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自己実現は意志・気力・偶然~【内向型 内気 対人恐怖症】の生き方ヒント

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自己実現は意志・気力・偶然~【内向型 内気 対人恐怖症】の生き方ヒント

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Update date:2017年05月08日
自己実現は意志・気力・偶然~【内向型 内気 対人恐怖症】の生き方ヒント
内向型 内気 対人恐怖症

自己実現は意志・気力・偶然

「よく本の中で(自分は凡人)と書かれますが、本当は稀に見る才能の人だと思うんです。そうじゃなければ、本を書いたり講演したり出来る筈がありませんから・・」
といった内容のお便りを新潟在住のある人から頂いた。

好意に満ちたお便りを読み、私は嬉しくなったけれど、客観的に自分を眺めてみて、才能なんてあるとは全く思えない。

私は若い頃、夢のように(いつか本を書いてみたいな、内向型の自分の大いなる悩みを綴ることで、同じタイプの方々に生きるヒントを与えられたらな・・。自分の失敗続きの人生をべ―スに書けば、それを読んだ人は失敗から逃れることが出来るかも・・。そんな本を書きたい!)と考えていた。

その決心に基づいて無知の自分ながら一応、文章トレ―ニングだけはしていた。しかし、トレ―ニングをしながらも、こんなダメな自分が実際に本を書くようになるとは、全く考えられなかった。

「意思あるところに道あり」という格言めいたものがあるけれど、「その道」には努力して進めるものと才能によって進む道があるように思う。文筆の道は後者のように思えたから、鈍才の私が東大へ入るのと似た構図で、決して有り得ないことだと思っていた。

その有り得ぬことが生じたのは、やはり一つの偶然の所産なのだ。いや、意思はあったから「半偶然」か・・。

それから「人前でのスピ―チ」なども、私という「話し方恐怖症」の無口人間にとっては有り得ぬことだと思っていた。もちろん、私にも口がある以上は・・・いずれは「話し上手」になりたいと思ってはいた。そう、「スピ―カ―」になりたいという意思はあったのだ。

そして一応の話し方の努力もした。相談業は話し方のトレ―ニングにもなった。

しかし「ある機関から講演を頼まれる」ようなことは、全く考えたことがなかった。だからつい最近までは、何度か講演を頼まれても(エ―!? ご冗談でしょう・・ボクなんてお門違いですって!)という感じだった。

だが、そうしたことが何度か続いて、そうか間違いじゃなくて、自分が人前で話す出番が来たんだな、と思った。それで思い切って人前に立ってみた。むろん、何度も何度も失敗したけれど、その内に出来るようになって、今日に到っている。

しかし、今でも本心から思うのだ。非力な私、凡人の私に・・・本の依頼や新聞のコラム・執筆の依頼、講演依頼があるなんてこと自体が、全くの偶然、思いがけぬ幸運、なのだと。

大体、私の昔からの凡人ぶりを知る親や親類・少数の友人などは、今でも私が本を書いたなんていうと、「それ、願望でしょう?」と言って信じてくれないものだ。

そうして私はまた思う。この地上に生きて、それぞれの分野で一応の活躍をする人々の大部分が「偶然でこうなった・・」と思っているのではないか、と。

つまり全ての人は、自分を「特別に力のある人」なんて考えていない筈である。自分の欠点や凡人ぶりは自分が最もよく知っている。特に内向型の男女ならそうだ。

だから・・・若い皆さんが、これからの人生を展開するに当たって大事なことは、
①	自分が意義を感じられる方向を考える
②	いずれはその道で花開く日を考える
③	毎日少しずつ努力してみる
④	その上で偶然という名のチャンスを待つ
ことではないか、と。

①~③までは個人の領域の問題だが、④は「幸運の女神のお話」に属することゆえ、期待して「待つ」しかない。

この待つことは、一つの「技術」のような面もある。なぜなら「いつか必ずそうなる」という考えを持続することと、飽きずに「待つための工夫」、が必要だからである。

例えば私の体験でいうと「十年待ち続けてようやく偶然からの依頼仕事があった・・」ものとして経営コンサルタントの道がある。そう、私は「経営カウンセラ―」の資格を二十代にとり、(会社嫌いの私ではあるが、どこかの会社の人事コンサルタントになって、私に似たダメ社員の人々を活かす方策を講じたい・・)と思ったのである。

