名作の怖い話 長編の傑作選④

著者:
投稿日:
更新日:

傑作の怖い話「謎の多い公衆電話」

突然だが、僕は電話が苦手だ。

それは電話が面倒だとか、メールの方が楽だとかそういうことではない。

電話が掛かってくる度にぎゅうと心臓が掴まれたようになる。


とある夏休み。

僕、丸井、高島、伊勢、天満の五人。

いつものメンバーで、いつもの通り僕たちはヒマを持て余していた。


夏のコンビニの光には大量の虫と、大量のヒマ人高校生が集まる。

僕もその中の一匹だ。

田舎のコンビニは駐車場だけはご立派だ。

あまり人が来ない時などは店員とも話をするくらいには慣れていた。

と言っても、そのコンビニの店長は知り合いだったが。

田舎特有の気軽さと言うヤツだ。


「何か面白いことない?」

そんなセリフを一日一回は誰かが言う。


「ないなあ」

それに対する返答も同数誰かが言う。


しかし、その日は少しいつもと違う日だった。


「お前らやることないなら、この人から面白い話聞いたから、そこ行けば?」

コンビニの店長が僕たちにそう言い、タクシーの運転手を紹介した。


「幽霊が出るとか出ないとか、そういう公衆電話があるんだ」

そう言ってそのタクシーの運転手が話し始めた。


「俺たちの中では有名なんだけど、あの●●霊園。あそこの裏手に山道あるよね。そこの公衆電話出るんだって。高速に出るにはあっち通る方が近いから、遠距離に行く客がいたら大体そこ通るんだけどさ。俺は見たことないけど、結構お盆辺りには出る出る言ってるから、今ぐらいの時期なんかちょうどいいんじゃないかい?」


