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1993年 東京 「日野OL不倫放火殺人事件」 子供に罪はないのに...

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殿堂

1993年 東京 「日野OL不倫放火殺人事件」 子供に罪はないのに...

Author:
kengeekengee
Posted date:
1993年 東京 「日野OL不倫放火殺人事件」 子供に罪はないのに...

1993年 12月14日 火災発生

朝6時30分を過ぎた頃、東京都日野市程久保の団地4階、会社員Hさん(34歳)の部屋から出火。焼け跡から子供2人が焼死体で見つかった。出火当時、Hさんは妻の運転する車で通勤で利用する最寄駅に向かっていた為、部屋には子供2人だけが寝ていた。
駅までは車で往復15分程、玄関のカギはかけて出掛けている。

程久保の団地

「UR都市機構高幡台団地」
36号棟401号室の四畳半寝室
妻が帰宅したとき住居は勢いよく炎上していた。子供の名前を叫びながら半狂乱になり助けるために火中に飛び込んだ。隣の住人に助け出されたとき髪の毛はほとんど燃えていた。熱でのどが痛く呼吸出来なくなっていた。その状態で救急搬送された。子供たちの遺体の損傷は正視に絶えないものであったらしい。

出典:血も凍る女の重大事件簿<その1> - earlybird65 ページ!

	

放火と断定

焼死した二人の幼児が着ていた衣類をはじめ部屋中にガソリンがまかれた形跡があり、Hさんに恨みを持つ者の犯行とみて捜査を進めた。

出典:読売新聞 平成6年2月7日

	
消防は火の回りの早さや、現場から検出された油性反応などで火災の原因を放火と断定。

被害者

Hさんの長女(6歳)、長男(1歳)
6歳の長女は頭蓋が割れて大脳が露出し、さらに両腕を焼失していた。また1歳の長男は両腕と膝から下が消失していた。

出典:実際にあった日野OL不倫放火殺人事件のあらすじ

	
 

被害者家族に恨みを持つ女

警察の捜査によって、被疑者として推定されたのは、子供を失った夫の不倫相手だった女性A。
Aと夫の不倫関係は事件が起きるより前に、妻に発覚したため終了していました。次第にAの気持ちは恋愛から怨恨へと変わり、二人の間にはトラブルが起きます。しかし、警察は有罪を獲得するために必要な証拠を確保できず、Aの逮捕に踏み切れずにいました。

出典:【浮気の事件簿2】日野OL不倫放火殺人事件|浮気調査専門の興信所紹介サイト・浮気探偵.comブログ

	
Hさんと女の不倫関係は、この年の夏に終わっていた。
 

1994年 2月6日 女を逮捕

事件発生後、警察は犯人を女性Aに絞りながらも、有罪判決を獲得するために必要で十分な証拠を集積できず、Aの逮捕に踏み切れない状況だった。 しかし女性Aは父親に説得され、警察の捜査が身辺に迫ったことを察知して、翌年の2月6日午後、ようやく警察に出頭し自首した。 

出典:日野OL不倫放火殺人事件 | 本当にあった恐ろしい事件

	
事件発生から自首前日まで、いつも通り出勤していた。 

出典:日野OL不倫放火殺人事件 - Yourpedia

	

別れ話もつれ放火

中日新聞 平成6年2月7日
警視庁捜査一課と日野署は六日、現住建造物放火、殺人の疑いで東京都日野市落川、
会社員北村有紀恵容疑者(二七)を逮捕した。

出典:日新聞 平成6年2月7日

「交際をHさんの妻に知られ別れ話からトラブルになった」と犯行を認めた。
有紀恵は火災直後、病院で火傷の治療を受けており、警察は早い段階から捜査していた。
自首する前日、捜査員が有紀恵の実家へ行き父親と接触していた。
北村有紀恵(1966年8月7日生)
東京都板橋区生まれ、父親は自宅で印刷業を営む。
中・高校は山脇学園、東京都立大学(現在は首都大学東京)理学部数学科にストレート合格。
大学時代は明るい性格で几帳面、何事にも真面目に取り組み、男子から注目されるタイプ。
就職するまで特定の男性と恋愛関係になった経験は無く、男性と性関係を持った経験も無かった。 
 

