サレジオ高校首切り殺人事件とは
高校生首切り殺人事件(サレジオ高校首切り殺人事件)
1969年に起きたサレジオ高校の生徒達によるいじめ殺人事件。神戸児童殺傷事件などと共に、悲惨な少年事件として非常に有名。
事件の概要
サレジオ高等学校に通っていた男子生徒Aは、中学時代から男子生徒Bに馬鹿にされたり、いじめられたりすることがあった(一方、フリージャーナリストの奥野修司は自著等において、いじめについてはあくまでA自身が動機として語った事に過ぎず、当時の同級生への聞き取りの結果、いじめの存在は認められなかったと主張している)。事件当日、AはBに辞書を取り上げられ、その中に毛虫をはさまれていた。その日の放課後、AはBと一緒に山へ行き、2日前に盗んだ登山ナイフを見せたが、Bはナイフに驚かず「お前の顔は豚に似ているな」と言った。その後、Aは今までに受けたいじめを思い出して憎らしさが込み上げ、Bをナイフで刺した。Bが倒れた後、仕返しを恐れたAは無我夢中でBの首を切断した。
Aは自分のやったことが怖くなって、自身の左肩をナイフで二回切って襲われたかのように偽装し、凶器のナイフは現場近くの土の中に埋めて隠した。そして車で通りかかった人に、3人の不良に襲われて友達が殺されたと嘘をついた。二日後の4月25日にAは警察署で取り調べを受けたが、巡査部長らに「これまでの供述は矛盾だらけだ。本当のことを言いなさい。」と言われ、午後6時15分にBの殺害を自供した。
Aは初等少年院を出所したのち、進学して大学院を修了し弁護士となった。一方、遺族は家庭崩壊寸前の状態に陥っていた。Aの父親は、Bの遺族に対し和解金計720万円を毎月2万円ずつ支払うとの示談書を交わしていたが、40万円ほどを払って以降は支払いを滞らせ、1998年に死亡した際には680万円が未払いのままであった。
2006年、事件を取材した奥野は著書『心にナイフをしのばせて』を出版し、ノンフィクションとしては異例の8万部を超える売上となった。一方、Aは個人情報がインターネット上で流出するなどの被害を受けた。Aは同年10月に遺族へ謝罪の手紙を送り、残された和解金を支払う意思があることを伝えている。手紙には、遺族に面会して直接詫びたい旨が書かれていたという。しかしその後Aは弁護士を廃業し、Aからの連絡は途絶えた。
サレジオ学院中学校・高等学校
1960年東京都目黒区碑文谷に創立。現在は横浜市に位置する。サレジオ会創立者ヨハネ・ボスコの『信』・『愛』・『理』を根本とする理念に基づき、国際的視野に立つ人間、社会への奉仕を実践できる人間を目指した教育を行っている。生徒数は一学年約170名。校地は48,000平方メートルの広さに及ぶ。
『心にナイフをしのばせて』
28年後の1997年、「酒鬼薔薇」事件が起こる。ジャーナリストの奥野修司は神戸家庭裁判所の調査員が「酒鬼薔薇」少年の事件を調べるために、二十八年前の事件を参考にしている
という噂を耳にし、その「二十八年前の事件」、このサレジオ高校の事件につきあたる。奥野は取材の結果を「文芸春秋」1997年12月号に掲載。その数年後、奥野は被害者の母と妹へのたんねんなインタビューを重ねて『心にナイフをしのばせて』を書きあげ、2006年8月に文藝春秋から出版する。
『心にナイフをしのばせて』は、事件後被害者遺族がどれほどの苦しみを味わってきたかをその母と妹の一人称語りで描いて、その意味では圧巻である。だが奥野は同時に、犯人少年Aのその後を追い、
一人の命を奪った少年が、国家から無償の教育を受け、少年院を退院したあとも最高学府にはいって人もうらやむ弁護士になった
ことを「つきとめ」、その「事実」を被害者遺族である母娘に告げてしまう。それまで、塗炭の苦しみの果てになんとか心の平安をとりもどしていたかに見えた母娘は、てっきり不幸な人生を送っていると思い込んでいた少年Aが弁護士になっていたと知り、新たな苦しみに襲われる。
