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【閲覧注意】女子高生コンクリート詰め殺人事件

【閲覧注意】女子高生コンクリート詰め殺人事件

Author:
johndoejohndoe
Release Date:
【閲覧注意】女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生コンクリート詰め殺人事件

【事件番号】平成2う1058
女子高生コンクリート詰め殺人事件(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん)は、1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に、東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件の通称である。

この事件は、加害者が全て少年(未成年)であったこと、犯罪内容が重大・悪質であったこと、犯行期間も長期におよび、少女が監禁されていることに気づいていた周囲の人間も被害者を救わなかったことなどの点で社会に大きな衝撃を与えた。

出典:女子高生コンクリート詰め殺人事件 - Wikipedia

	
1988年11月25日、18歳Aは埼玉県三郷市内で当時17歳の女子高生をわいせつ目的で拉致、ホテルに連れ込み強姦した。その後、A、17歳B、16歳C、17歳Dの4人で東京都足立区綾瀬のCの自宅に女子高生を監禁。同28日、17歳E、16歳Fも加わり、6人で女子高生を集団で強姦。その後もCの家の部屋で監禁、強姦、傷害など虐待行為が続いた。

出典:女子高生コンクリート詰め殺人事件 - Wikipedia

	

事件概要

1988年(昭和63年)11月8日、A、B、Cの3人が足立区内で自転車で帰宅中の女性(当時19歳)に声をかけ、3人で輪姦した。このときはAが運転するシルビアにB、Cが乗り込み、ドライブの誘いに応じないとみるや車を横づけにして行く手をはばみ、Bが自転車の鍵を奪って嫌がる女性を車に乗せた。逃げられないように常磐高速道路に入り、「少年院を出てきたばかりだ」「大洗(おおあらい)に行こう。大洗の海は寒いし、波が高いぞ」などと脅し、観念させてホテルに連れ込んだのだった。

11月25日午後6時ころ、AはCの自宅に行き、Cに対して、「今日は給料日だから金を持っているやつが多い。ひったくりに行こう」と誘った。Cは友達からバイクを借りて、2人で出かけ、ひったくりをした。



午後8時過ぎ、埼玉県三郷(みさと)市内をバイクで走行中、アルバイト先から自転車に乗って帰宅する途中だった県立八潮(やしお)南高校3年生の古田順子(17歳)を見かけると、AはCに対し、「あの女、蹴れ。あとはうまくやるから」と命じ、Cは言われた通りに、バイクで順子に近づき、左足で右腰を思いっきり蹴って、角を曲がって様子をみていた。

順子はバランスを失い、自転車に乗ったまま転倒、側溝に落ちた。そこへ、Aが近づき「大丈夫ですか」と声をかけ、助け起こすと「あいつは気違いだ。俺も脅された。危ないから送っていってやるよ」と言って、近くにある倉庫の暗がりでと脅し、ホテルに連れ込んで強姦した。



午後10時ころ、Aは自宅に戻っていたCに電話をかけると、そこにはBの他にDがいたが、Aはこの3人を外に呼び出した。その後、4人の少年たちは東京都足立区綾瀬のCの自宅の2階のたまり場に順子を連れ込んだ。

この日、Cの父親は3日間の社員旅行で沖縄に出掛けたため、自宅には母親とCのひとつ上の兄がいた。

11月28日、Aは「いいモノを見せてやる」と言って、呼び出されたE(当時17歳)とF(当時16歳)が加わって、家人が寝静まった深夜に順子を輪姦した。順子は必死の思いで抵抗した。階下の母親は目を覚ましたようであったが、寝具などで顔面を押さえつけられたため、叫び声を上げることはできなかった。

11月30日午後9時ころ、Cの母親は、このとき初めて順子の顔を見ている。Cに対し「早く帰しなさい」と言った。だが、1週間経っても順子がいることに気づき、直接、順子に「すぐに帰りなさい」とは言ってみるもののなかなか帰ってくれなかった。

また、この頃、順子に自宅へ電話をかけさせ「家出しているのだから、私の捜索願いは取り消して欲しい」と言わせている。それも、一度きりでなく、5日ごとに3回に渡って電話をかけさせており、順子の親は家出だと思っていたという。

その後、昼夜の別なく、順子の体を弄び、そのあまりの暴行に、順子が気を失うと、バケツの水に頭を漬けて気を取り戻させて、また犯すということを繰り返していた。その間、交代で見張りを続けた。

12月初めの午後4時ころ、、順子は少年たちが夜遊びで昼寝をしていた隙を見て、2階から1階の居間に降りてきて110番に電話した。だが、運悪く、近くで寝ていたAに気づかれてしまった。すぐに逆探知で警察からかかってきた電話に、Aが出て「なんでもない。間違いです」と返事した。

AとBは、このことをきっかけとして、順子に対し、手荒いリンチを加えた。殴ったり、蹴ったり、手足の甲にライターの火を押し付けたりして火傷を負わせた。また、シンナーを吸わせたり、ウィスキーや焼酎を飲ませて楽しんでいた。

Aは武田鉄矢の『声援』という歌に「がんばれ、がんばれ」という歌詞があって、いじめているときにそれを歌いながら順子に対し「お前も歌え」と言って歌わせた。自分たちが何もしていないときにも順子は小さな声で「がんばれ、がんばれ」と自分に言い聞かせているときがあった。

出典:第329章

	
	
12月5日、東京の東中野駅構内で、電車の追突事故が起きた。Aは順子に「あの電車にお前の父親、乗っかっていて、死んだってテレビでやってた。お前見たか」とからかった。順子は不安そうな表情を見せると「どんな気分だい」と訊き、「悲しいです」と答えると「実はウソだよ」と言ってはぐらかした。こんな調子でAとB、Cの3人は「死んだ」「生きている」を何度も繰り返し、心理的に順子を追い詰めていった。

