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【正月の風物詩】大学対抗のマラソンと言えば箱根駅伝!

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【正月の風物詩】大学対抗のマラソンと言えば箱根駅伝!

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丘の町丘の町
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【正月の風物詩】大学対抗のマラソンと言えば箱根駅伝!

箱根駅伝とは?

1月2日と翌3日の2日間にわたって行われる、箱根駅伝概要

往路(1月2日)
午前8時00分に一斉スタート。
箱根・芦ノ湖が往路ゴール(午後1時30分頃)

復路(1月3日)
午前8時、1位から10分以内の大学は往路のタイム差による時間差スタートを行い、その他の大学は1位校のスタートから10分後に同時出発する。

大手前・読売新聞社 新社屋前がゴール(午後1時30分頃)

駅伝競走(えきでんきょうそう、英: Road relay)は、数人が長距離(最低でもフルマラソン相当距離、長いものでは数百キロ)をリレー形式で走り、そのタイムを競う陸上競技である。一般的に「駅伝」と略されている。

往路、復路の2日間にかけて熱戦が行われる

箱根駅伝は関東学連加盟大学のうち、前年大会でシード権を獲得した10校と、予選会を通過した10校、および関東学生連合を加えた合計21チームが出場。

「関東学生連合」とは、毎年10月に行われる箱根駅伝予選会で出場権を得られなかった大学の中から、予選会の個人成績の優秀な選手を選抜(1校から1名が選出)して構成される。関東学生連合チームはオープン参加(公式な記録には加えられない形で参加が認められる制度)である。


コースは、東京都千代田区大手町・読売新聞東京本社ビル前から、鶴見、戸塚、平塚、小田原の各中継所を経て神奈川県足柄下郡箱根町・芦ノ湖までの往復で、往路(おうろ)107.5km、復路(ふくろ)109.6km計217.1km。

箱根駅伝スタート・ゴール地点:読売新聞東京本社ビル

2013年11月に2代目大手町社屋として竣工。

2014年1月6日、2010年9月に仮移転していた中央区銀座の日産自動車旧本社ビルから移転して業務開始。
地上33階・地下3階、高さ200mの高層ビル

関東学生連合

関東学生連合とは

各大学から選ばれた選手たちが「関東学生連合」チームになります。箱根駅伝は言うまでもなくチームとして出場するのだが、それでも個々に優れた選手に、出場の権利を与えようという救済システムでもある。
比較!ここが違う
・チーム順位の記録に残らない
・区間記録取っても「参考」扱い。 
しかし、スター選手も多く輩出。
「公務員ランナー」川内優輝さん
学習院大学はまだ本選での出場を果たしていませんが、「関東学連」チームというのが特別にあり、その一人として箱根駅伝を走ることができた模様。
青山学院大学監督原晋さん
2008年に監督として関東学生連合に参加。 

箱根駅伝が誕生したのは、1920年(大正9)

東京奠都(とうきょうてんと)は、明治維新のとき江戸が東京とされ、都として定められたこと。

1917年(大正6)に日本で初めての駅伝となる「※東京奠都(とうきょうてんと)五十年奉祝・東海道駅伝徒歩競走」が、京都三条大橋と東京・上野不忍池間で行われた。
読売新聞社が上野で開く大博覧会の協賛イベントとして企画したもので、京都―東京516キロを23区間に分け、三日間、昼夜兼行で走り継ぐ壮大なたすきリレーだ。
東西対抗で行われたレースは、大成功を収め、これが箱根駅伝の”原型”となった。

テレビ中継は第63回から

第63回の箱根駅伝から、全国ネットでテレビ中継がスタートしました。これによって、箱根駅伝は日本中にファンを広げ、毎年、なんと25パーセントの視聴率を維持しているそうです。
1本のタスキを、10区間、10人のランナーで繋いでいく、これもドラマチックですよね。

箱根駅伝の「裏方」

10人だけでは戦えない・・・

参加する各校では、12月初旬箱根駅伝チームエントリーで漏れた部員達の多くが「付き添い」などのスタッフに回ります。
付き添いの仕事は荷物番のような仕事から、メンバーのマッサージ、体調の把握など多岐に渡り、箱根駅伝のテレビでは、中継所で倒れこむ選手を介抱する彼らの姿が、よく映し出されます。

タスキをつなぐ・・・

タスキについては事前に連盟に提出された各チーム独自のタスキ2本のうちの1本を中継(リレーのバトンのように次の走者に渡していく)し、残りの1本は大会本部が保管することとなっている。

繰り上げスタートと襷(タスキ)

往路の鶴見・戸塚中継所(2区・3区スタート)については先頭走者から10分遅れたチーム、往路の平塚・小田原中継所(4区・5区スタート)と復路すべての中継所(6区~10区スタート)については先頭走者から20分遅れたチームは、車輌混雑が予想されるため、各中継所審判主任の裁定で、前走者が到着しなくても次の走者を出発させる。
これを「繰り上げ出発」という(報道などでは「繰上げスタート」とも)。
繰り上げ出発のチームは、大会本部で用意する黄色と白色のストライプのタスキを使用することになるが、5区と10区については各校とも事前に本連盟に提出された各チーム独自のタスキを使用する。

箱根駅伝注目コース、エース区間とは!?

