ファニートンボとペリー・ザ・ホボの物語

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2003年5月、久しぶりにペリーのホームページを見た。


「3月22日午後3時、ニューオリンズのクラウン、多量の薬物投与により、ボストンにて死亡」

心の師と仰いだ彼の訃は、あの旅の思い出にピリオドを打った。


昔からアメリカの音楽が好きだった。そしていつかアメリカを旅したい、そんな夢があった。普通の旅では面白くない。「見る旅ではなく、見せる旅」にしようと、以前から興味を持っていた多くの楽器を同時演奏する大道芸、「ワンマンバンド」の旅を計画した。


当時、演奏技術も語学力さえも未熟であったが、旅に対する誠実さと出会いを求める勇気があれば、最高の旅になるという確信があった。


2000年5月から8ヶ月間、アメリカ・カナダ大道芸横断の旅が始まった。







ペリーと最初に出会ったのは忘れもしない2000年5月18日、場所はニューオリンズのジャクソンスクエアという広場。僕の記念すべき旅の始まりで、大道芸デビューの日のこと。


初めての大道芸、緊張で顔が引きつっているのが分った。お客さんが遠くで見ているが、チップなど入れるわけもなく、時間だけがむなしく過ぎていった。


すると一人のクラウンが僕の方に歩いてくる。目の前まで来ると彼は左手をそっと胸に、右手は僕を差し、そして観光客が集まる広場の真ん中で、いきなりこう叫んだ


「どうか彼にチップを!」





彼は1ドル札をギターケースにそっと置いた後、僕の肩を軽く叩き、僕から去っていく。するとそれを観ていた客は「良かったよ」とチップを入れてくれた。


そう、あのクラウンは僕にとって最初の客であり、最初に出会った大道芸人。彼の名はペリー・ザ・ホボといった。


僕は彼をバーに誘い、友達になった。デビューと出会いを祝し、彼が愛用している「トップハット」がほしかった。


「この帽子は古くて汚い方がチップの入りが良いんだ」と気の利いたアドバイス。その日以来、広場には一方ピカピカ、一方はボロボロ、二つのトップハットが広場に並んだ。


彼は人懐っこい所が魅力のひとつで、さらに輪を掛けてとてもシャイな所がまた人を寄せ付ける。彼の人柄が大いに芸に生かされているように思えた。


そんな彼を師と仰ぎ、僕は次の町へと向かった。





カナダに入って横断し、再びアメリカへ。メキシコを経由しながらこの旅のスタート地点、ニューオーリンズにたどり着いたのは半年後のこと。


懐かしのニューオーリンズに心躍ったのをよく覚えている。安宿でチェックインした後、夜行バスの疲れを忘れ、すぐにあの広場へ向かった。


街並みは当時となんら変わらず、ただただ懐かしい湿った風が、この地を去ってからの時間の経過を、ゆるやかに縮めてくれた。


ペリーだ。バルーンを使い、観光客を楽しませている。僕はすぐに声をかけることなどできなかった。半年もの間、ずっと目標だった彼の存在は、想像以上に大きくなっていたのだろう。僕の方へやってきて隣に腰をかけた後、ゆっくり口を開く


「今日の調子はいまいちだ」





前に会ったのは半年前のたった三日間、彼はそんな僕のことを覚えてくれていたようだ。


「僕を知ってるの?」そう返すと彼は笑った。


「一緒のトップハットをかぶっている限り俺達は兄弟さ!」


旅を始めた時よりずいぶん語学力が付いたせいか、僕たちはいつも一緒にいた。そこで感じたのは、ペリーは警察には煙たがられていたものの、多くの観光客のみならず、市民にも愛されているということだった。友達や、客にまで僕を紹介してくれるその姿は、まるで「兄」のようだった。


しかし、そんな楽しい日々はつかの間、別れの日はやってくる。


「俺のために歌ってくれないか?」と彼、「もちろん」と僕。いつも彼がパフォーマンスしている場所で準備をする。





「今から私は最高の友であるペリーにスタンド・バイ・ミーを捧げます」


デビューしたあの夏を思い出しながら観衆に向けてそう言った。客がいなかった頃と比べ、目の前には人だかりができていた。僕の成長を彼はずっと見守ってくれていた。今までの旅が走馬灯の様に流れ、その思い出を観衆はやさしく包み込む。あるものは歌い、あるものは踊っていた。


客の隙間から顔をのぞかせては引っ込み、すこし照れが見える彼の顔を僕は胸に刻み込む。別れの曲が終わると、彼は観衆に見向けてこう叫んだ。


「こいつは帰ってくる、再びこの場所で歌うだろう!」


僕は深くうなずいた。








大道芸という自由な世界に手を引いてくれたペリー。


彼の訃を知った時の僕はショックで涙さえ出ず、頭が真っ白になったのを覚えている。


ーー彼の腰にぶら下がっているチキンの人形には、薬が詰まっていた。


ショックは和らぐどころか、どん底に落ちていくばかり。読んでいると、後半に幾つかの写真を見た。


そこにはニューオーリンズの市民、大道芸人、ミュージシャンが立ち上がり、彼のためにパレードを行った光景が写っていた。


鳥肌と共に涙があふれた。彼が長い年月で作り上げた深い信頼、まさにそこに愛があった。彼がいないパレードは、彼が演じた最期のパフォーマンス。それをニューオーリンズの空から初めて観客として見ていたのだろう。


あの約束。かけがえのない第二の故郷、ニューオーリンズで再び歌う。


その時がきたら天国の彼に、僕からプレゼントしよう。


当時ピカピカだったトップハットは、すでにボロボロになっていた。




ワンマンバンドを始めて10周年の夏、僕はペリーとの約束を果たした。


ペリー、本当にありがとう。あなたは永遠に僕の友であり、兄弟であり、心の師です。


「どうか彼に安らぎを・・・・・。」


そう心で言いながら、僕は彼と出会った場所にプレゼントをそっと置いて、その場を去った。






出典:大道芸人 FUNNY TOMBOW the ONE MAN BAND ペリー・ザ・ホボ




ワンマンバンドの大道芸人、ファニートンボさんと永遠の友達でもあり、心の師匠でもあるペリー・ザ・ホボさんの物語。


人生を自由に闊歩する2人の友情物語は心に沁み入る内容で、好きに生きることもそうですが、出会いを大切にする2人の生き方って素敵ですね。



著者プロフィール
Sharetube