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「15歳の少年が隣の一家を…」大分一家6人殺傷事件とは

「15歳の少年が隣の一家を…」大分一家6人殺傷事件とは

Author:
sicsic
Posted date:
Update date:2018年09月08日
「15歳の少年が隣の一家を…」大分一家6人殺傷事件とは
大分一家6人殺傷事件(おおいたいっかろくにんさっしょうじけん)とは、2000年8月14日午前2時50分、大分県大野郡野津町(現:臼杵市)で発生した事件当時15歳の少年による隣家殺傷事件、または当該事件の一般的な呼称。

加害者

事件当時、県立高等学校の1年生で15歳であった。3世代、5人家族の次男で、「真面目」「いい子」との評価を受けていた。

いわゆる共働きの家庭だった。父親は厳格な性格であったが感情起伏が激しく、少年が幼少時に夫と妻は1年ほど別居していた。

風呂場から侵入し、サバイバルナイフを使用して殺傷した。抵抗されたため、加害者は結果的に軽い傷を負った。

事件当日の午前6時45分、殺人・殺人未遂の容疑により逮捕される。

逮捕後は反省の言葉を口にしている。

出典:大分一家6人殺傷事件 - Wikipedia

	

一家6人殺傷事件容疑者の性格と生育歴

少年は両親と兄の5人家族。両親ともに仕事が深夜に及ぶこともあり、生活はすれちがうことも多かったようです。

 小学校4年生から現在まで新聞配達のアルバイトをしています。小学校のころは子どもらしい明るい子だったようですが、しだいに無口になったようです(思春期にはありがちですが)。

 たばこを吸う程度のことはあったようですが、近所や学校でも評判は、「目立たず自己表現が苦手な生徒」「口ごたえをしない、まじめないい子」でした。友達は多いほうではありませんでした。

 高校進学では第一希望の高校には入れませんでした。高校入学後、入部した野球部を1ヶ月でやめ、一時、髪を染めたり、ピアスをしたりしましたが、すぐにもとにもどしています。

 級友とのちょっと乱暴な遊びでケガをして、加害者生徒を担任に訴える出来事があり、級友たちから反感を買っていたようです。

 最近は「学校を辞めたい」と言っていました。

 友人の話によると、少年とは女の子の話などしたことがなかったそうです。

出典:大分15才一家六人殺傷事件 容疑者の性格と生育歴(心理学総...

	

のぞき見る目

少年A。家族は両親と兄と祖母。
 事件当時、父は廃棄物処理会社、母は津久見市内のタクシー会社、兄は建設会社でそれぞれ働いていた。祖母はこの頃、福祉施設に入所していた。

 A一家の住んでいたのは、24戸しかない都原集落で、人々は家族のような連帯感を持っていた。特にA宅とI家の距離は200mほどで、Aの父とIさん(当時65歳)は釣り仲間だったこともあり、両家は特別親密な仲だった。A自身も事件で切りつけた長女(当時16歳)と小学生時代一緒に登校するなど仲が良かったし、殺害された長男J君(13歳)とは中学時代バスケットボール部の先輩後輩の間柄で、次男(当時11歳)とも事件の1週間前まで一緒に遊んでいた。

 Aが3、4歳の時、母親はタクシー会社で働き始める前の職場で親しい男性ができて家を出る。この間、務めてまもない廃棄物処理会社に父が連れていって、面倒をみていた。この時、会社で飼われていた猫をずいぶん手荒に扱うのを目撃されている。会社でダンプの運転手をしていた父も、家に不在がちであり、Aは幼少期に両親不在がちの生活を送っていた。Aは集落に1件しかない万屋で、夕暮れ時インスタントラーメンを買って帰ることもあった。

 しばらくして母親が戻ってきて、何事もなかったかのように一家の生活が再会される。この母親不在の時期は近所の人の話によると、数週間から1年と定かではない。こう書くと母親が常識知らずに思えるが、夫婦のどちらが常識的で会ったかと言うと母親の方だと近所の人は語る。

 父親は水害で車が流されそうな時でもパチンコ台を立たない。稲の刈り入れ時期、作業しやすいように畦の手入れを始めるのだが、あまりにも入念に手を入れすぎて、毎年刈り入れの時期を大幅に遅らせてしまう。なにごとにも極端に入れ込み過ぎ、本来の目的を見失ってしまうというのが父の性格であったようだ。また父親は非常に感情の起伏の激しい人物で、母親の家出はそういうことに起因しているのではないかと噂されたりもしている。Aを身体が浮くほど蹴飛ばして、大声で怒鳴りつけ叱りつけることも少なからずあったようだ。

