【洒落怖】捨てられた女(名作・長編)

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『捨てられた女』

917 :ノブオ ◆x.v8new4BM :04/01/16 19:02

一昨年の9月、俺とシゲジとキイチは町に飲みに行きました。

最初は焼き肉屋。

その後スナックでカラオケやって、最後のラーメン屋を出たのが、

たぶん1時半過ぎでした。

俺はアルコール飲まないんで、車の運転です。

キイチはもうベロベロで、後部座席に収まるとすぐに寝てしまいました。


国道から県道へ入ってすぐの交差点でした。

助手席のシゲジが「おい…おいって」と、俺の腕を叩くのです。

「さっきの交差点に女がおったやろ」

県道のこのあたりは、周囲は山ばかりで何もないし、

深夜になると交通量も少ない。

だから、そんなはずはないって思ったのですが、

シゲジは「ちょっと戻ろうぜ」と執拗に誘うのです。

「若い娘でけっこう可愛かった」とか言って。


「お前、酔っぱらってるのに顔とかなんてわかるんか?」

そう言いながらも車を方向転換させて、さっきの交差点に向かいました。

すると居たんです。シゲジの言うとおり、交差点のところに若い女が。


918 :ノブオ ◆x.v8new4BM :04/01/16 19:02


女は、道端のちょっと草むらっぽいところにしゃがんで、

こっちに背中を向けていました。

ワケありかよー、とか考えながら、車を停めました。

ライトは点けっぱなしで。

「おーい、何やってんや?こんなトコで」

女はくるっと振り向きました。

色が白くて、美人タイプの女なのがわかりました。

けど、その時の表情がちょっと忘れられないんです。

口がワっと全開になっていて、目も血走った感じのまん丸で、

ビックリした顔のまま固まったみたいな表情でした。

そんな顔でこっちをじっと見ています。

ちょっと毒気を抜かれた感じで立ち竦んでいると、

後ろからシゲジが話しかけてきました。

「あいつ、ゲロしてたんちゃうか?」

そう言われて見ると、口の端がよだれか何かで

濡れているのがわかりました。

町で酔っぱらって、ここまで歩いてきて吐いたのかもしれません。


919 :ノブオ ◆x.v8new4BM :04/01/16 19:03


事情はともかく、このまま見過ごすのも悪いような気がして、

こう言いました。

「家まで乗せてったるわ」

「*@?。&*#$%!」

女は口を開いたまま、訳のわからないことを言いました。

女が座っていたあたりの草むらで、

ガサガサと何かが動く気配があるような気がします。

これはヤバイかも、そう思いました。

すると、女は口を閉じて今度は普通に喋りました。

「…乗せてって」

ちょっとおかしいとは思いましたが、

こんなところで置いていくのも気が引けます。

見た目は可愛い女だったので、シゲジは

「よっしゃ、それでオッケーなんや」

とか、意味のわからないことを言って、一人で盛り上がっています。


後部座席のドアを開くと、寝ているキイチの隣に女を座らせました。

「夜中やし、シートベルトはええやろ」

女を乗せると、俺は車をスタートさせました。

「…あんなトコで何してたんや?」「誰かに捨てられたんかぁ?」

シゲジが、しきりに後部座席に向かって話しかけています。

俺は、バックミラーで女をチラチラと見ていました。

ちょっと短めの髪で整った顔立ちですが、

ちょっと顔色が白すぎるように感じました。

車の揺れに合わせて、白い顔がゆらゆらと揺れています。


920 :ノブオ ◆x.v8new4BM :04/01/16 19:04


「私が捨てられたんとちゃうねん」

突然、女が口を開きました。

「私は捨てられた男を捜しにきたんや」

ちょっと言っていることが良くわかりません。

「…なんや、男って彼氏か?」

いつの間に目覚めたのか、キイチが話に加わりました。

「ちょっとガッカリしたわ。せやけど意味ワカランな、その話」

どうやら大分前から意識はあったようです。


「ドコに行ったらええねん?」

俺は女に聞きました。車は県道を自分らの村に向かって走っています。

「真っ直ぐ行って、もうちょっとしたら左」

女は運転席と助手席の間に身を乗り出して指示しました。

その時、バックミラー越しに女と目が合いました。

どこを見ているのかわからないような、何か疲れ切ったような目。

女はそのまま、ストンと後部座席の真ん中に座り直しました。


「そこ、そこ曲がって」

そんな感じで、何回か曲がり角を曲がりました。

俺はだんだんおかしいなと思い始めました。

