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稲作の歴史

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稲作の歴史

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稲作の歴史
稲作の歴史
弥生から現代まで。
日本に稲作が伝わったのは・・・
日本列島に稲作が伝わったのは、紀元前3世紀頃弥生時代だ。中国 揚子江の流域で発達した技術が日本に、農具とともに伝わった。
弥生時代からある農具
鍬

鋤

鍬鋤どちらも田を耕す道具だ。
田下駄

田下駄は、田んぼに入るとき足が沈まないよう形を工夫した下駄だ。
きね・臼

きね・臼は、取った米を脱穀するときに使う。
稲作が伝わって起こった変化
稲作が伝わると、米の多い少ないで貧富の差ができ、また耕作者、所有者などの身分の違いも生まれた。また、米により争いも起きた。239年に魏に使いを送った卑弥呼は、隣のクニとの争いの最中に息を引き取った。
古墳時代の稲作
古墳時代になると、田の面積が急激に増えた。稲作が全国的に普及し、生活が安定し、余った米を蓄えることが増えた。弥生時代からは、米の保存のためねずみ返しなどを付けた高床倉庫にしまっている。
飛鳥時代の稲作
いわゆる 米の「税」の始まり
飛鳥時代には、米で税を納めることが生まれた。飛鳥時代後期からは、班田収授の法ができたからだ。班田収授の法でもらった田は、口分田と呼ばれる。
班田収授の法も後々機能しなくなる
班田収授の法は後々、口分田から逃げ出したり、性別を偽ることが起き機能しなくなった。
奈良時代の稲作
自分の土地とできるようになる。
723年には、新たに作った田んぼを3世代自分の土地と、すでにある設備を使用して作った田んぼを1世代所有できる三世一身の法ができた。しかし、反対運動が増え、743年にいつまでも自分の土地とできる墾田永年私財法が出された。
農民が武装する平安時代の稲作
国の田が減る
平安時代になると、土地を寄付しそこの耕作者となる事が増えた。寄付された土地は荘園という。口分田はこの頃から減っていった。そして、荘園の境を巡る争いに備えるため、農民が武装していった。
鎌倉時代の稲作
武士が、守護地頭をおいて土地の管理をするようになると、貴族、寺社の権威は弱まっていき、武士の土地が増えた。
カカシも生まれた。(臭い匂いをかがすカカシ)
一揆が増えた室町時代の稲作
室町時代に、そのムラの決まり 惣掟ができ、農民の自治組織が土地の支配者を追い出すことが頻発した。
戦国時代の稲作
惣の解体
戦国時代になると、農民の組織惣が解体されていった。農民から武力を奪った。
農民を水害から守る戦国大名
武田信玄は、田んぼを水害から守るため信玄堤を作った。他にも、加藤清正なども堤を作った。
安土桃山時代の稲作
安土桃山時代には、豊臣秀吉がした太閤検地により耕作者が明確に、更に刀狩りで農民の一揆も防いで、しっかり確実に年貢が取れるようになった。
江戸時代の稲作
飢饉と一揆
江戸時代には、大きな飢饉が何回も起きた。しかし、年貢は取られるばかり、キリスト教も規制されるというストレスが溜まった農民たちは、1637年、島原・天草一揆を起こした。すぐに鎮圧されたが、大きな一揆が同じように何回か起きた。
明治時代の稲作
王政復古、富国強兵、版籍奉還で稲作が変わる
明治時代には、年貢制度はなくなり、現金の税ができた。土地の価格の3%を豊作のときでも、凶作のときでも現金で納めることになった。また、版籍奉還で大名の土地がなくなった。また、この頃から品種改良が本格化された。
大正時代の稲作
第一次世界大戦を背景に、農業の道具が機械化されていった。脱穀なども、機械でできるようになった。
米の値上がりと米騒動
米の値上がりに怒りを覚えた富山県の人たちは、ついに米騒動を起こし、それは全国に広がってしまった。
昭和時代の稲作
昭和時代になると、お米の生産が拡大し、いつでも食べられるようになった。
しかし、戦争で農地が荒れ果て、GHQの支援で食料を賄った時期もあった。
平成時代の稲作
平成では、農村の農民が減って、過疎化が進んでしまった。また、輸入食品が増えた。しかし、米は過疎化、食生活の洋風化、輸入が進んでも食料自給率はほぼ下がることはなかった。ただ、世界では環境の変化で稲作が危機に陥っている場所が多いため、日本もそうなってしまうかもしれない。ただそうならないことを祈るばかりだ。
結論
私達は、ほとんど、おとなになったら工業や商業に就くだろう。しかし、自分たちが今生きているのが数少ない農民たちのおかげだということをしっかり理解して、しっかり農業を応援することが必要だ。また、食生活の洋風化が進みすぎると、我々が暮らす日本で育てられない農作物もある。洋食しか食べなくなると、外国で農作物が育たなくなったとき食べるものがなくなる。また、信用度としては国産のほうが高い。このまま日本の農民が減れば大変なことになるだろう。和食の消滅は、いずれ日本人の全滅につながるかもしれないのだ。
参考文献
石器・縄文・弥生・古墳時代|クボタのたんぼ [学んで楽しい!たんぼの総合情報サイト]
飛鳥・奈良・平安・鎌倉時代|クボタのたんぼ [学んで楽しい!たんぼの総合情報サイト]
室町・戦国・安土桃山・江戸時代|クボタのたんぼ [学んで楽しい!たんぼの総合情報サイト]
明治・大正・昭和・平成令和時代|クボタのたんぼ [学んで楽しい!たんぼの総合情報サイト]
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ギネス目指し人