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<・・・限りなく同感だ!同意だ!という人々も多いはず> フランスと日本では学ぶ事が違う。それは哲学を勉強している?ディベート?

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<・・・限りなく同感だ!同意だ!という人々も多いはず> フランスと日本では学ぶ事が違う。それは哲学を勉強している?ディベート?

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<・・・限りなく同感だ!同意だ!という人々も多いはず> フランスと日本では学ぶ事が違う。それは哲学を勉強している?ディベート?

意見が言えて、感情が表現できて、そして数が数えられて・・・それで初めて大人の人間だと思うのだけど・・・日本は同調圧力が強くて。特に最近は放射能汚染や被爆さえも同調圧力で風評被害に化けるし・・・明治維新の富国強兵策がまた始まってるね。偉いさんの命令を聞く家畜に育てられて不満も疑問も感じないのだから

フランスに来て、子供が学校に行って、つい比べてしまうのが 「フランスと日本での学ぶ内容の違い」 フランスでは 「考えること、自分の意見を持ち、発言すること」 が重視されていると感じます

ネットにあふれるのは、愚痴、野次、そして見栄を張ったTVの評論家気取りか、または食事の自慢。<自分で考えて意見を言う>ことが完璧に理解できないようで、まるで動物並みだ!居酒屋感覚の愚痴を言い合ったり慰めあったりも必要だけどTPO程度は理解しろよ!親しい人にも自分の感情を素直に言えないのは世界基準では病気だよ!見栄を張るのは人間だけど、TVの評論家気取りで意見を言ってると錯覚する様は哀れだよね!!また食事を楽しむ余裕もないのに見栄を張るなんてのも寂しいね

考えることを求める日常

今年はフランスでは同性同士の結婚が認められることになり、ホモセクシャルに対する言葉が日常に溢れています。そんな世の中を受けて、子どもたちに言葉の意味を考えさせるいい機会と思ったのかもしれません。

そして、家に帰ってきた息子から、”PD”という言葉に対する正確な知識内容を聞かされて、親は驚くことになるのですが(笑)

意見交換自体は、時間的には短かったようです。

でも、何も考えずに行なっている行動を、みんなで意見交換して考えることにより、言葉に対する正しい知識を得ることができ、その言葉を使われることがどうして嫌なのかを認識できるなど、多くののことが学べたと思います。

こういうことが、日常的に行われていることに感心をしました。

出典:フランスと日本では学ぶ事が違う。それは哲学を勉強している?ディベート? – フランス++

	

自分の考えを発言してまとめる日常

ちょっと前に、学校の帰りの一時に参加する機会がありましたが、その子供達の姿は、日本の帰りの会とはまったく違うものでした。

先生が、今日起こったことを言っている間にも、ひっきりなしに子供達が手をあげます。

そして、次々とその言葉や出来事に対して「自分が思ったこと」や「理由の説明」などなどを発言していくのです。

発言することで、他人の興味や質問を喚起できます。
それに対して主張・補足、あるいは反論することで、自分の考え・意見をより明確にしていくのです。

どんどん、どんどん発言していって、自分の考えてをまとめていく。

フランスの小学校の高学年の子供達は、
「考えて発言する」ためのベースがすでに培われています。

出典:フランスと日本では学ぶ事が違う。それは哲学を勉強している?ディベート? – フランス++

	

答えが一つではないのが、社会の日常

答えがない問題があることを、学校で習うフランス

というのも、日本の小・中学校では「正解がある問題」のみじゃないですか?

でも、実際社会は「何が正しいか解らない問題」「正解のない問題」ばかりなのに。

少なくとも、日本の小、中学校では、それに備えた勉強はしていません。
もしかしたら、受験勉強のテスト問題しかしない高校生も、していないかもしれない。

筆者自身、教育過程が上がっていったある日、突然「正解のない問題」を解けと言われて、

「じゃあ、今まで小・中学校でしていた勉強はいったいなんだったんだ?」

と衝撃を受けたことが、今でも印象に残っています。

高校受験といい、学期末に行われてきたテストといい、「正解のない問題」について日本で勉強したことがあったでしょうか?

でも、フランスの子供達は、着々と準備をしているようです。

出典:フランスと日本では学ぶ事が違う。それは哲学を勉強している?ディベート? – フランス++

	

初めて行われた試み。幼稚園で哲学を教える

自分の頭で考えて、その内容を言葉で発して議論していくことが哲学の第一歩とも言えますが、反対に「哲学がそういった訓練に適した学問」なのだなと理解することができました。

まあ、この学校はある意味特殊で、他のフランスの学校全部が小学校で哲学を教えているわけではありませんし、あえて小学校で哲学を教える意味がどこまであるのかは、まだ疑問な段階であると思います。

なので、ものすご~いどっぷり哲学にはまらなくてもいいけれども(笑)

一つの物事について「深く考え」「自分の意見を持つ」授業の例として、意義あるドキュメンタリーだと。

実際、フランスの高校からは、本格的に哲学の勉強が始まります。

出典:フランスと日本では学ぶ事が違う。それは哲学を勉強している?ディベート? – フランス++

	
	
SNSが人の考える力を奪ってる気する。誰かの意見を何も考えずに丸呑みして
あの人が面白いって言ってたからあれは面白い。この人が批判してたからあれはダメ。
そーやってどんどんロボットが増えてる
簡単に情報が手に入る時代だからこそしっかり自分で考えるべきなのに
	
自分のやり方でやるってのは
人の指示に従わないって事じゃなくて
自分で一から考えるって事だから
反骨心みたいなものだけじゃタダの人の話聞かない人
セオリー通りにも出来ないようだとオリジナルって難しいよね
稀に天才も居るけど稀だし
	
日本は軍隊式教育で日々優秀な日本の為に働きすぎて死ぬくらいの兵士を量産している。同調圧力で精神コントロールをして判で押したような同じような人間を作り出す。
マスコミによる洗脳が行き渡っていて自分で考えるという能力が奪われている。その呪縛から逃れる自由を感じる大麻はダメ絶対…
	
何事であれ、最終的には自分で考える覚悟がないと、情報の山に埋もれるだけである。
	
たくさん読書するメリットは、自分で考える癖がつくこと。あとは、自分と違う価値観を受け入れやすくなること。
	

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