当時、携帯電話普及に反比例するかのようにだんだんその数が減って来ていて、公衆電話は珍しくなっていた。

その話を聞いたときのみんなの反応は、しょうがないからそこに行って暇つぶしをするか、というものだった。

何も選択肢がない状態で、行くか行かないかどちらかを選べ、と言われたら誰でも消極的にだが行く方を選ぶだろう。

僕たちもそんな心理状態だった。


自転車で一時間。

途中にある長いトンネルを抜け、目的地に着いた。

真っ暗な中に白い明かりが一つ。

周りには外灯すらなく、やたらと公衆電話ボックスの存在感があった。

これかぁなどと、わいわいと群がり、ああでもないこうでもないと感想を言い合う。


ひとしきり騒いで満足したのか、はたまた飽きたのか。

誰かが、帰るか、と言ったのを合図に帰ろうと自転車にまたがった。


その時、

リーん

と、公衆電話が鳴った。


僕たちはそのあまりに響いた音に固まった。

今更だが、その霊園の近くの道は恐ろしく車や人の気配がなく、静まり返っていることに気付く。

時間は夜中、田舎の山道。

山の中というのは想像する以上に暗い。

公衆電話の蛍光灯だけが周りを照らす唯一の光だ。

規則的な音が妙に大きく聞こえる。

逆説的だが、公衆電話の大きい音が却って静寂を気付かせた。


リーん


急かすように公衆電話は鳴り続け、僕たちも誰かがこの電話に出なければならないのでは? と思い始めた。

今になって考えると、あの時逃げ出せば良かったと思う。

しかしそのときの僕たちは、肝試し的な感覚で、電話が鳴ったら出なくてはならないという思いに捕らわれていた。


「なあ。お前出ろよ」


「いや、お前こそ」


みんなでビクビクしながらそんなことを繰り返していた。

公衆電話の音は鳴り止まない。


「じゃあ俺、出るよ」


僕たちの中でリーダー格だった丸井が言い出した。

おっかなびっくり電話に近づき、扉を開けた。


知らない人もいるかもしれないが、公衆電話ボックスは大体が一人しか入れない。

バリアフリー目的の広々としたものは、あまりこういう場所には設置されていない。

ぎゅうぎゅうになりながらも僕たちは中に入ろうとすし詰めになる。

一人になるのが怖かったんだと思う。

少なくとも僕はそうだった。


扉を開け放し、丸井は僕たちにも聞こえるように受話器を取った。


「………………………………み……」


何かを喋っているのか。

わからないが、聞き取り辛い。

しかし、相手がいることは分かる。

何かを繰り返して言っているようだ。


「……か…………あ……と…………み……」


か・あ・と・み


ずっとこれを繰り返している。

そのうちに電話が切れてしまった。


「最初は怖かったけど、何か拍子抜けしたなあ」


丸井はそう言って、受話器を置いた。

僕も強がりから、面白いネタできたなあ、とか何とか言っていた。


翌日にはみんなそのことを忘れていた。

またいつものようにコンビニに集まり、「何か面白いことない?」と言い合っていた。


さらに二日後。

丸井が死んだ。


僕たちはあまりに突然のことに、わけが分からなくなった。

通夜、告別式が終わっても僕たちは一言も喋れなかった。

丸井の兄が、「君たちの事はよく聞いていたよ、今まで仲良くしてくれてありがとう」と言った時に初めて涙が出た。


僕たちは、コンビニではなくファミレスで話をした。

告別式の帰りで喪服だったからでもあるが、ちゃんと話をしたかったからだ。


「アイツがいないなんて、今でも実感がわかないよ」


伊勢は、亡くなったとは言わず、いないと言った。


「そうだな。アイツと最後に会ったのいつだっけ? ……コンビニか」


「いつもコンビニだもんな、はははっ……はは……」


それにつられて他の三人も力なく笑う。

この喪失感を何とかしよう、そう考えていたんだと思う。


「たしか、あの公衆電話を見に行った後、すぐだったよな」


「そうそう。カートミとか何とかずっと言って切れちゃったんだよなアレ」


「正直に言うと、あの時俺ちょっと……ビビってた」


皆が笑いながら、実は俺も、俺もと言い合った。


「カートミって何だったんだろうなあ?」


皆、丸井が死んだことに対して逃避したかったんだろう。

分けわかんないよな、とか、幽霊とかそんなのいないし、とかくだらない方向に話を持っていこうとしているのが分かった。

カーコンビニクラブとかの車屋の宣伝じゃねえのかなあ、いやいや電話の電波チェックだよ多分、でも雑音が酷かったぞその割には。


僕たちはやいのやいの努めて明るく下らなくなる様に笑いながら話し合った。


「カートミ、カートミ、カートミかあとみ、か、あと、みっか、……あとみっか」


「あと三日……」


「………………何だよそれ」


おい、どういうことだ。


三日って、丸井が死んだのは。


丸井が死んだのは公衆電話に行った後の三日後だった。


二時間後、僕たちは公衆電話の前にいた。

もしもこの公衆電話のせいで丸井が死んだのだったら、僕たちは仇を討たなくてはいけない。

皆、手にバットやカナヅチを持っていた。

喪服姿の高校生が凶器を持って自転車に乗っているのはさぞ奇妙に見えただろう。

僕たちは夜が更けるまで待った。


リーん


電話が鳴る。

誰も声を出さない。


伊勢が身を出し、ボックスの中に入った。

僕たちも後に続く。

ぎゅうぎゅうとすし詰めで、またも扉は開け放している。


「……もしもし」


受話器の向こう側からは何も聞こえない。

サー、という機械音がなるだけだ。

しばらく待ってみたが、プツっツーツーという音が聞こえ、切れてしまった。


「なあ、ただの偶然だったんじゃない?」


「…………」


トンネルの向こう側からクルマのライトが僕たちを照らし、駆け抜けていく。

そのライトのおかげで、今やっていることが妙に気恥ずかしくなった。


「そうかも知れない。何だろうな、俺たち。バカみたいじゃないか」


伊勢が笑い、僕たちも笑った。

僕たちは、丸井が死んだことに対して何も出来ないことに、罪悪感を持っていた。

何かの理由をつけたかった。


ユーレイ何かいないって。

そんなもんにあの丸井がやられるわけねーじゃん。

ははは。


リーん


電話が鳴った。


僕たちはお互いの顔を見合わせ、黙った。

一番最初に動いたのは高島だった。


高島が受話器を取り耳に押し当てる。


「…………あ…ふ…か…………と…………つ……あと……か」


「聞こえないって! もっと大きい声でいえよ!」


「……あ………………か…………ふ…………あと、ふつか」


プツリと音を立てて電話が切れる。


「後、二日か……」


天満がそう呟いた。


「二日って、バカこんなの信じてるの? 俺があと二日で死ぬわけねーだろ!? なあ?」


誰に言っているのかは分からないが、高島はそう叫んだ。


「そうだよな。ゴメン」


天満が謝り、僕と伊勢もそれに対して文句を言う。


「偶然だって」


「そうだよ、混線してるんだよきっと」


だよなあ、と言って僕たち四人は笑いあった。


二日後、高島は死んだ。


高島の出棺の後、その足でたまり場となっているコンビニに向かう。

店長からタクシーの運転手のことを聞きだすためだ。

伊勢、天満、それと僕。

少し前までは五人いた仲間が三人。

ついこの前まであったものがない。

寂しいとか違和感とか、そういったものでなく、当たり前のものがない。

片腕と片足がなくなったようなものだ。

ちくしょう。


コンビニに着く。

店長は僕たちを見て、悲しそうな顔をした後、コーラを三つ差し出した。


「残念だったな……」


「店長。タクシーのおじさんの連絡先知りませんか?」


「ああ、この前の人か? 知らないな。何か用事でもあるのか?」


「公衆電話について聞きたいんです」


「公衆電話か、あれなあ……いや、いいや。分かった。今度来たらお前達にメールするよ」


今更だったが、店長と僕たちは携帯のアドレスを交換し合った。


一週間たっても二週間たっても連絡は来なかった。

僕たちはコンビニに行く習慣もなくなってしまった。


携帯がなる。


「いま、いるから」伊勢だ。


そう言って、返事も聞かず電話を切った。


一人、自転車を走らせる。

もう何度この道を通ったのだろう。

この道を通るたびに友達が死んでいく。


ポツンとたたずむ公衆電話からの明かりだけがその道を照らす。

周りには何もない。

何もない?


誰も居なかった。


リーん。


あの鈴の音のような、電話ベルの音が闇夜に鳴る。

公衆電話以外のものは暗くて見えないから、自然とその音の発信源に目を奪われる。

怖くて、足が、震える。


かちゃり、きい、と言う音が妙に響き、ボックスの中に入った。

ぱたり、と軽い音を立て扉が閉まった。


目の前で、りーんりーんとうるさくがなる電話。

僕は震える手でその受話器を持ち上げるが、耳につけられない。

ぼそぼそ、と言っている。


「……ぃ………………」


聞きたくない、聞きたくない。


空いたもう片方の手で、携帯電話を取り出し、伊勢に掛けようとする。

くそ、圏外だ、こんな時に!

ボックスから逃げ出そうと扉に手を掛けるが、びくともしない。

さっきはあれほど軽い音を立てたのに今度は壁にでもなったかのように全く動かない。


ぼそぼそ、受話器はずっと繰り返している。

もういいよ、助けて誰か。

バンバンと扉を叩く。

誰か、誰か!