Hさんとの関係

Hさん
鹿児島県で生まれ育ち高校卒業後、日本電気ソフトウエアに就職。
職場恋愛の末に1987年に結婚、日野市の公団住宅で暮らしていた。
有紀恵より7歳年上で、身長180センチのイケメン。
1989年(平成元年)、有紀恵は日本電気(NEC)に入社した。技術系総合職としての採用だった。数ヶ月の研修を終え、8月下旬から東京都府中市にある工場にソフトウエア事業部ネットワーク開発部員として配属され、SE(システム・エンジニア)として働いた。そこで、同じ職場で働く杉田修(仮名)からコンピュータ技術のイロハを学んだ。7歳年上の杉田は身長が180センチに近く、「ハンサム」なスポーツマンで社内の女性の注目の的だった。 

2人は最初は上司と部下の付き合いだったが、やがて「師匠」「キャッシー」と呼び合うようになり、次第に親密になっていき、デートを重ねる関係になった。 

出典:[mixi]日野OL不倫放火殺人事件 - ニュース議論 | mixiコミュニティ

※杉田修(仮名)=Hさん
犯行時、師匠とキャッシーは別々の部署で仕事をしていたようだ。
  1. 1989年
  2. 4月

    NECに入社

    技術系総合職としての採用。
  3. 8月

    ソフトウエア事業部ネットワーク開発部に配属

    同じ部署のHさんと出会う。上司と部下の関係の2人は、やがて「師匠」「キャッシー」と呼び合い、次第に親密な関係に。 
  4. 1990年
  5. 有紀恵が引越

    日野市のマンションで一人暮らし。引越の理由を両親には時間に余裕をもって仕事したいからと言っていたが、毎日でも師匠とデートしたいというのが本当の理由だった。
  6. 1991年
  7. 4月

    Hさんの妻が流産する。

    Hさんはショックを受け、有紀恵がこれに同情する形で、2人の関係はますます親密になっていく。だが、有紀恵は上司と部下の関係は決して崩すまいと思っていた。 
  8. 8月6日

    一線を越え、男と女の関係に

    有紀恵25歳の誕生日の前日で、2人で多摩川の花火大会へ。その夜、Hさんは有紀恵に誕生日のプレゼントとしてラジカセとCDを贈り、有紀恵のアパートで初めて関係した。 
  9. 8月7日

    有紀恵25歳の誕生日

    会社を休みデート、2人で府中の郷土の森のプラネタリウムに行く。
その後、多いときには1週間に数回は有紀恵のアパートに泊まることもあった。この頃から杉田は社内メールをひんぱんに使い、有紀恵にメールを送り続けていた。全部で116通あり、有紀恵はこれをプリントアウトしていた。画面上のメールの文字がはかなく消えてしまうのが淋しいような、もったいないような気になり、プリントアウトしていたとのちに供述している。 

出典:[mixi]日野OL不倫放火殺人事件 - ニュース議論 | mixiコミュニティ

	
  1. 10月

    有紀恵、師匠との結婚を意識する。

    師匠がキャッシーに「元々、今の女房みたいなタイプの女と結婚するつもりじゃなかった。たまたま入院していたときに毎日、見舞いに来てくれて、本当は東京の人と結婚したかったんだ」「妻と別れて男独りになったら子どもは育てることができないからね」「女房が死なないかなとか、交通事故に遭わないかなとか、すごく、思うんだ」 等と話す。
    
    有紀恵はこのとき、Hとの結婚を意識した。 
  2. 1991年
  3. 12月24日

    師匠の妻、2人目の妊娠が発覚する

    Hは仕事を終え、シャンパンを持って有紀恵のアパートへ。このとき、Hはこともなげに「8月が妻の出産の予定日なんですよ」と言った。それに対し、有紀恵は「そう、、、おめでとうございます」と言うのが精一杯だった。 
  4. 1992年
  5. 4月

    有紀恵も妊娠

    有紀恵が懐妊するが、Hは「堕ろしてくれ」と言った。 
    彼女はHの妻が臨月近いこともあり、時期が悪いのだと自分に納得させ、堕胎する。 
  6. 5月

    有紀恵、中絶手術

    2人は水子供養と称し、高尾山へ行ったり、鎌倉へ日帰り旅行、美ヶ原高原美術館へ一泊旅行、サマーランドで水泳などをして楽しんだ。Hは有紀恵に、「離婚のことも考えている」「単なる浮気じゃない」などと話をしていた。 
  7. 5月23日

    会社のソフトボール大会

    Hは有紀恵を誘った。有紀恵は車で実家に帰る予定があったので、グラウンドに寄った。そこで、Hは長女を連れて大きな腹を抱えた妻を有紀恵に引き合わせた。有紀恵は「初めまして、北村と申します」と挨拶はしたものの、そのあとは気持ちが動揺して、言葉にならなかった。 
    
    ほんの2週間前に中絶した私のことをこの男はどう考えているんだろうか。わざと大きな腹の奥さんを見せびらかして、無神経すぎる! 
    
