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【洒落怖】リアル(名作・長編)

【洒落怖】リアル(名作・長編)

Author:
ankouankou
Release Date:
【洒落怖】リアル(名作・長編)

『リアル』

何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、
マジで洒落にならんことを最初に言っておく。

もう一つ、俺の経験から言わせてもらうと、
一度や二度のお祓いをすれば何とかなるって事はまず無い。

長い時間かけてゆっくり蝕まれるからね。

祓えないって事の方が多いみたいだな。

俺の場合は大体ニ年半位。

一応、断っておくと、五体満足だし人並みに生活できてる。

ただ、残念ながら、終わったかどうかって点は定かじゃない。

まずは始まりから書くことにする。

当時俺は23歳。

社会人一年目って事で、新しい生活を過ごすのに精一杯な頃だな。

会社が小さかったから、当然同期も少ない。

必然的に仲が良くなる。

その同期に東北地方出身の菊地って奴がいて、こいつがまた色んな事を知ってたり、
やけに知り合いが多かっりした訳。

で、よく『これをしたら××になる』とか、『△△が来る』とかって話あるじゃない?
あれ系の話はほとんどガセだと思うんだけど、
幾つかは本当にそうなってもおかしくないのがあるらしいのよ。

そいつが言うには、何か条件が幾つかあって、
偶々揃っちゃうと起きるんじゃないかって。

俺の時は、まぁ悪ふざけが原因だろうな。

当時は車を買ってすぐだったし、一人暮らし始めて間もないし、
何よりバイトとは比べ物にならない給料が入るんで、週末は遊び呆けてた。

八月の頭に、ナンパして仲良くなった子達と菊地、そして俺の計四人で、
所謂心霊スポットなる場所に、肝試しに行ったわけさ。

その場は確かに怖かったし、寒気もしたし、
何かいるような気がしたりとかあったけども、
特に何も起こらず、まぁスリルを満喫して帰った訳だ。

三日後だった。
当時の会社は上司が帰るまで新人は帰れないって暗黙のルールがあって、
毎日遅くなってた。

疲れて家に帰って来て、ほんと今思い出しても理解出来ないのだが、
部屋の入口にある姿見の前で、『してはいけないこと』をやったんだ。

試そうとか考えた訳ではなく、ふと思い付いただけだったと思う。

少し細かな説明をする。

当時の俺の部屋は、駅から徒歩15分、八畳ワンルーム、
玄関から入ると細い廊下があり、その先に八畳分の部屋がある。

姿見は部屋の入口、つまり廊下と部屋の境目に置いていた。

俺が菊地から聞いていたのは、

『鏡の前で△をしたまま右を見ると◆が来る』とか言う話だった。

体勢的に、ちょっとお辞儀をしているような格好になる。

「来るわけねぇよな」なんて呟きながら、お辞儀のまま右向いた時だった。

部屋の真ん中辺りに何かいた。

見た目は明らかに異常。

多分160センチ位だったと思う。

髪はバッサバサで腰まであって、簾みたいに顔にかかってた。

っつーか、顔にはお札みたいなのが何枚も貼ってあって見えなかった。

なんて呼ぶのか分からないけど、亡くなった人に着せる白い和服を来て、
小さい振り幅で左右に揺れてた。

俺はと言うと……、固まった。

声も出なかったし、一切体は動かなかったけど、
頭の中では物凄い回転数で、起きていることを理解しようとしてたと思う。

想像して欲しい。狭いワンルームに、音もない部屋の真ん中辺りに何かいるって状態を。

頭の中では原因は解りきっているのに、
起きてる事象を理解出来ないって混乱が渦を巻いてる。

とにかく異常だぞ?灯りをつけてたけど、逆にそれが怖いんだ。

いきなり出てきたそいつが見えるから。

そいつの周りだけ青みがかって見えた。時間が止まったと錯覚するくらい静かだったな。
とりあえず俺が出した結論は、『部屋から出る』だった。

足元にある鞄を、何故かゆっくりと慎重に手に取った。

そいつからは目が離せなかった。目を離したらヤバいと思った。

後退りしながら廊下の半分

(普通に歩いたら三歩くらいなのに、かなり時間がかかった)

