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<天井知らずの震災関連死:2016名>  福島原発事故の避難先で体調を崩して亡くなる「震災関連死」は増え続け~ 2016名を上っている今日の惨状を他人事のような日本人は世界一白状な人々に落ちたのか?

<天井知らずの震災関連死:2016名>  福島原発事故の避難先で体調を崩して亡くなる「震災関連死」は増え続け~ 2016名を上っている今日の惨状を他人事のような日本人は世界一白状な人々に落ちたのか?

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<天井知らずの震災関連死:2016名>  福島原発事故の避難先で体調を崩して亡くなる「震災関連死」は増え続け~ 2016名を上っている今日の惨状を他人事のような日本人は世界一白状な人々に落ちたのか?

福島民報 2016年2月15日 (月)
震災と原発事故から間もなく5年となる。いまだ10万人近い県民が避難生活を送っている。避難先で体調を崩して亡くなる「震災関連死」は増え続け、県のまとめによると11日現在、2016人に上っている。1年前に比べ約130人増加した。
 地震や津波による直接死の1604人に比べ、412人多い。死者数全体に占める割合は52.4%と半数を超えている。
 本県と同様に地震や津波の被害が大きかった宮城県は920人で死者全体の8.7%(平成27年12月31日現在)、岩手県は458人で死者全体の8.9%(1月31日現在)となっており、本県が突出して高いことが分かる。
 市町村別の関連死者数は【グラフ、表】の通り。南相馬市が485人で最も多い。浪江町380人、富岡町333人、双葉町136人と続く。原発事故による避難の長期化が被災者の身体と精神に大きな負担をもたらしている現状がうかがえる。

福島民報 2016年2月15日 (月)

出典:http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2016/02/post_13207.html

	
 ■家族一緒「当たり前のことが幸せ」 二重生活に終止符 福島の松井さん 山形の3年半 心を整理
 
 福島市野田町の松井知美さん(47)は平成27年春、山形県米沢市の借り上げ住宅と福島市の自宅を往復する二重生活に終止符を打ち、福島に戻った。東京電力福島第一原発事故後、子ども五人を連れて山形に母子避難してから3年6カ月後のことだった。
 
 福島に戻るきっかけは、いくつかあった。心を揺さぶられたのは26年夏、高校の進学先を迷っていた長女(16)の一言だった。「福島に戻ったら日曜日は(整体院を)休みにできるんだよね? だったら福島の高校に行こうかな」
 二重生活を維持するために整体師で夫の国彦さん(48)は、母子避難先の米沢に整体院の分院を開き、日、月、金曜日の週三回は国彦さんが米沢へ、残りの4日は知美さんが福島の整体院へ、互いに通った。子どもに無用な被ばくをさせないようにと選んだ母子避難だったが、直線で40キロ離れた山形と福島を行き来する暮らしに追われ、いつしか子どもたちとゆっくりと向き合う余裕すらなくなっていた。身も心も限界だった。
 子どもたちの転校を考え、27年4月から福島で再出発すると決めた。一つ屋根の下に家族がそろう当たり前の暮らしに戻る区切りとして、住宅ローンを組んで家を建て替えた。
 一方で、避難して良かったとも思っている。子どもたちのために避難を選択しなければ、子育ての不安で押しつぶされていたという。「山形での3年6カ月がなければ、福島には帰ってこれなかった」と知美さん。国彦さんも「心を整理するのに必要だった時間」と受け止めている。
 
 ただ、二重生活の中で失ったものもある。知美さんの父益雄さんだ。福島の自宅にとどまり、孫たちの帰りを待ちわびていたが、再び一緒に暮らすことはかなわなかった。
 益雄さんは孫たちの笑い声、走り回る足音が聞こえなくなった家で毎日、酒をあおった。夜に徘徊(はいかい)を繰り返すようになり、アルコール性の認知症と診断された。老人ホームに移って一時は症状が回復したかに見えたが、糖尿病が悪化するなどして27年11月に亡くなった。79歳だった。
 益雄さんは白菜や大根などを栽培して家族に食べさせるのが趣味だった。知美さんは「原発事故がなければ(父は)生きがいを失うことなく、孫の成長を身近に感じながらもう少し長生きできたのでは」と思う時がある。国彦さんは「寂しい思いをさせてしまい申し訳なかった」と話す。
 福島に戻って約11カ月。整体院で仕事をしていても、2階で友達と遊ぶ子どもたちの笑い声が聞こえてくる。一緒に夕食を作ったり、じゃれ合って遊んだり、時間にも心にもゆとりができた。「子どもの成長を間近で見ていられる。当たり前のことが幸せ」。知美さんは目を細めた。
 
 ■避難者減少 10万人下回る 県外避難4万3270人 県内では5万6449人
 
 9万9750人の避難者(自主避難者を含む)の内訳は、県内避難者数が5万6449人、県外避難者が4万3270人、避難先不明者が31人となっている。
 避難者数は平成24年6月1日調査時の16万4218人が最も多く、ピーク時に比べ、約6万4500人減少した。
 ただ、避難者数は災害救助法に基づいて集計しており、仮設住宅などから災害公営住宅、住宅購入による転居も避難解消とみなされる。
 県は「避難者数の減少が全て古里への帰還者数を示すものではない」とした上で、避難指示解除区域の住民や自主避難者の帰還に加えて、恒久住宅への住み替えなどが進んでいるとみている。
 