    あまりの衝撃に有紀恵は足が震えた。実家に帰る途中、車を停め、何度か胃の中のものを吐いてしまった。 
  8. 5月24日

    Hは有紀恵に、「妻を紹介したのはわざとやったことじゃないんだ」「すまない、許してくれ」と言って、平謝りした。それに対し、有紀恵は「じゃあ、師匠、奥さんと別れてよ」と言った。Hはしばらく考えて、「今、即答できない。少し考えさせてくれ」と言った。 
  9. 7月

    師匠の妻、出産準備で実家へ

    Hの妻が2人目の子どもを産むために東北地方にある実家に帰った。師匠とキャッシーは長野へ1泊2日の旅行へ。Hは妻が里帰りしている1ヶ月半もの間、有紀恵のアパートで夫婦同然の生活をした。 
  10. 9月上旬

    師匠の妻が長男を出産。

    Hの妻、日野に帰る。
  11. 11月

    Hは有紀恵に、「来年になったらキャッシーと一緒になるために“事”を起こすから、今は我慢して」「ずっと、今の会社に勤める気持ちはない。将来は何か他の仕事を始めたい。ゆくゆくはキャッシーのお父さんとお母さんみたいに、自分で仕事を始めて、キャッシーと一緒にやっていきたい」と言った。 
    
    この杉田の言葉を真に受け、有紀恵は通関士の勉強をするなど将来に向けて準備した。 
    
年が明け、1993年(平成5年)になった。だが、Hの言う“事”は起きなかった。 

出典:[mixi]日野OL不倫放火殺人事件 - ニュース議論 | mixiコミュニティ

	
  1. 1993年
  2. 2月

    Hと有紀恵が伊豆高原に旅行に出かける。 
  3. 3月

    Hは有紀恵に、「長女が幼稚園が休みに入る3月19日までには離婚の話を妻にするつもりだから」とか「4月5日には“決着”をつけるつもり」などと言っていた。
  4. 3月末

    有紀恵が2度目の妊娠。

    有紀恵は妊娠を理由に離婚話を積極的に進めさせることはしなかった。 
  5. 4月9日

    有紀恵が2度目の中絶。

    今度は自分の意志で中絶した。その頃にはようやくHとの関係を終わりにさせる気持ちが強まっていたのである。 
  6. 5月18日

    師匠の妻に浮気がバレる

    Hが出勤したあと、妻が友人のところに電話をしようと自宅電話のリダイヤルボタンを押した。するとなぜか、有紀恵の電話につながり、「はい、北村です」という声が返ってきた。このとき、妻は主人が浮気をしていると直感した。女の声にも覚えがあった。すぐに主人に電話し、「私に隠れて電話するような女の人がいるのか?」と詰め寄った。すると、Hは素直に浮気を認めた。 
杉田は会社から帰宅すると、有紀恵と約2年間、不倫関係にあったこと、 
その間に有紀恵が2回、中絶していることまで白状した。雅子はその場で杉田に土下座させ、 
平手打ちを浴びせた。杉田は「気が済むまで殴ってくれ」と言うのがやっとだった。 
その後、杉田は雅子の前で、有紀恵に電話をかけ、「キャッシーに嘘をついていた。 
実はまだ何も女房に話をしていないんだ」と言った。有紀恵は電話をかけ直し、 
雅子と直接、話をした。雅子はヒステリックな調子でまくしたてた。 
「今まで主人が話したことは全部嘘ですから、私は何も聞いていませんし、 
絶対に別れません。あなただって、家庭があるのを分かって付き合っているんでしょ。 
うちの主人が無理やりレイプしたとでも言うんですか・・・・・・」 
有紀恵には妻子ある男と不倫したのだから自分が悪いという気持ちがあった。 
だから、ひたすら、すみませんを繰り返すだけだった。その素直な応対に雅子 
は拍子抜けしてしまい、電話を勝手に切った。 

出典:日野不倫OL放火殺人事件(93年)を語る★7

※杉田=H(師匠)、雅子=Hの妻
Hがまだ何も妻に話していないのだということもわかり、二重のショックを受けた。 
それから夜となく昼となく、Hの妻から電話がかかってくるようになった。 
不倫していたことへの自責の念と、妻の激しい連日の罵倒に神経がすり減り、10日で15キロ近く痩せた。 