を過ぎた辺りで、そいつが体を左右に振る動きが、

少しずつ大きくなり始めた。

と同時に、何か呻き声みたいなのを出し始めた。

そこから先は、実はあんまり覚えてない。

気が付くと駅前のコンビニに入ってた。

兎にも角にも、人のいるコンビニに着いて安心した。

ただ頭の中は相変わらず混乱してて、

『何だよアレ』って怒りにも似た気持ちと、

『鍵閉め忘れた』って変なとこだけ冷静な自分がいた。

結局、その日は部屋に戻る勇気は無くて、一晩中ファミレスで朝を待った。

空が白み始めた頃、恐る恐る部屋のドアを開けた。

良かった。消えてた。

部屋に入る前にもっかい外に出て、缶コーヒーを飲みながら一服した。

実は何もいなかったんじゃないかって思い始めてた。

本当にあんなん有り得ないしね。

明るくなったってのと、もういないってので、少し余裕出来たんだろうね。

さっきよりはやや大胆に部屋に入った。

『よし、いない』なんて思いながら、カーテンが閉まってるせいで、

薄暗い部屋の電気を点けた。

昨晩の出来事を裏付ける光景が目に入ってきた。
昨日、アイツがいた辺りの床に、物凄く臭いを放つ泥(多分ヘドロだと思う)が、

それも足跡ってレベルを超えた量で残ってた。

起きた事を事実と再認識するまで、時間はかからなかった。

ハッと気付いてますますパニックになったんだけど、

……俺、電気消してねーよ……ははっ。

スイッチ押した左手見たら、こっちにも泥がついてんの。

しばらくはどんよりした気持ちから抜けられなかったが、
出ちまったもんは仕方ねーなと思えてきた。

まぁここら辺が俺がAB型である典型的なとこなんだけど、
そんな状態にありながら、泥を掃除してシャワー浴びて出社した。

臭いが消えなくてかなりむかついたし、
こっちはこっちで大問題だが、会社を休むことも一大事だったからね。

会社に着くと、いつもと変わらない日常が待っていた。

俺は何とか菊地と話す時間を探った。

事の発端に関係する菊地から、何とか情報を得ようとしたのだ。

昼休み、やっと捕まえる事に成功した。

以下、俺と菊地の会話の抜粋。

「前にさぁ、話してた『△すると◆が来る』とかって話あったじゃん。

 昨日アレやったら来たんだけど」

「は?何それ?」

「だからぁ、マジ何か出たんだって!」

「あー、はいはい。カウパー出たのね」

「おま、ふざけんなよ。やっべーのが出たってんだよ」

「何言ってんのかわかんねーよ!」

「俺だってわかんねーよ!!」

駄目だ、埒があかない。

菊地を信用させないと何も進まなかったため、
俺は淡々と昨日の出来事を説明した。

最初はネタだと思っていた菊地も、やっと半信半疑の状態になった。

仕事終わり、俺の部屋に来て確かめる事になった。

夜10時、幸いにも早めに会社を出られた菊地と俺は部屋に着いた。

扉を開けた瞬間に、今朝嗅いだ悪臭が鼻を突いた。

締め切った部屋から熱気とともに、まさしく臭いが襲ってきた。

帰りの道でもしつこいくらいの説明を俺から受けていた菊地は、

「……マジ?」と一言呟いた。

信じたようだ。

問題は、菊地が何かしら解決案を出してくれるかどうかだったが、
望むべきではなかった。

とりあえず、お祓いに行った方がいいことと、
 知り合いに聞いてみるって言葉を残し、奴は逃げるように帰って行った。

予想通りとしか言いようがなかったが、奴の顔の広さだけに期待した。

臭いとこに居たくない気持ちから、その日はカプセルホテルに泊まった。

今夜も出たら終わりかもしれないと思ったのが本音。
翌日、とりあえず近所の寺に行く。

さすがに会社どころじゃなかった。

お坊さんに訳を説明すると、

「専門じゃないから分からないですね~。
 しばらくゆっくりしてはいかがでしょう。きっと気のせいですよ」

なんて呑気な答えが返ってきた。

世の中こんなもんだ。

その日は都内では有名な寺や神社を何軒か回ったが、どこも大して変わらなかった。

疲れはてた俺は、埼玉の実家を頼った。

正確には、母方の祖母がお世話になっている、篠塚先生なる尼僧に相談したかった。

っつーか、その人以外でまともに取り合ってくれそうな人が思い浮かばなかった。

ここで篠塚先生なる人を紹介する。

母は長崎県出身で当然祖母も長崎にいる。

祖母は、戦争経験からか熱心な仏教徒だ。

篠塚先生はその祖母が週一度通っている自宅兼寺の住職さんだ。

俺も何度か会ったことがある。

俺は詳しくはないが、宗派の名前は教科書に乗ってるくらいだから、
 似非者の霊能者などとは比較にならないほどしっかりと仏様に仕えてきた方なのだ。

人柄は温厚、落ち着いた優しい話し方をする。

俺が中学に上がる頃親父が土地を買い家を建てることになった。

地鎮祭とでも言うんだっけ?兎に角その土地をお祓いした。

その一週間後に、長崎の祖母から

「土地が良くないから篠塚先生がお祓いに行く」

という内容の電話があった。
当然、母親的にも「もう終わってるのに何で?」ってことで、それを言ったらしい。

そしたら祖母から「でも篠塚先生がまだ残ってるって言うたったい」って。

つまり、俺が知る限り唯一頼れる人物である可能性が高いのが篠塚先生だった。

日も暮れてきて、埼玉の実家があるバス停に着いた頃には、夜9時を回る少し前だった。

都内と違い工場ばかりの町なので、夜9時でも人気は少ない。

バス停から実家までの約20分を足早に歩いた。

人気の無い暗い道に街灯が規則的に並んでいる。

内心、一昨日の事がフラッシュバックしてきてかなり怯えてたが、
幸いにも奴は現れなかった。

が、夜になり涼しくなったからか、俺は自分の身体の異変に気が付いた。

どうも首の付け根辺りが熱い。

伝わりにくいかと思うが、例えるなら、首に紐を巻き付けられて、
左右にずらされているような感じだ。

首に手をやって寒気がした。

熱い。首だけ熱い。しかもヒリヒリしはじめた。

どうも発疹のようなモノがあるようだった。

歩いてられなくなり、実家まで全力で走った。

息を切らせながら実家の玄関を開けると、母が電話を切るところだった。

そして俺の顔を見るなりこう言ったんだ。

「あぁ、あんた。長崎のお婆ちゃんから電話来て、心配だって。
 篠塚先生が、あんたが良くない事になってるからこっちおいでって言われたて。
 あんたなんかしたの?あらやだ。あんた首の回りどうしたの!!?」

