので、被告にその趣旨を及ぼすことはできない」と反論した。さらに「現場を下見し、事前に遺体を埋める穴を掘って包丁を準備するなど犯行は計画的」と述べた。そして「金銭トラブルによる恨みで祖母を、発覚を防ぐため孫2人を殺すという短絡的で身勝手な動機に酌量の余地はない。殺害方法は残虐、執拗で卑劣極まりない。遺族の悲しみは深く、極刑を希望している」と述べた。
同日の最終弁論で弁護側は事件当時の被告について「知的能力が低く、広汎性発達障害の影響もあり、悪いと分かっていても行動を思いとどまることが著しく困難だった」と限定的責任能力を主張した。そして前科前歴がないことや、謝罪の手紙を出し弁護人に150万円を預けて遺族の支払いを確約していることを述べた。最後に精神年齢は15歳程度で、(18歳未満を死刑にしない)少年法を適用して無期懲役とするのが相当だとした。
判決は、被告が事前に凶器の包丁を用意し、女性方を2度下見するなど計画的で、殺害後も失跡を装うため女性の自転車を持ち去るなどの証拠隠滅を図ったと指摘。「精神障害はなく犯行に著しい影響は及ぼさなかった」とする検察側、弁護側双方の精神鑑定の結果を信用できるとし、「心神耗弱状態だった」とする弁護側の主張を退けて完全責任能力があったと判断した。殺害の動機については、病死した妻が実姉の女性の借金を肩代わりしたことなどで恨みを募らせたと認定。幼い姉妹については、女性殺害後に2人が目を覚まして泣きながらそばにやってきたためと認めた。そのうえで「極めて身勝手で自己中心的。酌量の余地はまったくない」と指摘。3人を何度も刺した殺害方法も「執拗かつ残虐で、遺族が被告に極刑を求めるのも当然だ」と述べた。一方、一貫して起訴事実を認めている▽姉妹殺害について謝罪している▽一度決めたら容易に変更できない性格だった――など被告に有利な事情を挙げたが、「それらを最大限考慮しても、恐怖で泣き叫ぶ罪のない子どもに攻撃を加えており、小さく弱い者に対する情など人間性のかけらも見いだせない残虐な犯行。動機や経緯、結果の重大性などにかんがみて死刑を選択する以外にない」と結論づけた。
弁護側は即日控訴した。「被告は広汎性認知障害の影響で、悪いと分かっていても行動を思いとどまることが著しく困難だった」と限定的責任能力を主張し「無期懲役が妥当」と訴えている。
2009年9月10日の控訴審初公判で、弁護側は「川崎被告は事件当時、精神障害を患い、女性が財産を横取りしようとしているとの妄想を抱いていた。被告は行動制御能力が著しく低下しており、限定責任能力を認めるべき」との控訴趣意書を提出。検察側は「精神的障害があったとは考えられない」と主張し、即日結審した。弁護側は「川崎被告は妄想を抱く精神障害のパラノイアにかかっており、心神耗弱状態だった」として、再度の精神鑑定を要求したが、柴田裁判長は新たな鑑定の実施は認めなかった。高裁は、一審で精神鑑定を行った医師2人に改めて精神障害の有無について照会したが、2人ともその可能性を否定したという。証人尋問では、姉妹の父が「恐ろしい思いをさせて子供や義母を殺した。死刑を求めたい」と証言。川崎被告は被告人質問で「姉妹にはかわいそうなことをした。女性も殺す必要はなかった」と述べた。また同日の公判では殺害された女性の父親が弁護側証人として法廷に立ち、「被告の知的能力が低いのは分かっていた。一人で悩まずに相談してくれれば今回の事件は起こらなかったはず。できれば減刑をお願いしたい」と述べた。検察側証人である姉妹の父親は「被告も人の命の重さは分かっているはず。反省しているとも思えない。死刑を望む気持ちに変わりはない」と訴えた。 判決で柴田裁判長は、一審で被告を精神鑑定した医師2人に照会した結果を踏まえ、「一審の鑑定人が見落とすとは考えられない」として弁護側主張を退けた。事前に凶器を準備するなどした犯行の計画性や、川崎被告が女性の失跡を装うために犯行後に自転車などを廃棄した証拠隠滅工作なども挙げ、犯行時の完全責任能力を認定した。 犯行動機については、一審で十分触れていなかった殺意を抱いた経緯を検討。川崎被告は1997年ごろから、妻(既に病死)への借金などをきっかけに女性に不満を抱き始めた。金銭トラブルから「女性に家庭を壊され、(妻が消費者金融から用立てた金の)返済に苦しめられている」と殺意を持つに至ったとした。そのうえで、量刑について検討。女性殺害について「極めて強固な殺意に裏打ちされ、殺害方法も執拗かつ残虐」とし、たまたま泊まりに来ていた幼い姉妹を殺害したことも「悪事の発覚を防ぐため、何の関係もない幼児2人を殺害した。事情を理解できないまま、恐怖と痛みの中で短い生涯を閉じさせられた幼い姉妹はあまりにあわれだ。酌むべき余地はまったくなく人倫に反する行為。状況も分からず泣きながら近寄ってくる幼い子供たちに執拗に包丁を突き刺し、誠に凶悪」と指摘。控訴審で女性殺害を謝罪するなど反省の態度を示した▽一審判決後に遺族に150万円の被害弁償をした――など被告に有利な事情を考慮しても、「(一審の死刑判決が)重すぎて不当とは言えない。残忍な犯行と結果の重大性により社会に脅威を与えており、死刑をもって臨むとした量刑はやむを得ない」と判断した。
2012年6月11日の最高裁弁論で弁護側は、死刑制度は憲法違反だとした上で「計画的犯行とは言い難く、強い殺意を持った経緯にも被害者側が被告の妻から金を借りるなどしていた事情があり、死刑は重きに失する」と主張した。検察側は「3人の尊い命を奪った結果は重大だ」と上告棄却を求めて結審した。
判決で白木裁判長は、女性が実妹に当たる被告の妻から借金を重ねたことなどを恨み、親族間の財産をめぐるトラブルも加わって殺害を決意した動機について「殺害にまで及んだ事情として酌むべき点はない」と指摘。「衣服に返り血が付かないよう雨がっぱを用意するなど周到な準備に基づく犯行。抵抗のすべも知らない、いたいけな幼児らを包丁で多数回突き刺すなど残虐で、3人を殺害した結果も重大だ」と述べ、死刑判決はやむを得ないとした。
出典:kawasakim"