ひた、ひた。


目線の先には足が見える。

とっさに顔を上げるが、顔が見えない。

助けてくれと叫ぼうとした、が、その足、その足は何も履いていなかったのに気付く。

山中を裸足で歩く人などいない。

さらにその白さに、助けを掛ける人間でないことを理解した。

恐怖した。


ぱん……ぱん……ぱん……ぱん……


断続的に叩かれるボックスのガラス。

姿が見えない。

しかし、ぱん、という音がなる瞬間に、暗闇からにゅっと手のひらが現れる。


ぱん……ぱん……ぱん……


力なく窓ガラスを叩くような音。

目の前で鳴ったと思ったら、後ろで叩かれる。

色々な方向からぱん、ぱんと手のひらとともに音が鳴る。


異様に白い足、手。


見えるのはそれだけ、外は真っ暗闇で何も見えない。

ぼそぼそ、と受話器はまだ何かを続けている。

狭い空間でこんなこと、頭がおかしくなりそうだ。


足元の隙間から、妙に指の長い手のひらがすうっと入ってきた。

そして、すうっと引っ込む。

その手がまた入り、引っ込む。

一本、二本、回数を重ねるたびにそれは増える。


僕を探しているのか。

いやだいやだ。

手のひらに触らないように逃げる、避ける。

たくさんたくさんの手。

すうっ、すうっとたくさんの手が足元で現れ消える。


ぼそぼそ言う、受話器。


「もう止めてください! ごめんなさい!」


とっさに返事をしてしまった。


僕を掴もうとしている手のひらがひゅうっと闇に引っ込んだ。


受話器から声が聞こえる。


「いまいまいまいまいまいまいまいまいま」


あぁぁだめだ、と情けなくも体中から力が抜けた。


その時、轟音が耳をつんざいた。

ばりばり、とガラスが砕ける音。

顔や服にガラス片が散らばる。


伊勢・天満がボックスを壊している。


「おい! 大丈夫か!?」


助かった、と思った瞬間僕はその場でへたり込んでしまった。


コンビニについて、落ち着いた僕は夏なのにホットコーヒーをすすりながら話をした。

二人と僕の話はかみ合わなかった。

二人によると僕がボックスの中で暴れているのが見えただけ。

人? 手? 知らない。

そもそも伊勢は僕に電話などしていない。

確かに着信履歴に伊勢の名前はなかった。

大体、何故あの声が伊勢だと思ったのだろう。

妙に抑揚のない女のような声だったはずだ。


伊勢は天満と僕の家に行こうとした。

天満とは連絡が付いて合流したが、僕とは連絡が取れない、もしやと思い公衆電話に行ってみた。

着いてみると僕がボックスの中で暴れていた、と。

謎だらけの結末だった。


タクシーのおじさんは結局、二度とあのコンビニには来なかった。

何の意図であの話を僕たちに教えたのか、店長は知っているようだったが、教えてくれなかった。


あの声が耳から離れない。


僕は電話が苦手だ。

出典:

	

傑作の怖い話「非常階段」

数年前、職場で体験した出来事です。 

そのころ、ぼくの職場はトラブルつづきで、大変に荒れた雰囲気でした。普通では考えられない発注ミスや、工場での人身事故があいつぎ、クレーム処理に追われていました。

朝出社して、夜中に退社するまで、電話に向かって頭を下げつづける日々です。当然、ぼくだけでなく、他の同僚のストレスも溜まりまくっていました。


その日も、事務所のカギを閉めて、廊下に出たときには午前三時を回っていました。

O所長とN係長、二人の同僚とぼくをあわせて五人です。みな疲労で青ざめた顔をして、黙りこくっていました。

ところが、その日は、さらに気を滅入らせるような出来事が待っていました。

廊下のエレベーターのボタンをいくら押しても、エレベーターが上がってこないのです。

なんでも、その夜だけエレベーターのメンテナンスのために、通電が止められたらしく、ビル管理会社の手違いで、その通知がうちの事務所にだけ来ていなかったのでした。


これには、ぼくも含めて、全員が切れました。ドアを叩く、蹴る、怒鳴り声をあげる。

まったく大人らしからぬ狼藉のあとで、みんなさらに疲弊してしまい、同僚のSなど、床に座りこむ始末でした。

「しょうがない、非常階段から、おりよう」

O所長が、やがて意を決したように口を開きました。

うちのビルは、基本的にエレベーター以外の移動手段がありません。

防災の目的でつくられた外付けの非常階段があるにはあるのですが、浮浪者が侵入するのを防ぐため、内部から厳重にカギがかけられ、滅多なことでは開けられることはありません。

ぼくもそのとき、はじめて階段につづく扉を開けることになったのです。

廊下のつきあたり、蛍光灯の明かりも届かない、薄暗さの極まったあたりに、その扉はありました。

非常口を表す緑の明かりが、ぼうっと輝いています。


オフィス街で働いたことのある方ならおわかりだと思いますが、どんなに雑居ビルが密集して立っているような場所でも、表路地からは見えない、「死角」のような空間があるものです。