答える前に玄関の鏡を見た。

奴が来るかもとか考えなかったな……、何故か。

首の回り付け根の部分は、縄でも巻かれているかのように見事に赤い線が出来ていた。

近づいてみると、細かな発疹がびっしり浮き上がっていた。

さすがに小刻みに身体が震えてきた。

何も考えずに、母にも一言も返事をせずに階段を駈け上がり、
母の部屋の小さな仏像の前で、南無阿弥陀仏を繰り返した。

そうする他、何も出来なかった。

心配して親父が、「どうした!!」と怒鳴りながら走って来た。

母は異常を察知して祖母に電話している。

母の声が聞こえた。泣き声だ。
逃げ場はないと、恐ろしい事になってしまっていると、この時やっと理解した……

実家に帰り、自分が置かれている状況を理解して三日が過ぎた。

精神的に参ったからか、
それが何かしらアイツが起こしたものなのかは分からなかったが、
二日間高熱に悩まされた。

首から異常なほど汗をかき、二日目の昼には血が滲み始めた。

三日目の朝には首からの血は止まっていた。元々滲む程度だったしね。

熱も微熱くらいまで下がり、少しは落ち着いた。ただ、首の回りに異常な痒さが感じられた。

チクチクと痛くて痒い。枕や布団、タオルなどが触れると、鋭い小さな痛みが走る。

血が出ていたから、瘡蓋が出来て痒いのかと思い、意識して触らないようにした。

布団にもぐり、夕方まで気にしないように心掛けたが、
便所に行った時にどうしても気になって鏡を見た。

鏡なんて見たくもないのに、どうしても自分に起きてる事を、
この目で確認しないと気が済まなかった。

鏡は見たこともない状況を写していた。首の赤みは完全に引いていた。

その代わり、発疹が大きくなっていた。

今でも思い出す度に鳥肌が立つほど気持ち悪いが、敢えて細かな描写をさせて欲しい。

気を悪くしないでくれ。

元々首の回りの線は、太さが1cmくらいだった。

そこが真っ赤になり、元々かなり色白な俺の肌との対比で、
正しく赤い紐が巻かれているように見えていた。

これが三日前の事。

目の前の鏡に映るその部分には、膿が溜まっていた。

……いや、正確じゃないな。

正確には、赤い線を作っていた発疹には膿が溜まっていて、
まるで特大のニキビがひしめき合っているようだった。

そのほとんどが膿を滲ませていて、
あまりにおぞましくて気持ちが悪くなり、その場で吐いた。

真水で首を洗い、軟膏を母から借り、塗り、泣きながら布団に戻った。

何も考えられなかった。
唯一、『何で俺なんだ』って憤りだけだった。

泣きつかれた頃、携帯がなった。

菊地からだった。

こういう時、ほんの僅かでも、希望って物凄いエネルギーになるぞ?正直、
こんなに嬉しい着信はなかった。

「もしもし」

『おぉ~!大丈夫~!?』

「ぃや……大丈夫な訳ねーだろ……」

『ぁー、やっぱヤバい?』

「やべーなんてもんじゃねーよ。はぁ……。っつーか何かないんかよ?」

『ぅん、地元の友達に聞いてみたんだけどさ~、
 ちょっと分かる奴居なくて……、申し訳ない』

「ぁー、で?」

正直、菊地なりに色々してくれたとは思うが、
この時の俺に相手を思いやる余裕なんてなかったから、
かなり自己中な話し方に聞こえただろう。

『いや、その代わり、友達の知り合いにそーいうの強い人がいてさー。
 紹介してもいいんだけど、金かかるって……』

「!?金とんの?」

『うん、みたい……。どーする?』

「どんくらい?」

『知り合いの話だと、とりあえず五十万くらいらしい……』

「五十万~!?」

当時の俺からすると、働いているとはいえ五十万なんて払えるわけ無い額だった。

金が惜しかったが、恐怖と苦しみから解放されるなら……選択肢は無かった。

「……分かった。いつ紹介してくれる?」

『その人今群馬にいるらしいんだわ。知り合いに聞いてみるから、ちょっと待ってて』

話が前後するが、俺が仏像の前で南無阿弥陀仏を繰り返していた時、
母は祖母に電話をかけていた。
祖母からすぐに篠塚先生に相談が行き、

(相談と言うよりも、助けて下さいってお願いだったらしいが)

最終的には、篠塚先生がいらしてくれる事になっていた。

ただし、篠塚先生もご多忙だし、何より高齢だ。

こっちに来れるのは三週間先に決まった。

つまり、三週間は不安と恐怖と、
何か起きてもおかしか無い状況に居なければならなかった。

そんな状況だから、少しでも出来るだけの事をしてないと、気持ちが落ち着かなかった。

菊地が電話を折り返してきたのは、夜11時を過ぎた頃だった。

『待たせて悪いね。知り合いに相談したら連絡入れてくれて、明日行けるって』

「明日?」

『ほら、明日、日曜じゃん?』

そうか、いつの間にか奴を見てから五日も経つのか。

不思議と会社の事を忘れてたな。

「分かった。ありがと。ウチまで来てくれるの?」

『家まで行くって。車で行くらしいから、住所メールしといて』

「お前はどーすんの?来て欲しいんだけど」

『行く行く』

「金、後でも大丈夫かな?」

『多分大丈夫じゃね?』

「分かった。近くまで来たら電話して」

何とも段取りの悪い話だが、若僧だった俺には仕方の無い事だった。
その晩、夢を見た。

寝てる俺の脇に、白い和服をきた若い女性が正座していた。

俺が気付くと、三指をつき深々と頭を下げた後、部屋から出ていった。

部屋から出る前に、もう一度深々と頭を下げていた。

この夢がアイツと関係しているのかは分からなかったが。

翌日、昼過ぎに菊地から連絡が来た。電話で誘導し出迎えた。

来たのは菊地とその友達、そして三十代後半くらいだろう男が来た。

普通の人だと思えなかったな。

チンピラみたいな感じだったし、何の仕事をしてるのか想像もつかなかった。

俺がちゃんと説明していなかったから、両親が訝しんだ。

まず間違いなく偽名だと思うが、男は林と名乗った。

林「義満君の話は彼から聞いてましてね。まー厄介な事になってるんです」

(今さらですまん。義満とは俺、会話中の彼は菊地だと思って読んでくれ)

父「それで、林さんはどういった関係でいらしていただいたんですか?」

林「いやね、これもう素人さんじゃどーしようもなぃんですよ。
  お父さん、いいですか?信じられないかも知れませんが、
  このままだと義満君、危ないですよ?
  で、彼が友達の義満君が危ないから助けて欲しいって言うんでね、
  ここまで来たって訳なんですよ」

母「義満は危ないんでしょうか?」

林「いやね、私も結構こういうのは経験してますけど、
  こんなに酷いのは初めてですね。
  この部屋いっぱいに悪い気が充満してます」

父「……失礼ですが、林さんのご職業をお聞きしても良いですか?」

林「あー、気になりますか?ま、
  そりゃ急に来てこんな話したら怪しいですもんねぇでもね、
  ちゃんと除霊して、辺りを清めないと、義満君、
  ほんとに連れて行かれますよ?」

母「あの、林さんにお願いできるでしょうか?」

林「それはもう、任せていただければ。こーいうのは、
  私みたいな専門の者じゃないと駄目ですからね。

  ただね、お母さん。

  こっちとしとも危険があるんでね、
  少しばかりは包んでいただかないと。ね、分かるでしょ?」

父「いくらあればいいんです?」

林「そうですね~、まぁ二百はいただかないと……」

父「えらい高いな!?」

林「これでも彼が友達助けて欲しいって言うから、
  わざわざ時間かけて来てるんですよ?
  嫌だって言うなら、こっちは別に関係無いですからね~。
  でも、たった二百万で義満君助かるなら、安いもんだと思いますけどね」

林「それに、義満君もお寺に行って相手にされなかったんでしょう?
  分かる人なんて一握りなんですわ。また一から探すんですか?」

俺は黙って聞いてた。

さすがに二百万って聞いた時は菊地を見たが、菊地もばつの悪そうな顔をしていた。

結局、父も母も分からないことにそれ以上の意見を言える筈もなく、
渋々任せることになった。
林は、早速今夜に除霊をすると言い出した。

準備をすると言い、一度出掛けた。

出がけに、両親に準備にかかる金をもらって行った。

夕方に戻ってくると、蝋燭を立て、御札のような紙を部屋中に貼り、
膝元に水晶玉を置き数珠を持ち、
日本酒だと思うが、それを杯に注いだ。

何となくそれっぽくなって来た。

林「義満君。これからお祓いするから。これでもう大丈夫だから。
  お父さん、お母さん。すみませんが、
  一旦家から出ていってもらえますかね?
  もしかしたら、霊がそっちに行く事も無い訳じゃないですから」