少年犯罪データベース主宰の管賀江留郎は奥野の著書について、少年に対するいじめが存在しなかったかのように記述するなど精神鑑定書の引用方法が恣意的かつ悪質であり、「鑑定書の一部だけを引用することによって少年を怪物に見せようとする意図があるのではないか」とした上で、「一方の側に立って精神鑑定書の都合のいいところだけを出すようなやり方で」刑期を終えて以降罪を犯していない個人を糾弾すべきではないと批判している。
高校生首切り殺人事件 精神鑑定書
以下は高校生首切り殺人事件の被疑者少年と鑑定人との対話部分の全文です。鑑定人の註釈のうち必要ないと判断した箇所は略していますが、対話部分は原文のままです。ただし、人名は伏せ字が不完全なので完全に伏せて註釈を付けました。
最高裁判所事務総局家庭局『家庭裁判月報』 昭和45年7月号(第22巻7号)を元にしています。
これは裁判手続きのために裁判所命令で作成された鑑定書であり、また裁判所の編集物として一般に公開されたものです
鑑定主文
昭和四十四年五月三十一日、わたくしたちは横浜家庭裁判所裁判官判事新川吹雄より、殺人および窃盗の被疑少年に関し、左記事項の鑑定を命ぜられた。鑑定事項
一、少年の性格と本件非行との関連、特に非行時の精神状態
二、少年処遇上の考慮事項
よって鑑定人は同日より精神鑑定に従事した。鑑定人は聖路加国際病院神経科医長土居健郎、東京大学医学部附属病院精神医学教室助手石川義博、東京医料歯科大学総合法医研究施設助手福島章の三名である。わたくしたちは、鑑定に必要な資料をうるため本件に関連する一件記録および少年調査記録を詳細に閲読し、また(引用者註・住所略)医療法人社団一陽会陽和病院に昭和四十四年六月十三日より同年九月一日までの八十一日間入院せしめて少年の精神、身体を精査した。さらに少年の父、母らに面接してその陳述と所見を参考とし、本鑑定書を作成した。
(編中略)
第四章 本件犯行時の精神状態
本件犯行直前、本件犯行時、犯行後における少年の精神状態を、問診を中心として以下に記載する。
第一節 本件犯行直前の精神状態
(イ)OOOO高校学修寮へ入寮前後〈寮へ入ったのはいつか〉
四月八日です。
〈そのころ調子が悪かったのか〉
ええ、よく眠れなかった。
〈十一時ごろまで勉強するそうだね〉
ええ。
〈寮は親の希望か、君の希望か〉
両方です。(実は少年は都立高校を希望したが、親は反対でOOOO高校入学。また少年が納得しないのに親が入れたという。)
〈入寮しない方がよいと思ったのか〉
考えたことはあります。
〈どういうところがいやだったのか〉
自分の考えに合わせられないから。
〈自由がないということか〉
ええ。
〈家には何回位帰れるのか〉
月一度、理由がなければ。
〈きびしいね〉
ええ、そうです。
〈中学は家から通ったのか〉
ええ、そうです。
〈寮のなれない生活でムシャクシャしていたのか〉
そうでもない……でもいらいらしていた。
〈舎監の先生はいたのか〉
ええ。
〈何の先生か〉
英語。
〈日本人か〉
ええ、そうです。
〈寮の生活は、何時に起きるの〉
六時におきて、洗面、ラジオ体操してから自習、それから朝食をすませて登校する。
〈授業は午後何時までか〉
二時半か三時。
〈それからどうするの〉
大部分の人は寮に帰る。自習、おやつ、自習、十一時まで。
〈ラジオやテレビの時間は〉
その時間はありません。
〈きびしいね〉
……ええ。
〈学生は文句をいわないの〉
ええ、いいません。
〈上級生が下級生をいじめることはないか〉
ありません。
〈寮から家に帰ったのは〉
四月十三日。
〈その後は〉
帰っていません。
〈家に帰りたかったが、こんなことではいけないと自分で自分を励ましていたということだね〉
ええ。……勉強の予定が進まないので。
〈がまんするたちか〉
がまんというより……あの時はがまんするより仕方がなかった。
〈がまんしてえらくなろうとしたのか〉
見通しはなかった。何しろ勉強しないと大変なことになると知らされていたから。
ナイフ窃盗について
〈ナイフはいつ買ったのか〉
買ったのではない、盗品です。
〈それはどういうことか〉
