恋愛/夫婦の感動する話 泣ける話 実話

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恋愛の感動する話(泣ける話)を紹介します。

付き合っている彼氏や彼女の話や、夫婦の話など様々です。


これを読むと、今のパートナーをもっと大事にしようと思えるかもしれません。

彼女とのお別れ

いっぱいの幸せをありがとう。


私は幸せ者だ。


だって最期にあなたの顔を見れたから。


これも日頃のなんとやろなのかな?


病室のベッドで手を握りながら彼女は言う。


最期ってなんだよ。


お前は死なない、そうだろ?


泣きながら返す僕を見て笑いながら


○○前言ってたよね?


私が先に死んだら俺も後追うよって。


震えた声で彼女が言う。


あぁ、すぐに行くから先行って待っててな!


俺は本気で返した。


彼女がいない世界なんてきっと色のない世界と同じだと思うから。


ありがとう。


でも、絶対に来ないで。


その言葉が聞けただけで私は満足だよ。


あぁ、幸せだなぁ。


いい?


あなたは絶対に違う人を見つけて幸せになってね?


私の事は忘れて下さい。


大好きなあなたの足枷にはなりたくないの。


絶対に私の後を追わないで!!


約束しないと化けて出ちゃうよ?(笑)


返事が出来なかった。


ここで返事したら彼女がもうすぐ死ぬ事を


認めてしまうようで怖かった。


頭では理解してるつもりだが本当に認めたくなかったのだ。


ゆーびきーりげーんまんうーそついたら…


そうかすれた声でいいながら彼女は天国へ旅立ちました


あれから2年


好きな人は出来ないや。


だってお前じゃなきゃ意味ないもん。


お前とじゃなきゃ楽しくないもん。


でもな、後を追おうと思ったけど


約束守って追わなかったよ。


俺まで死んだらお前との思い出が


この世界から消えてしまうから。


辛いよ、毎日本当に辛いよ。


いつかは俺もそちらに行きます。


その時はいっぱいいっぱい話しようね?


いっぱいいっぱい抱きしめて


いっぱいいっぱい頭なでて


いっぱいいっぱいキスをしよう。


幸せをありがとう。


あとすこし頑張って這いつくばってでも、


生きてみます。

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心臓外科医になったのは

もう2年も前の話になる。


その頃俺は医学生だった。彼女もいた。


世の中にこれ以上いい女はいないと

思うくらいの女だった。


しかし、彼女は若いのにもかかわらず、突如として静脈血栓塞栓症でこの世を去った。


その時の自分はたぶん

相当精神不安定に陥っていたと思う。


葬式のとき、彼女の母親が俺にこう告げた。


「あの子、亡くなる直前にあなた宛てにこんな言葉を言ったわ・・・」


『○○君は易しいね。私が死んだら相当落ち込むかもしれないけど、落ち込んじゃだめだよ。ずっと一緒なんだから。私のような人をたくさん救ってね』と。


そしてそのまま眠るように亡くなったらしい。


その彼女の言葉を聞いた俺は、涙が溢れ出してきた。

今までにない量だった。


彼女の最後の言葉に俺のことで、つまり俺のことが一番大切にしてくれたなんて思うとよけいに溢れてきた。


俺はその時、亡き彼女に誓った。

お前の命は絶対に無駄にしない!と。


そして今現在、俺は心臓外科医をやっている。

もうあんな悲しい結末は経験したくないからでもあり、彼女に誓ったからでもある。


時々彼女は、俺の夢の中に出てきて

とびっきりの笑顔をみせてくれる。


その最高の笑顔は、俺の活躍を祝福してくれる。

そして俺を立派な医師になるための道に導いてくれるのだ。

出典:

	