両親は不本意ながら、外の車で待機する事になった。

日も暮れて辺りが暗くなった頃、お祓いは始まった。

林はお経のようなものを唱えながら、
一定のタイミングで杯に指をつけ、俺にその滴を飛ばした。

俺は半信半疑のまま、布団に横たわり目を閉じていた。

林からそうするように言われたからだ。

お祓いが始まってから大分たった。

お経を唱える声が途切れ途切れになりはじめた。

目を閉じていたから、嫌な雰囲気と、
少しずつおかしくなってゆくお経だけが俺に分かることだった。

最初こそ気付かなかったが、首がやけに痛い。

痒さを通り越して、明らかに痛みを感じていた。

目を開けまいと、痛みに耐えようと歯を食いしばっていると、

お経が止まった。

……しかしおかしい。

良く分からないが、区切りが悪い終り方だったし、
終わったにしては何も声をかけてこない。

何より、首の痛みは一向に引かず、寧ろ増しているのだ。

寒気も感じるし、何かが布団の上に跨がっているような気がする。

目を開けたらいけない。それだけは絶対にしてはいけない。

分かってはいたが……

林は、布団で寝ている俺の右手側に座りお祓いをしていた。

林と向き合うように、俺を挟んでアイツが正座していた。

膝の上に手を置き、上半身だけを伸ばして林の顔を覗き込んでいる。

林の顔とアイツの顔の間には、拳一つ分くらいの隙間しかなかった。

不思議そうに、顔を斜めにして、梟のように小刻みに顔を動かしながら、
聞き取れないがぼそぼそと呟きながら、林の顔を覗き込んでいた。

今思うと、林に何かを囁いていたのかもしれない。
林は少し俯き気味に、目線を下に落としたまま瞬きもせず、
口はだらしなく開いたまま涎を垂らしていた。

少し顔が笑っていたように見えた。

時々小さく頷いていた。

俺は瞬きも忘れ凝視していた。

不意にアイツの首が動きを止めた。

次の瞬間、顔を俺に向けた。

俺は慌てて目をギュッと閉じ、布団を被り、ひたすら南無阿弥陀仏と唱えていた。

俺の顔の間近で、アイツが梟のように顔を動かしている光景が瞼に浮かんできた。

恐ろしかった。

階段を駈け降りる音が聞こえた。

林が逃げ出したようだ。

俺は怖くて怖くて布団に潜り続けていた。

両親が来て、電気を点けて布団を剥いだとき、
丸まって身体が固まった俺がいたそうだ。

林は両親に見向きもせず車に乗り込み、
待っていた菊地、菊地の友達と供に何処かへ消えていった。

後から菊地に聞いた話では、「車を出せ」以外は言わなかったらしい。

解決するどころか、ますます悪いことになってしまった俺には、
三週間先の篠塚先生を待っている余裕など残っていなかった。

アイツを再び目にしてから、さらに四日が経った。

当たり前かも知れないが、首は随分良くなり、
まだ痕が残るとは言え、明らかに体力は回復していた。

熱も下がり、身体はもう問題が無かった。

ただ、それは身体的な話でしかなくて、
朝だろうが夜だろうが関係無く怯えていた。
何時どこでアイツが姿を現すかと思うと、怖くて仕方無かった。

眠れない夜が続き、食事もほとんど受け付けられず、
常に辺りの気配を気にしていた。

たった十日足らずで、俺の顔は随分変わったと思う。

精神的に追い詰められていた俺には、時間が無かった。

当然、まともな社会生活なんて送れる訳も無く、
親から連絡を入れてもらい会社を辞めた。

これも後から聞いた話でしかないのだが……、
連絡を入れた時は随分嫌味を言われたらしい。

とにかく何もかもが怖くて、洗濯物や家の窓から見える柿の木が揺れただけでも、
もしかしたらアイツじゃないかと一人怯えていた。

篠塚先生が来るまでには、まだ二週間あまりが残っていた。

俺には長すぎた。

見かねた両親は、強引に怯える俺を車に押し込み、何処かへ向かった。

父が何度も「心配するな」「大丈夫だ」と声をかけた。

車の後部座席で、母は俺の肩を抱き頭を撫でていた。

母に頭を撫でられるなんて何年ぶりだったろう。

時間の感覚も無く車で移動しながら夜を迎えた。

二十歳も過ぎて恥ずかしい話だが、
母に寄り添われ安心したのか、久方ぶりに深い眠りに落ちた。

目が覚めるとすでに陽は登っていて、久しぶりに眠れてすっきりした。

実際には丸一日半眠っていたらしい。

多分、あんなに長く眠るなんてもうないだろうな。

外を見ると、車は見慣れない景色の中を進んでいた。

少しずつ、見覚えのある景色が目に入り始めた。

道路の中央に電車が走っている。

車は長崎に着いていた。これには俺も流石に驚いた。

怯え続ける俺を気遣い、飛行機や新幹線は避け車での移動にしてくれたらしい。

途中で休憩は何度も入れたらしいが、それでもろくに眠らず車を走らせ続けた父と、
俺が怖がらないようにずっと寄り添ってくれた母への恩は、
一生かけても返しきれそうもない。

祖父母の住む所は、長崎の柳川という。

柳川に着くと坂道の下に車を停め、両親が祖父母を呼びに行った。

祖父母の家は、坂道から脇に入った石段を登った先にある。

その間、俺は車の中に一人きりの状態になった。

両親が二人で出ていったのは、足腰の悪い祖母や、
篠塚先生の家に持っていく荷物を運ぶのを手伝うためだったのだが、
自分で「大丈夫、行って来て」なんて言ったのは、本当に舐めてた証拠だと思う。

