• follow us in feedly
scroll_icon
shuffle_button
NNNドキュメント「南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ」、南京虐殺の史実を証明。

サムネイル出典:

NNNドキュメント「南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ」、南京虐殺の史実を証明。

Author:
AIOAIO
Posted date:
Update date:2018年05月26日
NNNドキュメント「南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ」、南京虐殺の史実を証明。

サムネイル出典:

2018.NNNドキュメント「南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ
 
 2015年、ジャーナリズム・ドキュメントの賞「ギャラクシー」を受賞したNNNドキュメント「南京事件」は、歴史・史実研究資料に最重要とされる第1次資料、南京虐殺を行った兵士の陣中日記を用い、また1937年当時、南京へ日本軍として赴き、実際の中国人虐殺を実行した兵士、数人へのインタヴュー映像、もしくは彼らのスケッチなどで、実際、南京で虐殺が行われた事実を明らかにした秀逸なドキュメントであった(第2次資料は、戦後にメモや言説によるもので、多角的に精査しなければ、事実の確定に至らない)。
しかし、この放映後、南京虐殺実証の「よくやった」という賛辞とともに、全てがでっち上げ、中国のプロパガンタ、南京虐殺は幻でなかった捏造という意見も多数届いたという。いわゆる、右派歴史修正主義者による言説をそのまま信じ込み、または、反日、非国民、歴史自虐史観というレッテルを張り、旧日本軍のアジア侵略はなかったという言説を流し、日本の歴史教科書まで、そのような記述がされる、歴史認識の覆ることのない・思い込み・による一群が存在する(報道メディアでは産経新聞がそのひとつ)。現職の自民党政権与党内の閣僚経験者はもとより、現職の総理大臣・安倍首相もその一人だ(ただし、この右派により、非侵略、南京幻、従軍慰安婦強制連行なしは、自民のみならず野党側の右派にも多い)。やっかいなのは、南京虐殺を南京事件というような歴史名称に変換するときの重要な史実とされる証言・拠り所の資料も存在し、いわゆる極右ではない良心的に右派論客も事件とする根拠を持っている。私事で恐縮だが、私が学生の時に習った歴史教科書では、現在の報道関係全て横並びの「南京事件」ではなく、「南京大虐殺」であった(虐殺に大がついている)。おそらく90年代に入り、報道メディア全般が「南京虐殺」(大虐殺ではなくとも)「南京事件」と呼称するようになったと思う。では、なぜ虐殺が事件と変わったのか(もちろん中国側の主張する虐殺された人数を30万人という数の裏付けはなにもない)。
今回のドキュメント「南京事件Ⅱ」は副題が、歴史修正を検証せよ、となっている。つまり前回「南京事件」で、南京での虐殺があったことは証明したが、なぜ、南京虐殺をなかった、とか捏造とか、幻というのかの説となる根拠となる発刊・書物を突き止めた。つまり、この書物に書かれていることが、南京では虐殺ではなく、事件という名称がふさわしいという、変更の根拠でもある(日本以外の諸外国では決して「南京事件」=Nanking Incidentとは言わない、Nanjing Massacre=南京虐殺であるが、日本の報道メディアも何が事件の根拠か不明なのではないか)。
 それが、このドキュメント映像後半にある、南京虐殺の現場にいて兵士を率いた部隊、歩兵第65連隊のトップ、両角部隊の部隊長・両角大佐が、敗戦後、昭和30年、当時の福島民友新聞の阿部記者の二日間約10時間取材を受け、答えた談話が、新聞の連載「郷土部隊戦記」として連載される。それを1冊にまとめた書物が、「郷土部隊戦記」であり、ここで書かれている内容が、歴史修正主義、もしくは、南京虐殺を事件とトランスする大本となるものであった。当時のトップ両角氏はこう述べた。「南京での中国人捕虜数万は、1937年12月17日に揚子江の船で解放するはずだった。けれど、対岸からの銃撃音で捕虜解放時、引き返り暴動、暴発となる。そこで、暴発を食い止めるため、やむなく機関銃で一斉射撃、狙撃をしたが、日本兵も6名ほど武器を奪われ、殉死した」というもの(映像で確認してほしい)。
これは、昭和30年に両角氏が述べたものだが、当時の事を記すメモも残し、翌年亡くなる。だが、ここで述べられていた両角氏発言の「船で捕虜を逃がす等」ということは一度もなく、船もない。暴発もない、ということが分かった。
それは、1937年南京での両角氏の部下の兵士からの証言で明らかになる。しかも両角氏のメモに残された12月16日中国人捕虜約5000名の虐殺記録と、12月17日、船で捕虜逃がすことでの暴発があったとされる日は、両角氏はこの揚子江沿いの現場にはいない。彼本人のメモによれば、17日は南京入城式、式典に出席していたこと、だから、虐殺現場は全く見ていない(これも元兵士は、現場に両角氏がいなかったことを明言している。職業軍人・上官・部隊長はひとりもいないと)。これらの両角氏の敗戦後となる第2次証言を、矛盾と作り話、詭弁ときっぱり答え、証言したのが、当時の南京で虐殺を実行した両角氏の部下である元兵士たちであり、この映像でもしっかりインタヴューで証言している。この両角氏発言の決定的な矛盾と元兵士の証言による反駁、そして共に存在する第1次資料「陣中日記」は、両角氏の発言を照らし合わせれば、明らかな作り話であることが明確になる。つまり、良識ある右派リベラル系の学者等も南京で1万~2万の中国人殺害があったことは認めるが、これは殺害目的の虐殺ではなく、暴動・暴発によるやむを得ない・自衛行為・の範囲であり、・事件・であった、という両角氏の第2次資料・作り話・に依拠していた(付け加えると、これらほとんど全てのインタヴュー証言記録テープ、南京出兵・兵士の陣中日記の収集は、在野の南京虐殺研究者・小野賢二氏によるもので、この功績は一番大きい。元兵士聞き取りは200名に及ぶという。残念ながら元兵士は存命していない。前回と今回のドキュメントの制作は、NNN側のジャーナリスト・清水潔氏の根気強く丁寧な仕事が、歴史修正の元を暴く、素晴らしい内容となった)。