彼への手紙

24歳のとき、私は、人生のどん底にいました


6年付き合って婚約までした彼には、私の高校時代の友人と駆け落ちされ、父親が死に後を追うように、母も自殺

葬式やらなんやらで会社を休んでいる間に、私の仕事は後輩に回り、残された仕事はお茶汲みと資料整理


そしてついに彼に逃げられたことが会社に広まり、私は笑い者でした


もういっそ死んでしまおう

そう思ってからは早かった


アパートに帰り、元彼のネクタイで首吊りようの縄を作り

人生が嫌になったので自殺しますと遺書を残し首に縄をかけました


あぁ、終わる

私の人生はなんだったんだろう


でも、立っていた椅子を倒そうとしたときでした


ガチャッ


アパートの扉が開き、知らない男の人と目が合いました

その時の私は相当間抜けだったとおもいます


でも、その男の人も間抜けな顔をしてこの状況に困惑していました

「お、降りてください!!」

でもすぐにその人は靴も脱がずに部屋に上がってきました


私を抱き上げ縄を外すと私をジッと見つめました

「部屋を間違いました」

それだけ言うとその人は静かに部屋から出て行きました


私は突然のことに脱力し、そのまま眠りにつきました


次の日いつも通りに仕事に行き、いつも通りに雑用を任され、いつも通りの時間が過ぎていきました

ですが、いつも通りではないことが一つ


私の部屋の前に、誰か立っているのです

それが誰なのかはすぐに分かりました


その人は私を見ると軽く頭を下げて私の元にも歩いてきました


「昨日はすいませんでした、僕の部屋はあなたの上の階なのですが、昨日は酔っていてなにかお詫びがしたいです、お暇ですか?」

その人は優しく素直な人でした


私と同い年だったこともあり、いくつかの飲み屋をはしごするうちに打ち解けていきました

初対面のはずが、会話が途切れないのです


5軒目を出たときには、2人とも真っ赤な顔をしてフラフラしていました


駅前のベンチに2人で座り、また他愛もないことを話しだします

「君といると楽しいよ」

「私も楽しい」

「だから、死なないで」

彼の声は真剣でした


色々な話をしましたが、私が自殺しようとしたことについて

彼が何か言ったのはこれが初めてでした


「もう分からない、私が生きている意味も、何のために生きていけばいいのかも」


婚約者のこと、両親のこと、会社のこと

私が話している間、彼は黙って聞いていました


私が涙で言葉を詰まらせると、彼は優しく背中を撫でてくれました

「なら、僕のために生きてください 僕はあなたのために生きていきます」


今考えてると、こんなことを言ってしまう彼も、大泣きしながら頷いた私も、酔っていたのです


普通なら、初対面の女にこんなことは言わないし、私だって初対面の男の言葉を信じるはずがありません

でも彼は、私を幸せにしてくれました


どちらも一人暮らしだったため、夕飯はどちらかの部屋で食べるようになりました

私は料理が得意ではありませんでしたが、彼の料理は絶品でした



そして半年が経ち、私の誕生日がやってきました

仕事から帰ると、あの日のように彼が部屋の前に立っているのです


「おめでとう、一足先におばさんだね」

彼はそう笑いながら、大きな花束をくれました


その日を境に、正式に付き合い始めました

私の部屋を解約して、彼の部屋で一緒に暮らし始め、私は彼に甘えて仕事を辞めました


それからは、掃除と洗濯と料理、毎朝の彼のお弁当作りが私の仕事になりました


そしてまたその半年後、仕事から帰ってきた彼が100点の答案用紙を見せるようなキラキラした目で


「貰ってきちゃった」

と、婚姻届を私に見せてきました


一週間後には、彼のご両親に、挨拶に行きました


お義母さんもお義父さんも、とてもいい人たちでした


結婚の挨拶に行くと、彼から聞いていたのか、色々大変だったわねと涙を流してくれ、息子をお願いしますと深々と頭を下げられました


本当に暖かく、私を娘のように可愛がってくれました


新しい両親ができ、幸せになれた


私は婚姻届にサインしながら彼に聞きました