久しぶりに眠れた事や、今いる場所が東京・埼玉と随分離れた長崎だった事が、
気を弛めたのかもしれない。

車の後部座席に足をまるめて座り、外をぼーっと眺めていると、急に首に痛みが走った。

今までの痛みと比較にならないほど、言い過ぎかも知れないが激痛が走った。

首に手をやると滑りがあった。

……血が出てた。

指先に付いた血が、否応なしに俺を現実に引き戻した。

この時、怖いとか、アイツが近くにいるかもって考える前に、
「またかよ……」ってなげやりな気持ちが先に来たな。

もう何か嫌になって泣けてきた。

分かってもらえれば嬉しいけど、嫌な事が少しの間をおいて続けて起きるのって、
もうどうしようも無いくらい落ち込むんだよね。

気持ちの整理が着き始めると嫌な事が起きるっては辛いよね。

この時は少し気が弛んでいたから尚更で、

「どーしろっつーんだよ!!」とか、

「いい加減にしてくれよ」とか独り言をぶつぶつ言いながら泣いてた。

車に両親が祖父母を連れて戻って来たんだけど、すぐにパニックになった。

何しろ問題の俺が、首から血を流しながら、後部座席で項垂れて泣いてるからね。

何も無い訳がないよな。

「どうした?」とか、「何とか言え!」とか、

「もぅやだー」とか、「義満ちゃん、しっかりせんか!!」とか、

「どげんしたと!?」とか、「あなたどうしよう」とか。

この時は思わず、「てめぇらぅるっせーんだよ!!」って怒鳴ってしまった。

こんな時に説明なんか出来るわけねーだろって、
てめぇらじゃ何も出来ねぇ癖に……黙ってろよ!とか思ってたな。

勝手に悪い事になって仕事は辞めるわ、
騙されそうになるわ……こんな俺みたいな駄目な奴のために、
走り回ってくれてる人達なのに……

今考えると本当に恥ずかしい。

で、人生で一度きりなんだけどさ、親父がいきなり俺の左頬に平手打ちをしてきた。

物凄い痛かったね。
親父、滅茶苦茶厳しくて何度も口喧嘩はしたけど、
多分生まれてから一回も打たれた事無かったからな。

で、一言だけ「お祖父さんとお祖母さんに謝れ」って、

静かだけど厳しい口調で言ったんだ。

それで、何故か落ち着いた。

ってかびっくりし過ぎて、それまでの絶望感がどっかに行ってしまったよ。

冷静さを取り戻して皆に謝ったら、急に腹が据わってきた気がした。

走り始めた車の中で、励ましてくれる祖父母の言葉に感極まってまた泣いた。

自分で思ってるよか全然心が弱かったんだな、俺は。

……篠塚先生の家(寺でもあるが)に着くと、ふっと軽くなった気がした。

何か起きたっていうよりは、俺が勝手に安心したって方が正しいだろうな。

門をくぐり、石畳が敷かれた細い道を抜けると、初老の男性が迎え入れてくれた。

そう言えば、篠塚先生の家にはいつもお客さんがいたような気がする。

きっと、祖母のように通っている人が多いんだろう。

奥に通され裏手の玄関から入り進んでいくと、十畳くらいの仏間がある。

篠塚先生は俺の記憶の通り、仏像の前に敷かれた座布団の上に正座していて、
ゆっくりと振り向いたんだ。

祖母「義満ちゃん、もうよかけんね。篠塚先生が見てくれなさるけん」

篠塚先生「久しぶりねぇ。随分立派になって。早いわねぇ」

祖母「篠塚先生、義満ちゃんば大丈夫でしょかね?」

祖父「大丈夫って。そげん言うたかてまだ来たばかりやけん、
   篠塚先生かてよう分からんてさ」

祖母「あんたさんは黙っときなさんてさ。もうあたし心配で心配で仕方なかってさ」

何でだろう……ただ篠塚先生の前に来ただけなの、
にそれまで慌ていた祖父母が落ち着いていた。

泣きっぱなしだな俺。

篠塚先生はもっと近づくように言い、膝と膝を付け合わせるように座った。

俺の手を取り、暫くは何も言わず優しい顔で俺を見ていた。

俺は何故か、悪さをして怒られるじゃないかと親の顔色を伺っていた、
子供の頃のような気持ちになっていた。

目の前の、敢えて書くが、自分よりも小さくて明らかに力の弱いお婆ちゃんの、
威圧的でもなんでもない雰囲気に呑まれていた。

あんな人本当にいるんだな。

「……どうしようかしらね」

「……」

「義満ちゃん、怖い?」

「……はい」

「そうよねぇ。このままって訳には行かないわよねぇ」

「えっと……」

「あぁ、いいの。こっちの話だから」

何がいいんだ!?

ちっともよかねーだろなんて気持ちが溢れて来て、耐えきれずついにブチ撒けた。

本当に人として未熟だなぁ、俺は。

「あの、俺どーなるんすか?もう早いとこ何とかして欲しいんです。
 大体何なんですか?
 何でアイツ俺に付きまとうんですか?
 もう勘弁してくれって感じですよ。篠塚先生、何とかならないんですか?」

「義満ちゃ……」

「大体、俺別に悪いこと何もしてないっすよ!?
 確かに心霊スポッには行ったけど、俺だけじゃないし、
 何で俺だけこんな目に会わなきゃいけないんすか?
 鏡の前で△しちゃだめだってのも関係あるんですか?
 ホント訳わかんねぇ!!あーっ!苛つくぅぁー!!」

「ドォ~ドォルルシッテ」

「ドォ~ドォルル」

「チルシッテ」

……何が何だか解らなかった。

(ホントにワケ解んないので、取り敢えずそのまま書く)

「ドォ~。シッテドォ~シッテ」

左耳にオウムかインコみたいな、甲高くて抑揚の無い声が聞こえてきた。

それが「ドーシテ」と繰り返していると理解するまで少し時間がかかった。

俺は篠塚先生の目を見ていたし、篠塚先生は俺の目を見ていた。

ただ優しかった篠塚先生の顔は、無表情になっているように見えた……
左側の視界には何かいるってのは分かってた。

チラチラと見えちゃうからね。よせば良いのに、左を向いてしまった。

首から生暖かい血が流れてるのを感じながら。

アイツが立ってた。

体をくの字に曲げて、俺の顔を覗き込んでいた。

くどいけど……訳が解らなかった。起きてることを認められなかった。

此処は寺なのに、目の前には篠塚先生がいるのに……何でなんで何で……

一週間前に見たまんまだった。

アイツの顔が目の前にあった。

梟のように小刻みに顔を動かしながら、俺を不思議そうに覗き込んでいた。

「ドォシッテ?ドォシッテ?ドォシッテ?ドォシッテ?」

オウムのような声でずっと質問され続けた。

きっと……林も同じようにこの声を聞いていたんだろう。

俺と同じ言葉を囁かれていたのかは分からないが……

俺は息する事を忘れてしまって、目と口を大きく開いたままだった。

いや、息が上手く出来なかったって方が正しいな。

たまに「コヒュッ」って感じで、息を吸い込む事に失敗してた気がするし。

そうこうしているうちに、アイツが手を動かして、
顔に貼り付けてあるお札みたいなのを、ゆっくりめくり始めたんだ。

見ちゃ駄目だ!!絶対駄目だって分かってるし逃げたかったんだけど、動けないんだよ!!

