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ETV「それは、ホロコーストのリハーサルだった」

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ETV「それは、ホロコーストのリハーサルだった」

Author:
AIOAIO
Posted date:
Update date:2016年08月03日
ETV「それは、ホロコーストのリハーサルだった」

ナチの優生保護により、劣勢とされる身体に障害のある人々に対し、憎悪と侮蔑と差別に誘導したポスター

「この遺伝的欠陥を持つ人間の一生に6万ライヒマルクもかかる。それは他ならぬ君の金だ。考えろ。」
それはホロコーストの"リハーサル"だった
~障害者虐殺70年目の真実~
「およそ20万人ものドイツ人の精神障害者や知的障害者、回復の見込みがないとされた病人たちがガス室などで殺害されたことについては、表だって語られてこなかった。
 終戦から70年もの年月がたった今、ようやく事実に向き合う動きが始まっている。きっかけの一つは5年前、ドイツ精神医学精神療法神経学会が長年の沈黙を破り、過去に患者の殺害に大きく関わったとして謝罪したこと。学会は事実究明のために専門家を入れた国際委員会を設置、いかにして医師たちが“自発的に”殺人に関わるようになったのかなどを報告書にまとめ、この秋発表する。」
*録画をしたけれど、衝撃的だった。1939年前後ナチ・ドイツ優生保護思想・政策から、劣勢とされる精神病・障害者等を精神病院内でガス室をつくり根こそぎ虐殺を繰り返した。T4作戦という。その虐殺行為に眼をつむっていたドイツ市民の中で、1941年、信者が殺害されていること知ったミュンスター司教クレメンス・A・フォン・ガーレンが一人立ち上がり、教会に説教の中でこの事実を取り上げ、辞めるように発言する。この文言は瞬く間に教会・一般市民に書き写され、広く読まれ、ナチ秘密警察が、この書き写しを取り締まることはできなかった。この文言・説教の広まりが、・声・となり、ナチスも精神障害者虐殺政策を停止する(その後、ナチはこの虐殺関わった人々を使い、ユダヤ人ガス室送り虐殺・ホロコーストを完遂する)。
 しかし、その後もおぞましい。ホラー映画ではない。この停止政策に不満をもつ精神科医等医師が、その後も精神病院で敗戦まで人目に付かないように虐殺をし続けたという事。医師が勝手に独断で。(このことは、敗戦直後、連合国軍は、虐殺精神病院に入り分かる)。その人数が20万人にも及ぶ。たとえば、てんかんのため、ガス室で殺された17歳、ヘルガ・オルトレップの姪、オルトレップさんは、ヘルガの兄である父から、父の妹、叔母がいたことを生前話したことはなかった。写真があっても父は答えなかった。ここで姪のオルドレップさんは、ナチスの国家政策より葬り去られ、家族が加担・見放され、忘却され、生存していなかった人物とされた・オルガ・出会ったことを知り、現在でもその悲しみは深い。姪のオルドレップさんは、現在以下のような、ヘルガの人間としての尊厳、人々に生きていたという記憶として刻んでほしいとい理由から、新聞広告にメッセージを刻む。
「ヘルガ・オルドレップ。貴方はナチスのいいなりに成った協力者によって殺された。そして、家族にも黙殺された。私は貴方を忘れない。貴方の姪・キーゼラより」
たとえが悪いが、我々の埋もれた非業の歴史に直接的働きかける、コンセプトアートの名文に聞こえた。
平穏に生きている現在でも、自分達に都合よい単一な見方を知らず知らず享受し、疑いもなく信じ切り、思い込んでいれば、そこから埋もれて、見え難い世界を理解せず、優位性を持って遮断する。あるいは無関心を装う。あるいは、問題を表出を恐れ、自粛する。自己・自分達とそれぞれ異なる人々への理解、多様な命の価値をそれぞれが尊重しなければ、人はいくらでも平然とモノとして人を殺せてしまう。当たり前であるはずの他者性の抹殺。泣けた。

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