B君(引用者註・被害者とは別の友人)と町へ出かけて食堂のロッカーにつける鍵を探していたのです、あれは日曜日(実は四月○○日、月曜日)だったと思う、金物屋で鍵を探したが、店には誰もいなかったのです。それで……いろいろ見ているうちにナイフがあり、持って来ても分らないと思い、持って来てしまった。
〈欲しかったのか〉
欲しいわけではない。
〈B君もとったのか〉
そうじゃないです。……ええ……彼は知っていたかどうかも分らない。
〈他に盗ったことあるのか〉
ない。
〈盗ったことのない人がどうしてとる気になったのだろうね〉
……そういうような……
〈鍵は〉
とらなかった。
〈ナイフは一本も持っていなかったのか〉
ええ。
〈買いたいと思ったことは〉
ない……時たまある。
〈親に禁じられていたのか〉
いいえ。
〈ナイフはどれくらいの大きさか〉
忘れた。
〈ポケットに入れると分からないくらいか〉
ええ。
〈とってどんな気がしたか〉
……
〈悪いことをしたとは〉
悪いと思わなかった。
〈以前、中学二年のころ、○○○君(引用者註・被害者)にナイフを見せてもらったことがあるそうだね〉
ええ。一緒に山に登ったとき。
〈彼のナイフはとったものか〉
それは分からない。ただ前に○○○君が盗んだことがあるという話は何度か聞いたことがある。
以上の問診から判断するかぎり、少年がナイフを盗んだことは、隅々金物店の店員がいなかったための出来心ということになる。しかし、入寮後の少年の気持ちを考え、はたまた(引用者註・犯人の兄弟のことが書かれているが略)を考え合わせるとき、窃盗には重大な意味がひそんでいると考えられる。おそらく不自由でうるおいの乏しい寮で生活している少年の愛情欲求の代償行為として、また依然としていたずらをし馬鹿にする○○○君(引用者註・被害者)に対する力のシンボルとして、の意味があったのではなかろうか。
第二節 犯行時の精神状態
〈事件が起きたの何曜日〉おぼえていません。(四月△△日、水曜日)
〈放課後か〉
ええ、遊びに行った(うつむく)。
〈○○○君(引用者註・被害者)にはよくいたずらされて、しゃくにさわっていたろう〉
ええ。
〈いつかやっつけてやろう、と思っていたの〉
いいえ。
〈どう思っていたのか〉
彼の存在がゆううつになることもあったが……うやむやになって……何となく解決していた。彼もいつもいつもいじめたわけではない。すごく友好的に出ることもある。
〈事件の日、君がさそったのか〉
あのときは……僕が誘ったというより、前に誘われていたので行ってもよいと答えた。
〈何かしようと考えていたのか〉
いいえ。
〈ナイフはいつももっていたのか〉
いいえ。
〈とすると?〉
彼に見せびらかしたかった。
〈何といった、ナイフを見せたとき〉
別に……
〈彼は馬鹿にしたのか〉
ええ、あだなを言った。「やはり豚に似ているな」と言った。僕はそのとき何も返答しなかった。いつも言われていたから、当然のことだった。
〈ナイフは彼のより君の方がよかったの〉
ええ。
〈ナイフを見せたとき、彼がどう言ってくれることを内心期待したのか〉
……(無言)
〈「お前よいのを持っているな」とでも言ってくれればよかったか〉
そうです。
〈案に相違して「やっぱりお前、豚だな」と言われちゃったのか〉
……ええ、そうです。
〈それで、君はむっときたのか〉
むっときて……
〈事件のことを聞かれると不愉快だろうね〉
ええ。
〈この前の面接では聞かなかったね〉
忘れました。
〈不愉快だろうが、大切なことだから出来るだけ答えてね〉
はい。
〈いつ○○○君を刺す気になったの〉
刺す直前の直前と思います。
〈ナイフを盗ったときは考えなかったの〉
ええ、盗れる状態だったから盗っただけです。
〈彼に見せびらかそうとは〉
思わなかった。彼のことも思わなかった。
〈彼にどういってナイフを見せたのか〉
一寸、忘れました。
〈見せてしばらくして刺したのか〉
ずっとあと、五・六分、七・八分あと。
〈豚だな、といわれたときか〉
やっつけようとは思わなかった。
〈どういう風にして刺そうと思ったのだろう〉
分りません。
〈気がついていたら刺していたのか〉
ええ、むしろそうです。いろいろのことを思っていた。いろんなことを、いろんなことを思っていた。彼のこと。