出典:日野OL不倫放火殺人事件 | 後味の悪い話まとめサイト@2chオカルト板

	
 

生きた子どもを平気でお腹から掻き出すような人

7月26日夜、K子は有紀恵に電話をかけ、あざ笑うように言った。 
「生きた子どもを平気でお腹から掻き出すような人なのよ、あなたは」 
この傷痕をえぐるようなひと言が有紀恵の疲れきった神経に突き刺さり、怒りに火をつけた。 
不倫した自分を責めるのなら、黙って謝るしかないが、この言葉は中絶して死なせた子どもまでも侮辱している

出典:話題のネタ色々まとめ : 日野不倫OL放火殺人事件

※K子=H(師匠)の妻
この電話の際、Bの妻はAに対し、不倫関係に及んだことを責め、自分たち夫婦と家庭の平穏をAに侵害されたことを厳しく非難した。これを受けてAは謝罪したが、電話による厳しい抗議はその後も続き、Aは精神的に不安定な状態になっていた。Bの妻から「私は子を2人生んで育てているが、Aは2回妊娠して2回とも胎内から掻き出す女だ」と嘲笑されたことがきっかけで、Aは中絶したことに対する自責の感情がB家族に対する憎悪の感情に転化し、「B夫婦にも子供を失う感情を体験させてやる」という報復感情に支配されて...

出典:不倫恋の果て、男女の結末 | 水戸興信所 探偵よろず日記

※A=有紀恵(キャッシー)、B=H(師匠)
8月、有紀恵は電話での応酬だけでなく、両親にも相談した上で、弁護士の元を訪れて訴訟の準備に入った。 

妻は有紀恵の父親に対し、「訴訟まで起こすことはないんじゃないか。全部もとにあった状態になるのが一番いいじゃないか。私も不実をした夫を許すように努力します」と言って説得した。 

11月、有紀恵は雅子の説得を無視し、家事調停に踏み切った。

そして、調停中の12月、有紀恵は最悪の暴挙に出てしまう

出典:日野OL不倫放火殺人事件 - 2ch不倫板@wiki 不倫する時 - アットウィキ

のちに、妻はこの発言についてはそんな言葉を言ったことがなく、北村の誤解であると供述している。 
 

子供を失った気持ちを、あの人たちにも味わわせてやりたかった

12月14日朝、Hの妻(当時36歳)は日野市の高幡台団地36号棟401号室の自宅を出ると、いつものように出勤する夫のH(当時34歳)を近くの駅まで車で送っていった。物陰から夫婦の車を見送った有紀恵(当時27歳)は、自分が運転してきた車を団地36号棟の近くに寄せて停めた。車を降りると、ガソリンを入れたペットボトル5本が入っているビニール袋とガソリン入りのポリタンクを入れた紙袋をそれぞれ両手に抱えて、以前に渡されていた合鍵で開錠し、ハンカチで指紋がつかないようにドアノブを回してドアを開けた。有紀恵は6畳の居間のこたつの周りにガソリンを撒いた上で、ライターでテーブルに残されていたHのタバコの吸い殻に火をつけて、こたつ付近に投げ込んだ。だが、火がつかなかった。仕方なく今度はテーブルの上にあったダイレクトメールに火をつけようとするが、火がつかなかった。で、ふと気付いたら右手に持ったハンカチに火がついていた。有紀恵は慌ててライターとハンカチを取り落とした。そのとき、その前に火のついたタバコの吸い殻による引火によって爆燃現象が起こり、その爆風によって有紀恵が吹き飛ばされ、玄関を通り越して、402号室のドアに身体を打ちつけた。一瞬気を失ったものの、すぐに気を取り戻し、階段を駆け降りた。家屋は全焼し、奥の4畳半の寝室で寝ていた長女のMちゃん(6歳)が居間で両腕を焼失し頭蓋骨は熱で割れ、大脳を露出した姿で発見され、長男のYちゃん(1歳)が寝室で両腕とひざから下を焼失した姿で発見された。 

出典:日野OL不倫放火殺人事件 - Yourpedia

※氏名など、一部修正
直後に起きた爆発に彼女は吹き飛ばされスニーカーを片方現場に残したまま逃走した。

出典:「日野不倫殺人事件」北村有紀恵受刑者をめぐる24年目の新展開(篠田博之) - 個人 - Yahoo!ニュース

	
ガソリンは事件の2週間前に八王子のGSでポリ容器と一緒に購入した。
ガソリン引火による爆発の威力は相当なものだった... 
1995年11月、H夫妻は有紀恵に対して、1億1300万円を求める民事訴訟を起こす。 
 