さらに、今回の映像では、前回元兵士の虐殺現場を記した、第1次資料・陣中日記と証言インタヴューを元にした、虐殺現場CG映像をつくり、見事な再現をしている。たとえば17日の虐殺に関する映像でのCGは、元兵士、当時のメモ・スケッチから忠実に再現し、円を描く形で、中国人捕虜約1万数千名をフェンスで囲いこみ、その周りに高く盛り上げたところに機関銃を7~8機設置。2か所の炎を合図に、炎の間のみを連射する(虐殺否定説では、機関銃の位置からお互い打ち合ってしまうから、信憑性なしであった)。そこでは、捕虜が逃げまどう、凄まじい光景があった。人柱である。機関銃から逃げる際、捕虜は生きるため、上へ上へ逃げようとするので、高くて3メートル近い人柱が出来、息絶えた。当然のことながら、まだ生きている捕虜は、銃剣で一人一人、生きてようが死んでようがザックザック刺しまくったという。また、銃剣を捕虜に奪われ、逆に殺害された日本兵もいた。この大量虐殺時に出来た人柱について、もう一つ浮かんだのは、1937年南京虐殺より少し後、1942年の「ユダヤ人最終的解決」ナチス・ドイツのアウシュビッツで行われたユダヤ人絶滅計画のガス室での虐殺だ。ガス室に劣悪な状況の中、ユダヤ人にシャワーを浴びさせると偽り、シャワーのノズルからチクロンBのガスを噴霧、この時シャワー室の満杯のユダヤ人は、ガスから逃れ、空気を吸いたいため、上へ上へと上がった。体や力の弱い子供や老人を押しのけられ、踏みつけて殺した揚句、上へ這いあがり、天井にもがき苦しんだ絶叫の状態を刻むように、最期の爪痕を残した。そして、そこは人の山、南京の人柱と酷似する。南京虐殺を実行した兵士は、捕虜中国人の・阿鼻叫喚・だったという。この大量虐殺はユダヤ人だろうが、中国人だろうが、解決方法が虐殺であった事実は変わらない、両者ともジェノサイドである。

さらに前回ではなかった、中国での南京虐殺の現場を特定した。それぞれの証言、地図、メモをもとに、1937年、12月16日と17日に行われた虐殺現場を特定したことは、非常に大きい。これは、GPS、過去の地図・記録の合致なのだが、前回では、このあたりが虐殺現場か?で終わった、現在では場所も特定できない難しさを良く乗り越え、よく場を特定したと思う。

非常に残念ではあるが、日本テレビの地上波では再放送が行われない(あるかも知れないが、是非再放送を求めたい)。このNNNドキュメント「南京事件Ⅱ」は制作・取材に約4年かかり、南京虐殺幻または事件説から真っ向勝負を挑み、
とことん突き詰め、調べ抜き、その矛盾をも反駁して事実を明確に浮上させた努力と執念と入魂のドキュメントとなった。この功績は大きい。

日本でいまだ歴史を直視せず、右派の空気の流れを政権としても作ってしまった今日、歴史修正主義が跋扈してしまう雰囲気がある中で、このドキュメントを通じ、どれだけ虐殺を・事件・と変えた事実に向き合うのだろうか?少なくとも、理解ある右派リベラルは、歴史修正の修正をもどし、はずし、歴史の史実を直視してほしいと思う。
最期にこの映像でも終盤触れているが、中国側の虐殺数30万人は、その根拠となる裏付けが難しい。私自身が調べたうえでも、多くて10~20万位なのではないかと思う。しかし、本文でも触れているが、この民族大量虐殺には変わりない。たとえ3~5万でもナチスのユダヤ人虐殺と変わりない、民族虐殺・ジェノサイドなのである。このことを忘却せず歴史・史実上直視できなければ、日本は再び同じことを繰り返すだろう。
*ここの画像は全てAIOに帰属する。
2018年「南京事件Ⅱ」歴史修正を検証せよ
2018年「南京事件Ⅱ」歴史修正を検証せよ
2015年、ギャラクシー賞受賞の「南京事件」

この記事が気に入ったら

いいね!しよう

Sharetubeの最新記事をお届けします

著者プロフィール
AIO