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宗教団体での苦~生き方ヒント

宗教団体での苦~生き方ヒント

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Proud.JapanProud.Japan
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Update date:2017年05月08日
宗教団体での苦~生き方ヒント

宗教団体での苦

私たち内向型男女は、若くても老いていても基本的には「精神の人」であるがゆえに、宗教とは非常に近接した関係になるだろう。

青年男女が「うまくいかぬ我が人生」に悩み始め、どんどん煩悩の泥沼に身を沈めていくと、当然、自分を泥沼から救済してくれるものとしての「神・仏・天」のようなものを考える。

ここに宗教心の芽生えがある。あるいは内向型人間の私たちが中年になり、実年・晩年に到った時にふと立ち止まり、自分の人生を考えてみると、悲しいほどの虚無感に覆われてきて、ふっと何か「大きなもの」にすがりたいと思うようになる。

ここにも、若き日のそれとは違うにせよ宗教との遭遇がある。

それに、地上の生命体とはこれ全て、天が創ったものという、ごく当たり前の事柄を掘り下げていっても、「地の主宰者」としての天を意識するようになり、ここにも宗教との出会いがある。

だから老若の内向型は、いずれかの時点で宗教型人間になるのはごくごく当たり前のことだと思う。そしてそれは実に実にいいことだと思える。そう、宗教心を持つことは実にいいことだ。

宗教を知らず、人間の浅知恵のみで生きるより百倍もいいことだ。あらゆるイデオロギ―が滅びても宗教は消えないだろう。なぜならイデオロギ―が「人のアタマの所産」、つまり人為的思考から来ているのに対し、宗教は人のイノチそのものに端を発しているものゆえ、消える筈がないのだ。

宗教心は人をして謙虚にさせ、未熟な存在として生きる自己を肯定させてくれる。いいことをし、悪いことを避けるようにもなる。同じイノチの所持者としての他人や他の生物に優しくなれる。

それが神道でもキリスト教でも仏教でも「大いなるものの下にある人間」と知ることによるプラスは測り知れない。

そうして人は初め(宗教とは何か・・)と考えて、何か大いなるものと自己一身の関わりを考えたり、太陽や月・星を見上げて、ふっと敬虔な気持ちになり、神社仏閣・教会の前で合掌するようになる。

赤ちゃんや子猫・子犬を見て、その邪気のない無私の在り様にイノチの神秘を感得する。すると、もっと「専門的」に宗教をやってみたいと思うようになる。

そうした気分の折に、知人・友人で宗教団体へ加入している人に会うと、「うちへ入りなさい」と誘われて入会し、あるいは街角で善良そうな人々の誘いを受けて団体へ加入する。

何か自分一人でこっそり宗教をやっている状態を堂々とやりたいと思ったり、同じような方向性を持つ仲間と心から真剣な対話を交わしたいという気持ちになって・・・宗教団体へ赴く人もいる。

また恋人や親兄弟からのすすめで、団体のメンバ―になる人も、チラシに惹かれて入会する人もいる。

しかしそのような様々の理由から、ある宗教団体のメンバ―になったものの、「入る前よりかえって苦しくなりました・・」と相談にくる青年男女は少なくないのである。

これは「集団苦」であろう。だがもちろん、私のこの考え方は「集団嫌い」という個性から来ている面もあるのであり、必ずしも内向型の全ての人々の心情に当てはまるわけではない。

様々の良き宗教団体の中で「安心立命」を得ている方が沢山いるから。

同じ内向型でもそうした人々が沢山いるのは事実である以上、私の根本発想としての「宗教とは必ずしも団体に拠らなくていい」という見方は、一個人の私的意見とみなして貰いたい。

でも・・・やはり「あまりよくない団体へ入って、苦しむことなかれ」とだけは言っておきたい。

私とそっくりの内向型・非集団タイプの人の場合は、宗教心を「自分と天」「自分とキリスト」「自分と仏陀」の形の上に結実させるべく努力し、あえて団体に入らずとも宗教生活は成立するということを知ってほしいと思う。

既に宗教団体の一つに加入され、そこでの生活を喜びとしている方々は「良き団体」へ入れたわけで、その方の生き方には何一つ問題はないのだろう。

ただ、いかなる団体に近づけない、また近づきたくない人々に言いたいのは「それでもいい」ということである。××の宗教団体への加入が必ずしも宗教人となったことへの証明ではないのだ。

天と自己の一対一の対話という形こそ、宗教の本質と私はみる。

そうして、いけない宗教団体へ入りそれゆえに苦しむ人は、いかなる迫害を受けるにせよ、やめて「自分ひとりの宗教へ回帰する」ことは大切なことだとも思っている。

ちょっとポエム...w「宗教の本質」

人は個人としては大抵よい人だよ
だけど集団に入ると少し変化する
それは競争意識を持たされるから
黒い霧のような意識を吸い込むと
人は他人に負けたくないと思うし
誰よりも上へいきたいと考えるし
最高の善人も時には悪人にかわり
気がつけば自善他非の人とかわる
だから地上の集団と団体はなにか
権力闘争の場の雰囲気を漂わせる
宗教団体においてすらこの傾向が
時と共に次第に強くなるものだよ
人生の迷いや悩みから宗教団体へ
しかし救われないうちに集団苦だ
会員を多く集めよ浄財を沢山払え
組織の長たるべく大いなる努力を
そう要求されれば誰でも大迷いで
止めようとすると天罰下ると言い
人としての自由は奪われてしまう
個人の自由が奪われた段階にはね
もうイキイキ気分は消滅している
宗教の本質は生かされて有難いな
生きていて嬉しいってイキイキ感
それが滅びてなんの宗教なのかな

宗教の本質は自分と天の語らいだ
それは可能だよだって地上の我ら
これ全て天が創った存在なんだよ
自分を生んだオヤとは親しく語り
生の意味を教えて貰って当然だよ
キリストや釈迦は真理の導き手さ
だからむろん彼らとも語り合える
天の創った太陽や月や星や山河や
花々や動物たちと語り合うならば
生の意味は必ず伝わってくるもの
宗教の本質はそこにあると思うな
団体宗教だけが全てじゃないよ

ちょっとポエム...w「報酬」

お礼ですか?いりません
どうしても下さるのなら
あなたが生まれた故郷の
山や川にある平凡な石の
小さなかけらを下さいね
その石ころを見るたびに
あなたのこと思い出して
あなたの平安祈れますよ
私にとっての報酬とはね
あなたが生き抜く姿です
元気になつたそのあとで
今度はあなたが悩む人の
相談に乗って下さるなら
もうそれだけで十分です
お金ですか?いりません

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著者プロフィール
Proud.Japan

I'm proud of the fact I was born in Japan.国際ボディガード歴20年。