「私もあなたを幸せにしたい あなたの為ならなんでもするから、なにか恩返しをさせて?」


彼は少し考えたあと、優しく笑いながら言いました


「僕より先に死なないで」


結婚式は挙げませんでした

相変わらずずっと狭いアパートで二人暮らしです


私は子供が出来ませんでした

私は彼にも、両親にも子供の顔を見せることが出来ず、悔しかった


しかし、誰も私を責めませんでした


私はいつのまにか、優しい人に囲まれていました


幸せで、本当に幸せで、 気がつくと、彼と出会って10年が経っていました


私はだめな嫁でした

上達しない料理とお弁当を毎日食べさせ

結局子供も出来ず、彼に甘えてばかりでした


しかし彼は、私の料理を残さず食べてくれ、いつもありがとうと言ってくれました

誕生日の花束も忘れたときはありません


私を気遣い、休日は彼が家事をしてくれました

私は幸せでした


私は今、病院のベッドの上にいます

先月癌が見つかりましたが、発見が遅く、良くて1年だろうと言われました


彼は毎日見舞いに来て、私の手を握ってくれます

一度死のうとした私への罰でしょうか

まだまだ彼といたいのに、 私は彼より先に死んでしまうのです


幸せにしたいと言ったのに、 そんな簡単な約束も守れないのです

本当に私はだめな嫁ですね


優しい彼を毎日泣かせてしまうなんて

長々とすいませんでした


休み休み書いていたら、こんなに長くなってしまいました

最後にもう少しだけ


さくらです

優、あなたに出会えて、あなたの家族になれて幸せです

私を見つけてくれてありがとう


優の優しさが、私を救ってくれました

約束、守れなくてごめんなさい


先に向こうで待ってるね

優はおじいちゃんになってから、来てください


愛しています

いつかあなたの元に届くことを祈って

出典:

	

亡くなった妻からの手紙

嫁が激しい闘病生活の末、若くして亡くなって五年後、こんな手紙が届いた。

どうやら死期が迫ったころ、未来の俺に向けて書いたものみたいだ。

以下全文

Dear 未来の○○

元気ですか?大好きな仕事はうまくいってますか?きっと○○だもん、今ごろ凄い出世してるんだろうなあ。嬉しいぞ。

早速だけど、私はもう長くないみたい。仕事柄、なんとなく自分の体のことはわかるんだあ。薬もだいぶ変わったしね。

だから、○○に最後の手紙を書くことにしました。

もう今頃新しいかわいい奥さんが出来てるかな? (笑)

いいんだよ、私に遠慮しないで幸せになってよ。○○は誰かを幸せにできる才能を持ってる。その才能を持った責任を負わなきゃいけないんだ。

○○が幸せになるところ、きちんと見守ってるからね。私は大丈夫。向こうでイケメン見つけて恋するもんね! (笑)

そして○○は沢山子供を作ってステキな家庭を作るの。○○の子供だもん、きっとかわいいんだろうなあ~

私生まれ変われたら○○の子供になっちゃおうかな (笑)

生まれ変わりの順番待ちがあったら割り込んじゃうもんね!おばさん発想だな。

でもね、一つだけお願いがあります。

どうか私のことを忘れないで。どんなに幸せになっても、一年に何回かでいいから思い出して。

私はもうお父さんもお母さんもいないから、、○○が忘れたらもうこの世界に私はいなくなっちゃう。それだけが怖いんだ。

何回かというのはね、

付き合い始めた日、幕張のレストランに海。

一緒に行った夏の北海道、あの時くれたネックレスはずっと今でもつけてるよ。お棺にいれないでね、○○が持ってて。

○○が初めて試合でレギュラーになった日、関係ないとは思いきや、実は私が初めてお弁当を作った日だったのだ笑 卵焼き辛くて悪かったな

結婚記念日は○○酔いつぶれてたし、いいや (笑)

そして私の命日。多分○○のことを思いながら幸せに眠るんだろな。

この四つが私の思い出ランキングトップです!だから年四回でいいから思い出してね。お願いね。

○○が思い出してくれるとき、きっと私はその瞬間だけこの世界に生き返れるんだ。

最後までわがままだね (笑) ごめんなさい。

未来に向けて書くつもりが、なんかよくわかんなくなっちゃった。だって○○の未来は輝いてて、眩しくて、全然見えませんよ!

