【実話】「感じる視線」
これは20年ほど前の夏、妻と5歳になる娘を連れて田舎に帰省した時のお話です。
東北地方にある私の実家は先祖代々というような古い家ではなく、その当時で築20年ほどの比較的新しい雰囲気の家です。帰省の当日、妻と娘と私は東京の家から朝7時頃に出発し、東京駅から東北新幹線に乗る予定でした。
乗車する前、東京駅の売店でそれぞれに好きな駅弁や飲み物を買って、ホームの列に並びました。
3人分の指定席券は取っているものの、列に早く並ばないといけないような、なんとなく落ち着かない気持ちでいました。
ここまでは普通だったのですが…
列に並びながら、私はどこから誰かが我々をじーっと見ているような視線を感じ、周囲をキョロキョロと見まわしました。
すると娘が
「ねぇさっきから何を探しているの?Yならここにいるよ!ちゃんとママと手を繋いでいるから大丈夫だよ!」
と、ちょっと睨むような目をして言いました。
妻も
「Yの言う通りよ。さっきから落ち着かないわね!誰か知り合いでもいたの?」
不思議そうに尋ねてきました。
「いやぁ、そうじゃなくて…なんて言うのかな。妙な視線を感じるんだよ…。」
私が言うと、すかさず妻は
「えっ、あなたもなの?私もなんか落ち着かないっていうか、誰かがこっちを見ているような変な感じがさっきからしてたの…。」
と言うのです。
「えー、なんだパパもママもお腹がすいたんじゃないの?だから落ち着かないんじゃないの?!早く新幹線来ないかな。早く乗ってお弁当食べようね!」
娘は相変わらず明るくニコニコしながらそう言ってくれたので、ちょっと緊張してた場の雰囲気がほぐれました。
その後無事に新幹線へ乗り込み、席に仲良く座ってお弁当を食べながら家族の会話も弾み、楽しく乗車することが出来ました。
駅に到着すると
娘は「わーい、着いた着いた!ジージとバーバは待ってるかな?Yいま来たよ~!」と叫び、妻も
「ほんとに空気が優しいね。田舎の空は爽やかだし、同じ夏でも東京とはこんなに違うんだね!」
と弾んだ声で、娘と一緒にスキップしながら駅の出口へ向かいました。
東京駅のホームで感じた変な視線のことを、妻はもうすっかり忘れたようにはしゃいでますが、私はそのことが妙に心に引っかかったまま、妻たちの後に続きました。
タクシーに3人で乗り、行先を告げて実家に向かいます。
「○○町までお願いします。」
そう私が告げると、運転手さんは
「もう1人の方は、こっち、助手席に乗ってもらっていいですか?」
と言って、助手席側のドアを開けました。
「えっ?我々3人だけだから他はいないよ!」
と私が言うと
「その方はお連れ様ではないんですか?だって外に立ってるじゃないですか?」
と言って運転手さんが振り向きました。
「あれ?おかしいな。さっきまであなた方のすぐ後ろに続いてましたよ。変だなあ…もういなくなってる。どこに行かれたんだろう?」
運転者さんは独り事のように呟きながら、助手席側のドアを閉めました。
なんとなく妙な雰囲気のままタクシーは出発し、実家に向かいました。
車内で私は妻へ
「さっき誰がいたんだろ?今朝の東京駅のホームで感じた視線の主かな?」
と私が小声で耳打ちすると
「なんか怖いね…。お化けってこんな昼間っから出るの?気味が悪くて気絶しそう…。」
怖い話が苦手な妻は少し青ざめた顔で言います。
「えーと、この辺ですよね。そこの角を曲がった辺りでいいですか?」
運転手さんが尋ねてきたので
「はい、そうですね。そこを曲がったら直ぐのところで止めてください。どうもありがとうございました。」
とお礼を言い、降車しました。
そしてタクシーが走り出そうとした矢先、娘が大きな声で
「ねえ、パパとママ!前の席に座ってるお姉さんにもバイバイって言わないとだめだよ!お姉さん、バイバイ!」
と、ニコニコしながら手を振ったのです。
娘の言動に、運転手さんを含め大人3人は凍りついて思わず見つめ合いました。
この後は視線も感じず何事も無かったのですが、今でも忘れられない出来事です。
娘に聞いてみても「知らないお姉さんが一緒にいたよ」というだけで、謎のままです。