 ■県外 東京が5697人で最多
 
 各都道府県への避難状況は【図(1)】の通り。ピーク時の平成24年3月から約1万9300人減少した。ピーク時は山形県が1万2980人と最も多かったが、約1万人減少した。現在は東京都が5697人で最多となっている。
 
 ■県内 全域避難町村8割
 
 県内避難者数のうち、全町(村)避難している富岡、大熊、双葉、浪江、葛尾、飯舘の六町村の避難者が4万5105人と全体の約8割を占める。
 六町村の主な県内の避難先は【図(2)】の通り。いわき市が六町村合わせて1万5506人と最も多く受け入れている。次いで福島市の8170人、郡山市の6665人など。

(2016/02/12 13:45カテゴリー:震災から5年)福島民報 2016年2月15日 (月)

出典:http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2016/02/post_13207.html

	

寒さに震え「老老避難」 私の見た福島事故

五年前の東京電力福島第一原発事故は、福島の人々の暮らしを突然奪った。すぐに戻れると思い、ほとんど着の身着のままで逃げたが、今なお十万人近くが避難生活を強いられている。人々が直面した過酷な現実を振り返り、あらためて原発事故がもたらす影響の大きさを考える。
 福島県浪江町の舶来(はくらい)重夫さん(72)は大震災の翌日、福島第一原発の十キロ圏外への避難を呼び掛けるパトカーの巡回で、原発の危機を知った。
 車も運転免許もない。妻の幸子さん(70)とリュックに必要最小限のものを詰め、四キロ離れた南相馬市小高区に住む姉夫婦宅へ自転車で向かった。「そこならぎりぎり十キロ圏外。とにかく離れなければ」。急ぐ途中、ボーンという爆発音がし、福島第一のある方角に白煙が立ち上るのが見えた。
 姉夫婦宅には、同じく浪江町から軽トラックで駆けつけた兄夫婦と、兄の娘夫婦が合流し総勢八人に。八十七歳の義兄を筆頭に八十代が四人、一番若い兄の娘でも六十歳。足が不自由だったり、持病の薬がいくつも必要だったりの「老老避難」が始まった。
 トラックの座席に三人、残る五人は荷台に乗り、地震でぼこぼこになった道を八キロ、南相馬市内の避難施設に向かった。ここで二晩、雑魚寝したが、市の職員から「コンクリートの施設でないと放射線を防げない」と告げられ、四キロ北の小学校へ。
 ここも避難者であふれていた。市職員から「可能な人はどんどん車で避難して」と言われたが、一行は「この寒さの中、年寄りが荷台に乗って山越えは無理」と動くに動けなかった。
 その夜、避難者を受け入れるという群馬県東吾妻町からのバスが着き、皆で乗った。すし詰め状態で、悪路は振動も激しい。雪が降り出したがエアコンは故障し、寒さに震えた。体調を悪くした同乗者もおり、舶来さんは「何とか無事に着いて」と祈った。「一人でも力尽きたら、皆が共倒れになる。誰も死なせちゃいけない。いつもそれだけを考えていました」
 東吾妻町の保養所で二カ月間を過ごし、「少しでも地元近くに」と福島県猪苗代町のホテルの避難所に移った。夏になって避難所が閉鎖されることになり、舶来さん夫婦は白河市の借り上げアパートに、姉夫婦ら六人もそれぞれ仮設住宅などへ移った。
 浪江町への帰還が見通せない中、舶来さん夫婦は二〇一四年末、栃木県大田原市に新居を建て、やっと落ち着いた。事故から三年半がたっていた。舶来さんは今、苦しい老老避難を振り返り、こう語る。
 「あの厳しい状況で誰も倒れずに済んだのは、ただの偶然でしかない。あんなことを繰り返さないためにも、事故の教訓を絶対に忘れちゃいけない」 (小倉貞俊)

出典:http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201602/CK2016021402000137.html

	
【アベ的未来社会2】まもなく福島第1原発事故から5年。今も10万人近くの人々が避難生活をしている。原発事故で老夫婦が「老々避難」する様子の取材記事です。読んでいると、先の戦争で空襲からの避難者を連想させる。「国」は「国民」を守らない。
	
福島/65歳以上半数超 県の災害公営住宅入居(1/12)
原発事故に伴う避難者向け災害公営住宅の入居者のうち、65歳以上の高齢者は53・6%と半数以上を占めることが県の調査で分かった。宮城、岩手の両県に比べ約20ポイント高い。
	

「また転居?」母たちの悲鳴 福島自主避難者「住宅無償」停止へ 2015/11/12 中日新聞朝刊・特報

【「被災者支援法放置は違法」と福島住民や宮城の避難者ら国提訴 <復興庁、白黒つけずに曖昧なまま>】 Behind the Days
	

<またもや日本大使館の蛮行・・・>   エチオピアで大震災展が中止 反原発的と日本大使館が難色

原発さえなければ、震災5年…続く関連死

首つったおやじを無駄死にできねぇ~<福島の農家>頑張って欲しい!!

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