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【洒落怖】マリー・セレスト号事件(海・中編)

【洒落怖】マリー・セレスト号事件(海・中編)

Author:
ankouankou
Posted date:
【洒落怖】マリー・セレスト号事件(海・中編)

『マリー・セレスト号事件』

8 :七つの海の名無しさん:2007/01/08(月) 16:42:56 ID:Stci4N1F
1872年11月5日、
マリー・セレスト号という二本マストのアメリカ船が、
原料アルコールを積んで、ニューヨークからイタリアのジェノバに向けて
出港した。
この船に乗っていたのは、ベンジャミン・ブリッグス船長と8人の乗員、
そして、船長の妻マリー(本によってはファニー)と娘のソフィアの、
総勢11人であった。 

ところが、1ヵ月後の12月5日、そのマリー・セレスト号が、
ポルトガルとアゾレス諸島の間の大西洋を漂流しているのが、
イギリス船デイ・グラシア号に発見された。
航行している様子はなく、海上を漂っている状態だったため、
何か事故が発生したのではと思い、
グラチア号は、マリー・セレスト号に近づいて船を横付けにして
声をかけてみたが、返事がないため、 
船長以下、数人の乗組員か乗り込んで、中の様子を確認することにした。
しかし、船の中には誰も見当たらなかった。  
海賊に襲われたのか?伝染病に感染して乗組員全員が死亡したのだろうか?
それにしても、死体がないのはおかしい。

しかし、不思議なことはそれだけではなかった。
船内の様子を調べる内に、次々と奇怪なことが分かったのだ。 
無人で漂流していたマリー・セレスト号の、
船長室のテーブルにあった朝食は、食べかけのままで暖かく、
コーヒーはまだ湯気を立てており、調理室では、
火にかけたまま鍋が煮立っていた。
船員の部屋には、食べかけのチキンとシチューが残っていた。
洗面所には今までヒゲを剃っていたような形跡があり、
ある船員の部屋には血のついたナイフが置いてあった。 

そして船長の航海日誌には、
『12月4日、我が妻マリー(本によってはファニー)が』
と走り書きが残っていた。

救命ボートも全部残っており、綱をほどいた形跡もなかった。
船の倉庫には、まだたくさんの食料や飲み水が残っていた。
積荷のアルコールの樽も置かれたままで、盗難にあった様子はなかった。 

12月4日、一体この船に何が起こったのだろうか。
マリー・セレスト号の乗組員がどこへ消えたのかは、未だ謎のままである。 

メアリー・セレスト号の船員は何処へ?


44 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :04/06/15 01:30 ID:jI0Y0+KF
前スレにあった異説に、こんなのもある。

1、マリーセレスト号の乗組員の大半が別会社の者だった。
2、航海中に船長の娘が死亡し、その遺体の保存について、
  元の乗組員と別会社の乗組員との間でトラブルが発生した。
  通常は海に荼毘するが、船長は塩漬けにして陸地に埋葬したかった。
3、船長の奥さんが、嵐で横滑りしたピアノに挟まれて死んだ。(と思う)
4、娘と妻の死で正常な判断が出来なくなった船長は、海に身を投じる。
  更に、先のトラブルから元の乗組員たちも、
  別会社の乗組員によって海に放り込まれて殺害される。
  ※この辺りの記憶はあいまい。
5、別会社の乗組員と、元の乗組員の生き残りのコックだけとなった
  マリーセレスト号は、そのまま航海を続けるが、
  ある日、他の船によって発見される。
6、が、実はこの船は、乗組員を貸し出していた別会社の船で、
  事件の発覚を恐れた(当時、船員の反乱は大罪)会社は、
  発見時、マリーセレスト号には誰もいなかったと発表した。
  残った乗組員は元々自社の人間だし、
  コックには大金を積んで口止めしたので、
  事件が発覚することはなかった…。

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著者プロフィール
ankou

怖い話を中心にしてまとめています。