黄色人種の誕生ー人種的思惟の歴史・マイケル・キーバク著、イ・ヒョソク訳/ヒョンアム社の日本語翻訳を・・・

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『黄色人種の誕生ー人種的思惟の歴史』マイケル・キーバク著、イ・ヒョソク訳/ヒョンアム社、非常に興味深い本が韓国で出版された。人種イメージ、白人・黒人・黄人(黄人あまり使わない、黄色人種・モンゴロイドだろう)この語源、3つの言葉・表象、白人・ヨーロッパ系(アーリア・ゲルマン)、黒人・アフリカ系(インディオも含む)、黄人・アジア系とこれ等の言葉には優位性(優生保護も内包)と差別・侮蔑の内包したイマージ・意味が含めれるが、その言葉の使いやすさ・流布・から報道メディアも含め、広く一般的に使われている(中東イスラム・アジアはどう解釈したよいのか)。よほど、人種差別意識や、差別を内包した言葉の歴史性を注意深く捉え、知り得ていないと言葉・表象・イメージが乱用され、言葉の使い分けも難しいだろう。その意味からも、この著書は、黄色人種がいかに定義されたかを歴史から論証しているところは興味深く、重要と思う。


例えば記事を引用すると・・・「マルコ・ポーロが口述したという「東方見聞録」で中国人は「白人」として描写されている。18世紀の宣教師たちが残した記録にも、日本人をはじめとする東アジア人の皮膚は確かに白だった。ところが19世紀に入り、ひっそりと「黄色(yellow)」に取って代わられる。旅行記、科学論文はもちろん、芸術作品でも東アジア人は黄色い肌を持つ人々として描かれ始めた。その間、いったい何が起きたのだろうか。」


「マイケル・キーバク国立台湾大教授(54)は2011年に出版した著書「黄色人種の誕生ー人種的思惟の歴史」で、一時は「白人」だった東アジアの人がいかに「黄人」に分類されるようになったか、その淵源と来歴を粘り強く探っていく。」


「東アジア人の顔に黄色のレッテルを貼った最初の“容疑者”は、かのカール・フォン・リンネ(1707~78)だと指摘される。リンネはアジア人の肌の色を暗いという意味のラテン語「フスクス(fuscus)」と表現したが、1758~9年に刊行された「自然の体系」第10版では「ルリドス」(luridus、柔らかい色、青白い)と具体化した。リンネが塗った色を超え「モンゴリアネス(mongolianness)」という全く違う次元の烙印を押したのはヨハン・フリードリヒ・ブルーメンバッハ(1752~1840)だった。」


「「黄色人種は19世紀における人類学の核心要素に位置づけられた」。しかし、黄色の烙印には差別、排他、暴力が凝縮されている。世の中に純粋な純黒人がいないように、まっ黄色な人もいない。にもかかわらずヨーロッパ人は肌の色を“創造”し、モンゴル目、蒙古斑、蒙古症(ダウン症候群)を新たに“発明”して、黄色人種を非正常の代名詞にした。アジアから移民が殺到すると人口過剰、異教、経済的な競争、政治社会的な低下など、ありとあらゆる否定的な意味を含蓄する「黄化(yellow peril)」の警報として対応したのも彼らだ。白人の下に黄人と黒人が置かれる「階級秩序」が誰の利益に帰結するか判断すれば、この「人種的理念論」の隠れた意図が透けて見える。」


この引用で見えくるのが、白人・黒人・黄色人種という定義付けが、・近代ヨーロッパ・で固定イメージ化されているのが分かる。つまり、白・白人を軸に・有色人種・と振り分けられるイメージ化を近代ヨーロッパが行った。これは学術的に差別を助長させ、学問が差別・侮蔑・白人優位性を内包するイメージの刷り込みに加担すること、人種の根源的平等の希求、差別の科学的根拠・立証の不可能性があるにもかかわらず、ヨーロッパ一般の人々に普及した見方となった。当時19世紀に白・優位の同様な美術史捏造事件が起きている。権威のあった美術史家ヴィンケルマンの・理想化される美は、古代ギリシャであり、「古代ギリシャは純白の文化」・であるというもの。もともとギリシャは、エジプトが戦うための要請としてギリシャ傭兵を雇った。ギリシャ人兵士が傭兵としてエジプトに遠征、この時、帰国したギリシャ傭兵達は、エジプトの美術、極彩色の文化に驚き、顔料等を持ち帰り、ギリシャの神殿・彫刻・レリーフ・装飾等に・色・の影響を受けたのだ。しかし、白いギリシャの、優位性を説いた流れから、大英博物館での有名なエルギンマーブル洗浄の事件が起きる。大英にあり、汚れのように見える色のついたギリシャ彫刻・レリーフ類をことごとく鑢で磨いれしまった。もっと白くなるように・・・。白は高貴で、純潔で、素晴らしい。ヨーロッパの文化・美の源は白い・ギリシャ・美の理想という誤ったイメージが捏造により造られ(ギリシャの前は文明開化がメソポタミア)、人種の白を軸としたヨーロッパ優位性共に文化も広められたと思われる(あくまでも美術史での出来事)。


もちろん現在・西欧美術史では、その捏造反省により、このようなイメージは否定されているが、未だ、一般的なイメージ、白は正しい、清らか、黒は間違い、怪しく暗い、不純等のネガティヴ・ポジティヴイメージはぬぐい切れないのではないか。黄に至っては危険・ずるがしこい・とかの植え付けもある。


この著者マイケル・キーバクは、序文で「黄色という差別的(中略)単語をもはや使ってはならない時になってるのではないか」と記している。人種色について勘案すべき考察材料として、是非、日本でも翻訳本を出して頂きたい。







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Sharetube