【洒落怖】ク・フランの霊山(山・中編)

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『ク・フランの霊山』

646 :627 ◆DxCY1HKXjs :04/02/09 01:09

村の産婆や薬師が魔女と怖れられた忌むべき時よりも、更に遠い昔のこと。

ク・フランが棲んでいたとされる、神聖な霊山があった。

そこはク・フランが昔、戯れに丸めた雷などが常に停滞していて、

とても人の入れる場所ではなかったという。

また、誰も入っていこうとは思わなかった。


しかし、二つ向こうの村では、その山に入ろうとしている若者がいた。

彼は「誰も入ったことがないという事は、そこは手付かずの獲物が豊富ということだ」と思い、

妻が止めても「妻は夫に意見する資格はない」と聞き入れず、彼の山へ入っていった。


647 :627 ◆DxCY1HKXjs :04/02/09 01:10

雷雲が蠢き、辛い道であったが、若者は山へどんどんと入っていった。

すると、中腹辺りに差し掛かった頃、あるひらけた場所へ出た。

そこは神の楽園を思わせるような、豊沃なところであった。

川にはミルクと蜂蜜が流れて、美しいニンフが水浴びをしており、

多くの牛達が放し飼いで戯れあい、

そして木々では、小妖精達がお喋りに夢中になっている。


若者が見とれていると、川辺にいたニンフが話し掛けてきた。

「まぁ、ずいぶんと久しぶりなこと。新しいお客様ね」と微笑みかけられ、

若者は急に悪い事をしたと思い、

「すまない。私の立ち入れる場所ではなかったようだ。

 私はこの楽園に立ち入り、神の名を汚してしまった」

と詫びた。

しかしニンフは、

「そんなことを心配する必要はありません。

 あなたは自分の意志でここへ来たのでしょう?

 麓の村人は怖れて入山しない。あなたは勇敢で立派な若者だわ」

と、彼に優しく語りかけた。

そして、

「ずっとここへ居てよいのです。

 牛と蜂蜜はあなたのもの。小妖精はあなたに付き従う。

 勿論私は、あなたの全ての世話を見てあげる」

と言って跪く。

若者はいい気分になって、暫しの間ならということで住み着くことにした。

すると最後に、

「但し、ここでは神霊の名はおろか、特にク・フランの名はみだりに唱えてはなりません。

 彼らを侮辱することになります」

と強く言われ、若者は了承した。


648 :627 ◆DxCY1HKXjs :04/02/09 01:12

住み着いて暫く経ち、若者が森を歩いていると、

なんと鬱蒼と茂った木々の裏に、柘榴が大量に生っているのを見つけた。

彼はここが冥界なのではと疑い、ニンフに「どうしても神霊に祈りを捧げたい」と申し出た。

ニンフはどうしてもダメだと言うが、制止を払い若者は祈りを捧げた。

すると視界にモヤがかかり、辺りがハッキリしてくると、

若者のいる場所は、荒涼とした冥界のように寂しい場所だった。

そして目の前にいたニンフの顔は崩れ、みるみる内に赤黒い悪魔の顔へと変わっていった。


若者は驚き、一目散に下ったが道が全くわからない。

そして後ろからは、悪魔が信じられない速さで襲い掛かってくる

若者は、

「雄々しきク・フランよ!あなたの山に悪魔が巣くっています!

 そして愚かな私は、それに追われています!

 あなたが噂通りの蛮勇であるなら、どうか私に力を貸してください!」

若者がそう叫ぶやいなや、霊山の天で停滞しているはずの雷が一筋落ちてきた


649 :627 ◆DxCY1HKXjs :04/02/09 01:15

それから数ヶ月後。

あの若者の妻が一人きりで暮らしているところ、夜中に突然ドアを叩く音がした。

誰かと思い尋ねると、あの若者だという。

とっくに死んでしまったものと思っていたので妻は、大喜びでドアを開けた。

若者は青白い顔をし、頬はこけていたのだが、明るい顔で妻を抱きしめた。

「今まで済まなかった。寂しかったろう」と言い、腰袋から何かの実を取り出した。

「私はク・フランの霊山へ行き、そこで大変美味しい果実を見つけた」

といい、妻に食べろと言った。

妻は「まぁ、赤黒くて変わった形をしているのね。でもあなたがそうおっしゃるのなら食べるわ」

と言い、果実にかじりついた。


すると「食べたな?」と若者は呟き、段々と彼の顔が崩れて、醜い悪魔の姿に変わってしまった。

「あの男は我々の国へ自ら足を踏み入れ、冥界とも知らず私に精を注ぎつづけた。

 身の衰えにも気付かず、逃げたとて我から逃げおおせるものか。

 お前も冥界の果実である柘榴を口にした。夫婦仲良く冥界で暮らすがいい」


それ以降、若者の妻の姿を村で見かけた者はいなく、

妻の住んでいたところの木々には、赤黒く変形した奇妙な果実が生っていたという。

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