さて、レントゲンに呼ばれたのでこれで終わりにします。時間かけて書くと長くなりそうなので、思いつきで書いたこの手紙で一発終了。

○○、今までありがとう。悲しい思いをしてしまったらごめんなさい。

あなたと過ごした私の人生、あなたと作った私の人生。幸せ過ぎてお腹いっぱいです。もう悔いはないよ。

○○の幸せをずっとずっと見守ってます。

未来の○○の笑顔を思いながら

△△より

ps.ご飯はちゃんと食べるんだよ

最後まで注文ばっかだな全く

オレはまだ一人だよ

でも幸せだ この手紙をみて改めて実感した

オレ頑張るから、ずっと見ていてくれよ

ありがとう

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並んで歩ける幸せ

交通事故に遭って左半身に少し麻痺が残り、 日常生活困るほどではないけど、歩くとおかしいのがばれる。 


付き合い始めの頃、 それを気にして一歩下がるように歩いてた私に気付いて 手をつないで一緒に並んで歩いてくれた。


家に帰ってから訳を聞かれて

「○君に恥ずかしい思いをさせたくなかったから」

って言ったら


「どうしてそんな考え方をするんだ」

と怒られたので


「大好きだった○君と付き合えてるだけで幸せだから。私と付き合うことで○君に少しでも嫌な思いをさせたくないから」

と言ったら


泣きながら私の両手を持って、目の中を覗き込むようにして諭してくれた。


「俺はお前と付き合ってあげてるわけじゃない。 俺がお前を好きで一緒にいたい、付き合いたいと思ったから付き合ってるんだ。お前の体のことなんか、ずっと前から知ってたけど、一緒に歩いて恥ずかしいなんて一回だって思った事はないよ。お前がそんな風に考えてるのが俺は悲しい。俺に気を使わないで。自分の事を恥じないで。もっと自信をもって胸を張ってほしい。ずっと並んで歩こうよ。お前は俺の自慢の彼女なんだから」