もちろん、自己PRは一切やらない主義の私は、友人知人に根回しを頼むことなく、ひたすらお声のかかるのを待っていた。このやり方は私の人生全ての原則で、何があっても自分から売り込むことはしない「完全消極派」なのである。私はひたすら待ち続けた。

三年、五年、八年の歳月が流れ・・・そうしてとうとう十年目に私の「最も望む形の人事コンサルティングの仕事」が、D社から与えられた時には狂喜したくなった。そして今は顧問をやっているのである。会社ダメ人間だった私が・・。

このように十年間でもジッと待つなら、大抵のことは何とかなるものだと思う。もちろん、本を書くことも、初めての仕事の依頼を得るまでに六、七年はかかっている。

大学生で内気な人々のために講演したいと考えてから、実現するまでに五年はかかっている(それは何十回かの講演を積み重ね、少し自信が出来た三十歳ぐらいの段階で決心したのだった・・)。
つまり、私は「待つ人」なのである。

このPR時代に、ひたすら待つことに徹するの
だから、いささかおかしいが、それは私に最も合う方法なのだった。

<幸運の女神が運んでくる偶然は、待つことによって得られる>
と、そんな珍妙な新格言すら作りたいほどである。

むろん、仕事以外でも、私の「待つ人」振りは随所に見られる。例えば中学生か高校生時代に道元禅師の「正法眼蔵」を読み、その中の現成公案(げんじょうこうあん)というものをなんとか解きたいと思っていたが、なんと二十五歳の折の大病によって、一応の自分なりの解答が出来た。これも十年がかかっている。

つまり・・・「偶然をつかむ」ためには、準備しつつ、「必ずそうなる」というイメ―ジを描きながら待つこと、がポイントのように思われる。

むろん、待つことに耐えられぬ人は自己PRするほかないのだが、私の如き内向型人間なら「待ちに徹する」のも一つの方法だろうと思う。人生は長い。三年、五年、十年と待っているうちには、なんとかなるものなのだ。

だから、体験からの私の「新格言」は、<ひと待ち十年>である。

一分野に関して自分の願望を成就させるためには「十年ぐらい平気で待つ」ようにするべきだ。何か人それぞれの上を三年に一度ぐらいの割合で、幸運・偶然を司る女神が訪れてきてヒョイとバトンを手渡すようなものゆえ、心の準備をしていればそれは掴めるものなのだ。そうしてどうせ待つなら、楽しい気分で待っていた方がいい。

極端にいうと「待つのが趣味、待つのが人生」ぐらい考えて、準備しつつ、トレ―ニングしつつ待てばよい。

この地上で皇帝になること、天皇になることは有り得ないが、その他の大概のことは別に大した事ではなく、偶然の所産によって幸運の女神の訪れによって、何とかなるものが多い。

そのように軽く考えてみよう。地上にたった一つしかないポストに就くのは至難の技だが、千も万もあるポストなら大抵、何とかなる。そう思うようにしよう。この発想が「待ちの工夫」に相当するように思う。

まあ、私の人生もそろそろ卒業期が近づいているが、体験を一口にまとめると、
「芸術分野以外なら、才能なんか必要としない。ただ、そうなりたい意思を捨てることなく、ひたすら待っていると偶然の女神が微笑んでくれて、自分の夢が叶う場合もある」
と、そんなことになる。

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著者プロフィール
◆Pride of the Japanese◆

現役キュレーターの中でトップのアクセス数を誇るSharetuber。世界を飛び回る国際ボディガード歴20年。護身術師範。悪質なクレーマーや反日左翼と戦う某公的コンサルティング団体顧問。喧嘩上等。「I'm proud of the fact I was born in Japan.」