〈どういうことを〉
はじめ「豚だな」といわれ、ムッとして黙って答えなかった。五分位彼はぶつぶつ言っていた。僕はしらじらしいと思っていた。それから……ひとりで過去のこと……というか、こいつにずっとやられてきたんだな、と思ったし……時たま思うことがある……相当ドキドキしていた。
〈腹が立ってきたか〉
腹は立っていた。
〈彼はよくいたずらしたのか、仕返しは〉
中学一年のときは仕返ししたが、中学二年からはしなかった。
〈どうして〉
ばかばかしくなったから。絶対に暴力はふるわないことにした。担任にも注意されたことがあるし……
〈君だけ〉
ええ、通信簿にも乱暴だと書かれたので。
〈そういう風におとなしくしていると、彼はもっといたずらをしたのか〉
ええ、僕は彼を避けていた。解決策を考えていた。彼にいたずらを止めるように話し合おうとも思ったし……こちらも暴力でやり返そうと思ったこともある。けんかして取組みあいしたこともある。相手は始終なぐりしつこい。暴力はいやだ。がまんして避けるようにしていた。
〈けんかすると彼の方が強いか〉
そんなことはない、互角です。
〈彼はなぜ君に意地悪したのか〉
僕だけではない。おとなしい人にやる。
〈君はおとなしかったのか〉
さけるようにしていたから。取られた物を取り返す位で殴り返したりしなかったからしつこくしてきた。
〈事件の時はどうして一緒に行ったのか〉
彼が友好的に出てくると許しちゃう。彼と帰る方向が一緒なので「帰ろう」といわれると「白々しい」と思っても一緒に帰ることがよくあった。
〈いやだいやだと思いながら一番親しかったのか〉
そんなことはない。
〈仲良くしたい気持もあったのか〉
別に魅かれたことはない。
〈彼が男らしいとか〉
そんなことは思わない。
〈○○○君が意地悪することを先生や親に話したのか〉
言わなかった。見っともないと思っていたので。
〈弱虫のようで〉
そうです。
〈じっとがまんしていたのか〉
ええ、うやむやになっていたが、別の友人もいたし一部にすぎなかった。だから避けていた。
〈うやむやにして友好的にしないとこいつは何するか分らないと思ったのか〉
ええ……しつこく向うから山や映画に誘うので、断わりきれない。そういうときは意地悪をしないし、仲を裂くことはしたくなかった。
〈とくに君にだけ意地悪したみたいだ〉
そうです。とくに僕に。
〈どう考えたのか〉
うやむやにして許していたので。
〈言い返さないのか〉
「お前なんか相手にしない」と言ってやっても彼はけんかを売ってくる。彼は「お前は何もやり返さない」と言う。
〈我慢強いね〉
……うやむやになっていた。
〈父や母に言いつけなかったのは、弱虫と思われるといやだったからか〉
それ位のことが処理できないのが口惜しかった。自分をだめな人間と思いたくなかった。
〈じっとこらえていたのか〉
そういうことです。
〈爆発して事件を起こしたのか〉
そういう感じでもないが、強いていえばそういうことです。
〈発作的にやったの〉
ええ。
〈殺そうという気は〉
刺したところを見て……はじめから刺してどうこうという思いはなかった。
〈事件のことは全部おぼえているか〉
ええ、大体全部おぼえている。
〈仕返しだよね、我慢に我慢を重ねて……〉
そういう意識はなかった。
〈じゃ、何だろう〉
……
〈遊び半分か〉
そうじゃない。
〈どういったらよいだろう〉
……爆発……
〈何の爆発だろう〉
……(二・三分沈黙)はっきり口でいえない。
〈彼は声を出したか〉
おぼえていない。
〈「痛い」とか「何するんだ」とか〉
たしかに一度だけ……痛い……と言ったかもしれないと供述したことがある。
〈彼の顔は浮かばないか〉
ええ。
〈刺して後は夢中だったか〉
ええ。
〈首を切断したのはどうしてか〉
(三十秒沈黙)あと、ある程度時間たって相当無我夢中で刺した。
〈それはおぼえているのか〉
ええ。
〈死んだということは分ったか〉
そういう意識はなかった。
〈首を切断したのは〉
彼が起きてきてこっちがやられるのではないかとこわかったから。けんかでせきを切って殴り始めたら止められなくなるでしょう。それを……