もう顎の辺りが見えてしまいそうなくらいまで来ていた。

心の中では「ヤメロ!それ以上めくんな!!」って叫んでるのに、

口からは「ァ……ァカハッ……」みたいな情けない息しか出ないんだ。

もうやばい!!ヤバい!ヤバい!ってところで、「パンッ!!」って。

例えとか誇張でもなく“跳び上がった。心臓が破裂するかと思った。

「パン!!」

その音で俺は跳び上がった。

正座してたから、体が倒れそうになりながら後に振り向いて、すぐ走り出した。

何か考えてた訳じゃなく、体が勝手に動いたんだよね。

でも慣れない正座のせいで、足が痺れてまともに走れないのよ。

痺れて足が縺れた事と、あんまりにも前を見てないせいで、
頭から壁に突っ込んだが、ちっとも痛くなかった。

額から血がだらだら出てたのに……、
それだけテンパって周りが見えてなかったって事だな。

血が目に入って何も見えない。手をブン回して出口を探した。

けど、的外れの方ばっかり探してたみたい。

「まだいけません!」

いきなり篠塚先生が大きい声を出した。

障子の向こうにいる両親や祖父母に言ったのか、俺に言ったのか分からなかった。

分からなかったが、その声は俺の動きを止めるには十分だった。
ビクってなってその場で硬直。

またもや頭の中では、物凄い回転で事態を把握しようとしていた。

っつーか把握なんて出来る筈もなく、
篠塚先生の言うことに従っただけなんだけどね。

俺の動きが止まり、
仏間に入ろうとする両親と祖父母の動きが止まった事を確認するかのように、
少しの間を置いてから篠塚先生が話し始めた。

篠塚先生「義満ちゃんごめんなさいね。
     怖かったわね。もう大丈夫だからこっちに戻ってらっしゃい」

襖の向こうから、しきりに何か言ってのは聞こえてたけど、覚えてない。

血を拭いながら篠塚先生の前に戻ると、手拭いを貸してくれた。

お香なのかしんないけど、いい匂いがしたな。

ここに来てやっと、あの音は篠塚先生が手を叩いた音だって気付いた。

「義満ちゃん、見えたわね?聞こえた?」

「見えました……どーして?って繰り返してました」

この時にはもう、篠塚先生の顔はいつもの優しい顔になってたんだ。

俺も今度はゆっくりと、出来るだけ落ち着いて答える事だけに集中した。

まぁ……考えるのを諦めたんだけどね。

「そうね。どうして?って聞いてたわね。何だと思った?」

さっぱり分からなかった。考えようなんて思わなかったしね。

「??……いや……、ぅぅん?……分かりません」

「義満ちゃんはさっきの怖い?」

「怖い……です」

「何が怖いの?」

「いや……、だって普通じゃないし。幽霊だし……」

ここらへんで、俺の脳は思考能力の限界を越えてたな。

篠塚先生が何を言いたいのかさっぱりだった。

「でも何もされてないわよねぇ?」

「いや……首から血が出たし、
 それに何かお札みたいなの捲ろうとしてたし。
 明らかに普通じゃないし……」

「そうよねぇ。でも、それ以外は無いわよねぇ」

「……」

「難しいわねぇ」

「あの、よく分からなくて……すいません」

「いいのよ」

篠塚先生は、俺にも分かるように話してくれた。

諭すっていった方がいいかもしれない。

まず、アイツは幽霊とかお化けって呼ばれるもので間違いない。

じゃあ所謂悪霊ってヤツかって言うと、
そう言いきっていいか篠塚先生には難しいらしかった。
明らかにタチが悪い部類に入るらしいけど、
篠塚先生には悪意は感じられなかったって言っていた。

俺に起きた事は何なのかに対してはこう答えた。

「悪気は無くても強すぎるとこうなっちゃうのよ。あの人ずっと寂しかったのね。
 
 『話したい、触れたい、見て欲しい、気付いて気付いてー』

 って、ずっと思ってたのね。

 義満ちゃんはね、分からないかもしれないけど、暖かいのよ。

 色んな人によく思われてて、

 それがきっと『いいな~。優しそうだな~』って思ったのね。

 だから、自分に気付いてくれた事が、
 嬉しくて仕方なかったんじゃないかしら。

 でもね、義満ちゃんはあの人と比べると全然弱いのね。

 だから、近くに居るだけでも怖くなっちゃって、体が反応しちゃうのね」

篠塚先生は、まるで子供に話すようにゆっくりと、
難しい言葉を使わないように話してくれた。

俺はどうすればいいのか分からなくなったよ。

アイツは絶対に悪霊とかタチの悪いヤツだと決めつけてたから。

篠塚先生にお祓いしてもらえばそれで終ると思ってたから……

それなのに、篠塚先生がアイツを庇うように話してたから……

「さて、それじゃあ今度は何とかしないといけないわね。
 義満ちゃん、時間かかりますけど、何とかしてあげますからね」

この一言には本当に救われたよ。

あぁ、もういいんだ。終るんだって思った。やっと安心したんだ。

篠塚先生に教えられたことを書きます。

俺にとって一生忘れたくない言葉です。

「見た目が怖くても、自分が知らないものでも、
 自分と同じように苦しんでると思いなさい。
 救いの手を差し伸べてくれるのを待っていると思いなさい」

篠塚先生はお経をあげ始めた。
お祓いのためじゃ無く、アイツが成仏出来るように。

その晩、額は裂けてたし、
よくよく見れば首の痕が大きく破けて痛かったけど、
本当にぐっすり眠れた。

お経終わってもキョドってた俺のために、笑いながらその日は泊めてくれた。

翌日、朝早く起きたつもりが、篠塚先生はすでに朝のお祈りを終らしてた。

「おはよう、義満ちゃん。さ、顔洗って朝御飯食べてらっしゃい。
 食べ終わったら本山に向かいますからね」

関係者でも何でもないんで、あまり書くのはどうかと思うが少しだけ。

篠塚先生が属している宗派は、前にも書いた通り教科書に載るくらい歴史があって、

信者の方も修行されてる方も、日本全国にいらっしゃるのね。

教えは一緒なんだけど、地理的な問題から東と西それぞれに本山があるんだって。

俺が連れていってもらったのが西の本山。

本山に暫くお世話になって、自分が元々持っている徳

(未だにどんなものか説明できないけど)

を高める事と、アイツが少しでも早く成仏出来るように、
本山で供養してあげられるためって篠塚先生は言ってた。

その話を聞いて一番喜んだのが祖母。

まだ信じられなそうだったのが親父。

最後は、俺が「もう大丈夫。行ってくる」って言ったから反対しなかったけど。

本山に着くと迎えの若い方が待っていて、篠塚先生に丁寧に挨拶してた。

本堂の横奥にある小屋

(小屋って呼ぶのが憚れるほど広くて立派だったが)

で本山の方々にご挨拶。

ここでも篠塚先生にはかなりの低姿勢だったな。
篠塚先生、実は凄い人らしく、
望めばかなりの地位にいても不思議じゃないんだって後から聞いた。

「寂しいけど序列ができちゃうのね」って篠塚先生は言ってた。

俺は本山に暫く厄介になり、まぁ客人扱いではあったけど、
皆さんと同じような生活をした。

多分、篠塚先生の言葉添えがあったからだろうな。

その中で、自分が本当に幸運なんだなって実感したよ。

もう四十年間ずっと蛇の怨霊に苦しめられている女性や、
家族親族まで祟りで没落してしまって、
身寄りが無くなってしまったけど、
家系を辿れば立派な士族の末裔の人とか……

俺なんかよりよっぽど辛い思いしてる人が、
こんなにいるなんて知らなかったから……

厳しい生活の中にいたからなのか、
場所がそうだからなのか、あるいは篠塚先生の話があったからなのか、
恐怖は大分薄れた。

とは言うものの、ふと瞬間にアイツがそばに来てる気がしてかなり怯えたけど。

本山に預けてもらって一ヶ月経った頃、篠塚先生がいらっしゃった。

「あらあら、随分良くなったみたいね」

「えぇ、篠塚先生のおかげですね」

「あれから見えたりした?」

「いや……一回も。多分成仏したかどっかにいったんじゃないですか?
 ここ、本山だし」

「そんな事ないわよ?」

顔がひきつった。
「あら、ごめんなさい。また怖くなっちゃうわよね。
 でもね義満ちゃん、ここには沢山の苦しんでる人がいるの。
 その人達を少しでも多く助けてあげるのが、私達の仕事なのよ」