12月10日ころ、順子は「家に帰りたい」と言い始めた。すると、Aが「家に帰ったら母親に何て言うんだよ」と言うと、順子は「今まで新宿で遊んでいました」と答えた。それに対し、Aは「新宿で、学生服のままそんなに長く遊んでいられるかよ」と言って、殴ったり蹴ったりの暴行を加えた。さらに、火傷の跡にライターのジッポオイルをかけ火をつけた。熱がって火を消そうとするのが面白いと何度も繰り返した。

12月中旬、小便で布団が濡れたことを理由にBとCが殴った。果てしなく続く殴打によって順子の顔面が無惨に腫れあがり、凸凹のない別人の顔になった。

「なんだお前、でけえ顔になったなあ」

誰かが言うと、また笑い声がした。

暴行がエスカレートするのにともない、順子に与えられる食べ物もおざなりになっていった。それは主にCの兄のG(当時17歳)の役目であったが、監禁当初は出前を取ることもあったのに、12月末には、1日に牛乳を1本、たまにパン1枚与える程度になっていった。トイレにも行かせず、飲料用紙コップに排尿させられるようになり、その尿を飲まされたりした。


Cの両親は異常な気配に気づいていた。両親はそれ以上追及すると、開き直られるのを恐れて、2階の物音には耳を塞いでいた。

順子はリンチによる足の火傷が化膿して動けなくなった。全身は衰弱し、悪臭もひどくなった。Aはその臭いが嫌だと言って、寄りつかなくなった。

少年たちはそんな状態になった順子を見て、持て余すようになっていた。だが、解放すると警察に知らされる。いっそのこと、死んでくれればと願うようになる。

順子がいないところで次のような会話が交わされている。

「女は殺して埋めるのかな?」「殺すならミンチがいいですよ」「ドラム缶に入れて焼けばいい」「コンクリート詰めにして海に棄てればバレない」「自殺に見せかけて殺しますか? 富士の樹海で首吊りでもさせますか?」

お笑い半分、冗談半分、面白半分、暇つぶし、といった感じであった。
1989年(昭和64年)1月4日、監禁から41日目のこの日、午前6時半ころ、Aは徹夜マージャンで10万円ほど負けムシャクチャしていた。その腹いせとしてAは順子をその対象にした。

B、C、Dの3人は順子の火傷の臭いを嫌ってDの自宅でファミコンをしていた。AはDの自宅に立ち寄り、3人を誘って、Cの自宅の2階に上がった。

小泉今日子の『なんてったってアイドル』という歌のリズムに合わせて、順子は3人に次々と殴られて、鼻や口から血を流し、血だらけの状態になった。

ロウソクに火がつけられ、順子の顔にそのロウを垂らし、顔はロウだらけになった。

Dは自分の手に血がつくのを嫌がり、Aがシンナーを吸ったビニール袋を手に巻き、順子の肩や足にパンチを浴びせた。やがて、順子は身体を硬直し、ブルブルと痙攣し始めた。

Aは1.7キロもある鉄球付きの鉄棒を持ち出すと、Dは順子の腹に落とした。Aが暴力を振るうと、今度はB、C、Dが「ウケ」を狙って、面白半分に暴力をエスカレートさせた。Aはリンチの途中で順子の死を意識した。

午前10時ころ、リンチが終わった。Aは順子が逃げないように足をガムテープでぐるぐる巻きにすると、4人はサウナに出掛けた。

翌5日朝、死体の処理に困った少年たちは、死体を毛布に包み、旅行鞄に入れて車に乗せ、近くの工場から盗んだドラム缶に鞄ごと入れてセメントを流し込んだ。セメントは、Aが以前、タイル工として働いていた店に電話をかけて、セメントと砂利を調達して作ったものだった。

Aはこのとき、当時人気のあった長渕剛主演のテレビドラマ『とんぼ』(TBS系列/金曜日21時~21時54分/1988年10月7日~11月25日)の最終回のビデオを探した。それは、順子が拉致された日、『とんぼ』の最終回を楽しみにしていて、アルバイト先から家路に急いだが、その後、監禁されたために最終回は見ることができずに、そのくやしい思いを何度か口にしたからで、そのビデオも一緒に入れようと思ったからだった。女子高生や遺族にとって何の救いにもならないことだが、Aが見せた唯一の人間らしい一面だった。だが、このことについてAはのちに「可哀相というよりは呪われたくなくて・・・」と話している。

午前8時ころ、ドラム缶を海に投棄しようと江東区若洲15号地若洲海浜公園整備工場現場空き地まで車を走らせたが、恐くなってしまい、その空き地にドラム缶を投げ出して帰ってしまった。

出典:第329章

	

被害者に行われた行為

◆アルバイト帰りの女子高生を誘拐して不良仲間4人で輪姦
◆不良仲間の家に監禁し暴走族仲間十数人で輪姦、関係者は100人に及ぶ
◆殴打された顔面が腫れ上がり変形したのを見て「でけえ顔になった」と笑う
◆度重なる暴行に耐えかねて、被害者は「もう殺して」と哀願
◆顔面に蝋を垂らして顔一面を蝋で覆いつくし、両眼瞼に火のついたままの短くなった蝋燭を立てる
◆衰弱して自力で階下の便所へ行くこともできず飲料パックにした尿をストローで飲ませる
◆鼻口部から出血し、崩れた火傷の傷から血膿が出、室内に飛び散るなど凄惨な状況となった
◆素手では、血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、腹部、肩などを力まかせに数十回強打
◆1.74kgのキックボクシング練習器で、ゴルフスイングの要領で力まかせに多数回殴打
◆揮発性の油を太腿部等に注ぎ、ライターで火を点ける
◆死んだのでコンクリート詰めにして放置
◆腕や足は、重度の火傷で体液が漏れ出していた
◆脳が萎縮して小さくなっていた

犯人の氏名と近況

【女子高生コンクリート詰め殺人事件 加害者】宮野 裕史(A) (1970.04.30)