ビルの壁と壁に囲まれた谷間のようなその場所は、昼間でも薄暗く、街灯の明かりも届かず、鳩と鴉のねどこになっていました。

うちの事務所は、ビルの7Fにあります。

気乗りしない気分で、ぼくがまず、扉を開きました。

重い扉が開いたとたん、なんともいえない異臭が鼻をつき、ぼくは思わず咳き込みました。

階段の手すりや、スチールの踊り場が、まるで溶けた蝋のようなもので覆われていました。

そしてそこから凄まじくイヤな匂いが立ち上っているのです。

「鳩の糞だよ、これ……」

N女史が泣きそうな声でいいました。ビルの裏側は、鳩の糞で覆い尽くされていました。

まともに鼻で呼吸をしていると、肺がつぶされそうです。

もはや、暗闇への恐怖も後回しで、ぼくはスチールの階段を降り始めました。


すぐ数メートル向こうには隣のビルの壁がある、まさに「谷間」のような場所です。

足元が暗いのももちろんですが、手すりが腰のあたりまでの高さしかなく、ものすごく危ない。

足を踏み外したら、落ちるならまだしも、壁にはさまって、宙吊りになるかもしれない……。

振り返って同僚たちをみると、みんな一様に暗い顔をしていました。

こんなついていないときに、微笑んでいられるヤツなんていないでしょう。

自分も同じ顔をしているのかと思うと、悲しくなりました。

かん、かん、かん……。


靴底が金属に当たる、乾いた靴音を響かせながら、ぼくたちは階段を下り始めました。

ぼくが先頭になって階段をおりました。すぐ後ろにN女史、S、O所長、N係長の順番です。

足元にまったく光がないだけに、ゆっくりした足取りになります。

みんな疲れきって言葉もないまま、六階の踊り場を過ぎたあたりでした。

突然、背後からささやき声が聞こえたのです。


唸り声とか、うめき声とか、そんなものではありません。

よく、映画館なんかで隣の席の知り合いに話し掛けるときに、話しかけるときのような、押し殺した小声で、ぼそぼそと誰かが喋っている。

そのときは、後ろの誰か――所長と係長あたり――が会話しているのかと思いました。

ですが、どうも様子がへんなのです。

ささやき声は一方的につづき、ぼくらが階段を降りているあいだもやむことがありません。

ところが、その呟きに対して、誰も返事をかえす様子がないのです。


そして……その声に耳を傾けているうちに、ぼくはだんだん背筋が寒くなるような感じになりました。

この声をぼくは知っている。係長や所長やSの声ではない。

でも、それが誰の声か思い出せないのです。その声の、まるで念仏をとなえているかのような一定のリズム。

ぼそぼそとした陰気な中年男の声。確かに、よく知っている相手のような気がする。

でも……それは決して、夜の三時に暗い非常階段で会って楽しい人物でないことは確かです。

ぼくの心臓の鼓動はだんだん早くなってきました。


いちどだけ、足を止めて、うしろを振り返りました。

すぐ後ろにいるN女史が、きょとんとした顔をしています。

そのすぐ後ろにS。所長と係長の姿は、暗闇にまぎれて見えません。

ふたたび、階段を下りはじめたぼくは、知らないうちに足をはやめていました。

何度か、鳩の糞で足をすべらせ、あわてて手すりにしがみつくという危うい場面もありました。

が、とてもあの状況で、のんびり落ち着いていられるものではありません……。

五階を過ぎ、四階を過ぎました。そのあたりで……背後から、信じられない物音が聞こえてきたのです。


笑い声。


さっきの人物の声ではありません。さっきまで一緒にいた、N係長の声なのです。

超常現象とか、そういったものではありません。

なのに、その笑い声を聞いたとたん、まるでバケツで水をかぶったように、どっと背中に汗が吹き出るのを感じました。


N係長は、こわもてで鳴る人物です。すごく弁がたつし、切れ者の営業マンでなる人物なのですが、事務所ではいつもぶすっとしていて、笑った顔なんて見たことがありません。

その係長が笑っている。それも……すごくニュアンスが伝えにくいのですが……子供が笑っているような無邪気な笑い声なのです。

その合間に、さきほどの中年男が、ぼそぼそと語りかける声が聞こえました。

中年男の声はほそぼそとして、陰気で、とても楽しいことを喋っている雰囲気ではありません。

なのに、それに答える係長の声は、とても楽しそうなのです。


係長の笑い声と、中年男の囁き声がそのとき不意に途切れ、ぼくは思わず足を止めました。

笑いを含んだN係長の声が、暗闇の中で異様なほどはっきり聞こえました。

「所長……」

「何?……さっきから、誰と話してるんだ?」

所長の声が答えます。その呑気な声に、ぼくは歯噛みしたいほど悔しい思いをしました。

所長は状況をわかっていない。答えてはいけない。振り返ってもいけない。強く、そう思ったのです。


所長と、N係長はなにごとかぼそぼそと話し合いはじめました。

すぐうしろで、N女史がいらだって手すりをカンカンと叩くのが、やけにはっきりと聞こえました。

彼女もいらだっているのでしょう、ですが、ぼくと同じような恐怖を感じている雰囲気はありませんでした。


しばらく、ぼくらは階段の真ん中で、立ち止まっていました。

そして、震えながらわずかな時間を過ごしたあと、ぼくはいちばん聞きたくない物音を耳にすることになったのです。


所長の笑い声。


なにか、楽しくて楽しくて仕方のないものを必死でこらえている、子供のような華やいだ笑い声。


「なぁ、Sくん……」

所長の明るい声が響きます。

「Nさんも、Tくんも、ちょっと……」

Tくんというのはぼくのことです。背後で、N女史が躊躇する気配がしました。

振り返ってはいけない。警告の言葉は、乾いた喉の奥からどうしてもでてきません。

(振り返っちゃいけない、振り返っちゃいけない……)


胸の中でくりかえしながら、ぼくはゆっくりと足を踏み出しました。甲高く響く靴音を、これほど恨めしく思ったことはありません。

背後で、N女史とSが何か相談しあっている気配があります。

もはやそちらに耳を傾ける余裕もなく、ぼくは階段をおりることに意識を集中しました。

ぼくの身体は隠しようがないほど震えていました。


同僚たちの……そして得体の知れない中年男のささやく声は背後に遠ざかっていきます。

四階を通り過ぎました……三階へ

……足のすすみは劇的に遅い。もはや、笑う膝をごまかしながら前へすすむことすら、やっとです。


三階を通り過ぎ、眼下に、真っ暗な闇の底……地面の気配がありました。

ほっとしたぼくは、さらに足をはやめました。同僚たちを気遣う気持ちよりも、恐怖の方が先でした。


背後から近づいてくる気配に気づいたのはそのときでした。

複数の足音が……四人、五人?……足早に階段を降りてくる。

彼らは無口でした。何も言わず、ぼくの背中めがけて、一直線に階段をおりてくる。


ぼくは、悲鳴をあげるのをこらえながら、あわてて階段をおりました。

階段のつきあたりには、鉄柵で囲われたゴミの持ち出し口があり、そこには簡単なナンバー鍵がかかっています。

気配は、すぐ真後ろにありました。振り返るのを必死でこらえながら、ぼくは暗闇の中、わずかな指先の気配を頼りに、鍵をあ けようとしました。


そのときです。


背後で、かすかな空気を流れを感じました。

すぅぅ……。

(何の音だろう?)

必死で、指先だけで鍵をあけようとしながら、ぼくは音の正体を頭の中でさぐりました

(とても背後を振り返る度胸はありませんでした)。

空気が、かすかに流れる音。

呼吸。

背後で、何人かの人間が、いっせいに、息を吸い込んだ。

そして……。


次の瞬間、ぼくのすぐ耳のうしろで、同僚たちが一斉に息を吐き出しました……思いっきり明るい声とともに!


「なぁ、T、こっちむけよ! いいもんあるから」

「楽しいわよ、ね、Tくん、これがね……」

「Tくん、Tくん、Tくん、Tくん……」

「なぁ、悪いこといわんて、こっち向いてみ。楽しい」

「ふふふ……ねぇ、これ、これ、ほら」


悲鳴をこらえるのがやっとでした。

声は、どれもこれも、耳たぶのうしろ数センチのところから聞こえてきます。

なのに、誰もぼくの身体には触ろうとしないのです!


ただ言葉だけで……圧倒的に明るい、楽しそうな声だけで、必死でぼくを振り向かせようとするのです。


悲鳴が聞こえました。

誰が叫んでいるのかとよく耳をすませば、ぼくが叫んでいるのです。

背後の声は、だんだんと狂躁的になってきて、ほとんど意味のない、笑い声だけです。

そのときてのひらに、がちゃんと何かが落ちてきました。


重くて、冷たいものでした。

鍵です。ぼくは、知らないうちに鍵をあけていたのでした。

うれしいよりも先に、鳥肌のたつような気分でした。やっと出られる。闇の中に手を伸ばし、鉄格子を押します。ここをくぐれば、本の数メートル歩くだけで、表の道に出られる……。


一歩、足を踏み出した、そのとき。

背後の笑い声がぴたりと止まりました。

そして……最初に聞こえた中年男の声が、低い、はっきり通る声で、ただ一声。


「 お  い 」

出典:

	

