【洒落怖】なにか(山・中編)

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『なにか』

539:名無し職人:2005/11/18(金) 10:47:51 

うちの爺さんは若い頃、当時では珍しいバイク乗りで、

金持ちだった爺さん両親からの、何不自由ない援助のおかげで、

燃費の悪い輸入物のバイクを、暇さえあれば乗り回していたそうな。


ある時、爺さんはいつものように愛車を駆って、

山へキャンプへ出かけたのだそうな。

ようやく電気の灯りが普及し始めた当時、

夜の山ともなれば、それこそ漆黒の闇に包まれる。

そんな中で爺さんはテントを張り、火をおこしキャンプを始めた。

持ってきた酒を飲み、ほどよく酔いが回ってきた頃に、

何者かが近づいてくる気配を感じた爺さん。

ツーリングキャンプなんて言葉もなかった時代。

夜遅くの山で出くわす者と言えば、獣か猟師か物の怪か。

爺さんは腰に差した鉈を抜いて、やってくる者に備えたそうだ。


540:名無し職人:2005/11/18(金) 10:48:33

やがて藪を掻き分ける音と共に、『なにか』が目の前に現れたのだそうな。

この『なにか』というのが、

他のなににも例えることが出来ないものだったので、

『なにか』と言うしかない、とは爺さんの談である。


それはとても奇妙な外見をしていたそうだ。

縦は周囲の木よりも高く、逆に横幅はさほどでもなく、

爺さんの体の半分ほどしかない。

なんだか解らないが、

「ユラユラと揺れる太く長い棒」みたいのが現れたそうだ。

爺さんはその異様に圧倒され、声もなくそいつを凝視しつづけた。


そいつはしばらく目の前でユラユラ揺れていたと思うと、

唐突に口をきいたのだそうな。

「すりゃあぬしんんまけ?」

一瞬なにを言われたのかわからなかったそうな。

酷い訛りと発音のお陰で、

辛うじて語尾から疑問系だと知れた程度だったという。

爺さんが何も答えないでいると、

そいつは長い体をぐ~っと曲げて、

頭と思われる部分を爺さんのバイクに近づけると、再び尋ねてきた。

「くりゃあぬしんんまけ?」

そこでようやく爺さんは、

「これはオマエの馬か?」と聞かれてると理解できた。

黙っているとなにをされるか、そう思った爺さんは勇気を出して、

「そうだ」とおびえを押し殺して答えたそうだ。


541:名無し職人:2005/11/18(金) 10:49:25

そいつはしばらくバイクを眺めて(顔が無いのでよくわからないが)

いたが、しばらくするとまた口を聞いた。

「ぺかぺかしちゅうのぉ。ほすぅのう」

(ピカピカしてる。欲しいなぁ)

その時、爺さんはようやく、

ソイツが口をきく度に猛烈な血の臭いがすることに気が付いた。

人か獣か知らんが、とにかくコイツは肉を喰う。

下手に答えると命が無いと直感した爺さんは、

バイクと引き替えに助かるならと、

「欲しければ持って行け」と答えた。

それを聞いソイツは、しばし考え込んでる風だったという。

(顔がないのでよくわからないが)

ソイツがまた口をきいた。

「こいはなんくうが?」(これはなにを喰うんだ?)

「ガソリンをたらふく喰らう」

爺さんは正直に答えた。

「かいばでゃあいかんが?」(飼い葉ではだめか?)

「飼い葉は食わん。その馬には口がない」

バイクを指し示す爺さん。

「あ~くちんねぇ くちんねぇ たしかにたしかに」

納得するソイツ。

そこまで会話を続けた時点で、爺さんはいつの間にか、

ソイツに対する恐怖が無くなっていることに気が付いたという。


542:名無し職人:2005/11/18(金) 10:52:41

ソイツはしばらく、バイクの上でユラユラと体を揺らしていたが、

その内に溜息のような呻き声を漏らすと、

「ほすぅがのう ものかねんでゃなぁ」

(欲しいけど、ものを食べないのでは・・・)

そう呟くように語ると、不機嫌そうに体を揺らしたという。

怒らせては不味いと思った爺さんは、

「代わりにコレを持って行け」

と、持ってきた菓子類を袋に詰めて投げてやったという。

袋はソイツの体に吸い込まれるように見えなくなった。

するとソイツは一言「ありがでぇ」と呟いて、

山の闇へ消えていったという。

その姿が完全に見えなくなるまで、

残念そうな「む~ む~」という呻きが響いていたという。

爺さんは、気が付くといつの間にか失禁していたという。

その夜はテントの中で震えながら過ごし、

朝日が昇ると一目散に山を下りたそうだ。


家に帰ってこの話をしても、当然誰も信じてはくれなかったが、

ただ一人、爺さんの爺さん(曾々爺さん)が、

「山の物の怪っちゅうのは珍しいもんが好きでな、

 おまえのバイクは、山に入った時から目を付けられていたんだろう。

 諦めさせたのは良かったな。

 意固地になって断っておったら、おまえは喰われていただろう」

と語ってくれたのだそうな。


以来、爺さんは二度とバイクで山に行くことはなかったそうだ。

ちなみに、件のバイクは今なお実家の倉に眠っている。

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