主犯格。懲役20年の刑で服役中。2008年出所予定。 
中学時代は軽量級の柔道の選手として活躍。身長160cmと小柄だがガッシリとした体格。付属男子高校中退。見習いタイル工として働き始めるが暴力団員と知り合い、パシリとなる。

関西の篤志家と養子縁組して「横山(?)」と改姓。
【宮野裕史】育った環境

父は愛人宅にいて、家庭は崩壊していおり、夫婦仲に問題があった。Aの中学時代は、柔道に打ち込み、出場した各大会で優勝、準優勝するなどして活躍し、格別の問題行動もなく中学生活を送った。柔道の関係で入学した高校では、練習が厳しく、先輩のいじめを受けたことなどから、入学した年の9月には柔道部を退部し、翌昭和62年3月には同校を退学し、自宅近くのタイル工業所に就職した。

出典:女子高生コンクリート詰め殺人事件

	

【女子高生コンクリート詰め殺人事件 加害者】小倉 譲(B) (神作と改姓して神作譲) (1971.05.11)

サブリーダー。すでに刑務所から出所。 
主犯格の1年後輩。180cmを越す長身。検事や弁護士の質問に太い声でハッキリ答える。

【女子高生コンクリート詰め殺人事件 加害者】小倉 譲(B) (神作と改姓して神作譲) (1971.05.11)

女子高生コンクリート詰め殺人事件

小倉譲の足取り、平成一年から平成16年再犯するまで

女子高生コンクリート詰め殺人事件
【神作譲】育った環境

父母の折り合いが悪く、両親はBの幼少時に別居し、Bは母の許で成育し、この間、昭和56年8月小学校4年時に一時父と同居したこともあったが、二か月後に再び母の許へ戻った。中学校時代には、格別の問題行動は見られなかったが、昭和61年1月スキーで右足の複雑骨折をし、以後スポーツで活躍する場を失い、昭和62年4月都内の私立高校に入学したものの、勉学の意欲がなく、次第に怠学が多くなり、同年11月除籍処分となった。その後一時電工見習いとして働いた後、都立の定時制高校へ入学したが、すぐに登校意欲を失い、学籍はあるものの長期欠席の状態が続く。

出典:女子高生コンクリート詰め殺人事件

	

【女子高生コンクリート詰め殺人事件 加害者】湊 伸治(C) (1972.12.16)

犯行現場の部屋の提供者。すでに刑務所から出所。 
 JR常磐線綾瀬駅から北へ15分ほど歩いた住宅街。玄関と二階ベランダが南欧風、3DKの建て売り住宅。約百平方メートルの敷地いっぱいに建っていて、両隣の家とは人がやっと入れるほどの狭さ。近くに小さな公園有り。事件の13年前、一家は同じ足立区内から引っ越してきた。 
「足立の学習院」と言われたエリート中学卒。その後、都内では唯一の化学専門工業学校に進学
【湊伸治】育った環境

仕事一筋の父親はきびしい体罰をふるった。Cが決められた家事の分担をしないことなどを母親から相談されると、Cをたたき起こして叱った。泣いて逃げる少年を追いかけて殴ったり、深夜外へ引きずり出して、公園を走らせたこともある。父親は、毎晩酒を飲んで帰宅した。Cとその兄は「週に1回はなぐられていた。ぞっとするほど怖かった」と、弁護士に証言。

出典:女子高生コンクリート詰め殺人事件

	

【女子高生コンクリート詰め殺人事件 加害者】渡邊 恭史(D)

少年院でいじめに合い、現在引きこもり症候群。 
四人の少年達の中では一番痩せていて、声が小さく、右後頭部、中学教師の体罰を受け出来た10円玉程の白髪が、公判時にはこぶし大にまで広がっていた。定時制の工業高校へ進むが1週間で行かなくなる。ファミコンが好き。お気に入り詳細を見る
【渡邊恭史】育った環境

父母は、昭和51年10月に別居したうえ、その2年後に離婚し、父は離婚後間もなく死亡しており、Dは姉と共に母の手で育てられた。都立の工業高校定時制に入学したものの、一週間で登校しなくなり退学。その後、何か所かで働いたことはあるが、いずれも長続きしなかった。

出典:女子高生コンクリート詰め殺人事件

	
【女子高生コンクリート詰め殺人事件 加害者】中村 高次(E)

出典:コンクリ殺人の犯人が全員出所したらしい(2ch) 木卯正一

宮野、小倉、湊からささいなことでリンチにあう。現在は地元スナックでこの事件のことを面白おかしく語る無反省人間。
【女子高生コンクリート詰め殺人事件 加害者】伊原 真一 (F)

出典:★阿修羅♪ページが見つかりません。

結婚し娘をもうけ、新聞配達員を経て、某建築会社で社員として働いている

当時の雑誌記事

女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生コンクリート詰め殺人事件(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん)は、1988年(昭和63年)11月から1989年(昭和64年)1月の間に、東京都足立区綾瀬で起きた猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、暴行、殺人、死体遺棄事件の通称である。事件番号は平成2う1058。


http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/85/0000140285/33/img30e44a8azik2zj.jpeg

判決状況

1989 07/31第一審 東京地裁 初公判

1990 05/21第一審 東京地裁 論告求刑公判
検察側は主犯格の被告Aに対して無期懲役、被告Bに懲役13年、被告Cと被告Dに懲役5年以上10年以下の不定期刑を求刑

1990 07/19第一審 東京地裁 判決公判
東京地裁は被告Aに懲役17年を、被告Bに懲役5年以上10年以下、被告Cに懲役4年以上6年以下、被告Dに懲役3年以上4年以下の不定期刑をそれぞれ言い渡し

1991 07/12控訴審 東京高裁(柳瀬隆次裁判長) 判決公判 判決文
東京高裁は、被告A、C、Dについて、一審判決を破棄し、被告Aに懲役20年を、被告Cに懲役5年以上9年以下、被告Dに懲役5年以上7年以下の不定期刑をそれぞれ言い渡し。被告Bについては、控訴を棄却