傑作の怖い話「八尺様」

親父の実家は自宅から車で二時間弱くらいのところにある。 

農家なんだけど、何かそういった雰囲気が好きで、高校になってバイクに乗るようになると、夏休みとか冬休みなんかにはよく一人で遊びに行ってた。

じいちゃんとばあちゃんも「よく来てくれた」と喜んで迎えてくれたしね。

でも、最後に行ったのが高校三年にあがる直前だから、もう十年以上も行っていないことになる。


決して「行かなかった」んじゃなくて「行けなかった」んだけど、その訳はこんなことだ。


春休みに入ったばかりのこと、いい天気に誘われてじいちゃんの家にバイクで行った。

まだ寒かったけど、広縁はぽかぽかと気持ちよく、そこでしばらく寛いでいた。そうしたら、


「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」


と変な音が聞こえてきた。機械的な音じゃなくて、人が発してるような感じがした。


それも濁音とも半濁音とも、どちらにも取れるような感じだった。

何だろうと思っていると、庭の生垣の上に帽子があるのを見つけた。

生垣の上に置いてあったわけじゃない。

帽子はそのまま横に移動し、垣根の切れ目まで来ると、一人女性が見えた。まあ、帽子はその女性が被っていたわけだ。

女性は白っぽいワンピースを着ていた。


でも生垣の高さは二メートルくらいある。その生垣から頭を出せるってどれだけ背の高い女なんだ…

驚いていると、女はまた移動して視界から消えた。帽子も消えていた。

また、いつのまにか「ぽぽぽ」という音も無くなっていた。


そのときは、もともと背が高い女が超厚底のブーツを履いていたか、踵の高い靴を履いた背の高い男が女装したかくらいにしか思わなかった。


その後、居間でお茶を飲みながら、じいちゃんとばあちゃんにさっきのことを話した。

「さっき、大きな女を見たよ。男が女装してたのかなあ」

と言っても「へぇ~」くらいしか言わなかったけど、

「垣根より背が高かった。帽子を被っていて『ぽぽぽ』とか変な声出してたし」

と言ったとたん、二人の動きが止ったんだよね。いや、本当にぴたりと止った。


その後、「いつ見た」「どこで見た」「垣根よりどのくらい高かった」

と、じいちゃんが怒ったような顔で質問を浴びせてきた。

じいちゃんの気迫に押されながらもそれに答えると、急に黙り込んで廊下にある電話まで行き、どこかに電話をかけだした。

引き戸が閉じられていたため、何を話しているのかは良く分からなかった。

ばあちゃんは心なしか震えているように見えた。


じいちゃんは電話を終えたのか、戻ってくると、

「今日は泊まっていけ。いや、今日は帰すわけには行かなくなった」

と言った。

――何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだろうか。

と必死に考えたが、何も思い当たらない。あの女だって、自分から見に行った

わけじゃなく、あちらから現れたわけだし。


そして、「ばあさん、後頼む。俺はKさんを迎えに行って来る」

と言い残し、軽トラックでどこかに出かけて行った。


ばあちゃんに恐る恐る尋ねてみると、

「八尺様に魅入られてしまったようだよ。じいちゃんが何とかしてくれる。何にも心配しなくていいから」

と震えた声で言った。

それからばあちゃんは、じいちゃんが戻って来るまでぽつりぽつりと話してくれた。


この辺りには「八尺様」という厄介なものがいる。

八尺様は大きな女の姿をしている。名前の通り八尺ほどの背丈があり、「ぼぼぼぼ」と男のような声で変な笑い方をする。


人によって、喪服を着た若い女だったり、留袖の老婆だったり、野良着姿の年増だったりと見え方が違うが、女性で異常に背が高いことと頭に何か載せていること、それに気味悪い笑い声は共通している。

昔、旅人に憑いて来たという噂もあるが、定かではない。


この地区(今は○市の一部であるが、昔は×村、今で言う「大字」にあたる区分)に地蔵によって封印されていて、よそへは行くことが無い。

八尺様に魅入られると、数日のうちに取り殺されてしまう。

最後に八尺様の被害が出たのは十五年ほど前。


これは後から聞いたことではあるが、地蔵によって封印されているというのは、八尺様がよそへ移動できる道というのは理由は分からないが限られていて、その道の村境に地蔵を祀ったそうだ。

八尺様の移動を防ぐためだが、それは東西南北の境界に全部で四ヶ所あるらしい。


もっとも、何でそんなものを留めておくことになったかというと、周辺の村と何らかの協定があったらしい。例えば水利権を優先するとか。

八尺様の被害は数年から十数年に一度くらいなので、昔の人はそこそこ有利な協定を結べれば良しと思ったのだろうか。


そんなことを聞いても、全然リアルに思えなかった。当然だよね。

そのうち、じいちゃんが一人の老婆を連れて戻ってきた。


「えらいことになったのう。今はこれを持ってなさい」

Kさんという老婆はそう言って、お札をくれた。

それから、じいちゃんと一緒に二階へ上がり、何やらやっていた。

ばあちゃんはそのまま一緒にいて、トイレに行くときも付いてきて、トイレのドアを完全に閉めさせてくれなかった。

ここにきてはじめて、「なんだかヤバイんじゃ…」と思うようになってきた。


しばらくして二階に上がらされ、一室に入れられた。

そこは窓が全部新聞紙で目張りされ、その上にお札が貼られており、四隅には盛塩が置かれていた。

また、木でできた箱状のものがあり(祭壇などと呼べるものではない)、その上に小さな仏像が乗っていた。

あと、どこから持ってきたのか「おまる」が二つも用意されていた。これで用を済ませろってことか・・・


「もうすぐ日が暮れる。いいか、明日の朝までここから出てはいかん。俺もばあさんもな、お前を呼ぶこともなければ、お前に話しかけることもない。そうだな、明日朝の七時になるまでは絶対ここから出るな。七時になったらお前から出ろ。家には連絡しておく」


と、じいちゃんが真顔で言うものだから、黙って頷く以外なかった。

「今言われたことは良く守りなさい。お札も肌身離さずな。何かおきたら仏様の前でお願いしなさい」

とKさんにも言われた。


テレビは見てもいいと言われていたので点けたが、見ていても上の空で気も紛れない。

部屋に閉じ込められるときにばあちゃんがくれたおにぎりやお菓子も食べる気が全くおこらず、放置したまま布団に包まってひたすらガクブルしていた。


そんな状態でもいつのまにか眠っていたようで、目が覚めたときには、何だか忘れたが深夜番組が映っていて、自分の時計を見たら、午前一時すぎだった。

(この頃は携帯を持ってなかった)


