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日本には「ワンワールド」の子孫がたくさん存在している!

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日本には「ワンワールド」の子孫がたくさん存在している!

Author:
DimaDima
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日本には「ワンワールド」の子孫がたくさん存在している!

漂着(侵略のきっかけ)して現地の女性と交わって混血を作る

おそらく、ササン朝ペルシャが栄えていた頃には、当時の日本列島にもペルシャ人が多数いたと思います。中国大陸では異民族同士が殺戮と破壊を繰り返してきました。そのたびに日本にも大陸から逃げて来た人たちが多数いたことでしょう。記録にないだけで、平安期や鎌倉期にも白人が列島に来ていたかもしれません。室町末期になりますと、海外の動きが日本にも迫ってきます。

スペインとポルトガルが15世紀にこぞって海外侵略を開始し、アジアではフィリピンがスペインによって奴隷にされます。マカオやインドのゴア、そしてティモールはポルトガルの手に落ちます。当然、侵略者は現地の女を犯しますからそこに混血が生まれます。フィリピンにはスペイン系の血が入っていると思われる顔立ちの人がたくさんいます。スペインだけではなく華人の血も入っていますので、こと混血という点ではフィリピンはにぎやかな国です。
ティモールの中で東ティモールが独立しましたが、ここで女性たちを犯しては子供を産ませ、現地の支配層に仕立て上げるのは、時代は変わっても太古の昔から同じ策略です。なぜこのような小さな地域にこだわるかと言うと石油が出るからですが、それはおいておきましょう。

種子島から2年で鉄砲生産開始

マカオも同様に混血が生まれました。それを「マカイエンサ」と呼びます。それらはおそらく重用された事でしょう。ポルトガル人は「以後よく来る宣教師」と学生の頃覚えたように1549年に来日します。その数年前、たしか1543年に種子島にポルトガル人が「漂着」した事になっています。「事になっています」というのは船が難破し流れ着いたように偶然を装っていますが、当然来日目的があったのです。
「豊後半島に1542年にポルトガル船が漂着を装って来日し、鉄砲商談を持ちかけます。それが根来寺に伝わり、対明貿易を盛んに行なっていた根来衆の杉の坊津田監物が興味を抱いて、根来寺の対明貿易船の拠点だった種子島の領主種子島氏の仲介を依頼したのでしょう。今でも根来寺の近くに種子島姓の家があります。面白いのは津田監物が堺の町人橘屋又三郎を伴っていた事です。当時の堺は根来水軍の根拠地で、鉄砲の需要地にも近かったから、鉄砲ビジネスを考えついた監物には当初から鉄砲を生産する意図が窺われます」(『金融ワンワールド』落合莞爾 成甲書房)
(『鉄砲伝来記』によりますと、美濃の関の刀鍛冶八坂金兵衛が娘若狭をポルトガル人に与えたとあります。)僅か2年のうちに鉄砲の製法を習得し、生産開始となりますが、このあたり日本人というのはすごいなと思います。

ポルトガル人と混血が進む

この当時ポルトガル人が来日し始めますが、八坂金兵衛の娘若狭だけではなく、薩摩の刀鍛冶集落にも混血児が多数生まれました。これは力づくで女性を犯した場合もあるでしょうが、わざわざ自分の娘をポルトガル人に差し出した商売人もいるでしょう。目的は商売のためです。政略結婚の時代ですからそういう事は普通に考えると思います。
世に言うスファラディユダヤ人はカトリックに改宗を迫られ、ポルトガルに逃げ込みますが結局表面上だけ改宗する偽キリスト教徒となります。偽キリスト教徒の事を「マラーノ」(豚野郎)と呼びます。そのマラーノたちが海外進出に従事していましたので、その一部が日本に住んでいましたが、やがてポルトガルがスペインに併合され本国に帰国できなくなります。また、カルタゴを中心に商業を営んでいたいわゆる「カルタゴベネッツィア」(本国はポルトガル)も多数日本に来ていました。

定住したベネッツィアコスモポリタンと薩摩

ところで、本国に帰国できなくなってしまったポルトガル人たちはそのまま日本に帰化します。
そこで持ち前の技術を日本人に教えます。例えば生野銀山の発掘量が16世紀末に一挙に増大しますが、それはポルトガル人の教えた技術によるところが大きいのです。こういう技術伝搬もあって、日本とポルトガルの混血が進みます。
薩摩の伊集院地域でも刀鍛冶とポルトガル人の通婚が行なわれ、生まれた子供が鉄砲鍛冶になりました。その子孫は後に加治屋方限(ほうぎり)に住みます。加治屋町というのはちょっと間ができない地名です。
実は英国と組んで「明治維新を主導した維新の元勲は、多くはこの加治屋方限の出身者でした。西郷隆盛、吉井友美、大山巌、東郷平八郎、樺山従道、黒木為禎、山本権兵衛、山本英輔ら枚挙にいとまがありません。」(『金融ワンワールド』落合莞爾)
維新の元勲の体格が一様に大柄だという事と、この16世紀から始まるポルトガル人(カルタゴベネッツィア)との混血と関係があると落合氏は書いています。

ポルトガルとの混血児「タカス」

マカオ(広東人)とポルトガル人の混血は「マカイエンサ」と呼ばれましたが、日本人とポルトガル人の混血は「たかす」と呼ばれます。なぜそう呼ばれるのか分かりません。

この落合氏のいう世界を股にかけて移動してきた人々の中核はウバイド文明で、西の果てが英国、東の果てが日本ということになります。
本書によればある一派は欧州方面からインド南端を通ってサカイ族の助けを借りて来日し、橘氏を名乗りました。またそのサカイ族は縄文海人となってやがて平氏になりました。

遥か昔にある者は南から海路を通って途中で混血しながら日本に住み着いた人たちがいたのと、比較的早く列島に定住していた人たち、北方から来日した人たち、ユーラア大陸をゆっくり時間をかけてその間に混血を重ねて陸路中国から直接来た人たち、またある者は半島から来たりしして、それらの子孫が私たちということになるわけです。またある者は同族だけで血の交わりをして多種とは交わらなかった種族もいるようです(ここは重要です)。
日本というのはとどのつまり、他民族混合列島といってもいいですね。

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著者プロフィール
Dima

小さな団体の非常勤役員です。海外に行くと逆に日本がよく見えますし、一人の時間を楽しめますので、年に数回は東南アジアに足を運びます(海外に永住権を持ってます)。また南国の暖かい気候は脳神経や血行に良いと実感します。 異常さの中に浸かっていると自分の異常さが見えなくなります。 さて日本はこの先いったいどこに向かうのでしょうか?