〈刺して茫然としたか〉
いや。
〈じっと見ていたのか〉
……
〈刺してから首を切るまでの間に時間があるわけだね〉
ええ、ちょん切ろうとは考えていなかった。
〈怖しくてやったのか、またやられないかと〉
そういうこともある。
〈憎らしくてたまらなくなったのか〉
……ある程度、機械的に。
〈やっている間は残酷なことをしたとは思わなかったのか〉
今ならおきる。
〈首切るのは力がいるだろう〉
……
〈夢中でやったのか〉
そうとしか言いようがない。
〈それからどうしたのか〉
……それから茫然としちゃった。
〈それから〉
理性的にある程度考えられるようになった後で、大変なことをやった、と思った。
〈それで〉
しばらくして血やなんかぬぐって……それで僕がやったことが怖くなった。
〈それから〉
離れて……ナイフで左肩を切った。(見せてもらう。左肩二カ所、長さ四cmと三cmの切創痕)
〈自分に傷つけてそれで〉
……何しろこわくて逃げ出した。ナイフをどうしようかと考えて、柔らかいので土に埋めて学校へ行った。
〈何って知らせたのか〉
やられたって……
〈こわいというのは犯罪者として警察に引っ張られることか〉
そんな……そんなひどいことをしたことがこわかった。
〈君は犯罪をどう説明したいか〉
僕の性格です。……軽卒さです……自制心のないことです。
〈それは前から思っていたか〉
思っていなかった。あえていわれればそういうまでです。なぜやったのか、うまく口で言えない。
〈悪夢のようか〉
ある意味ではそうです。
〈どういうことか〉
ふだんの僕ならもっとよく考えてやります。
〈するはずがないか〉
いえ、そうはいえない。もっと考えたと思う。
〈「魔がさす」という言葉があるだろう、悪魔がとりついたようにとんでもないことをした感じか〉
百%ありえない。一般の場合でも、一切は過去の人間に関連して生じるのだから。
〈君の犯罪をこう考えることもできる。彼とけんかができていればこういうことにならないといえないか。がまんしすぎていたといえないか〉
いえます。
〈それは親や学校のいいつけか〉
それだけではない。自分の考えもそうだ。
〈がまんしたのはそれがよいからか〉
よいことだから。
〈けんかできない弱虫だからか〉
そうはいえない。腕力は弱くないから。
〈がまんしたのが悪かったといえるか〉
ええ。
〈父のせいではないか〉
ちがいます。
〈父は「がまんせよ」という人だろう〉
そうです。
〈その点では父のいいつけをよく守ったといえるか〉
まあそうです。
第三節 犯行後の言動について
事件の日の晩は眠れたか〉眠れた。
〈二日目は〉
OOの叔父の家、眠れた。
〈事件直後どういう気持だったか〉
……
〈新聞によると「おそわれた」と言ったのだね〉
名前を出されるのがこわかったから。何しろこわかった。
〈それは当然だが、分らなければよいと思ったのか〉
いいえ、……まあ、そうです。
〈罪をしょいたくなかったのか〉
……すべての要求が含まれて。
〈かくせると思ったか〉
かくせると思ったとか……そんなことより……二日目はちゃんと考えられるようになった。これは絶対に判ると思った。
〈何日目に自白する気になったのか〉
三日目位に……誰かに言おうと思った。
〈言いたくなったのか〉
……
〈自白してどんな気持だったか〉
すつきりした……しかし今度は……打算的な意味で……大変なことを……
〈父に会ったの事件後何日目か〉
おぼえていない。自白する前だった。
〈父に言ったことばは〉
おぼえていない。
〈その時父に「これまでお父さんのいいつけにそむいたことはなかったですね」と念を押したそうだね〉
ええ。
〈どういう気持ちだったのか〉
よくおぼえていない。
〈今度は失敗したということか〉
伝えようとした(涙ぐむ)……(紅潮してうつむく)……今まで間違ったことをしなかった。それなのにこういうことが起きた。どうしようもない気持だった(涙)。