当時の週刊誌見出し

不倫OLの凄絶愛と復讐

週刊女性(1994年3月1月号)

本気不倫の末路は地獄

女性自身(1994年3月1月号)
当時、女性週刊誌などには、有紀恵さんが寝ている子どもにもガソリンをまいたという誤った記事も掲載され、彼女をひどく傷つけた。 

出典:「日野不倫殺人事件」北村有紀恵受刑者をめぐる24年目の新展開(篠田博之) - 個人 - Yahoo!ニュース

	
ガソリンを室内中に撒く子供にガソリンを撒くとあまり変わらないと思うが...
 

1996年 1月19日 無期懲役の判決

東京地裁判決

豊田健裁判長
「犯行は極めて冷酷。相手の男性に裏切られたことなど、諸事情に照らしても、本人の刑事責任は極めて重大だ」
   中日新聞 平成8年1月19日 夕刊
弁護士は判決に納得しなかった。原因はHの誘惑にあり、2度も堕胎させられ、妻の執拗な攻撃に疲労困憊したのだから、心神耗弱の状態の犯行で無期懲役は厳しすぎると有紀恵に対して控訴を勧めた。

出典:日野OL不倫放火殺人事件 - 2ch不倫板@wiki 不倫する時 - アットウィキ

	
 

1997年 10月2日 2審も無期懲役

東京高裁判決

高木俊夫裁判長
「最も責められるべきは攻撃の対象を何の罪もない、いたいけな幼児に向けたこと。犯行を悔いて写経を続け、被害者のめい福を祈っているなどを考慮しても一審の量刑は相当」
中日新聞 平成9年10月2日 夕刊
弁護側は控訴審で「心神耗弱の状態にあった」と刑の軽減を求めたが「不倫相手との確執を冷静に処理することは困難な心理状況にあったものの、犯行を周到に準備し、事件後普段通りの生活に戻っていた」などとして退けた。

出典:中日新聞 平成9年10月2日 夕刊

	
東京高裁は地裁の判決を維持し、被告人・弁護人の控訴を棄却した。被告人と弁護人は、裁判所が検察官の主張を全面的に認定し、被告人がBの虚言に騙され、もてあそばれて心と体を傷つけられた被害を考慮せず、量刑が重過ぎると言う理由で上告した。

出典:日野OL不倫放火殺人事件 - Wikipedia

※B=H
 

2001年 7月17日 無期懲役刑が確定

最高裁は地裁の判決を維持し、被告人・弁護人の上告を棄却し、有紀恵の無期懲役刑が確定した。
上告棄却、無期懲役が確定。
30代-40代をまるまる塀の中で過ごした現在51歳の女、そして50代60代も...
B夫妻が子供2人を殺害されたことに関して、Aに損害賠償を求めた裁判では、Aの両親がB夫妻に1500万円を賠償金として支払ったことに加えて、AがB夫妻に3000万円の賠償金を支払うことで和解が成立した。

出典:日野OL不倫放火殺人事件 - Wikipedia

※A=有紀恵、B=H
 

月日は流れ...

Hは事件後、依願退職させられたが、妻と離婚することもなく、一男一女をもうけている。 

出典:日野OL不倫放火殺人事件 - 2ch不倫板@wiki 不倫する時 - アットウィキ

	
殺されたのが不倫旦那なら全て理解できるし応援したくもなるけど、子供2人生きたまま焼かれたのに仮釈放を願うの?理解できない。「日野不倫殺人事件」北村有紀恵・無期懲役受刑者をめぐる24年目の新展開(篠田博之) - Y!ニュース
	
北村受刑者は加害者に間違いないのだが高田夫も同じ様に無期懲役にするべきだ!妻子がいながら他の女に手を出し2度も中絶させるなんてこいつも相当な鬼畜だ。
「日野不倫殺人事件」北村有紀恵・無期懲役受刑者をめぐる24年目の新展開(篠田博之)
	
この北村有紀恵受刑者という無期懲役囚は、不倫相手の子どもだからといって、何の罪もない幼い子ども2人を焼き殺しておいて仮出所を模索しているらしいが、普通なら死刑が妥当じゃろ。...
	
女が悪い男が悪い、アイツがコイツが...いろいろ意見はありますが...子供に罪はない
 

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kengee