出典:

	

冒頭陳述書

女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生コンクリート詰め殺人事件

「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の検証番組

	

事件を再現したドラマ

17才の女子高生を40日にわたって監禁した上、数名での強姦、殴る蹴るの暴行、ライターのオイルをかけ点火するなど、激しく執拗な暴力を加え、死体をコンクリートに詰め­遺棄した事件
	
	
	
	
	
	

事件に関与してるのではないかと疑われた芸能人

スマイリーキクチ

スマイリーキクチ(1972年1月16日 - )は、日本のお笑いタレントである。本名は菊池 聡(きくち さとし)。東京都足立区北千住出身。太田プロダクション所属。
スマイリーキクチ中傷被害事件(スマイリーキクチちゅうしょうひがいじけん)とは、お笑いタレントのスマイリーキクチが、日本を震撼させた凶悪殺人事件の実行犯である等とする、いわれなき誹謗・中傷被害を長期間にわたって受けていた事件である。
誹謗・中傷によってブログを炎上させた加害者が一斉摘発された日本で初めての事件であると同時に、被害者が一般人ではなくタレントであったことなどから全国紙やテレビニュースでも大きく扱われた。

お笑いタレントのスマイリーキクチは1999年春から、彼が女子高生コンクリート詰め殺人事件(以下、コンクリ事件)で殺人に関与した犯人である(以下、コンクリ事件キクチ犯人説)と信じている者たちからネット上の匿名掲示板などで中傷されるようになった。1989年に発覚したコンクリ事件は犯行形態から世間を震撼させた凶悪事件でありながら、犯人たちが未成年であったために少年法の規定により犯人の実名が匿名報道となって世間に広く知られることはなかった。ネット上では、「殺人事件の犯人を憎む者」「犯行に興味のある者」が、様々な手法で調べた犯人のプロフィール(実名、職業、友人)を載せて世間に広めるなど、犯人を糾弾し続ける活動が存在した。

しかし、コンクリ事件の犯人に対する糾弾が繰り返されるうちに、「犯人を仕立て上げたい者」によってネット上で「出身地が犯行現場である足立区」「犯人グループと同世代」「10代の時にグレていた」芸能人であるキクチがコンクリ事件の犯人として扱われるようになっていた(キクチは「事件現場の地域は自分の生まれ育った地域からかなり離れており、成人式の時に1度行ったきりで土地勘が全くない。1991年1月1日付けで東京都足立区民で成人を迎えた男子は6,334人で、足立区内の同世代なんてごまんといる」と語っている)。なお読売新聞は、所属先事務所がキクチを「足立区出身の元不良」なる謳い文句で売り出していたのが中傷のきっかけであるとし、毎日新聞では十数年前から仲間に「足立区出身の元不良」と冷やかされていたと書いている。しかし、キクチはバラエティ番組への出演で元ヤンキーだったことが紹介される機会が2度あった際に「中学時代のヤンキー姿の写真」を出したことがあるものの、所属事務所が元不良として売り出したことについては否定している。

さらに「キクチはコンクリ事件のことをお笑いのネタにした」という事実無根の書き込みがあり、それを信じた者たちがネット上で「キクチはコンクリ事件に関与したにもかかわらず、反省もせずに芸能人として堂々とテレビに出続けている」「それだけでなく、キクチはコンクリ事件のことをお笑いのネタにした」とキクチを中傷していた。ネットでの中傷は匿名掲示板の2ちゃんねるのほか、キクチの所属事務所の電子掲示板にまで及ぶ。

出典:

	

飯島 愛

飯島 愛(いいじま あい、1972年10月31日 - 2008年12月17日:死亡推定日)は、日本のタレント、である。本名:大久保 松恵(おおくぼ まつえ)。株式会社Thesis元代表取締役。東京都江東区出身。瀧野川女子学園高等学校中退。元ワタナベエンターテインメント所属。
「12月20日、Aら3人の他に女が1人やってきて、「化粧」と称し被害者の頬にマジックで髭を書く。この頃Cは、家に「面白いのがいる」と知人に公言し、100人程度は監禁について知っていたと見られ、裁判記録に出ているだけで10人が強姦等に参加している。」

2007年、飯島愛が芸能界を脱却し、その理由がコンクリ事件と関係してるのでないかとまことしやかに囁かれた。

当時事件現場に来て少女の顔にマジックで落書きをした人物こそが飯島愛だというのだ。

これについて飯島愛は自身のブログで否定したが、これがまた余計怪しいのではと噂された。

真実がはっきりしないままなかば都市伝説化していたのだが、2008年4月、ミクシイのコミュニティーでの言い争いが、新しい関係者が語る事件の証言へと進展していた。

飯島愛がコンクリート殺人事件に関与したと倉地明美が証言!
銀座ホステス時代の親友で暴露本の筆者:倉地明美(ぺんネーム)が、飯島愛(芸名)の綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件への関与を語りました。
http://tokyo.cool.ne.jp/freefreefree/index.html


倉地明美とは、飯島愛のかつての銀座時代の親友でありながら、暴露本を書き、世間をにぎわせた人。
http://ameblo.jp/uraurageinou/entry2-10050336473.html (飯島愛、親友ホステスに暴露された闇の経歴)

証拠シzipファイルを見ると、どうやらこの進展の発端は以下らしい。

ミクシイコミュにて

クソババァ(三十路以上の女)のタブー削除する 2008年04月04日 03:39
日本のおばさんはなぜこんなに下品なのか?
人間とは到底思えないあつかましい態度をする
チンピラのような態度も多い
こんなクソババァが日本に多いのはなぜなのか?