「花の2区」2区(23.1km)
鶴見中継所→(横浜駅前)→(国道1号)→(権太坂)→戸塚中継所

箱根駅伝で最も人気のある区間。距離が長く、後半に上りのある屈指の難コースで大学の中でも力のある選手が任せられます。
長い上り坂の2区は、各校のエースといえども攻略は厳しい。駅伝のだいご味、ごぼう抜きが多く見られるのはこの区間だ。

第37回(1961年)以降は最長距離区間となっていたが、第82回(2006年)から小田原中継所の位置が変更となって最長距離区間ではなくなった(これにより5区が最長となった)。

出典:駅伝で「花の2区」って呼ばれるのはなぜ?エースが集まる理由は?

ごぼう抜きの記録は? 

23チーム参加大会での最多記録は、第85回記念大会(2009)で、日大のダニエルが20人抜きの大記録を達成、チームを22位から2位へ押し上げています。 20チーム参加大会での最多記録は、第87回大会(2011)で、東海大のエース村澤明伸(2区)が達成した17人抜き。最下位でたすきを受け取り、チームは一気に3位へ浮上しました。 

山の神を生み出した5区

山登りは高低差800m以上におよぶ。高低差800mとは、高さ634mのスカイツリーよりも高いところまで登るということ。本格的な上りは、箱根湯本駅を過ぎたころから始まる。5キロ余りの序盤の平地を力をためながらカバーできるかがポイント。

5区(23.2km)
新・小田原→旧・小田原→(箱根登山鉄道箱根湯本駅前)→(函嶺洞門バイパス)→(大平台ヘアピンカーブ)→(宮ノ下富士屋ホテル前)→(小涌園ユネッサン前)→(恵明学園前)→(芦の湯)→(国道1号最高点)→(元箱根)→箱根・芦ノ湖(往路ゴール)

第82回(2006年)からは距離が延長され、全区間で最長となった。また、2014年2月7日をもって従来の通過点となっていた函嶺洞門が通行禁止となり、第91回大会(2015年)から函嶺洞門バイパスへとコースが変更となった。

「山の神」の記録は参考記録に

神奈川県によると、函嶺洞門は老朽化などのため、今年(2014年)2月にバイパスが開設され、通行できなくなった。このため、5、6区の距離は、従来より約20メートル長くなるという。

このコース変更にともない、これまでの5、6区の区間記録と、往路、復路、総合記録は今後、参考記録とする。
今後、正確な距離を計測し、次回大会(2015年・第91回)以降のタイムが「新規の記録」として取り扱うことに決めた。

今までに山の神は3人!

元祖・初代「山の神」今井正人

82回大会から5区のコースが変更される前の81回大会の参考記録を持つ。この記録は参考記録として永遠に残っている。
2年生 :史上最多11人抜き、区間新記録達成
•3年生 :5人抜きで往路優勝
•4年生 :4人抜きで往路・総合優勝、3年連続で区間賞
全てでゴールテープを切っています。さすが初代山の神です。
•第80回・・・2区(区間10位)1時間10分10秒
•第81回・・・5区(区間新記録)1時間9分12秒
•第82回・・・5区(区間新記録※コース変更有り)1時間18分30秒
•第83回・・・5区(区間新記録)1時間18分05秒

【2代目山の神】柏原竜二

09~12年の期間“山の神”との異名をとった東洋大の柏原竜二(現富士通)が、4年連続で区間賞を獲得。12年にマークした1時間16分39秒のスーパー区間記録は今後、参考記録として扱われる。

【3代目山の神】当時青山学院大の神野大地

神野大地選手が第5区を走ったのは2015年と2016年(3年生と4年生)の2回。

回数としては初代・2代目よりも少ないですが、強烈な印象を残しました。
•3年生 :トップと46秒差の2位でタスキを受け取るも2位と4分59秒の大差をつけてゴール!区間賞、区間新記録(コース変更あり)
•4年生 :区間2位
•第90回・・・2区(区間6位)1時間9分44秒
•第91回・・・5区(区間新記録)1時間16分15秒
•第92回・・・5区(区間2位)1時間19分17秒
 現在、神野大地選手はコニカミノルタに所属しています。

座右の銘:
 『やらされる百発よりやる気の一発』
 『努力は裏切らない』

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著者プロフィール
丘の町

フリーランスを目指しています。 少しでも皆様のお役に立てる記事をとうこうできればと思います。