私のことをここまで思ってくれる人には絶対会えないと思う。 すごく嬉しくて、涙が止まらなかった。


今は、どこに行くときも並んで歩いています。

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大好きな彼女に突然フラれた理由

付き合って3年の彼女に唐突に振られた。


「他に好きな男が出来たんだー、じゃーねー」


就職して2年、そろそろ結婚とかも真剣に考えてたっつーのに、目の前が真っ暗になった。


俺は本当に彼女が好きだったし、勿論浮気もしたことないし、そりゃ俺は格別イイ男って訳じゃなかったけど、彼女の事は本当に大事にしてたつもりだった。


なのに、すっげーあっさりスッパリやられた。


どーにもこーにも収まりつかなくて、電話するも着信拒否、家行ってもいつも留守、バイト先も辞めてた。


徹底的に避けられた。


もーショックですげー荒れた。仕事に打ち込みまくった。


それから半年、お陰で同期の中でダントツの出世頭になってた。


彼女の事も、少しずつ忘れ始めてた、そんなある日。

携帯に知らない番号から電話がかかってきた。


最初は悪戯とかだと思って無視ってたんだけど、何回もかかってくる。

仕方ないから出た。


別れた彼女の妹を名乗る女からだった。

その女が俺に言った。


「お姉ちゃんに会いに来てくれませんか?」


・・・彼女は白血病にかかっていて、入院していた。

ドナーがやっと見つかったものの、状態は非常に悪く、手術をしても助かる確率は五分五分だという。

入院したのは俺と別れた直後だった。


俺は、病院へ駆けつけた。

無菌室にいる彼女をガラス越しに見た瞬間、俺は周りの目を忘れて怒鳴った。


「お前、何勝手な真似してんだよっ!俺はそんなに頼りないかよっ!!」


彼女は俺の姿を見て、しばらく呆然としていた。

どうして俺がここに居るのかわからない、という顔だった。

その姿は本当に小さくて、今にも消えてしまいそうだった。


でもすぐに、彼女はハッと我に返った顔になり、険しい顔でそっぽを向いた。


俺は、その場に泣き崩れた。堪らなかった、この期に及んでまだ意地をはる彼女の心が。


愛しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。


その日から手術までの2週間、俺は毎日病院に通った。

けれど、彼女は変わらず頑なに俺を拒絶し続けた。

そして手術の日。俺は会社を休んで病院に居た。

俺が病院に着いた時にはもう彼女は手術室の中だった。


手術は無事成功。けれど、安心は出来なかった。


抗生物質を飲み、経過を慎重に見なくてはならないと医者が言った。


俺は手術後も毎日病院に通った。

彼女は、ゆっくりではあるけれど、回復していった。


そして彼女は、相変わらず俺の顔も見ようとしなかった。


ようやく退院出来る日が来た。

定期的に検査の為、通院しなくてはならないし、薬は飲まなくてはならないけれど、日常生活を送れるまでに彼女は回復した。


俺は当然、彼女に会いに行った。お祝いの花束と贈り物を持って。


「退院、おめでとう」


そう言って、花束を手渡した。彼女は無言で受け取ってくれた。

俺はポケットから小さい箱を取り出して中身を見せた。


俗に言う給料の3ヶ月分ってヤツ。


「これももらって欲しいんだけど。俺、本気だから」


そう言ったら、彼女は凄く驚いた顔をしてから、俯いた。


「馬鹿じゃないの」

彼女の肩が震えていた。


「うん、俺馬鹿だよ。お前がどんな思いしてたかなんて全然知らなかった。本当にごめん」


「私、これから先だってどうなるかわからないんだよ?」


「知ってる。色々これでも勉強したから。で、どうかな?俺の嫁さんになってくれる?」


彼女は顔を上げて、涙いっぱいの目で俺を見た。


「ありがとう」


俺は彼女を抱きしめて、一緒に泣いた。


ウチの親には反対されたけど、俺は彼女と結婚した。


それから2年。


あまり体は強くないけれど、気は人一倍強い嫁さんの尻に敷かれてる俺がいる。


子供もいつか授かればいいな、という感じで無理せず暢気に構えてる。


——後日談——-


嫁さんのお腹に新しい命が宿ってるってわかった。

「子供は授かりものだから、無理しないでのんびり構えとこう」

とか言ってたけど、正直諦め気味だった。


まだ豆粒みたいなもんなんだろうけど、俺と嫁さんの子供が嫁さんのお腹の中にいる。


そう思っただけで、何か訳の分からない熱いものが胸の奥からこみ上げてきて、泣いた。

嫁さんも泣いてた。

実家に電話したら、結婚の時あんだけ反対してたウチの親まで泣き出した。

「良かったなぁ、良かったなぁ。神様はちゃんとおるんやなぁ」

って。


嫁さんの親御さんは

「ありがとう、ありがとう」

って泣いてた。皆で泣きまくり。


嫁さんは身体があんまり丈夫じゃないから、産まれるまで色々大変だろうけど、 俺は死ぬ気で嫁さんと子供を守り抜く。

誰よりも強いお父さんになってやる。


でも、今だけはカッコ悪く泣かせて欲しい。

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彼女への最後の言葉

ゆいへ


なあ?俺もうダメみてぇだ。


なんでだ?お前に出会うまでは

死にたいぐらい毎日が退屈だった。


でも今は俺すげえ生きたい。

なんで病気に勝てねえんだろ?


俺いつからこんな弱なった?


毎日死に近づいてるって感じる。

もっと生きてえよ。


寂しがり屋なお前の事おいて死ねねえしな?