というスレッドが立ち、それに反応した倉地明美(ミクシイ名:クラッチ)が「いい年こいてって失礼だな。君も年を取るんだよ。今度、私のブログに来なさい。マイミクになって、歪んだ心直してあげる。」等コメント。

高圧的なコメントにより何人かから批判され、余計ムキになった倉地明美がスレッドに粘着して反撃。次第に興奮してきた倉地明美は口調も悪くなっていき、バックにヤクザが居る事を匂わせたり、批判した人物に対して脅したりするコメントを書き込んだりし出す。

そして最後には自分を批判した人物にミクシイメッセを送り、何度かやり取りをする。

そのメッセのやり取りにて以下の発言。

主な倉地明美の証言:
▲飯島愛が綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件で人の命を奪ったのだから現在の状況は自業自得
▲飯島愛が綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件関係者に脅されまくっている
▲倉地明美にも圧力がかかっているので有名なヤクザに守ってもらっている
▲飯島愛の綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件を深く探った者は殺されている
▲飯島愛の綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件との関与に関わる事を書くと命を狙われる。

■差出人 : クラッチ~(倉地明美からのメッセージ)
日 付 : 2008年04月19日 00時29分
件 名 : Re: わたし
飯島だって脅されまくっていて大変だと思うよ。
でも、自業自得。
人の未来を奪ったんだから。
あたしはもう飯島とは関わりたくない。
アイツだって
いつまで命あるかわからないよ。
普通に考えてあんなに急に引退するのは変でしょ?
なべプロがお手上げになったんだよ。
かばいきれなくて。
じゃなかったら一応売れっ子だったんだから首にはしたくなかったと思うよ。
飯島も多分お金ないんじゃないかな。
昔の万引きじゃないからね、人の命の問題だから無理だよ。
出所してきた人もみんなヤクザだし。
あたしもおとなしくしていたい。
とにかく
お互いにこれで
終わりにしよう。
最後に聞く耳もってくれて良かった。
それだけ。

この倉地明美という人物。

レスを見ているとどうもかなり痛い人物のようなので、証言が真実かどうかは分からない。

ただ、ミクシイでこのようなやり取りがあった事は真実のようだ。


ちなみにこの小さな事件を知らない当の飯島ネエさんはアイ変わらずブログで無職を嘆く日記をアップしている。
最近はちょっと病んでいるエントリーが多く、それに振り回されたファンによりコメント欄もかなり荒れている模様。

結局、事件の真相を全て話してくれそうな人は被害者本人だけなのだが、その被害者はすでにこの世には居ない。

出典:

	

映画化

コンクリート

88年に発生した女子高生監禁殺害事件をテーマに描かれた小説を映画化。ある少年を中心としたグループがひとりの女子高生を拉致し、監禁・暴行の末に殺害。この史上最悪の少年犯罪の内幕を凄惨な映像で綴っていく。R-15作品。
主人公、辰夫は柔道部の先輩にリンチにあったことをきっかけに、人生の転落が始まる。高校を中退、シンナーを常習、ヤクザとの交遊、そして不良グループ組織を結成し、そのリーダーとなる辰夫。グループは次第に犯罪へも手を染めるようになっていく。唯一、彼の更生を望んでいる恋人の佳代子の声も彼の耳に届くことはなかった。ある日、辰夫はでひとりの少女を誘拐し暴行をはたらく。少女はそのままグループに監禁され、その日から41日間の死の暴行がはじまる。暴走するリーダー辰夫と、保身ゆえそれに従うメンバーたち。執拗に繰り返される陵辱と暴行。やがて暴行の果て少女を死に至らしめてしまう。

出典:

	

女子高生コンクリート詰め殺人事件 -壊れたセブンティーンたち

『女子高生コンクリート詰め殺人事件 ~壊れたセブンティーンたち~』(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん こわれたセブンティーンたち)は、1995年のビデオ映画。
『女子高生コンクリート詰め殺人事件 ~壊れたセブンティーンたち~』(じょしこうせいコンクリートづめさつじんじけん こわれたセブンティーンたち)は、1995年のビデオ映画。
女子高生コンクリート詰め殺人事件を題材にした青春猟奇犯罪映画。元々劇場用ではなく、 ビデオ安売王をフランチャイズ展開していた日本ビデオ販売(倒産)がオリジナルビデオとして製作した幻の映画で、現在では入手困難となっている。監督は松村克弥。日本ビデオ販売会長であった佐藤太治が事件に憤慨し制作にこだわったといわれる。
準主演に無名時代の北川悠仁(のちに「ゆず」を結成)が出演している。
被害者役の佐々木舞はジュニアアイドルの佐々木舞とは同姓同名の別の女優である。

刑期を終えて出所した「準主犯」が逮捕!(2004年)

報道ステーション2004年7月28日放送
古館:こんばんは。皆さん、15年前のある事件を思い出してください。 
そして、考えてみてください。ちょうど元号が平成にかわってまもない 
1989年の1月、東京江東区の埋め立て地で一人の女子高校生の遺体が発 
見されました。冷たい海風の吹くこの場所で、その女子高生はなんとコ 
ンクリートに固められていました。世に言う女子高生コンクリート詰め 
殺人事件です。なんと被害者は、犯人の家に40日間にも及んで監禁され、 
筆舌に尽くしがたい蹂躙の末に殺害されました。実刑判決を受けたのは、 
当時16歳から18歳だった少年4人です。そのうち、当時17歳だった準主犯 
格の少年は8年間服役し、5年前に出所しました。しかし今年の5月です。 
33歳になっていたその少年-男-はまた別な事件を起こしてしまいました。 
今日その初公判が開かれました。その男はどうして、また再び犯罪を犯し 
てしまったのでしょうか。我々のテレビカメラの前でその男の母親が語り 
ました。長いVTRになりますが、どうか最後までご覧ください。なお、そ 
の男の名前は、未成年時の犯罪を扱うため匿名とさせていただきます。 