 Aは小学校5年の時から、アルバイトで新聞配達を始める。配達区域は都原地区24軒であった。

 中学に入ると、Aはバスケットボール部に入った。勉強はさほど得意ではなかったが、仲間と遊ぶ時は活発な一面も見せていた。この時期、隣家で飼われている子犬を見に、連日訪れていた。Aは子犬をよくかわいがり遊んだが、たまにボールを投げつけるなど、「かわいがっているのかいじめているのかわからない」と隣家の人を困惑させた。

 中学時代、Aは授業で習ったコンピューターグラフィックスに興味を持ち、専門学科の豊富な大分市内の県立高校に進学したいと考えるが、成績が及ばず、心ならずも地元の野津高校普通科に進学した。入学後は野球部に入部したが、4月中に退部している。

 この頃、Aは10人ほどの不良グループと行動を共にし始め、前髪を染めたり、ピアスをするようになった。5月末、じゃんけんで負けたほうが肩を拳で叩かれる「肩パン」という遊びが度を過ぎて、同級生に一方的に殴られ、双方の親が話し合って仲直りさせるというトラブルが起こっている。じゃんけんで買ってもAは強く殴れず、逆に負けると思いきり殴られる。それはAがグループ内では”パシリ”的な扱いだったからだという。

 Aは中学生、高校生となっても、近所の小学生相手によくキャッチボールやサッカーをしている。面倒見がいい性格とも言えるが、I家への出入りも無遠慮のままだった。成長するにつれ、しだいに姿を見せなくなっていく他の遊び仲間とそこが違っていた。

 6月、Aは親を通じて担任に「学校を辞めたい」と伝えた。その後、6月25日から1週間つづけてAは学校を休みだし、この間に担任が4度も自宅を訪れている。最後の訪問となった7月20日にはAは「もう少しがんばってみる」と担任に話し、そのまま夏休みを迎えた。1学期の欠席日数は16日に及んだ。

 Aが欠席がちになってゆくのと期を同じくして、都原集落では女性の下着が盗まれる事件が相次いだ。被害に遭う家は決まって2件。Iさんの家と、Aと顔見知りだった女子中学生のいる家だった。

 7月末、女子中学生の家に侵入し、彼女の部屋で下着を10枚ほど切り裂いて放置している。下着の盗難には目をつぶっていた女子中学生の両親も被害届を出す。後にわかることだが、Aはこの部屋に出入りするための合鍵を盗んで所持していた。

一方のIさん家でも繰り返し下着が消える。すぐ前の道路周辺に盗難物やポルノ雑誌が撒かれていることもあった。このことにより、Iさん方では夜間厳重に戸締りをするようになった。

 8月初め、Iさん方の侵入口にしていた風呂場の戸締りを防ぐために、Aは深夜窓に障害物をしかけ、締まりきらないようにしようと企むが、この時Iさんに顔を見られて、使っていた脚立を置いて、一目散に逃げた。

 8月上旬、再び女子中学生宅に侵入。たんすの中にあった女子生徒や母親の下着を取り出し、刃物で切り裂いた。下着は室内に放置したまま、逃走した。もうこの頃には、都原集落においてAの下着盗難とポルノ雑誌の放置が公然の噂となっていた。それでも昔ながらの家族的な雰囲気を残すこの集落ではこれまでと変わりなく、この孤独な少年と接した。

 ある日、20代の男性が、仕事途中に集落内の道路下で座りこんでいるAを見かけている。片手に子猫を持って、用水路の水につけているので男性が声をかけると、Aはつまらなそうに猫を放した。弱りきってぶるぶる震える猫が逃げ出そうとするのを、さらに追いかけようとするので「もうやめろ」と咎められると、Aは子猫を思いきり蹴飛ばした。

 8月6日ごろ、Iさんは家の風呂場にのぞきに来るAを厳重注意しにやってくる。Iさんはのぞきの証拠として、Iさん方の裏口に置き去りになった脚立の持ち主をただしている。Aの母はその場で知らぬふりで通し、一方でAを叱り飛ばした。この一件からAが挨拶しても、I家の人々はそれを返さないようになった。

 Aは新聞配達のアルバイトをまだ休まずに続けていた。配達時に近所の人に会うと、「ご苦労さん」と声をかけてくれるのだが、I家からのあいさつはIさんの警告以来、ぷっつりと途切れた。犯行数日前には、Iさんの妻・S子さん(66歳)とI家の玄関口で立ち話をしていた近所の人が、新聞をこれ見よがしに邪険に放り投げるAの態度を見て、「なんね、その態度は」と呼びとめた。Aは振りかえって憎悪にゆがんだ顔で睨んでいたと言う。その頃、危機感を募らせたIさんが逆に少年を激しく睨みつけるという場面もあったようだ。

