【今日は一人で乗らないで】「待っていたエレベーター」
これは私が大学生の時に、某有名ホテルで配膳のアルバイトをしていた時の話です。
その日の仕事も終わり、もう夜も遅かったため一緒にあがった仲の良い女の子Aさん(仮称)と駅まで帰ろうということになりました。ホテルの配膳事務所は地下2階にあり、帰るには事務所から一本道の狭い廊下を抜け、小さなホールからエレベーターに乗る必要がありました。
その廊下とホールというのが明かりに乏しく、壁もコンクリート打ちっぱなしで、朝夕関係なく常に薄暗くて何となく気味が悪かったことを覚えています。
私たちが廊下を抜けてホールに出ると、ちょうど開いていたエレベーターの扉が閉まり始めたところで、押しボタンがある側に逆光気味の人影が見えました。
扉の横のスペースに隠れて、体が半分見えている格好です。
このエレベーターは従業員の利用頻度が高いせいか、一度上に行くとなかなか戻ってこないと有名でした。
そこで早く帰りたかった私たちは、エレベーターから漏れる光に向かって走り出しました。
(人が2人も走ってきているのだから、開けて待っていてくれても良いのに。)
心の中でそう悪態をつきながら、何とかボタンに手を伸ばしました。
一瞬扉が完全に閉まりましたが、ぎりぎりで間に合ったらしくすらりと扉が開きました。
目の前がぱっと明るくなり、私たちは急いで乗り込みました。
乗り込んだエレベーターで一息つくと共に、あれ?と思いました。
中には誰も乗っていません。人影は私の見間違いだったのかもしれない。
逆光気味の黒い影が見えただけで、顔もわからなかったのだ。ただの見間違いだろう。
何より、人が2人あんなに走って乗り込もうとしているのに、開けて待っていてくれない筈がないじゃないか。
私はそう納得して、エレベーターの1階ボタンを押しました。
程なくしてエレベーターは動き出し、薄暗い地下からすっと上に引きあがる感覚がしました。
ボーッと上の階へ移動する表示を眺めていると、Aさんがぽつりと漏らしました。
「ねぇ、さっき誰かエレベーターにいなかった?」
そう、誰かいたはずなのです。
そのことで頭が一杯だった私は思わず「だよね…」と答えると、2人でパニックになりました。
エレベーターが地上に着くまでとても長く感じました。
これ以上その話をすれば、もっと怖いことが起こってしまうのではないか。
不安と恐怖で震えながら、黙ったままひたすらに扉が開くのを待ちました。
ようやく1階に着いて走りながら話を聞いたところ、Aさんも私と同じような人影をエレベーターの中に見ていたそうです。
口に出さない方が良いと思っていたけれど、不安でしょうがなくなって喋ってしまったとのことでした。
後から考えれば、私たちの前に事務所の外へ出たスタッフはいません。
エレベーターを降りてから事務所までは一本道なのに、その間誰ともすれ違っていません。
つまり、あの小忙しいエレベーターは地下2階へ降りてくる用事が無いにも関わらず、乗り手が来るまで扉を開けていたのです。
この話を先輩にしたところ、ホテルではどこもこういった出来事が多く起こるのだそうです。
私は社会人となり、アルバイトをしていたのはもう10年近く前のことになります。
たまにホテルのバーやレストランへ食事に行くこともありますが、そのホテルだけは何となく足が向きません。
当時の恐怖を思い出してしまうので、1人で乗るエレベーターは今でも苦手です。