少年のこのことばを父は、「これまで懸命に親の期待に反しないように努力してきた。たまたまあの事件は突発的に起きたので自分でも理解できない。意識的には親の意にさからうことをしたくもなかったし、しなかったんだ。あの犯罪だけで自分が親に反抗的と見られたくない、ということだと思う」と説明している。また父は、「あのこと自体は見えない特殊な力で起きたことだーーつまり祖父が金融業をやっていたのでその崇りが孫に来るといったような、だから私は金貸しと警察官にはなりたくないと思っていたーーだからこれまでの少年の努力は認めてやりたい。祖父は樺太・北海道で土建業……タコ部屋……仕事の上で祖父のやったことが孫に影響したと思う」と、祖父の業の崇りであると迷信的な力を信じている。
〈何かしていてハッと我に返り、「俺は何をしていたんだろう」ということがこれまであったことがあるか〉
ちょっとしたことはある。
〈入院後は〉
読書中、頭の中で情景を描きながら読むとか……機械的に目が活字を追っていたとか。
〈それは誰でもよくあることだね〉
その間、他のことをぼんやり考えていることがある。
〈ハッと気づいたことは〉
それはない。
〈けんかしていて腕を折ったことは〉
あれはふざけていて。
〈あれと今度とはちがうのか〉
全然、違うのです。
〈事件後大きな気持になったか〉
事件をプラスに生かして絶望的になるまいと考えた。
〈○○○君をやっつけて気分が晴々して、気が大きくなったと思った。ちがうかい?〉
……それもあります。
〈今はどうか〉
……今っていうか……今もそういう……
〈勝利の惑じは〉
それはない。
〈事件後しばらくは?〉
……一般に認められれば勝利かもしれないが、そんなものではないでしょう。
〈一般が認めないのが口惜しいか〉
みとめないのが当然でしょう。(事件後鑑別所で母が会ったときは、やさしさ、柔らかさがきえ、大人っぽく意地をはり、反抗的というか、来てもらいたくないという態度を露骨に表していたという)
〈毎晩眠れるか〉
このごろは眠れる。
〈夢は〉
みない。
〈関係のあることも〉
ええ。
〈元来夢は見ない方か〉
ええ、そうです。
〈食欲は〉
全部食べられる。
〈父に対してどんな気持か〉
……複雑な気持です。申訳ないという要素もある。
〈それから〉
父は自分のことのように考えることが分っているから。申訳ない。
〈父は自分のことのように考える。それは父に責任があるからか〉
言いたくないです。分りません。
〈あるかもしれぬ、ないかもしれぬ〉
分らない。
〈少し考えたことはあるね〉
少しは考えたことがある。
〈いやかもしれぬが考えたことを言ってくれ、父の責任をどう思うか〉
父には責任はないと思う。僕のことをすべて分るわけがない。人として出来る範囲のこととして考えると、父は出来るだけ与えてくれた。それ以上のことは出来なかったろう。
〈母に対しては〉
同じです。
〈もし○○○君(引用者註・被害者)がこうしなければこうはならなかったのに、と思うか〉
……当然あります。彼の責任ということは考えなかったが。
犯行について問われることは少年にとってきわめて辛いことが、態度によく現われていた。問診に心から協力的とはいえないにせよ、全体としてきわめて率直に話した。○○○君(引用者註・被害者)との関係、彼に対する気持、犯行直前に「やはり豚だな」と馬鹿にされたこと、その時心の中に出来た劣等感、ナイフで刺して首を切断したこと、怖くなって逃げ出したこと、犯行後の気持などを、ちゅうちょしながらも隠すことなく正直に述べた。また悪魔つきの例外状態や両親のせいなどにしない態度が印象的であった。犯行前後の精神状態に特に異常と思われるところはなく、意識も清明であった。
第五章以下の鑑定人考察などは略
出所したのち弁護士へ
Aは初等少年院を出所したのち、進学して大学院を修了し弁護士となった。一方、遺族は家庭崩壊寸前の状態に陥っていた。Aの父親は、Bの遺族に対し和解金計720万円を毎月2万円ずつ支払うとの示談書を交わしていたが、40万円ほどを払って以降は支払いを滞らせ、1998年に死亡した際には680万円が未払いのままであった。
オススメのまとめ
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