ナレーション(女):午前10時、東京地裁には朝から傍聴券を求める人が大 
勢詰めかけた。 


キャプション:傍聴席23席に126人が並ぶ 

ナレーション(女):知人の男性を監禁し怪我をさせたとして、逮捕監禁致 
傷の罪に問われた被告の初公判。頭を短く刈り上げた男は、法廷に入ると 
一度傍聴席を見回した。そして、監禁はしておらず、話をしていただけだ 
として起訴事実を一部否認した。男は1989年に東京都足立区で起きた女子 
高生コンクリート詰め殺人事件で有罪判決を受けた準主犯格の少年だった。 

ナレーション:あれから15年加害者の実の母親がカメラの前で語った。コ 
ンクリート詰め殺人事件のことを。出所後の生活、再び罪を犯した息子に 
ついて。 

加害者母親(58):私にごめんなさいって一言・・・言っただけです。自分が出 
たら(出所したら)(母親が)仕事をしなくてもいいように力仕事でも何でもす 
るから、悪かった。顔は申し訳ない顔をしていました。私の顔を見るなり。 

ナレーション:拘置所から届いた加害者の手紙。男が自ら語った事件とは。 



ナレーション:5月19日午前2時、東京足立区に住む男性が自宅に戻った時 
だった。一人の男が車から降りてきていきなり殴りかかった。 

被害者(27歳):「女取っただろう、女知ってんだろう、隠してるんだろう、 
やくざなめんなよ」って。でー、何十発か殴られて・・・ 

ナレーション:男性は男の車のトランクに詰めこまれた。 

キャプション:約40分間走り回る 

ナレーション:車が向かった先は埼玉県三郷市のあるスナック。 

被害者(27歳):そこでは、もう誰もみていないわけで、何十発と殴られ続けて、 
もう、「一人殺そうが二人殺そうが一緒なんだ」と言われた。人を殺す顔って 
こんな顔なんだなって。 

ナレーション:4時間後に解放された男性はその足で警察に駆け込んだ。およそ 
2週間後男が逮捕される。 

キャプション:6月4日逮捕監禁致傷容疑で逮捕 

ナレーション:二人は知り合いで、男は被害者の男性にこう語っていたという。 


被害者(27歳):一方的に何か話しし始めて、その綾瀬の事件を話し始めた。俺は 
すごいだろうって、自慢するような口調で。 




ナレーション:綾瀬の事件。それは女子高生コンクリート詰め殺人事件のこと 
だった。1989年1月東京江東区(江東区若洲・遺体発見現場のキャプション)の埋め 
立て地でコンクリート詰めされた女性の遺体が発見される。被害者は埼玉県三郷市 
に住む17歳の女子高校生だった。逮捕されたのは当時16歳から18歳の少年(当時の映 
像・変更現場などがながれる)。強姦目的で通りがかりの女子高生を連れ去り、40日 
にわたり足立区綾瀬の自宅に監禁し殺したのだった。 

キャプション: 
主犯格A(18) 懲役20年 
準主犯格B(17) 懲役5~10年 
C(16) 懲役5~9年 
D(17) 懲役5~7年 

ナレーション:裁判では4人の少年が実刑判決を受ける。準主犯格の少年は最終意見 
陳述で涙ながらにこう述べた。「被害者の女性がどれだけ熱かったか、どれだけ痛 
かったか、一生謝っても謝りきれない。僕の一生をかけても償っていきたい(キャプシ 
ョンに同様の文面)」 

キャプション:監禁現場(犯行現場の画像) 

ナレーション:少年達はここで壮絶な暴行を加えていた。連日に及ぶ強姦、顔面や体 
を殴りつける、ライターで皮膚をあぶる、食事をとらせない。そして、遺体をドラム 
缶にいれて捨てたのだった。 



スタッフ:謝罪とかですね、償いの気持ちとかっていうのは? 

加害者母親(58):住所も・・・(被害者の遺族が)引っ越されてしまって。だから、気持ち 
としてはいつも忘れることはできないけど、何もできない状態。自分の中では一生背 
負っていかなきゃならない 

ナレーション:更生を誓った息子が15年後再び罪を犯した。 

加害者母親(58):ショックでした。なぜそんなことをやったのかなって。今更いい年な 
のに、何でそういうことをしたんだろうっていうふうに感じました。 

ナレーション:父親は3歳の時に愛人を作って家を出ていった。母親は二人の子供を育て 
るために夜の仕事に就く。家族そろって食卓を囲んだ記憶はないという。 

加害者母親(58):確かにお父さんがいなくてもお母さんがいなくても、よく育つ子はよく 
育っているかもしれないです。でも、あの子には父親が必要だったんじゃないかなと思って 
ます。 

キャプション:奈良少年刑務所(画像も) 

ナレーション:少年は奈良にある少年刑務所に収容された。更生に重点を置く少年院と違い、 
少年刑務所は刑罰を与える場である。母親が差し入れたドストエフスキーを読んだり、被害 
者の冥福を祈り写経をしていたという。 



キャプション:男が装置された滋賀刑務所 
       1999年8月3日出所 

ナレーション:その後、成人の刑務所に移され28歳の時に出所。 

加害者母親(58):(息子は)迎えに来ているとは思わなかったみたいですけど。もう、子供み 
たいな感じで、(事件)前に戻ったような感じで。もう、はしゃいで出てきたっていう感じに 
・・・・・・見えましたけど。 

キャプション:首都圏の様々な会社に派遣される 

ナレーション:出所してから半年後、男は弁護士の紹介でコンピュータ関係の派遣の仕事を 
するようになる。更生に向けたスタートは順調かに見えた。 

加害者母親(58):出る(出所する)前からいつ帰ってくるんだって、その、社長さんが待ってて 
くださって。コンピュータの会社に行っている時もすごいまじめに行っていました。もう早く 
ねて、自分は行かなきゃいけない。2時間くらいかかるんですよ。コンピューターの会社の仕事 
にいくのに。大体遠い所が多いものですから。そうすると、本当に遅刻しないでまじめに行って 
いた。やっぱし(刑務所で)ならってきたことでは自分が(能力が)足りなくて、自分なりに勉強 
していました。本を買ってきて。 


ナレーション:だが、母親にとってある不安が常につきまとっていた。 

加害者母親(58):気というか・・・・・・張り巡らしました。だから、あの新聞か何かのニュースを見 
ると、背格好、服装・・・・・・居ないとすごい心配でした。他の事件でも疑ってかかっちゃうことも 
あります。 

スタッフ:それは息子さんがやったんじゃないかと? 