ずっと傍にいてやらねえとお前はだめだろ?


泣き虫なくせに俺が病気で苦しんでるからって

俺の前では笑ってたよな?


お前辛かっただろ?


なのに俺はお前に弱いとこばっか見せてたな

俺が死んだら誰がお前の涙拭く?


俺な…何度も何度も神様にお願いした。

「もっと生きたい」って…。


でも無理みてえだ。


ごめんな…

約束守れなくて…

結婚しよって言ったのにな


俺はもうすぐいなくなるから結婚できねえ


俺はお前の事幸せにできねえし

この先一緒に居る事もできねえから

お前には世界一幸せになってほしいから…

結婚っていう形でお前の人生縛りたくない

お前の事をほんまに大事にしてくれる人と

幸せになってほしい。


俺な、20年間生きてきて愛してるって

心からそう思った女を幸せにできないって

マジで辛いし悔しい


だけどお前が幸せになれない事の方が辛いから…

だからお前は前に進むんだぞ?

俺の死をちゃんと受け止めるんだぞ?


ゆいの事マジで大好きだ


最後に一つお願いがある…

心の奥のどっかでいいから…

俺の事覚えといてください。


雅人っていう男の事をどうか覚えててください。


じゃあまたな!

さよならはいわねえから。


彼は私の事を本当に愛してくれました。

私も彼を本当に愛してました

今も彼を愛してます


今は会えないけど彼は私の心の中で…

永遠と生きつづけます。

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50年の思い出

脳梗塞で入退院を繰り返していた祖父 私たち家族は以前からの本人の希望通り、医師から余命があとわずかである ことを知らされていたが、祖父には告知しないでいた。

「元気になって、またみんなで楽しく暮らそうね」

祖父を見舞った際の合い言葉のようでもあった。

祖父の1周忌が過ぎた頃、父が祖母に1通の手紙を手渡した。 祖母の心の落ち着きを待ってのことだった。

衰弱し、震える手で書かれた文字は書道で師範格であった祖父が書いたとは 思えない程弱々しかったが、文面から感じられる優しさ、慈しみが祖父のそれであった。

「おばあちゃん元気  ともに過ごした時間は永いようで短い50年でしたね  また機会があればいっしょに暮らしたいものです」

祖父が書いた最初で最後のラブレターである。

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たった3行の手紙ですが、相手を大切に思う気持ちが伝わってくるようです。