 新聞配達を終えると、集会場前の夏休みのラジオ体操をする5、6人の小学生に混じるのが日課だった。ラジオ体操に参加するというのでもなく、ベンチに座って眺めているだけだ。1度、胸ポケットから煙草を取り出そうとするのを、子供の保護者が止めた。
「たばこを喫むなとは言わんけど、小さい子供がいるここではいかんよね」
 そう言われたAはコクンとうなずき、ふてくされるでもなく煙草をしまうと、翌日からは煙草を取り出そうとしていない。

 8月13日、IさんはA宅を訪れ、応対した母親に対し、再びのぞきの件を注意した。2度目の警告はさらに手厳しかったと思われる。

 このあとAは、父に工具の片付けを頼まれて偶然入った自宅倉庫で、兄のサバイバルナイフ(刃渡り11cm)を見つける。Aは部屋にナイフと砥石を持ち込んで研ぎ、畳や柱を試し切りした。
「この時、人を殺す不安や迷いがなくなった」
 後の取調べでAはそう供述している。

 夜になると「I家暗殺計画」と題されたノートに簡単な覚え書きを始める。犯行の際の服装や凶器の購入を映画などの影響から構想し始めるが、「金や手間がかかりすぎる」とこれを断念し、深夜になると早々にAは行動をうつし始める。部屋でCDを聴き、マンガ本を読みながら過ごし、14日午前1時ごろに自宅を出てIさん宅へ向かった。

出典:大分・一家6人殺傷事件

	

殺害

I家の農機小屋で待機していたAは、家の電気が消え、時計を見て午前2時になったのを確認してから、外にあったI家の脚立を使い、風呂場の窓を金づちで一気に割って侵入した。

 I家は老夫婦が寝る母屋と、娘一家4人が住む離れがあり、家の中の階段で繋がっている。

 母家からの階段をかけ昇ったAは、まず長男J君をサバイバルナイフでメッタ刺しで切りつける。その後、次々と家人を切りつけ、帰り際に逃げおおせた次男(11歳)を見つけ胸を一刺するが、次男は一命を取り留めることができた。
 事件現場となった室内は鮮血で染まり、ガラスが砕け、家財道具が散乱していた。S子さん、T子さん(41歳)、J君の3人は即死だった。

 一旦、自宅に戻ったAは倉庫から油の入ったタンクを持ち出してI家に戻り、外から油をまき、火をつけて再び自宅に戻っていった。I家では背中を切りつけられた長女が警察に通報していた。

 事件当日の早朝、自宅を訪れた捜査員に対し、Aは「家におったよ」と話した。しかし、三重署に向かう車の中で「犯人は僕です」とあっさり犯行を認めている。午前6時、殺人と殺人容疑で緊急逮捕された。

出典:大分・一家6人殺傷事件

	

Aは倉庫から油の入ったタンクを持ち出してI家に戻り、外から油をまき、火をつけて再び自宅に戻っていった。

寝込みを襲われ、3人死亡、1人重体、1人重傷、1人軽傷。

動機

犯行のトリガーとなったのは、事件の1週間前に岩崎萬正さんがAの両親に「Aが家の風呂を覗いているようだ」と注意したのがきっかけだった。この時は、Aは両親に「絶対にしていない」と否定したが、実はAは以前から岩崎宅に侵入し女性の下着を盗んでいた。事件の前日、再び岩崎萬正さんがA宅に訪問したため、Aは「完全にバレる」と思い込み、「こうなったら岩崎家全員を殺してしまおう」と計画する。

午前12時頃、自宅からサバイバルナイフを持参して岩崎宅に着いたAは全員が寝静まるのを待って午前1時頃、風呂場の窓を割り侵入。サバイバルナイフで就寝中の6人に次々と刺した。
Aは事情聴取や家裁でも犯行の状況を淡々と供述したという。Aは少年法により家庭裁判所の判定で少年院送致となった。

出典:

	

事件の背景

事件が発生した集落は戸数が比較的少ない、のどかな集落(農村地帯)である。

被害者宅と加害者宅は隣家同士で、少年も含め親しい付き合いをしていた。

加害者は残虐なビデオやゲーム等を好んでいた。このため、このような残虐なビデオ等を楽しむことによる「現実感の喪失」が事件の原因と評価する向きもある。しかしその一方で、こうした残虐なゲーム等のみで事件の原因と断定するのは単なるこじつけであって、むしろ、一般的な少年にはこのような事件を防止する良い効果があるとの反論も多い。

被害者宅の女子高生に交際をせまっていたとの証言。弁護士は否定。

出典:大分一家6人殺傷事件 - Wikipedia

	

少年院送致

Aは事情聴取や家裁でも犯行の状況を淡々と供述したという。Aは少年法により家庭裁判所の判定で少年院送致となった。

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