加害者母親(58):そうですね。そういう風に思ってみる時もあります。 

ナレーション:4年前に母親を取材したときのノート。出所から1年、このときすでに母親は不安 
を漏らしていた。 


ノートに書かれた文章: 
また事件をほじくったら元のもくあみにな 
また何かやるかもしれない 


加害者母親(58):事件ついても話はしていないです。お互いが暗黙の内の・・・・・・ 

スタッフ:それはどうしてですか? 

加害者母親(58):息子にとっても自分の心の中で思っていることだと思いますし。私の中でも心で 
思っていることもでもあって。言ってほじくり出して、まともな会話になる時もあるかもしれない 
けど、やっぱり自分の言われたく時ってありますよね。 



ナレーション:だが本人にとって事件は心の片隅にあり続けたようだ。 

加害者母親(58):自分の事件の本を読んだりしてましたから。でなにか、あのぉ、ビデオが出たの 
も見てますね。その事件のビデオが。ビデオショップから借りてきて、で、「内容は違うよ」って 
一言いっていましたけど。 

ナレーション:男は歌舞伎町の店で働いていた年上の中国人女性と結婚した。しかし、2年あまりで 
破局。再び実家に戻る。 

加害者母親(58):彼女と別れてかな、「結婚して子供でも作って普通の生活をしたら」って言ったら、 
「事件の子供って言われるから無理でしょう」って本人は言ってました。 

スタッフ:それに対してお母さんはどう返したんですか? 

加害者母親(58)それっきり何も言えませんでした。 

ナレーション:熱心に打ち込んでいた仕事も、あることが理由で辞めてしまう。出所後男と付き合い 
のあった弁護士はこう話す。 

キャプション:女子高生コンクリ詰め事件での男の弁護人 

伊藤芳朗弁護士:やはり被害妄想だったかなと思います。といいますのは、そのー、本当は職場の人 
たちは彼実状を誰も知らないはずなのに、自分のこと(事件)を知っているから、自分につらくあたる 
んだというようなことを言って人間関係がギクシャクしてきたんですね。 

キャプション:刑務所での拘禁反応が被害妄想の原因だった 

ナレーション:10年に及ぶ刑務所生活で男には拘禁反応による被害妄想が現れていた。 

伊藤芳朗弁護士:刑務所の中でキチンとした治療は受けさせてもらえませんでした。 


ナレーション:2番目の職場を見つけるも給料の未払いというトラブルが起きる。その時、ある人物 
との出会いがきっかけで男の人生は、再び大きくかわっていったと母親はいう。 

加害者母親(58):S氏はヤクザだったんで、あたりのいい人だったんで、最初くっついて 
行っちゃいまして 

ナレーション:給料の未払いを聞いた母親が知り合いのH氏に相談。そのH氏が連れてきた 
のが山口組系暴力団組長のS氏だった。男は次第にそのS氏と付き合いを深めていく。 


       相談 
   母親------------->H氏 

付き合い 
   男 <------------>山口組系3次団体 
組長S氏 

スタッフ:息子さんを止めようとはしなかったんですか? 

加害者母親(58):私が止めても難しいなっていう、本人の判断に任せようという気持ちでいました。 

スタッフ:事件のことについてはその人は知っていたのですか? 

加害者母親(58):(息子)本人が言ったみたいです。本人が言ったところ連れ歩いているときに、 
「こいつはコンクリの人殺したやつだよ」ってみんなに言いふらしていたらいしです。それは 
本人がいってました。どこに飲みに行っても、そういう言い方をすると。 


スタッフ:本人は嫌そうな感じでしたか? 

加害者母親(58):はい。誰もいないから誘われるといってたみたいです。 

スタッフ:誰もいないっていうのは? 

母親(58):友達が誰もいないから。 

スタッフ:友達っていうのはできなかったんですか? 

母親(58):出来なかったです。 

キャプション: 
今年5月再び事件を起こす 
出所から4年9ヶ月後のことだった--- 

母親(58):これは息子からきた手紙です。小菅(東京拘置所)に入ってから息子から来た手紙なんです。 


ナレーション:15年前世間を震撼させた女子高生コンクリート詰め殺人事件。再び罪を 
犯した男から母親あてに手紙が届いた。 

手紙の内容: 
前略、面会や差し入れありがとう。今回のことは本当に申し訳ないと思っています。他人 
の責任で自分の仕事ができなくなる悔しさは私も十分にわかる。事件のことも考えている。 
度が過ぎたことを後悔している。 

ナレーション:男によれば、暴力団組長S氏の正式な組員になったのは去年の12月だという。 
その後S氏が男に上納金を要求したことに反発。今年5月8日S氏を殴り組を抜けたとしている。 
8日後の5月16日ある事件が起きる。浅草の三社祭で暴力団組長のS氏が喧嘩に巻き込まれた。 
そのとき男は近くにいたが、組から抜けていたこともあり、S氏を助けるとはなかったという。 
その際、今回の事件の被害者に男はこう言われたという。 