なんか嫌な時間に起きたなあなんて思っていると、窓ガラスをコツコツと叩く音が聞こえた。

小石なんかをぶつけているんじゃなくて、手で軽く叩くような音だったと思う。

風のせいでそんな音がでているのか、誰かが本当に叩いているのかは判断がつかなかったが、必死に風のせいだ、と思い込もうとした。

落ち着こうとお茶を一口飲んだが、やっぱり怖くて、テレビの音を大きくして無理やりテレビを見ていた。


そんなとき、じいちゃんの声が聞こえた。

「おーい、大丈夫か。怖けりゃ無理せんでいいぞ」

思わずドアに近づいたが、じいちゃんの言葉をすぐに思い出した。

また声がする。

「どうした、こっちに来てもええぞ」


じいちゃんの声に限りなく似ているけど、あれはじいちゃんの声じゃない。

どうしてか分からんけど、そんな気がして、そしてそう思ったと同時に全身に鳥肌が立った。

ふと、隅の盛り塩を見ると、それは上のほうが黒く変色していた。


一目散に仏像の前に座ると、お札を握り締め「助けてください」と必死にお祈

りをはじめた。


そのとき、


「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ…」


あの声が聞こえ、窓ガラスがトントン、トントンと鳴り出した。

そこまで背が高くないことは分かっていたが、アレが下から手を伸ばして窓ガラスを叩いている光景が浮かんで仕方が無かった。

もうできることは、仏像に祈ることだけだった。


とてつもなく長い一夜に感じたが、それでも朝は来るもので、つけっぱなしのテレビがいつの間にか朝のニュースをやっていた。画面隅に表示される時間は確か七時十三分となっていた。


ガラスを叩く音も、あの声も気づかないうちに止んでいた。

どうやら眠ってしまったか気を失ってしまったかしたらしい。

盛り塩はさらに黒く変色していた。


念のため、自分の時計を見たところはぼ同じ時刻だったので、恐る恐るドアを開けると、そこには心配そうな顔をしたばあちゃんとKさんがいた。

ばあちゃんが、よかった、よかったと涙を流してくれた。


下に降りると、親父も来ていた。

じいちゃんが外から顔を出して「早く車に乗れ」と促し、庭に出てみると、どこから持ってきたのか、ワンボックスのバンが一台あった。そして、庭に何人かの男たちがいた。


ワンボックスは九人乗りで、中列の真ん中に座らされ、助手席にKさんが座り、 庭にいた男たちもすべて乗り込んだ。全部で九人が乗り込んでおり、八方すべてを囲まれた形になった。


「大変なことになったな。気になるかもしれないが、これからは目を閉じて下を向いていろ。

俺たちには何も見えんが、お前には見えてしまうだろうからな。

いいと言うまで我慢して目を開けるなよ」

右隣に座った五十歳くらいのオジさんがそう言った。


そして、じいちゃんの運転する軽トラが先頭、次が自分が乗っているバン、後に親父が運転する乗用車という車列で走り出した。

車列はかなりゆっくりとしたスピードで進んだ。おそらく二十キロも出ていなかったんじゃあるまいか。


間もなくKさんが、「ここがふんばりどころだ」と呟くと、何やら念仏のようなものを唱え始めた。


「ぽっぽぽ、ぽ、ぽっ、ぽぽぽ…」


またあの声が聞こえてきた。

Kさんからもらったお札を握り締め、言われたとおりに目を閉じ、下を向いていたが、なぜか薄目をあけて外を少しだけ見てしまった。


目に入ったのは白っぽいワンピース。それが車に合わせ移動していた。

あの大股で付いてきているのか。

頭はウインドウの外にあって見えない。

しかし、車内を覗き込もうとしたのか、頭を下げる仕草を始めた。


無意識に「ヒッ」と声を出す。

「見るな」と隣が声を荒げる。


慌てて目をぎゅっとつぶり、さらに強くお札を握り締めた。


コツ、コツ、コツ

ガラスを叩く音が始まる。


周りに乗っている人も短く「エッ」とか「ンン」とか声を出す。

アレは見えなくても、声は聞こえなくても、音は聞こえてしまうようだ。

Kさんの念仏に力が入る。


やがて、声と音が途切れたと思ったとき、Kさんが「うまく抜けた」と声をあげた。

それまで黙っていた周りを囲む男たちも「よかったなあ」と安堵の声を出した。


やがて車は道の広い所で止り、親父の車に移された。

親父とじいちゃんが他の男たちに頭を下げているとき、Kさんが「お札を見せてみろ」と近寄ってきた。

無意識にまだ握り締めていたお札を見ると、全体が黒っぽくなっていた。

Kさんは「もう大丈夫だと思うがな、念のためしばらくの間はこれを持っていなさい」と新しいお札をくれた。


その後は親父と二人で自宅へ戻った。

バイクは後日じいちゃんと近所の人が届けてくれた。

親父も八尺様のことは知っていたようで、子供の頃、友達のひとりが魅入られて命を落としたということを話してくれた。

魅入られたため、他の土地に移った人も知っているという。


バンに乗った男たちは、すべてじいちゃんの一族に関係がある人で、つまりは極々薄いながらも自分と血縁関係にある人たちだそうだ。

前を走ったじいちゃん、後ろを走った親父も当然血のつながりはあるわけで、少しでも八尺様の目をごまかそうと、あのようなことをしたという。

親父の兄弟(伯父)は一晩でこちらに来られなかったため、血縁は薄くてもすぐに集まる人に来てもらったようだ。


それでも流石に七人もの男が今の今、というわけにはいかなく、また夜より昼のほうが安全と思われたため、一晩部屋に閉じ込められたのである。

道中、最悪ならじいちゃんか親父が身代わりになる覚悟だったとか。


そして、先に書いたようなことを説明され、もうあそこには行かないようにと念を押された。


家に戻ってから、じいちゃんと電話で話したとき、あの夜に声をかけたかと聞いたが、そんなことはしていないと断言された。

――やっぱりあれは…

と思ったら、改めて背筋が寒くなった。


八尺様の被害には成人前の若い人間、それも子供が遭うことが多いということだ。まだ子供や若年の人間が極度の不安な状態にあるとき、身内の声であのようなことを言われれば、つい心を許してしまうのだろう。


それから十年経って、あのことも忘れがちになったとき、洒落にならない後日談ができてしまった。


「八尺様を封じている地蔵様が誰かに壊されてしまった。それもお前の家に通じる道のものがな」


と、ばあちゃんから電話があった。

(じいちゃんは二年前に亡くなっていて、当然ながら葬式にも行かせてもらえなかった。じいちゃんも起き上がれなくなってからは絶対来させるなと言っていたという)


今となっては迷信だろうと自分に言い聞かせつつも、かなり心配な自分がいる。

「ぽぽぽ…」という、あの声が聞こえてきたらと思うと…

出典:

	

読んだ方の声

『ぽぽぽ…ぽぽ……』

僕「は、八尺様だ…」(((ブルブル)))