多分だけど、篠塚先生の言葉にはアイツも含まれてたんだと思う。

「義満ちゃん、もう少しここにいて勉強しなさい。折角なんだから」

俺は篠塚先生の言葉に従った。

あの時の事がまだまだ尾を引いていて、まだここにいたいって思ってたからね。

それに、一日はあっという間なんだけど……何て言うか、
時間がゆっくり流れてような感じが好きだったな。

そんなこんなが続いて、結局三ヶ月も居座ってしまった。

その間篠塚先生は、こっちには顔を出さなかった。

やっぱり篠塚先生の言葉がないと不安だからね。

でも、哀しいかな、
流石に三ヶ月もそれまで自分がいた騒々しい世界から隔離されると、
物足りない気持ちが強くなってた。

実に二ヶ月ぶりに篠塚先生がやって来て、
やっと本山での生活は終りを迎えようとしていた。

身支度を整え、兎に角お世話になった皆さんに一人ずつ御礼を言い、
篠塚先生と帰ろうとしたんだ。

でも気付くと、横にいたはずの篠塚先生がいない。

あれ?と思って振り向いたら、少し後にいたんだ。

歩くの速すぎたかな?って思って戻ったら、優しい顔で

「義満ちゃん、帰るのやめてここに居たら?」

って言われた。

実は篠塚先生に認められた気がして少し嬉しかった。

「いや、僕にはここの人達みたいには出来ないです。
 本当に皆さん凄いと思います。真似出来そうもないですよ」

「そうじゃなくて、帰っちゃ駄目みたいなのよ」

「え?」

「だってまだ残ってるから」

また顔がひきつった。

結局、本山を降りる事が出来たのは、それから二ヶ月後だった。

実に五ヶ月も居座ってしまった。

多分、こんなに長く、家族でも無い誰かに生活の面倒を見てもらう事は、
この先ないだろう。

篠塚先生から、

「多分もう大丈夫だと思うけど、しばらくの間は月に一度おいでなさい」

と言われた。

アイツが消えたのか、それとも隠れてれのか、
本当のところは分からないからだそうだ。

長かった本山の生活も終って、やっと日常に戻って来た。
借りてたアパートは母が退去手続きを済ましてくれていて、
実家には俺の荷物が運び込まれてた。

アパートの部屋を開けた時、何かを燻したような臭いと、
部屋の真ん中辺りの床に小さな虫が集まってたらしい。

怖すぎたらしく、その日はなにもしないで帰って来たんだってさ。

翌日、仕方無いんで、意を決してまた部屋を開けたら、
臭いは残ってたけど虫は消えてたらしい。

母には申し訳ないが、俺が見なくて良かった。

実家に戻り、実に約半年ぶりくらいに携帯を見ると、
物凄い件数の着信とメールがあった。

中でも一番多かったのが菊地。

メールから、
奴は奴なりに自分のせいでこんな事になったって自責の念があったらしく、
謝罪とか、こうすればいいとか、こんな人が見つかったとか、
まめに連絡が入ってた。

母から菊地が家まで来た事も聞いた。

戻って二日目の夜、菊地に電話を入れた。

電話口が騒がしい。

菊地は呂律が回らず何を言っているか分からなかった。

コンパしてやがった。

とりあえず電話をきり、『殺すぞ』とメールを送っておいた。

所詮世の中他人は他人だ。

翌日、菊地から『謝りたいから時間くれないか?』とメールが来た。

電話じゃなかったのは、気まずかったからだろう。

夜になると、家まで菊地が来た。

わざわざ遠いところまで来るくらいだ。

相当後悔と反省をしていたのだろう。

夜に出歩くのを俺が嫌ったからってのが、
一番の理由である事は言うまでもない。

玄関を開け菊地を見るなり、二発ぶん殴ってやった。

一発は奴の自責の念を和らげるため、
一発はコンパなんぞに行ってて俺を苛つかせた事への贖罪のめに。

言葉で許されるよりも、殴られた方がすっきりする事もあるしね。

まぁ、二発目は俺の個人的な怒りだが。

菊地に経緯を細かく話し、その晩は二人して興奮したり怖がったり……
今思うと当たり前の日常だなぁ。

菊地からは、あの晩のそれからを聞いた。

あの晩、逃げたした時には、林は明らかにおかしくなっていた。

林の車の中で友達と待っていた菊地には、
まず間違いなくヤバい事になっているって事がすぐに分かったそうだ。

でも、後部座席に飛び乗ってきた林の焦り方は尋常じゃ無かったらしく、
車を出さざるを得なかったらしい。

「反抗したりもたついたりしたら、何されっか分かんなかったんだよ」

菊地の言葉が状況を物語っていた。
菊地は、車が俺の家から離れ高速の入り口近くの信号に捕まった時に、
逃げ出したらしい。

「だってあいつ、途中から笑い出したり、
 震えたり、『俺は違う』とか『そんな事しません』
 とか言い出して怖いんだもんよ」

アイツが何か囁いてる姿が甦ってきて、頭の中の映像を消すのに苦労した。

俺の家に戻って来なかったのは、単純に怖すぎたからだって。

「根性無しですみませんでした」

って謝ってたから許した。俺が菊地でも勘弁だしね。

その後、林がどうなったかは誰も知らない。

さすがに今回の件では菊地も頭に来たらしく、
林を紹介した友達を問い詰めたらしい。

結局、林は詐欺師まがいにも成りきれないような
どうしようも無いヤツだったらしく、
唆されて軽い気持ち(小遣い稼ぎだってさ……)で紹介したんだと。
菊地曰く、

「ちゃんとボコボコにしといたから勘弁してくれ!」との事。

でも、こんな状況を招いたのが自分の情報だってのには参ったから、
今度は持てる人脈を総動員したが
……こんなことに首を突っ込んだり聞いた事がある奴が
回りにいるはずもなく、多分とか~だろうとかってレベルの情報しか無かったんだ。

だから、

『何か条件が幾つかあって、偶々揃っちゃうと起きるんじゃないか』

としか言えなかった。

その後、俺は篠塚先生の言い付けを守って、毎月一度篠塚先生を訪ねた。

最初の一年は毎月、次の一年は三か月に一度。

菊地も俺への謝罪からか、何も無くても家まで来ることが増えたし、
篠塚先生のところに行く前と帰ってきた時には、必ず連絡が来た。

アイツを見てから二年が経った頃、篠塚先生から、

「もう心配いらなそうね。義満ちゃん、これからはたまに顔出せばいいわよ。
 でも、変な事しちゃだめよ」

って言ってもらえた。

本当に終ったのか……俺には分からない。

篠塚先生はその三ヶ月後、他界されてしまった。

敬愛すべき篠塚先生、もっと多くの事を教えて欲しかった。

ただ、今は終ったと思いたい。

篠塚先生のお葬式から二ヶ月が経った。

寂しさと、大切な人を亡くした喪失感も薄れ始め、俺は日常に戻っていた。

慌ただしい毎日の隙間に、ふとあの頃を思い出す時がある。

あまりにも日常からかけ離れ過ぎていて、
本当に起きた事だったのか分からなくこともある。

こんな話を誰かにするわけもなく、またする必要もなく、
ただ毎日を懸命に生きてくだけだ。

祖母から一通の手紙が来たのは、そんなごくごく当たり前の日常の中だった。

封を切ると、祖母からの手紙と、もう一つ手紙が出てきた。

祖母の手紙には、俺への言葉と共にこう書いてあった。

『篠塚先生から渡されていた手紙です。四十九日も終わりましたので、
 篠塚先生との約束通り義満ちゃんにお渡しします』

……篠塚先生の手紙。

今となってはそこに書かれている言葉の真偽が確かめられないし、
そのままで書く事は俺には憚られるので、崩して書く。
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義満ちゃんへご無沙汰しています。

