【閲覧注意】杉沢村・五月山・哲学堂【怖い話】
哲学堂
今から5年ほど前、バイトが終わると友人たちがたむろしている場所にしょっちゅう出向いていた。約10名ほどの仲間で毎日夜な夜な集まり、バイクで遊びに出かけていた。
その日は夜に雨が上がったので、僕ははやる気持ちでバイクにまたがり、根城である町田宅へ向かった。
町田の家へ行くと、今日はめずらしく僕と林しか集まっていなかった。
「今日は路面濡れてるから、峠は無理だな。」
「どうする?3人だし。」
「肝試しは?先輩から聞いたんだけど、哲学堂が出るらしいんだわ。」
公園内にある哲学堂では、老婆が夜な夜な徘徊しているという話だった。
なんでも未婚で妊娠してしまい、 哲学堂のトイレで出産したらみにくい子が産まれ、そのまま捨てて逃げた。
やがて精神を病んで精神病院に入退院の繰り返し。
晩年は哲学堂を徘徊し、そして哲学堂の桜の木で首つり自殺をした。
それ以来、夜な夜な「ぼうや…、ぼうや…」と老婆が囁きながら徘徊してるとか…。
哲学堂には入口に幽霊と天狗の像があったり、あの世とこの世を結ぶスポットとも言われていて、なんだか興味がわいてきたので3人で行くことになった。
出発した時刻は深夜2時。
残念ながら哲学堂は閉まっていた。
僕たちは入れそうなところを探そうと公園内をうろうろした。
「入れそうなとこないなー。」
「ちょっと待った、便所。」
しばらくすると便所の方から声がした。
「早く来てくれ!これ何だと思う?」
トイレに向かうと、そこにはどす黒い鮮血に染まった毛布らしきものがあった。
なにかをくるんでいるような感じで、洗面台の上に置かれている。
「これ血だよな…」
「おい、なんか来た!!」
推定2メートル近くありそうな、男か女かも分からない物体が走ってきたのだ。
「逃げろ!!」
公園内から出られる通路を走り抜け、 バイクを駐車してる場所まで一気に逃げてそのまま走り去った。
「あの毛布の中身。何だったんだよ?」
「単なるペンキかも知れねーし。警察に言ってもな。」
「オレらが疑われるわ。それにあの暗闇で走ってきたのなんだ?」
「超怖かったよ、まだ追いかけてくる気がするよ。」
「取りあえず黙っておこう。事件だったらニュースになるはずだし。」
「そしたら名乗り出ればいいしな。」
それから5年。
新聞に出ることはなかったが、あれが何だったのか謎は解けないままだ。
哲学堂は今でも有名な心霊スポットだが、興味本位で行かないほうがいいと思う…。
五月山
「きれいな夜景ね。」私たちは五月山ドライブコースの中間にある展望台から大阪の夜景を楽しんでいました。
大阪平野は夜光虫が光を放つ静かな海のようでした。
5年前、車の免許を取り立ての私は、当時の彼を助手席に乗せて夜のドライブによく出かけていました。
大阪の五月山というドライブコースは、日中は係員がいて通行料がかかりますが夜は無料で通り放題。
料金所から5分~10分ほど、曲がりくねった道を上がれば中間の展望台があります。
見渡したところ私たちだけしかいません。
「ちょっとトイレ、行ってくる。」
彼が展望台の隅の方にある簡易トイレへ。
女性トイレはちゃんとドアがありますが、男性はもろ見え。
彼のトイレ姿を眺めてると、彼が横の女性トイレの方をチラチラ見ます。
どうしたんだろ?と思っていると、彼が小走りに戻ってきました。
「ここ、ほかに誰もいなかったよな。」
「だと思うけど。」
「横で水の流れる音みたいなのがずっと聞こえる…。」
とにかく夜景をさっと見て帰ろうという話になり、ふたりで展望台へ向かいました。
ベンチに座ると、背後からヒソヒソ話のようなたくさんの小さな声がします。
振り返っても、誰もいません。
私たちは恐ろしくなり、急いで車に向かいました。
登ってきた道を下りながら何気なくバックミラーでトイレを見ると 、トイレ付近にだけ霧がかかっているようにかすんでいました。
帰ってから私は高熱を出して3日ほど寝込みました。
そして後々、その展望台は自殺の名所と知りました。
杉沢村
その村はもう存在しない。地図からも消えてしまったというが、かつては確かにあったという。
もともと小さな村だったが、ある事件をきっかけに廃村になったという。
車の免許をとったばかりの頃、僕は運転するのが楽しくて友達と集まって夜のドライブに出かけたりした。
(当時僕は車を持っていなくて友人所有の車だったが)
でもそのうち意味なく走るのにも飽きてきた頃、その村の名前を聞いたのだ。
さっそく僕らはその村が実在するのかどうか、探すことにした。
杉沢村とタイトルのある画像や動画を検索したり、実際に「ここに絶対ある!」という文句につられて行ってみたが、ただの荒れた集落だったことも一度や二度ではない。
しかし調査していくうち、信憑性がある情報を手に入れて僕らはその場所に向かった。
国道から離れた農道のような道路を走り続けると、 次第に雑草が生い茂る道になった。
どのくらい走っただろうか。
草もない広場みたいな場所に出た。
その場所に民家はなかったが、腐った材木や屋根の破片らしきものがあちこちに散らばって、以前は民家が立ち並ぶ集落だったのだろう。
結論としてここが杉沢村という物的証拠は見つからなかったが、廃墟になった集落跡であることは確かだった。
「ちょっと寒気がする。」
友人の1人がそう訴え、その日はもう帰ることにした。
皆で車に乗り込み、エンジンをかけようとした。
「あれっ?セルがまわらない。」
ステアリングを動かしながらまわしても、びくともしない。
全員が焦りだしていると、突然後ろでドーンという衝撃。
ステアリングにも衝撃が伝わったせいか、その瞬間セルがまわり、僕たちは大慌てでその場を立ち去った。
次の日、車の持ち主の友人から今すぐ来てほしいと電話があった。
僕を車庫へ連れて行き、黙ってリアを指さす。
車には無数の泥だらけの手形がついていた。
数ある杉沢村伝説のひとつには、ある日、村の住民の一人が発狂して豪雨の中で村じゅうの人を殺し、死体を泥水の中に放置したまま逃げたとある…。