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深川通り魔殺人事件の「川俣軍司」とは

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深川通り魔殺人事件の「川俣軍司」とは

Author:
sicsic
Posted date:
深川通り魔殺人事件の「川俣軍司」とは

深川通り魔殺人事件

深川通り魔殺人事件は1981年(昭和56年)6月17日午前11時35分頃、
東京都江東区森下二丁目の商店街の路上において発生した無差別殺人事件である。

事件概要

犯人・川俣軍司は、昭和56年6月17日午前11時35分頃、東京都江東区森下二丁目付近の道路上において、乳母車に長野博明(当時1歳)を乗せ、長女の統子(当時3歳)を連れて対向している長野るみ子(当時27歳)の姿を見て、まず手はじめに同女らを殺害しようと決意し、走りざまに所携の柳刃包丁で正面から、博明の腹部を連続して二回突き刺し、事の重大さに悲鳴をあげ、路上に向かって逃げようとした、るみ子の背後から、その背中を二回突き刺し、さらに呆然と立っていた統子の胸部を四ヶ所にわたって滅多突きにし、最後に博明の胸部を突き刺し、トドメを刺したのである。
路上に倒れた長野親子の死体周辺には、おびただしい血が飛び散り、乳母車や保育具が散乱する現場の状況は、まさに生きながら地獄を見る惨状であった。しかし犯人・軍司は、なおも凶行を続け、たまたま買い物帰りに路上に出てきた二本松美代子(当時33歳)が、右の惨状を見て立ちすくんだのを認め、その上腹部を突き刺して惨殺し、近くのバス停留所でバスから下車してきた加藤貞子(当時77歳)に対して、正面から体当たりするようにして大腿部を一回突き刺し、さらに騒ぎを聞きつけて店舗内から表に出てきた、吉野千鶴子(当時39歳)の腹部めがけて突きかかり、それぞれに重傷をおわせたのである。これにより4人が死亡、2人が重傷という大惨事になった。
 
そのうえ犯人・川俣軍司は、なおも殺戮を続けようとしたが、柳刃包丁の刃先が一連の凶行のために5ミリほど欠けていたことに気づき、これ以上は婦女子を殺害することは出来ないと考え、たまたま付近を通行中の石塚真里(当時33歳)を認め、すれ違いざまに同女の頸部に左腕を回して、右手で柳刃包丁を喉元に突きつけ脅すなどして、近くの中華料理屋『萬來』に引きずり込み、「オレはいま人殺しをしてきた、お前も逃げようとしたら殺すぞ」と脅迫し、所携の柳刃包丁で首、肩、背中などを三十七箇所にもわたって傷つけ、約7時間も同女を人質に篭城し、同女を生死の境をさまよわせたのである。犯人の要求する「電波でひっついてる役人を全員連れて来い」とは、
川俣軍司を、これまでにクビにしたり、不採用にした経営者や、その妻を呼びつけ、事件現場を中継するテレビ局のカメラの前に引っ張り出し、ブラウン管に写し出して責任を取らせてやる、彼らはそれで大恥をかき、信用をなくして倒産するだろう、店をつぶしてやると考えたのだ。
そして篭城から7時間後、人質の石塚真里が一瞬のスキをついて店の外へ脱走、その瞬間入れ替わりに警官隊が突入し、柳刃包丁をふりかざす川俣を逮捕したのである。

出典:†私設・無頼派劇場† 深川通り魔殺人事件ファイル③(終)

	

川俣軍司

			

傷害事件等で、7回に及ぶ逮捕歴があり、 “覚醒剤”を常用していた

			

事件を目撃した主婦の事情聴取

凶行の直後を目撃した主婦が、深川署で事情聴取に応じたところによると―――「倒れた奥さんは喫茶店『ロアール』の前に仰向けになり、痛い痛いと苦しんでいたので、"すぐ助けがくるからね"と声をかけてあげた。幼稚園の子は仰向けに倒れて苦しがり、お腹から腸が飛び出して、それを両手でつかんで身をよじっていた。お母さんは、その横に倒れて、何かを訴えているようなので、"お子さんは大丈夫よ"と声をかけてあげたら、そのとたん動かなくなった。診療所の先生はバギーに乗ったまま倒れている赤ちゃんを介抱していたが、"まもなく死ぬ"と言われ、その赤ちゃんは両手を前に突き出し、目を開けたままの状態で息が止まった」

出典:†私設・無頼派劇場† 深川通り魔殺人事件ファイル③(終)

	

犯行動機

●犯行の前に、すし店に就職を申し込んだが、断られたため、カッとなって次々に襲った。おれには電波がひっついているので、黒幕をあばく目的で人質を取った

●子どもを持つヤツらが羨ましく、手当たりしだいうっぷんを晴らしてやった。死んだ人に気の毒とは思わない。子どもの父親が来たら、いつでも会って怨みを晴らさせてやる。おれの腹を刺せばいんだ

●死んだ人間は、これも運命だ。おれはサムライだから、殺された人たちも幸せだろう。刺したときは気分がスッとして、うまく殺せたと思う」

●去年の七月に道交法違反で捕まるまでは覚せい剤をやっていた。
今は使っていないから、おれは正常だ。今度のことは真剣な気持ちでやったんだ」

出典:†私設・無頼派劇場† 深川通り魔殺人事件ファイル③(終)

	

川俣軍司の生い立ち

幼い頃の劣悪な家庭環境、若年からの飲酒、および覚せい剤に手を染め、暴行傷害などで4度の刑務所生活。各すし店を転々とし、最後に受けたすし店を不採用とされ、八つ当たり的に兇刃をふるって4人の命を一瞬にして奪った男、川俣軍司。逮捕後、裁判に三十回以上も足を運び、事件から約1年半が経った頃、ついに判決が下された――。

昭和58年(1983年)1月6日、無期懲役が確定。

出典:†私設・無頼派劇場† 深川通り魔殺人事件ファイル③(終)

	

テレビドラマ化

月曜ワイド劇場『深川通り魔殺人事件』(ANB)
1983年(昭和58年)7月25日 月曜日 21:02-22:48
原作:佐木隆三『深川通り魔殺人事件(旧題・白昼凶刃)』。
演出・監督:千野皓司。脚本:本田英郎。プロデューサー:福富哲(ANB)
出演:大地康雄、佐野浅夫、清洲すみ子、沢たまき、風祭ゆき、ほか
※ 放送批評懇談会月間ギャラクシー月間賞受賞作品。
	

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sic