50年が短いと思える仲でいられるって、すごいことだと思います。

理想の夫婦ですね。

東日本大震災で引き裂かれた絆

俺の彼女は可愛くて、スタイルよくて、性格よくてまさに完璧だった。


高校に入る前に一目惚れした。


彼女も一目惚れしたらしく、告白してくれて喜んで付き合った。


俺は彼女に夢中になった。


彼女とは別の高校だったが、彼女が可愛くて可愛くてたまらなかった。


ほぼ毎日遊んだ。

しかも俺に「はじめて自分から好きになった」って言ってくれた。


俺らはケンカもなくほぼ毎日遊んだ。

高校生ということも忘れるくらい。


地震の前の日には

二日後に遊ぶ約束をしてバイバイした。


次の日学校にいる時に「東日本大震災」がきた。

俺は彼女に連絡した。


通じない。


俺の家の前まで津波がきていて、彼女の家が海の目の前という事もあり心配になった。


夜真っ暗闇の中彼女の家の近くまで来たが、冠水していて先に進めなかった。


次の日からその場所は

警察官が通行止めをして通れなくなっていた。


徐々に心配が不安になっていった。


地震から1週間後。

彼女と再開出来たのは遺体安置所でだった。


俺は正直彼女の遺体を見たくなかった。


周りには損傷が激しい遺体がある中、 俺の彼女の遺体はすごくキレイだった。


どうやら母親と父親と

車で避難途中に津波にのまれたらしい。


俺は号泣した。


俺は身内でもなく、彼女の遺体を見に来たので、付き添いの警官もいるし、本当は抱き締めてあげたかったけど、頭を撫でるのみしかできなかった。


彼女の遺体と父親、母親の遺体は親戚に引き取られて

無事火葬されました。


震災から2年経った今も

俺は親戚の家の彼女の遺影に毎日会いにいってます。


震災の前の日に撮ったプリクラを見ると、この日に戻ってほしい気持ちと

彼女に会いたい気持ちでいっぱいになります。


それからと言うもの毎週土曜日は

彼女が会いに来てくれてるような気がして、、、、


涙が出ます。


いまだに彼女なしですが、不思議と寂しさはない。


「ただ彼女ともう一回会いたいです。」


好きって言って抱きしめたいです。

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3年目の記念日に

2年間同棲していた彼が

他界した。


大喧嘩をした日、交通事故に遭った。


本当に突然の出来事だった。


その日は付き合って

3年目の記念すべき夜だった。


しかし、仕事が長引いてしまって

約束の時間に帰宅する事ができず、せっかく彼が用意してくれた手製の料理が冷め、台無しになってしまった。


いつも通り軽く詫びを入れて

事を済まそうとしたが、その日の彼はいつもとは違い、私に対してきつくあたった。


丁度その時私は気分も優れず、仕事のストレスもあってか、そんな彼と話していくうちに強烈な憤りを覚え、つい言ってしまった。


「もういい!こんな些細な事でそこまで怒る事ないでしょ!あなたは自分の都合でしか物事を考えられないの!?」


…彼は黙った。


少しの間の後で、私も少し言い過ぎたと思い、黙って席を立ち、界隈を散歩して頭を冷やそうと思い、一旦家を出た。


いつも通う小さな喫茶店で、30分少々の時間を潰した。


あの人もただ単に怒りに任せて

私に怒鳴り散らした訳じゃない。


それだけ今日のこの日の事を

大切に思っていたからこそではないかと考えた。


そんな彼の気持ちを思うと

明らかに私の振る舞いは最低だった。


身勝手な自身を忘れ、改めて彼に謝ろうと思い、家に向かって歩いた。


しかし、彼は家には居なかった。

料理も、携帯電話も、机に置いたままだった。


マメなあの人が携帯電話を忘れるのは珍しく、近くにいるのかと思い、私は家を出て近辺を歩き回った。


しかし見つからない。

公園や近くの空き地も見たが、彼の姿は無かった。


彼の実家や、携帯を調べ、彼の友人宅等にも電話を入れたが、来ていないと言う。


家に帰り、2時間が経過した。


私はその時考えていた。

帰ってきたら頬をつねってやろうと。


幾らなんでも心配させすぎだ、悪戯が過ぎる、と。


明日は休日だから

こんな事をするんだろう、と…


それが彼との最後の夜だった。


事故現場は家周辺の一方通行の十字路だった。


横から飛び出してきた車と衝突、即死だったそうだ。


時刻は10:20、丁度私が家を出て10分経過した時間だった。


その際彼が持っていた遺品は、缶コーヒー1本、女性用のガウンジャケット、現金で120円だということを聞かされた。


私のガウンジャケット、まだ未開封の缶コーヒー、私の為のジュース代。


細やかな気配りの中に、彼の深い愛情と優しさが感じられた。


一緒に帰りたかった。


その言葉を心の中でつぶやいた。


同時に私の目から涙がとめどなく溢れた。


改めて、彼という存在の大きさに気付いた。

ただ、情けなくて、悔しかった。

出典:

	
泣ける話が多いですね。

このページに書かれていることを読んでいたら、私はロード第二章を思い出しました。

YouTubeに動画がありましたので、貼っておきます。

けっこう古い曲ですが、とても良い歌詞です。

恋人を亡くされたことがある方が聞いたら、涙が止まらなくなってしまうかもしれません。

その点ご注意ください。

	
続きページ。

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著者プロフィール
Sharetube