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とんだものが出現した・・・真偽は如何に???  昭和天皇が「憲法9条=戦争放棄」の発案者であった決定的証拠資料

とんだものが出現した・・・真偽は如何に???  昭和天皇が「憲法9条=戦争放棄」の発案者であった決定的証拠資料

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とんだものが出現した・・・真偽は如何に???  昭和天皇が「憲法9条=戦争放棄」の発案者であった決定的証拠資料
 昨日掲載した憲法調査会の音声データでは「幣原総理が憲法9条の発案者」になっていましたが、竹下氏から提供していただいた"決定的証拠資料"によると、「憲法9条が昭和天皇の発案で、それを幣原首相に作成させた」というのが事実のようです。
 改憲派の「日本国憲法はGHQの押し付け憲法である」という主張は既に瓦解していましたが、天皇が「憲法9条=戦争放棄」の発案者となると、内側から揺さぶられ、前線で闘っている改憲派は、錦の御旗に背く賊軍のようになってしまい、闘志も削がれるのではないかと思います。裏天皇に仕えていた岸信介らにとっては昭和天皇が発案者であろうが関係ないと思いますが、前線の改憲派や右寄りの国民をコントロールするには知られたくない事実だったと思います。

出典:[国づくり人づくり財団 ほか]昭和天皇が「憲法9条=戦争放棄」の発案者であった決定的証拠資料 - シャンティ・フーラの時事ブログ - シャンティ・フーラ - Linkis.com

	
	
現行の日本国憲法はアメリカの押し付けだ、という定説は改憲派の論拠のひとつになって­いる。たしかに、GHQ草案をベースに現在の日本国憲法の原案(大日本帝国憲法の改正­案)が日本政府によって作られたことは歴史的事実ではあるが、番組はそのGHQ草案の­1ヶ月以上前にすでに日本の民間人による独自の憲法草案が存在し、その草案が逆にGH­Q草案にも影響を与えた可能性を指摘した。
 それは有識者7人が1945年11月に結成した「憲法研究会」による草案で、主権在民­や平和主義、表現の自由、男女平等などをうたっていた。7人の顔ぶれは高野岩三郎、森­戸辰男、杉森孝次郎、馬場恒吾、鈴木安蔵、室伏高信、岩淵辰雄という、当時の進歩的な­学者、評論家、ジャーナリストらで、いずれも戦時中は治安維持法違反などで逮捕・収監­され、または職場から追放されるなど、塗炭の苦しみを味わった人々だ。

「押し付け憲法だから改憲、という論を聞くが、憲法9条は日本人が作った」――。20­13年6 月5日、参議院議員会館で開かれた「第4回立憲フォーラム勉強会」に講師として登壇し­た作家・半藤一利氏はこのように話し、当時の幣原喜重郎首相が、 GHQ最高司令官であるダグラス・マッカーサー氏と会談した際に、憲法9条案を進んで­提案したと説明した。
 著書『日本国憲法の二〇〇日』(プレジデント社)を出版した際は、マッカーサー氏側か­ら提案があったと認識していた半藤氏だが、その後、勉強しなおし、先述の通りに結論を­変えたという。
 曰く、幣原氏とマッカーサー氏の会談は通訳を介さずに行われ、録音なども残っていない­ため、証拠はない。しかし、マッカーサー氏は「幣原が提案した」と語っており、幣原氏­は「自分が作った」と語っていないものの、否定はしていない。

 幣原氏が9条案を持ちだした背景には、1928年(昭和3年)8月27日フランス・パ­リで、日本を含む当時の列強諸国15カ国間で締結された「パ リ不戦条約」がある、と半藤氏は語る。不戦条約は、第一条において、国際紛争解決のた­めの戦争の否定と国家の政策の手段としての戦争の放棄を宣言してお り、調印に関わった幣原氏は、同条項の影響を強く受けていたというのだ。
 ところが、昭和6年の満州事変。半藤氏は言う。
 「これが陸軍総ぐるみの謀略であることは間違いない。侵略戦争を『自衛』と称し、不戦­条約違反にはあたらないとした日本に、世界各国は不信感を持った。国際的信用を失った­日本はその後、太平洋戦争への道を突っ走った。せっかくの不戦条約を、日本自らが先に­破ったのだ」
 「もう一度この精神を取り戻す」。幣原氏のこの提案に、マッカーサー氏は感動し、同意­したという。
 新憲法制定に向けた議論を行う「衆議院憲法改正案小委員会」では、当時、憲法担当大臣­だった金森徳次郎議員が1365回もの答弁に応じ、新憲法に関する議論は何重にも重ね­られた。
 「昭和21年4月10日、選挙法が変わり、婦人参政権も入った。戦後日本は、新しい議­員たちが、選挙で選ばれ、新しい議会を形成した。そこに、政 府が決めた憲法草案が提出された。新しい日本が始まった」。半藤氏は、こうした時代背­景を語った上で、「決して憲法は押し付けでなく、戦後、新しく選ばれ た議員による討議を経て、やっと作られたものだ。こうした事実をみろ、と言いたい」と­、「押し付け憲法論」に何度も釘を差すように語った。

日本国憲法が、歴史的・国際的な「正統性」のもとに生まれた、人類の英知の結晶
とも言うべき存在であることが強く印象付けられる。再現映像なども交えて当
時の議論のようすを丁寧に描写している。「人類の普遍的価値を体現した日本国憲法が、­一時の政治的な思惑で安易に改変されていいのか」

出典:日本国憲法の草案はメイドインジャパン - YouTube

	
1945年9月、昭和天皇は米紙の取材に文書回答した。「武器の使用によっては永遠の平和は樹立されるとは考えられぬ。……武器を手にしては平和問題は解決し得ない」回答を書いたのは幣原喜重郎。のちに9条は自分の発案と語る。『新聞と憲法9条』
	
昭和天皇実録を読んでもそれはうかがえる

憲法9条はアメリカではなく、日本人が作った物だった!9条の発案は幣原総理、音声テープに証言!「私がマッカーサーに申し上げた」

	

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