この先は山の奥で人里など無いのです。

シゲジもいつの間にか無口になっていました。

寝てるのかと思って見ると、目を開けたまま俯いています。


だんだん道が狭くなって、とうとう舗装もなくなりました。

「ほんまにこの道でエエんか?」

「…ええねん。もっと先や…」

男に挟まれて後部座席の中央に座っているので、

悪路で揺れるたびに声が震えています。


921 :ノブオ ◆x.v8new4BM :04/01/16 19:05


「もうすぐやなぁ…」

女が独り言のようにそう言いました。

もうずいぶん奥まで来ています。もちろんこの先に人家などありません。

もうすぐどこに着くのか、俺はだんだん怖くなってきました。

女の顔を見ようかとミラーを見ましたが、暗くて表情が見えません。

助手席でシゲジが何かブツブツ言っています。


「ここで停めて」

林道の車廻しのところに車を停めました。

女は車から降りると、細い人が一人やっと通れるような

山道の入口に向かいました。

あたりは月明かりで少し明るいのですが、木立の中は真っ暗です。

女の格好は、ワンピースにパンプスだったかハイヒールだったか、

とにかく山歩きをする格好ではありませんでした。

「おい!どこ行くんや!そっちには何もないぞ!」

俺が叫ぶと、女は振り向きました。うっすら笑っています。

「早くおいでやぁ、もうちょっとやから」

女の後を追いかけようとして、誰かに肩を掴まれました。

一瞬心臓が止まるかと思いましたが、シゲジでした。

「お前…行くんか?」

弱々しい声でそんなことを聞きます。

「しゃあないやんけ。このまま放り出していくワケにいかんやろ」

「…ほなら俺も行くわ」

最初の頃のハイテンションが嘘のような様子でした。


922 :ノブオ ◆x.v8new4BM :04/01/16 19:06


俺が先頭で女の後を追いました。女はどんどん山道を先に進んでいきます。

途中で気が付きました。この道は夏に通った覚えがあります。

若い男が山に迷い込んで、消防団で捜索した時でした。

確かこの先には大きな池があったはずです…

女は池に何の用事があるのか?

後を追いながらそのことばかり考えていました。

後ろからは二人の影が追いかけてきます。


やがて池に出ました。9月だというのに少し肌寒い。

女は池のほとりで立ち止まりました。

「…来たで」

月明かりは木立に遮られて、水面は真っ黒で何も見えません。

あたりは全くの無音でした。俺たちの息の音しか聞こえてきません。

「アホー!!何してるんや!ボケェ!!」

女が池に向かって突然がなり始めました。

「いね!いんでまえ!あほんだらぁ!クソッタレ!!死ね!」

もの凄い勢いの悪口を全身を震わせて叫び続けています。


呆気にとられて見ていると、今度はこっちを向きました。

「お前らも帰れ!はよ帰れ!ボケー!!」

最初に見た時のように大きな口を開けて、

血走った目でこっちを睨み付けています。

「はよいね!殺すぞ!ごろ…ごぼゴボ!」

口から何かを吐き出しながら、こっちへ手を伸ばしてきます。

俺は限界をでした。振り向くと、

さっき来た山道をダッシュで引き返しました。

後ろからは女の叫び声が、前にはシゲジの走る姿が見えます。


923 :ノブオ ◆x.v8new4BM :04/01/16 19:08


車のところまで来ると、ドアを開け車内に乗り込みました。

後ろを確認すると、キイチがぐっすりと眠り込んでいます。

エンジンをかけて、そのまま待ちました。

「なにしてんねん!はよ出せや!」

シゲジが追いつめられたような顔で言いました。

「何を待ってるんや、まさか…」

その言葉で我に返りました。

一気に車をスタートさせて林道を下りました。


一番近いキイチの家まで帰り着くと、体の力が一気に抜けました。

寒くなかったのに、体がガタガタと震えてきました。

もちろん、女が怖かったというのもありましたが、

それよりも、シゲジの最後の言葉が恐ろしかったのです。

俺たちは、3人で町へ飲みに行った帰りに女を拾いました。

3人足す1人で4人。

ところが、女を拾った後、車には5人乗っていたのです。

運転席に俺、助手席にシゲジ、俺の後ろにキイチ、後部座席の真ん中に女。

もう一人、助手席側の後部座席に男が一人座っていました。

俺もシゲジもそれを憶えています。

でも、男の顔も姿も全く記憶にないのです。

なのに、シゲジの言葉を聞くまで、不思議とは思っていませんでした。


そのことを考えると、今でも背筋が寒くなります。

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Sharetube