鼠先輩「ぽ〜っぽ〜 ぽ〜ぽぽっぽぽ ぽっぽ ぽぽっぽ〜 ぽぽぽぽぽぽ ぽぽぽぽぽぽ ぽ〜」

僕「ぽっぽ!」

鼠先輩かいっ!笑

傑作の怖い話「404号室」

「404号室を借りたいのだが・・・・」

そのおかしな奴は言った。

妙な注文を出す奴はよくいるが、こいつはその中でも注文も外見も飛びきり風変わりだった。

顔は浅黒くて、背はひょろんとしている。声は無理やりしぼりだしているようなかすれ声だった。

おまけにこの暑いのに全身真っ黒なコートにくるまってやがる。


「えーっと、何度も説明致しました通りですね。このビルには404号室は存在しないのです。縁起が悪いとオーナーがおっしゃってましてですね。こちらのように」

と言って私は見取り図を見せた。

「403号室と405号室の間に部屋はありませんのです。」

これを説明するのは何度目だろう。

「知っている・・・404号室がないのは知っている。でも借りるのだ。」

こいつは白痴だろうか?それともどっかのやくざが因縁付けに来たのか?冗談じゃない。


こっちはまっとうに商売してきたつもりだ。

「何度も説明したとおりですね。ないものはないので、貸しようがないのですよ。」

「それは分かっている。金は払う。そちらは404号室を貸すと言う書類をつくって私と契約してくれればそれでいい。部屋はなくてもいいのだ。」


こいつは、気違いだ。間違いない。私は堪忍袋の緒が切れて声を荒げてしまった。

「おい、あんたいい加減にしないと警察を呼ぶぞ。冷やかしならさっさと出て行けよ。」


騒がしくなってきたことに気づいて所長が事務所の奥からのっそり出てきた。

むかっ腹が立っていた私は所長にいままでの経緯をまくし立てた。私から全ての経緯を聞いた所長は

「お客様、詳しいお話をお聞かせ願えませんでしょうか。」と言うと今まで私の座っていたいすに座り妙な客と話し始めた。


「あ、申し訳ないが君は席をはずしてくれないか?」

まあ、所長の好きにさせるさ。手に余るに決まってる。無い部屋を借りようだなんてバカな

話は聞いたこともない。私は事務所の奥に引っ込み、所長がいつまで我慢するのかみてやろうと、

聞き耳を立てていた。


「いや、うちのものが失礼致しました・・・」

などと所長が謝っているのが聞こえたが、やがてひそひそ声しかしなくなった。いつ切れるか

いつ切れるかと30分もまっただろうか、うとうとしかけたころ、


「おい、君。話がまとまったぞ。」

所長に声をかけられた。

「このお客様に404号室をお貸しする。」

バカかこの所長は?この夏の暑さで気でも狂ったのか。

「でも所長。ないものをどうやって。」

「いつものとおりだ。書類を作って手続きをとる。お互いに404号室については納得済みである。なんの問題もない!!」


大ありですよ。


「オーナーにはなんと言うのです。」

「さっき、確認をとった。家賃さえ払ってくれるなら細かいことは気にしないそうだ。」

めちゃくちゃだ。

「役所にはなんと。」

「無い部屋なんだから、報告する必要はない。黙っていればいい。」

それでも所長か。


「問題は全て片付いたようだな・・・・では書類を作ってくれ。金はここにある。」

黒尽くめの男が陰気な声で言って、手元のかばんを開けると札束を取り出した。

「はい。直ちに作りますので、少々お待ちくださいーー。ほら君早くして!!」

ご機嫌なった所長に言われて私はしぶしぶこのバカな話に付き合った。書類を作り奴

にサインを求める。奴め、手まで真っ黒だ。妙な筆跡で読みづらいが名はNyaru・hotepとか言うらしい。


手続きが終わると、

「では、邪魔したな。これから引越しの準備があるのでこれで失礼する・・・」

そいつは事務所から出ていった。


「所長、おかしいですよ。どう考えても。変な犯罪に巻き込まれたらどうするんです。」

「変でも変でなくてもいいんだ。金を払ってくれるんだから別にいいじゃないか。無い部屋を借りようなんてよく分からんが、まあ世の中にはいろんな人がいてもいいだろう。」

「でも引越しとかいってましたよ。どっかの部屋に無理やり住み込まれたらどうするんです。」

「そうしたら追い出すだけさ。貸したのはあくまでも404号室だ。404号室ならいいが、それ以外はだめだ。」


それから、一週間後。

退去者がでるので、件の貸しビルへ明渡と現状の確認に訪れた。一週間前のことを思い出して4階の様子もみてみようと思ってエレベータで4階に行くと・・そこには404号室があった。

大方、例の奴がどこかの部屋に無理やり住み着いて、部屋のプレートを書き換えてるんだろう。

所長め、やっぱり厄介なことになったじゃないか。


ベルを鳴らすと真っ黒の奴が部屋の中から現れた。

「ああ、この間の方か・・・、何か用かな?」

「おい、あんた何をやってるんだ。借りるのは404号室をと言う契約のはずだぞ。」

「見ての通り。404号室だが。何かおかしなことでも?」

すっとぼけてやがる。

「ふざけるなよ。そういうことをすると警察の厄介になるぞ。早く荷物をまとめてでていけ。」

「残念ながら、君の考えているようなことはしていない。よく確認して見たまえ。」


私は4階の部屋の数を数えた。見取り図では401から405まである。そのうち404号室は存在していないわけだから4部屋あるわけだ。部屋が4つだからドアも4つ。単純な計算だ。


しかし、ドアはなぜだか5つあった。

「そういうわけだから、お引取り願おうか・・・」

奴にバタンとドアを閉められたが、こっちはどうしても納得がいかない。

やけになって他の全ての部屋にあたってみることにした。


401号室の住人

「え、404号室はなかったんじゃなかっったって?んーーそういえばそんな気もするけど、今あるってことは最初からあったんだろう。」


402号室の住人

「404号室ですか。確かに最初はありませんでしたよ。いつのまにか出来て人がすんでるみたいですね。ちょっと変だけどまあ、特にこっちに迷惑がかかるわけでもないし・・・」


403号室の住人

「お隣さん?引越しの時に挨拶したけど別に普通だったよ。」


405号室の住人 

「隣の方ですか?黒ずくめでかっこいいですよねえ。俳優さんかな」


どういうことだ。他の階に行ってみると全てドアは4つだ。4階だけ5つあるってことは404号室の分だけどっかから沸いて出てきたってことになるじゃあないか。管理人にも聞いてみよう。


管理人

「404号室に引っ越すって言ってきたときはなんかの間違いだと思ったけど。あの人と一緒に4階に行ったら本当にあったねえ。びっくりしたけど、世の中はいろいろあるからねえ。 書類もきっちりしているし、オーナーも承知だし何の問題もないだろう。」

