愚かなる戦争の技法 ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2015年12月号

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 昨年11月13日にパリで起きたテロ事件は、西側の中東地域への軍事介入を激化させた。中東はあたかも刑を宣告されたかのようだ。武力でシリアとイラクのイスラーム国を殲滅するという目的で米国からロシア、イランからトルコまで数十ヵ国の意見は一致しているようにみえるが、必ずしも足並みはそろっていない。 [フランス語版編集部]

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es sólo internet, nos espían por todas partes

 昨年11月13日にパリで起きたテロ事件によってイスラーム国の二つの主要な目的が果たされようとしている。一つは、当面はイラクとシリアで、ゆくゆくはリビアで戦うことになる「背教者」「異教徒」「シーア教改宗者」らの同盟軍の結成だ。もう一つは、西洋諸国で暮らすムスリムたちが陰に隠れた「第五列」[訳注:外部の敵に呼応して内部の攪乱をはかる組織]であり、テロリストに奉仕する「内部の敵」であると、大半の西洋諸国に信じこませることだ。


 戦争と恐怖――この種の黙示録的な目的でさえ、ほんのわずかな合理性を持っている。ジハーディストたちは「十字軍」と「偶像崇拝者」たちがシリアの都市部を爆撃し、イラクの地方を巡回パトロールすることを予測していた。だがそれでもアラブの地を長期的に占領するはできないとも見越していた。イスラーム国はそのうえ、西洋でのテロ攻撃がそこで暮らすムスリムたちに対する警戒心をあおり、彼らに対する取り締まり強化につながることも期待していた。こうして欧州のムスリムたちの恨みは倍加し、中には「カリフの隊列」に加わる者まで現れることも計算に入っていた。確かに、ほんの少数の者ではあるが、ジハード主義に傾倒しサラフィストの兵士となった彼らの目的は選挙で勝つことではない。実際、反イスラーム政党が議席を増やしたとしても、かえってイスラーム国の計画はいっそう早く実現に向かうことになるのだ。

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 「フランスは戦争状態にある」。2015年11月16日、オランド大統領はヴェルサイユ宮殿で開かれた両院合同議会での演説をこの言葉で始めた。フランス政府は前々からシリアへの軍事介入を検討し、米国にはさらなる軍事介入を求めてきた。オランド大統領が現在、イスラーム国との戦争を開始しようとしているのは奇妙なことだ。2年前、やはり戦争熱に浮かされていたオランド大統領はアサド政権を「罰する」よう米政府に働きかけていたのだから。


 オバマ大統領は、フランス政府が求める「愚かな戦争」にこれからも反対し続けるのだろうか? イスラーム国の思惑がフランス政府と同じである以上、オバマにのしかかるプレッシャーはますます強いものになっている。数ヵ月前、フランス国立社会科学研究所(CNRS)の研究者、ピエール=ジャン・リュイザールはこう語った。初期段階で「イスラーム国は意図的に西側の世論に嫌悪感を抱かせるような出来事を並べ立てた。少数者の権利侵害、女性の権利侵害、特に強制的な結婚、同性愛者の処刑、奴隷制の復活、斬首や集団処刑などだ(1)。


 こうした恐怖をかき立てる一覧表では飽き足らなくなったイスラーム国は、米国人の人質ののどをかき切り、その映像をネットで公開した。そしてパリで複数の銃撃事件を実行した。「十字軍」による報復は承知のうえだった。


 このような耳目を集める事件が起きた場合、国家元首は反撃に出ざるをえない。政治的プレッシャーの下で大統領は直ちに何らかの措置を発表する。時にはできる限りの措置を宣言することもある。すなわち倉庫や武器庫の破壊、都市部の空爆などだ。自らの決意を示し、法律の新設を約束し、「ミュンヘン協定(宥和政策)」を非難し、好戦的な文言を織り交ぜ、血なまぐさい言葉を使い、情け容赦の無い報復を明言する。こうして国家元首は拍手喝采を受け、支持率を10%アップするのだ。結局、すべてが無分別で「愚かなこと」だと判明するのは数ヵ月も後のことだ。このようなエスカレーションへの誘惑は抗しがたいものであり、とりわけ報道が過熱するのですべての行動や声明は即答を要する。


