【洒落怖】火の番(山・中編)
『火の番』
29 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2009/04/30(木) 18:57:34 ID:u3KG1eMV0友人の話。
仲間何人かでキャンプに出かけた時のことだ。
夜も更けて他の者は寝入ってしまい、火の側に居るのは彼一人だった。
欠伸を噛み殺しながら、そろそろ火の始末をして俺も寝ようかな、
などと考えていると、覚えのない声が話しかけてきた。
「何しているんだい?」
顔を上げると、火を挟んだ向こう側に誰かが座っていた。
ぼんやりとしか見えない、大きな黒い影。視界に霞でも掛かったかのよう。
何故かその時は不思議とも怖いとも思わず、普通に返事をした。
「んー、火の番をしてる」
相手の正体は何者なのか、何でこんな時間にこんな場所に居るのか。
そういった類いの疑問がまったく頭に浮かばなかった。
先程まではシャンと起きていた筈なのに、
寝惚けた時のように思考が上手く働かなかったという。
ぼんやりと、俺寝惚けているのかな、と考えているうち、また話しかけられた。
「その火が消えたらお前さんどうする?」
「んー、消えないよ」
「こんな山ン中じゃ、一寸先も見えない真っ暗闇だろうな」
「んー、この火が消えちゃったら、そうなるだろうね」
「闇は深いぞ。中に何が潜んでいるかわかったもんじゃないね」
「んー、暗いのは怖いよ。だから火の番をしなくちゃね」
30 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2009/04/30(木) 18:59:00 ID:u3KG1eMV0
声の主は、頻りと火を消すように勧めてきた。
「火の番なんか止めちゃえよ。もう眠いんだろ。寝ちゃえよぐっすりと」
「んー、そうしたいけど、そういう訳にも行かないんだよね」
「俺が消してやろうか?」
「んー、遠慮しとくよ」
「消すぞ」
「んー、でも直ぐまた点けるよ、暗いの嫌だから」
「一度消えた火は直ぐ点かないぞ。無駄だからもう寝ちゃえよ」
「んー、ライターもあるし、火種があれば直ぐ点くよ」
「ライターか。それがあれば直ぐに火が点くのか」
「んー、点くと思うよ。簡単に山火事になるぐらい」
すると声は、ライターを無心し始めた。
「火が消えないならライターなんてもう要らないだろ。俺にくれよ」
「んー、これは大切な物だから駄目だよ」
「俺が代わりに火を見ててやるよ。だからライターくれよ」
「んー、僕のじゃないから、やっぱり駄目だよ」
こんな押し問答を何度くり返しただろうか。
やがて影がゆらりと立ち上がる気配がした。
「火が消えないんじゃしょうがないな。帰るとするか。また遊ぼう」
その言葉を最後に、何かが山の闇の中へ去って行った。
31 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2009/04/30(木) 19:00:43 ID:u3KG1eMV0
「ばいばい」
小さくなる気配にそう挨拶していると、いきなり強く揺さ振られた。
ハッとして身構えると、揺すっていたのは先に寝ていた筈の仲間だ。
目が合うや否や、凄い勢いで問い質される。
「お前!今一体何と話してた!?」
「何とって・・・あれ?」
そこでようやっと思考がはっきりし、明瞭にものが考えられるようになる。
「えっ今、僕、何かと会話してたの!? 夢見てたんじゃなくて!?」
気が付くと残りの皆もテントから顔を出し、こちらを恐ろし気に見つめている。
彼を揺すり起こした者が、次のように教えてくれた。
曰く、テントの外で話し声がしたので目が覚めた。
夜中に迷惑なヤツだと思い、テント中の寝顔を確認してから青くなった。
人数から判断する限り、今外には一人しか出ていない筈だ。
恐る恐る外を覗くと、焚き火を挟んで座る影が二つ。
片方は間違いなく友人だったが、もう一方が何かわからない。
人の形をした、黒い塊に見えたらしい。
友人と影は、何度もしつこいくらいに言葉を交わしていた。
どうやら、火を消す、消さないで揉めている様子。
絶対に消すんじゃないぞ!
声に出せない願いを胸中で叫んでいると、じきに影は立ち上がり山奥へ消えた。
32 :雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ :2009/04/30(木) 19:01:33 ID:u3KG1eMV0
いつの間にか他の皆も起き出しており、背後で息を殺していた。
影がいなくなった時、テントの中では安堵の溜め息が重なったそうだ。
その直後慌てて外に飛び出し、憑かれたように火を見つめる友人を引っ掴んで、
ひどく揺すって目を覚まさせたのだと、そう言われた。
思わず、影が消え去った方角の闇をじっと見つめてしまった。
何も動く気配はない。足元で薪の爆ぜる音が聞こえるだけだった。
その後彼らは、その山を下りるまで絶対に火を絶やさないよう心掛けた。
不寝番を二人立てて、火の番を交代でしたのだという。
その甲斐あってかその後、あの黒い影はもう現れなかったそうだ。
「僕はあの時、何と会話していたのかな?」
思い出すと今でも鳥肌が立つのだそうだ。
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