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山一証券顧客相談室長殺人事件まとめ

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山一証券顧客相談室長殺人事件まとめ

Author:
sicsic
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山一証券顧客相談室長殺人事件まとめ

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山一証券とは

山一証券

山一證券株式会社(やまいちしょうけん)とは、かつて存在した日本の証券会社である。
野村證券、大和證券、日興證券とともに日本の「四大証券会社」の一角にあったが、不正会計(損失隠し)事件後の経営破綻によって1997年(平成9年)に廃業した。

山一証券顧客相談室長殺人事件

1997年8月14日20時20分頃、東京都大田区西の山一証券監査部顧客相談室長の樽谷紘一郎さん(当時57歳)が右胸や右腹、背中の3か所を刃物で刺され、苦しみながら歩いているのを通行人に発見されたが、まもなく死亡した。倒れていた場所から50メートル離れた駐車場で大量の血痕があったことから、駐車場が犯行現場と断定された。

夏休み明けで仕事に復帰したばかりだった樽谷さんは19時まで東京都中央区の山一証券本社で残業した後、同僚と品川駅で別れた。帰宅の途中で人目に付きにくい駐車場を通過した時に待ち伏せした犯人に襲われたものと見られている。
襲われた現場から樽谷さんが歩いた方向とは別の方向に、犯人が逃げる際に残したと見られる血痕が30メートルにわたって残っていた。 樽谷さんの財布の14万円が残っていたことから、金銭目的ではなく怨恨目的の観点から捜査を開始した。

樽谷さんは山一證券に対する苦情を処理する担当であり、株で損したといった顧客と直接接触する場面もあった。山一証券では幹部の住所を公開していないので、犯人は念入りに計画を持って犯行に及んだ可能性がある。 

捜査の過程で1978年から1億円を越える資金を投資していて株運用で損したことを理由に山一証券に苦情を申し入れていた元顧客であった無職の男(当時63歳)が重要参考人として浮上。この人物は現場で目撃された不審な車に酷似した車を借りていたが事件翌日に返却していたり、この男に似た人物が現場付近で目撃され、「顧客相談室長の住所はわかっている」などと事件前から脅していたことが判明しているが、犯人だとする決定的な証拠がなかった。 

樽谷さんの事件があったのは山一証券が総会屋に利益供与した問題が浮上していた時期で、1か月前には本社が東京地検の家宅捜索を受けていたが、事件から2ヶ月後の1997年10月に山一証券の顧問弁護士夫人が殺害される事件が発生。その7日後に顧客相談室長殺人事件で重要参考人とされていた男が弁護士夫人殺害容疑で逮捕された。

男は当初は否認していたが、アリバイ工作が露見すると顧問弁護士夫人の殺害を自供。無期懲役判決が下ったものの、顧客相談室長事件については容疑者の逮捕・立件に至っていない。 

出典:未解決事件X 山一証券顧客相談室長殺人事件(1997年8月)

	

他にもある山一証券関連の事件

1997年10月10日18時頃、弁護士・岡村勲の東京都小金井市の自宅庭先で岡村の妻(当時63歳)が胸や腹など5ヶ所を刺されて死亡する事件が発生。屋内は物色された形跡はないところから、怨恨と見られた。60歳くらいの不審者が2週間程前から目撃されて、殺害直前の事件当日17時50分にも目撃されていた。夫の岡村は当時留守であったため、無事だった。

7日後の10月17日に無職の63歳男性が逮捕された。男性は1978年から一億円を越える資金を投資していた山一証券の元顧客であったが、株運用で損したことを理由に山一証券に苦情を申し入れていた人物であり、事件2ヶ月前の1997年8月に発生した山一証券顧客相談室長殺人事件で重要参考人として浮上し、警察がマークをしていた人物であった(相談室長殺人事件では逮捕・立件されず)。男性は否認をしてアリバイを主張していたが、アリバイ工作対象の女性が容疑者から口裏合わせを頼まれたことを供述。アリバイ工作が露見された男性は殺害を認めた。男性は「動機は山一証券に株取引で損をさせられたために山一の代理である岡村弁護士に自分と同じ苦しみを味わせたかった。犯行に使われたナイフは犯行後に海中に捨てた」と供述した。岡村が山一証券の代理人を務めていたために自宅で妻が殺害されたことが明らかになった。

被害者の夫の岡村勲は第一東京弁護士会会長や日本弁護士連合会副会長などの要職を歴任した。岡村はこの事件を機に犯罪被害者がいかに司法で軽視され、不公正に扱われている存在であるかを痛感し、以後は犯罪被害者の権利拡大に取り組むようになった。岡村は、妻を殺した男性への死刑を希望することを法廷で証人として証言している。全国犯罪被害者の会の結成や運営をするにつれて、犯罪被害者の権利を司法に反映されることに尽力するようになった。また岡村は、「裁判所は加害者の権利を守りこそすれ、被害者の味方ではなかった」と述べている。

裁判では検察は死刑を求刑していたが、判決では男性が株取引で損をしたなどの情状酌量が認められて、2001年5月29日に無期懲役判決が確定した。

出典:山一証券代理人弁護士夫人殺人事件 - Wikipedia

	

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sic