 1991年の湾岸戦争時に米国のタカ派は、クウェートを解放したばかりの部隊にイラク侵攻を命じなかったとして、当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領を批判した。その4年後、当時の米国統合参謀本部議長コリン・パウエルはイラク侵攻を自制したことを次のように正当化した。「地政学的見地から、同盟国、特にアラブ諸国がイラク侵攻と分割を望んでいなかった。(中略)スンニ派、シーア派、クルド民族によってイラクが実質的に細分化されれば、われわれが望む中東の安定に悪影響を及ぼしたであろう。こうした事態を避ける唯一の策は米国が人口2000万の国を征服し占領することだったのだ。(中略)サダム・フセイン体制が倒れても、イラクのトーマス・ジェファーソンがフセインにとってかわるというのは楽観的な考えだった。恐らく名前の違ったサダムによって受け継がれたことだろう」(2)。周知の通り、2003年に息子のブッシュ大統領は父のやり残した軍事的な仕事(イラク侵攻)を完遂した。ネオコンたちは新たなチャーチルの誕生、すなわち民主主義と勇気に敬意を表した。パウエル将軍は恐らく自分の言葉を読み返すのを忘れてしまったようだ。彼の懸念のすべてが国務長官として仕えた大統領によって現実のものになったからだ。


 ブッシュ大統領は「対テロ戦争」で示した幼稚で犯罪的な単純さによって批判された。そのブッシュの後継者がフランス政府にいた。「物事を単純に考えましょう」。ファビウス外相は教師が低学年の児童に話すようにわれわれ国民に語りかけた。「ダーイシュ(イスラーム国)は怪物ですが、3万人しかいません。世界中の国をもってして3万人の怪物を壊滅できないならば、その時は何もかもが道理に適わなくなってしまいます」(3)。ならばファビウス外相に説明するしかない。


 まずは「水を得た魚」の隠喩を使ってみることにしよう。「3万人の怪物」はイラクとシリアのスンニ派地域で幅広い支持を得ている。彼らにとって相対する武装勢力はおびただしい数の虐殺に責任のあるシーア派独裁体制の手先でしかない。イスラーム国が複数の都市を戦わずに奪取できた理由はそこにある。これらの都市を守っていた武装勢力は制服も武器もうち捨てて逃走してしまった。米国は4000人以上いる「穏健派」のシリア人戦闘員の訓練と装備のため資金援助しようとしている。だが米国人によると、実戦で使いものになるのはたったの4~5人にすぎないのに、戦闘部隊にかかる費用は数百万ドルに達するという。モスルでは3万人のイラク人兵士がイスラーム国の戦闘員1000人に打ち負かされ、2000台以上の装甲車と銀行の金庫にあった数億ドルを奪われた。同じようにラマディではジハーディストたちがイラク軍を25回以上も打ち負かしている。シリア軍の兵士は4年間の戦闘でへとへとに疲れ切っている。そしてクルド人は、自分たちが望まない領土のために死ぬつもりはない。リュイザールはこう言っている。「実際にイスラーム国は強くはない。相手が弱いだけだ。それは崩壊しつつある体制の廃墟の上で繁栄しているだけだ(4)」。


 リビアも同じだ。ニコラ・サルコジとベルナール=アンリ・レヴィの二人三脚の後ろ盾もあり、フランスはリビアのカダフィ体制を失墜させるため、当然のことのように軍事力を行使した。独裁者にリンチを加えることで西洋型のリベラル民主主義が出現すると考えたからだ。その結果、リビアは分断国家になり、イスラーム国が数々の都市を支配下におくことになり、そこから隣国チュニジアでのテロが組織された。フランスの防衛大臣は今では次のように認めている。「私はリビアのことを大変心配している。イスラーム国はリビア人同士の対立を利用して勢力を拡大している」。だが「トブルクとトリポリの民兵組織が協定を結べば、イスラーム国は最早、存在することができない」(5)…。問題は既に3年前に解決済みだとベルナール=アンリ・レヴィは言う。「リビアは[アポロンによってその予言を誰も信じないようにされたトロイア女王の]カッサンドラの予言と違って3つの連合体に分裂しなかった。(…)部族の法が国民的一体感に勝ることはなかった。(…)さしあたっての事実はこうだ。チュニジアやエジプトと比べてもリビアではアラブの春に成功したようにみえる——そしてアラブの春に参加した人々は自分たちの行為を誇りに思っている(6)」。まさしく正当な誇りだ。毎朝、フランス・アンテールの番組で外務省の見解を放送していたベルナール・ゲッタを除いてのことだが(7)。彼ほどやすやすと作り話をした者はいない。


 今やオランド大統領は、イスラーム国に対する「多数の国が参加する唯一の同盟」の結成を呼びかけている。その同盟にシリアのアサド大統領も加えなければならない。だがアサド大統領は既にこう答えている。「あなた方はイスラーム国と戦うことはできない。彼らに武器を提供しているカタールやサウジ・アラビアとの同盟関係を続ける限り(8)」。ロシアのプーチン大統領は、同盟国の一つとみなされているトルコが昨年11月24日にロシアの軍用機を撃墜したことで背後から一撃を加えられたと考えている。フランス政府がこしらえようとしている、この綻びだらけの同盟が対テロ戦争に勝利したとしても、次の問題がアフガニスタンやイラク、リビアよりもっと深刻な事態となって姿を見せるに違いない。だが、米国のネオコンたちは過去のあらゆる失敗をすっかり忘れてしまっている。フランス政府も同じだ。そしてイスラーム国に支配された地域に最初は5万人、次にはさらにそれ以上の数の米兵を送り込もうとしている(9)。