篠塚です。

あれから大分経ったわねぇ。

もう大丈夫?怖い思いをしてなければいいのだけど……

いけませんね、年をとると回りくどくなっちゃって。

今日はね、義満ちゃんに謝りたくてお手紙を書いたの。

でも悪い事をした訳じゃ無いのよ。あの時はしょうがなかったの。

でも……、ごめんなさいね。

あの日、義満ちゃんがウチに来た時、先生本当は凄く怖かったの。

だって義満ちゃんが連れていたのは、
とてもじゃ無いけど先生の手に負えなかったから。

だけど義満ちゃん怯えてたでしょう?

だから先生が怖がっちゃいけないって、そう思ったの。

本当の事を言うとね、いくら手を差し伸べても見向きもされないって事もあるの。

あの時は、運が良かったのね。

義満ちゃん、本山での生活はどうだった?
少しでも気が紛れたかしら?義満ちゃんと会う度に、
先生まだ駄目よって言ったでしょう?覚えてる?
このまま帰ったら酷い事になるって思ったの。

だから、義満ちゃんみたいな若い子には退屈だとは分かってたんだけど、
帰らせられなかったのね。

先生、毎日お祈りしたんだけど、中々何処かへ行ってくれなくて。

でも、もう大丈夫なはずよ。近くにいなくなったみたいだから。

でもね義満ちゃん、もし……もしもまた辛い思いをしたら、
すぐに本山に行きなさい。

あそこなら多分義満ちゃんの方が強くなれるから、中々手を出せないはずよ。

最後にね、ちゃんと教えておかないといけない事があるの。

あまりにも辛かったら、仏様に身を委ねなさい。

もう辛い事しか無くなってしまった時には、心を決めなさい。

決して義満ちゃんを死なせたい訳じゃないのよ。

でもね、もしもまだ終っていないとしたら、
義満ちゃんにとっては辛い時間が終らないって事なの。

義満ちゃんも本山で何人もお会いしたでしょう?

本当に悪いモノはね、ゆっくりと時間をかけて苦しめるの。

決して終らせないの。

苦しんでる姿を見て、ニンマリとほくそ笑みたいのね。

悔しいけど、先生達の力が及ばなくて、
目の前で苦しんでいても何もしてあげられない事もあるの。

あの人達も助けてあげたいけど……、どうにも出来ない事が多くて……

先生何とか義満ちゃんだけは助けたくて手を尽くしたんだけど、
正直自信が持てないの。

気配は感じないし、いなくなったとも思うけど、まだ安心しちゃ駄目。

安心して気を弛めるのを待っているかも知れないから。

いい?義満ちゃん。決して安心しきっては駄目よ。

いつも気を付けて、怪しい場所には近付かず、
余計な事はしないでおきなさい。先生を信じて。

ね?嘘ばかりついてごめんなさい。

信じてって言う方が虫が良すぎるのは分かっています。

それでも、最後まで仏様にお願いしていた事は信じてね。

義満ちゃんが健やかに毎日を過ごせるよう、いつも祈ってます。

篠塚


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……読みながら、手紙を持つ手が震えているのが分かる。

気持ちの悪い汗もかいている。

鼓動が早まる一方だ。

一体、どうすればいい?まだ……、
終っていないのか?急にアイツが何処かから見ているような気がしてきた。

もう、逃れられないんじゃないか?もしかしたら、隠れてただけで、
その気になればいつでも俺の目の前に現れる事が出来るんじゃないか?
一度疑い始めたらもうどうしようもない。

全てが疑わしく思えてくる。

篠塚先生は、ひょっとしたらアイツに苦しめられたんじゃないか?
だから、こんな手紙を遺してくれたんじゃないか?

結局……、何も変わっていないんじゃないか?

林は、ひょっとしたらアイツに付きまとわれてしまったんじゃないか?
一体アイツに何を囁かれたんだ。

俺とは違うもっと直接的な事を言われて……、
おかしくなったんじゃないか?

篠塚先生は、俺を心配させないように嘘をついてくれたけど、

『嘘をつかなければならないほど』の事だったのか……

結局、それが分かってるから、
篠塚先生は最後まで心配してたんじゃないのか?

疑えば疑うほど混乱してくる。

どうしたらいいのかまるで分からない。

ここまでしか……俺が知っている事はない。

二年半に渡り、今でも終ったかどうか定かではない話の全てだ。

結局、理由も分からないし、都合よく解決できたり、
何かを知ってる人がすぐそばにいるなんて事は無かった。

何処から得たか定かではない知識が招いたものなのか、
あるいは、それが何かしらの因果関係にあったのか……。

俺には全く理解できないし、偶々としか言えない。

でも、偶々にしてはあまりにも辛すぎる。

果たして、ここまで苦しむような罪を犯したのだろうか?
犯していないだろう?だとしたら……何でなんだ?不公平過ぎるだろう。

それが正直な気持ちだ。
俺に言える事があるとしたらこれだけだ。

「何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、
 マジで洒落にならんことを改めて言っておく。
 最後まで、誰かが終ったって言ったとしても、気を抜いちゃ駄目だ」

そして……、最後の最後で申し訳ないが、
俺には謝らなければいけない事があるんだ。

この話の中には小さな嘘が幾つもある。

これは多少なりとも分かり易くするためだったり、
俺には分からない事もあっての事なので目をつぶって欲しい。

おかげで意味がよく分からない箇所も多かったと思う。

合わせてお詫びとさせて欲しい。

ただ……、謝りたいのはそこじゃあない。

もっと、この話の成り立ちに関わる根本的な部分で俺は嘘をついている。

気付かなかったと思うし、気付かれないように気を付けた。

そうしなければ伝わらないと思ったから。

矛盾を感じる事もあるだろう。

がっかりされてしまうかもしれない……。

でも、この話を誰かに知って欲しかった。

俺は菊地だよ。

……今更悔やんでも悔やみきれない。

『オススメの怖い話(名作・長編)』

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著者プロフィール
ankou

怖い話を中心にしてまとめています。