「何か変わったことはないですか?」

「お客さんが多い人みたいだよ。妙にのっぺりした顔の人が多いね。前に仕事を尋ねたときがあるけど、相談所なんかをしてるみたいだよ。お国の人の悩みを聞いてあげてるそうだよ。」


隣の部屋のやつらも管理人ももっと不思議がれよ。都会人が他人に無関心というのは本当らしい。


もう一度4階に行ってみようと思い、奴の部屋のベルを再び鳴らす。

「また、あなたですか・・・いい加減にしていただきたいな。」

「ちょっと、部屋の中を見せてくれないか。」

「断る・・・私は金を払ってこの部屋を借りている。あなたに勝手に入る権利はない・・・。」

その通りだ。しかし、どうしても我慢できない。無理やり中をみてやろうと奴を押しのけるよ

うに部屋に入ろうとした。そのときゴツンと何も無い空間に手ごたえが合った。


なんだこれは。何も無いのにまるで防弾ガラスでもあるようだ。

「部屋は用も無いものが入ることを許さない・・・。」

「私は管理会社のものだぞ。」

「だからと言って無断に立ち入る権利はない。・・・」

くそっ。その通りだ。奴と問答していると、エレベータが開いて人の声がした。

「お、ここだここだ。え-404号室か。あ、こんにちはー、ご注文のものを届にきました。」

「待っていた・・・。この部屋だ。運び込んでくれ。」

「はい、わかりました。」

そういうと業者は私がはじかれた空間を何の抵抗も受けずに通り抜け部屋に入っていった。

「おい、どうしてあいつは入れるんだ。」

「彼は荷物を届けるのが仕事であり、ゆえに部屋に入らなければならないからだ・・・。」

筋は通っている。なんとか私も用事を考えようとしたが、駄目だ。何も思いつかない。

この場は引き下がるが、絶対に部屋の中をみてやる。どんな手品かしれないがタネは絶対に

あるはずだ。そのからくりを暴いてやる。


それから仕事も手につかなくなった。なんとか奴に一泡吹かせてやろうと、色々考えたがどうしても用事が思いつかない。


「君、最近ふわふわしているがどうかしたのかね。」所長に声をかけられた。

「あ、実は」

と今までの経緯をすべて話すと。

「ふうむ、君それはいけないよ。お客様のプライバシーに踏み込むようなことはしちゃいけないなあ。」

「でも、奴は住んでるんですよ。404号室に。」

「確かに不思議だが。しかし家賃はしっかり払ってくれている。管理会社としてそれ以上なにを望むんだね。」

「妙だと思いませんか。」

「思わんね。」

「何故」

「金は払ってくれているからだ。」


埒があかない。


「お客様に迷惑をかけたりするようなことがあれば、君の査定にも影響してくるぞ。さあ、くだらないことに迷わされていないで、しっかり働くんだ。」

くだらない?くだらないことか?所長も管理人も他の住人もどうかしてる。


しかし、遂に私の疑問も解ける時が来た。一ヵ月後のことだ、

「ああ、君。こないだの404号室の方が退去されるそうだ。明渡しに立ち会ってくれ。」

やった。とうとう用事が出来た。これはケチのつけようがない立派な用事だ。

退去する時とは残念だが、必ずタネを暴いてやる。

「くれぐれも失礼なことはするなよ。」


404号室のベルを鳴らす。

「やあ、入らせてもらうよ。」

ドアが開くや否や足を踏み出す。よし!。今度ははじかれることもなくすんなりと部屋にはいれた。

こんなにあっさり入れるとちょっと拍子抜けするほどだ。

「はやく確認をすませてくれないか・・・」

黒ずくめのゴキブリがなんか言ってるが知ったことか。私はとうとう入れた部屋の中をじっくりと

確認した。何かおかしなことはないか、どこか妙なところはないかと必死に探した。しかし小一時間も探したが何一つ妙なところはない。ごく普通の部屋だ。私はすっかり困り果ててしまった。


「参った。降参だよ。いったいどうやったのか本当に知りたいんだ。教えてくれないか。」

「なんことだ・・・」

「この部屋だよ。どうやって一部屋余分に繰り出したんだ。」

「私は何もしていない。契約だから部屋が出来た。契約終了と同時に部屋は消える・・・・。もう確認は済んだだろう。私は帰らせてもらうが、あんたはどうするんだ。」


すっとぼけやがって。何が契約だよ。うまいこといいやがってきっと何か秘密道具でもしかけてあるんだろう。何がなんでも探してやる。

「ああーーいいとも。確認は終わったよ。きれいなもんだ。」

「一緒に帰らないか・・・」

こんな薄気味の悪い奴と並んで歩くのなんてまっぴらだ。

「クク・・では、お先に・・・」

そういうと奴は部屋を出て行った。


それから奴が帰ったあともひたすら部屋の中を探ったが何もわからない。気が付けば外も薄暗くなってどうやら、もう夕方のようだ。


「一旦帰るか」


私はドアをあけて帰ろうとした。が、ドアが開かないのだ。カギをいじくってもだめだ。

いやな予感がして窓を開けようとした、これも開かない。ベランダにもでれない。

ふと時計を見る、午後3時。なのにどんどん暗くなっていく。

外から歩く音がする。4階の他の住人が廊下を歩いているようだ。ドアをたたき「おーい、あけてくれ」と叫んだ。住人はまったく気づかず通り過ぎる。

そもそも何で外が薄暗いんだ。今はまだ3時なのに、なんで暗くなるんだ。

外を見ると今までの光景と全く違っている。今までは外に見えていたのは普通のどうってことない町並みだ。なのに今外には何も見えない。真っ暗な空間がぽっかりあるだけだ。


それから半年が過ぎた。

奴の言葉が思い出される。

「契約終了と同時に部屋は消える・・・」

もしかすると、部屋は消えたくないんじゃあないのか。契約終了ってことはつまり私が現状確認をしてこの部屋を出ていくことだ。つまり私がこの中にいるかぎりこの部屋は存在できる・・・。


部屋は私を死なせたくないようだ。備え付けの冷蔵庫の中にはいつも食料がたっぷりだ。

どういう仕組みか水もでるし、電気も通っている。

ここから出たい。私は一生このままなのだろうか・・・・・・・

出典:

	

読んだ方の声

404号室に住んで誰にも見つからずに生きたい

	

404号室何をやっても見つからない(違う

	

俺の下宿先の部屋番号は404号室だから誰にも見つからないし安心だな。

	
引きこもって生きたい人は、この404号室の住人になれると良いですね(笑)

でも、一度入ったら多分出られませんよ?

続きのページ。

↓↓↓↓↓























著者プロフィール
Sharetube