 フォーリン・アフェア誌で、中東の専門家であるスティーブ・サイモンとジョナサン・スティーブンソンは、現在、イスラーム国によって支配されている地域で西側の軍隊が持続的に勝利する条件をリストアップしている。米国世論の支持、復興の専門家の派遣、地域社会への知識、イラクやシリアでの輸出相手国や有志連合国の存在などだ。そして次のように結論づけている。「これらは分かりきったことのようだが、まさに米国政府が2003年のイラク、2011年のリビアでの2度の軍事介入で実現できなかったことだ。手短に言えば、米国は以前の戦争と同様、中東での戦争にも敗北するということだ(10)」。


 フランスは既にアフリカに深く介入してしまっているので、今回の戦争に勝利することは難しい。イスラーム国がフランスを罠に引きずりこもうとしているのだから、オランド大統領は慎重な態度の国々の同盟に加わるべきではない。テロリズムは一般市民を殺戮するが、戦争も同じだ。イラクやシリアでの西側による空襲の激化は、殺害したのと同じ数のジハーディストを生み出している。これらの地域の統合も国民に対する政府の正当性も回復するのは容易なことではない。持続的な解決は、旧宗主国や米国ではなく、地域住民や政治的合意にかかっている。旧宗主国も米国もイスラエルによる最悪の政策への支持や軍事的冒険主義のおぞましい結果、そしてそれらの国自身の政治的観点によってその資格がないからだ。100万人以上の死者を出したイラン・イラク戦争時の8年間はサダム・フセインを支持していたのに、2003年のイラク侵攻後、この国をイランの同盟国に変えてしまった。ジハーディストが信奉するサラフィズムを拡散している湾岸諸国の石油独裁国家に武器を売り続けている諸国家には、平和を語る資格もアラブ諸国に多元的民主主義の価値を伝授する資格もないのだ。

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 2007年に歴史家のエリク・ホブスバウムはこう書いている。「テロリスト集団が安定した体制を持つ安定した国家内で作戦を実行する場合、それは警察案件であって軍事案件ではない。(…)政府やメディアが一緒になって恐怖を煽る時、テロリストたちの動向が国民、特に西側の大都市住民を不安に陥れるのは無理のないことだ」(11)。


 恐怖心を煽ったり、素朴な善意に基づく「純粋主義」をくりかえし告発することで、住民保護という至上命令に異論はなくとも公共の自由を侵害する無益で危険な抑圧的措置が際限なく実施されることを拒否する人々の声はかき消されてしまう。二重国籍者の国籍剥奪を可能にするような外国人嫌いのうさんくさい措置が国民戦線(FN)の要求で加えられたばかりだ。非常事態宣言は国会議員のほぼ全会一致で承認されたが、それだけでは十分ではないと考えた首相は、法的根拠のあいまいな政策を憲法評議会にかけないように議会に求めてさえいる。


 2002年にオバマ大統領は前任者のブッシュにこう語りかけた。「あなたは戦いたがっているのですか、ブッシュ大統領? 国内の武器商人が、世界中で吹き荒れるあまたの戦争に武器を供給しないように戦いましょう。中東で有志連合が国民を圧迫したり、反対派を抑圧したり汚職や不公平を見逃したりしないように戦いましょう。その地域の若者たちが教育も将来の展望も希望もないまま育てば育つほど、彼らは容易にテロリスト組織の勧誘を受けてしまうのです」。オバマ大統領は自分の忠告に従わなかった。残念ながら他の諸国のトップも同じだ。イスラーム国のテロとフランスの最悪の外交政策は、現在、新しい戦争へと道を開こうとしている。軍事力に訴えるだけでは戦う前から負けているようなものだが……。

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ル・モンド・ディプロマティーク

日本女性の仕事・キャリアを阻害する様々な要因を抜け目なく指摘。「セクハラ」や「マタハラ」という言葉が登場したきっかけも紹介。「2020年までに女性管理職の割合30%」を目標にした"womenomics"は日本人皆忘れてるでしょう苦笑

Le Monde diplomatique, septembre 2016

À Washington, scénarios pour un conflit majeur

絵本 新・戦争のつくりかた

麻chan本屋さん
「戦争のつくりかた」アニメーションプロジェクト-What Happens Before War?-
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Sharetube