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元外務省国際局長「孫崎享」氏の「尖閣諸島は係争地」発言を粉砕する!!

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元外務省国際局長「孫崎享」氏の「尖閣諸島は係争地」発言を粉砕する!!

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Update date:2017年08月13日
元外務省国際局長「孫崎享」氏の「尖閣諸島は係争地」発言を粉砕する!!
尖閣諸島(せんかくしょとう)は、東シナ海の南西部にある島嶼群。石垣島北方約130 – 150kmの、北緯25度43分 - 56分、東経123度27分 - 124度34分の海域に点在する。尖閣列島(せんかくれっとう)ともいう。日本が実効支配しており、中華人民共和国および中華民国がそれぞれ領有権を主張している。 「尖閣諸島」および「尖閣列島」は日本における呼称であり、中国では釣魚群島あるいは釣魚島及びその付属島嶼、台湾では釣魚台列嶼と呼ばれている。

「尖閣諸島は係争地」発言

先日、孫崎享(うける)氏の講演を聴く機会があった。
彼は元外務省国際局長で防衛大学教授も努めた。
それにしては「中国に媚を売る媚中派」的な言動が目立つので、以下に彼との紙上討論を行なう。
 
孫崎:日本はポツダム宣言の受諾で沖縄や尖閣諸島を失った。
 
私:たしかにポツダム宣言には「日本国の主権は北海道、本州、九州及び四国ならびに我々の決定する付属の島に限る」とある。
それを前提に、アメリカは戦後、沖縄を占領した。占領下、米軍は尖閣諸島のうちの久場島と大正島を射撃場として使ってきた。
つまり尖閣諸島を「沖縄の付属の島」と見て、施政権を行使してきたのである。
 
1972年、沖縄が返還されたが、同時に尖閣諸島も返還されている。返還後は久場島の米軍の射撃場の地代を日本政府が払うようになっている。
 
返還時、米国国務省は「日本に施政権を返還するが、尖閣のみならず沖縄本島に対しても、領有権問題について日本と中国、台湾に対して中立的な立場をとる」と述べている。
これは明らかにおかしな話で、尖閣のみならず沖縄本島も領有権について中立というなら、アメリカは沖縄や尖閣を占領できなかったはずである。日本に領有権があるからこそ、米国は「日本のポツダム宣言受諾」を根拠に沖縄と尖閣諸島に施政権を行使し、占領してきた。
 
沖縄などが中華民国(現台湾。中共政府はまだ存在していなかった)の帰属(領有)であれば「敗戦国の地」ではないから、米軍が占領するのはおかしいのである。
 
孫崎:日中では「尖閣たな上げ」で合意していたから係争地である。
 
私:日中国交回復時、周恩来が言っていたように、1968年頃、「東シナ海に海底油田があるとなったので問題となった」。
中国は海底油田がほしくて、それから尖閣領有を主張するようになった。
 
しかし、古来から中国は、「領土は海岸線まで」というのが常識の大陸民族である。尖閣近くを通るにはすべて琉球人=日本人の水先案内を要したこと、1800年代のイギリスやインドなどの諸外国は、皆、「尖閣は琉球のもの」と認識していたこと(『中国が反論できない真実の尖閣史』石平、いしいのぞむ共著、扶桑社)を知れば、「尖閣=琉球の付属の島=日本の領有」という事実は揺るぎないものである。
 
百歩譲って「尖閣棚上げ」合意があったとして、それを先に破ったのは中国である。
 
彼らは1992年、国内法である「領海法」に、尖閣は中国のものと明記した。また、共同開発を決めていた海底油田を、2010年代になって単独で採掘し出したのも中国である。
 
民主党・野田政権が尖閣を国有化した時、NHKや一部の評論家は、「棚上げ論」を破ることになると避難した。しかし埼玉県在住の尖閣の地主に、中国人から「300億円で売ってくれ」という話があったという。
日本政府が買わなければ中国人が買い、今頃は中国の国旗が翻っていただろう。
 
ちなみに中国は戦後、日本に対して「支那」と呼ばないでくれと言っていた。
その意味は、支那といえば「漢民族支配の地」に限定される。それではチベットや新疆ウイグル自治区、南モンゴル、台湾、満州などを含まない。
 
他民族である満州・女真族の統治した清国の地盤を引き継ぎたいから、「支那と呼ばないでくれ」と言っている。
一方では「china(シナ)や東シナ海、南シナ海」については容認しているのにである。
彼らの主張には必ず政治的思惑があることを知るべきである。
出典:http://ameblo.jp/ohdoh/

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著者プロフィール
 Pride of the Japanese

国際ボディガード歴20年。護身術師範。 悪質なクレーマーや左翼と戦う某団体所属。喧嘩上等。 「I'm proud of the fact I was born in Japan.」