キャプション: 
「行けなかったじゃないですか」 

ナレーション:行けなかったじゃないですか。つまり怖じ気づいたと揶揄されたというのだ。 


男の手紙: 
今回の被害者は(匿名)が面倒をみていた若い衆なんだけど、テキ屋だな。被害届けを出したくら 
いから花屋の店員になっているらしい。 

画面:傷の跡を見せる被害者 

ナレーション:男は被害者の言葉がきっかけで思わず暴力を振るったとしている。しかし、被害 
者も雇い主も男の主張を否定している、 

被害者(27):なぜ行けなかったのですかとか、それはないですよ。だから、その見ていたとかと 
いう話も、自分はその子供たちにラムネを分けてあげたりとか、ジュースを配ってあげたりだと 
か、そういうことをしていたので、見てないんですよね。自分は花屋だったんで。なんで、自分 
までヤクザ扱いするんですかって 

ナレーション:男は面会に訪れた母親に対して訴えた。 

加害者母親(58):「一人殺すも二人殺すも一緒だって」ってそんなことを言ったの?といったら、 
「言ってないよ」って言っていました。 

ナレーション:事件発覚後、母は自宅を出て知り合いの家を転々としている。 


スタッフ:何が足りなかったと思いますか? 

加害者母親(58):事件のことに触れなかったことが、私はそれが息子に対して・・・・・・わかっている 
ことだと思ったんですが、それがまだわかりきってなかったのかなと感じます。 

スタッフ:わかりきってないというのは? 

加害者母親(58):自分の感情にふまえて自分を忘れちゃっていることを教えてあげないといけないなと。 

スタッフ:どうすれば出来ますか? 

加害者母親(58):どいうふう風にしたらわかる・・・・・・・どいうふう風に言ったらいいんでしょう・・・・・ 

スタッフ:亡くなられた被害者の方、あるいは遺族の立場になって考えてみたらどうですか? 

加害者母親(58):遺族だったら「死んでもらいたい」というのが、それっきり思わないじゃないですか。 
その子が帰ってくるわけじゃないですから。 

スタッフ:また同じ被害者がでてきたり、あるいはまた事件を繰り返したりしたことに対して、 
遺族がとても悲しんでいるとは考えないですか? 

加害者母親(58):つらく思ってらっしゃると思います。これから事件を起こさないように、 
自分を戒めていかなきゃならない、ではないかと思っています。 


スタッフ:できますか? 

加害者母親(58):やって・・・行こうと思ってます。 

スタッフ:被害者の遺族に対して詫びるとしたらどういった言葉がありますか? 

加害者母親(58):ごめんなさいの一言です。(むせび泣く?) 





古館:この男を本気で更生させようと考えた人間がいただろうかと思います。中途半端な助け 
では更生などできないと思います。加藤さん、あのー、再犯、出所して再び犯罪を犯してしま 
うというケースですが、かなり多いというふうに感じるんですが。 

加藤:そうですね。それで少年法の見直し論議も活発になってますよね。その論点の一つが加 
害者の人権重視、その一方で被害者の事件はどうなっているのかというのがありますよね。 

古館:はい 

加藤:だから被害者側から、次の被害者を作らないでくれという切実な声もでてますよね。 


古館:(おおきく頷く)ただ、あのー。もう一方で、この更生施設の問題。はたして本当の更生 
できる確率がどのくらいあるかということも問題ですね。 

加藤:そうですね。いまVTRみてて二つ、僕考えたんですけどね。一つは、罪が重かったから 
少年刑務所行きましたよね。少年院なんかに比べると教育とか更生という面よりも、やっぱり 
刑罰としての服役が重視されるところですよね。今後あのーやっぱり、少年刑務所でも更生プ 
ログラムを強化充実する必要があるんじゃないかということが一つ。それと、更生で成果をあ 
げた後にも問題がある。だから、戻っていくそこの環境がどうなのかっていうのが、ものすご 
い重要だと思うんですよね。 

古館:現実的にはよく言われるように、とにかく刑が終わって服したらすぐに出ていってもらう。 
次なる犯罪者が入ってくるから。刑務所は満杯だ。よく耳にしますよね。そういう話をね。そし 
て、もう一つ思うことは親と子供が逃げずに本当に向き合うということ。これが次に大切で難し 
いんだとということも考えました。いったんコマーシャルです。 

出典:

	

女子高生コンクリート詰め殺人事件の「主犯」も振り込め詐欺で逮捕!(2013年)

女子高生監禁コンクリート詰め殺人事件主犯格のMは今年1月、東京・池袋で銀行からお金をおろす振り込め詐欺の「受け子(出し子)」として逮捕された。
パチンコ必勝法の情報料名目で現金を騙し取る振り込め詐欺で 2013年1月10日に口座の所有者だった 宮野裕史(当時42歳)は逮捕された。 
髪が薄くて体は細いらしい。 

素人集団に近いグループでした、末端要員が口を割らなければ突破口もないため、不起訴になることも少なくない。 

末端の役回りだった宮野裕史は、 それを知っていて黙秘を貫き1月31日不起訴処分。 

不起訴は無罪判決ではありません。 

性犯罪と詐欺は常習犯が多く再犯率も高いので今後も再犯する可能性が高い。 

新興宗教にはまる母親(宮野静江)は、平成21年夏に宮野裕史が出所する数年前まで綾瀬にいたそうな。 

出典:宮野裕史が振り込め詐欺で2013年に逮捕 | ログ速@2ちゃんねる(net)

	

女子高生コンクリート詰め殺人事件の「主犯」が振り込め詐欺で逮捕された!

女子高生コンクリート詰め殺人事件

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女子高生コンクリート詰め殺人事件

宮野裕史

出所後、関西地方の保護司と養子縁組して、まったく別の戸籍に入る手続きが取られたという。

補足

「COMIC夢雅」に連載中の氏賀Y太さんの漫画。『真・現代猟奇伝』
何と、あの女子高生コンクリ詰め殺人事件を漫画化している。

関連書籍

うちの子が、なぜ!―女子高生コンクリート詰め殺人事件

			

かげろうの家 女子高生監禁殺人事件

			

女子高生コンクリート詰め殺人事件

			

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johndoe