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【廃墟】地元の名店街

サムネイル出典:

【廃墟】地元の名店街

Posted date:
Update date:2018年03月30日
【廃墟】地元の名店街

はじめに

某県某所の駅から徒歩10分ぐらいの所にここはあった。


これから話すのは、取り壊される以前にあった名店街の話である。

名店街

最寄りの駅をまっすぐ直進し、左に曲がって旧市役所通りをずっと歩いていくと

地元にちょっとワケありな昭和レトロ商店街がある。


あの矢印の場所がそれだ。
○○名店街という名前だ。

看板には「楽しい買物の散歩道」というサブタイトルが書いてある。

名店街の入り口には、様々なテナントの小さな看板が掲げられていた。
しかし、自分の子供時代は既に3店舗程しか営業はしていなかったと思う。

今思えば良くこんな薄暗い場所で営業出来ていたのか不思議である。



さて、信号が変わるのを待って目的地へ向かう。

正面入り口

さっそく名店街内部へ行こうかと思ったが、その前に、2枚の看板についてスルーするワケにはいかない。

以前は無かった気がするが…。

2つの看板

右側の看板は建物の管理会社が建てたもののようだ。



『この際通行禁止』という文言がなんとも言えない・・・


東日本大震災の発生以前は何もなかったが、発生してからこのような看板が設置された。

管理会社としては責任を負いたくない考えが看板全体に滲み出ている。
そしてこれが左側に建っている名店街加盟店の反論看板だ。

柱がしっかりしていると書いてはあるが、現在の建築基準法では明らかに耐震性に問題がある。

誰がどう見ても鉄骨は錆びが目立ち、塗装も剥げている…。


調べて見ると、昭和42年にはもう建っていたようだ。

老朽化の建物に危険はありませんと苦し紛れに反論をしているのを見ると、他に移転する予定は考えていないようだ。

どうしてこうなってしまったのかは不明だが、建物の管理会社と加盟店が争っているようだった。


では、内部へ入ろう。

長い通路

さて、名店街の1階部分へ着いた。


管理会社によれば「この際通行禁止」なのだが、先ほどから地元住民が歩行や自転車で普通に通行している。


なぜなら、ここは昔からの抜け道で、名店街を抜けると旧市役所の裏道にある図書館に出ることが出来る。


比較的、便利な通路なのである。


ところで、この日は日曜日だったせいもあるようだが、開店している店舗が少ないようだ。


次に自分が子供時代に行ったことがある店を紹介しよう。

プレイハウス バンビ

このプレイハウス バンビは名店街の入り口に面している一番手前にあったので、比較的通行人の目に留まる場所にあった。


学校が終わると子供たちが集まっていたゲームセンターであり、店主はおもちゃ屋も営んでいた。


既に数年前からシャッターは閉まり、営業はしていない。

開店は1971年~2009年まで。
閉店の理由は後で記述する。

賑わっていた頃の写真

			
おもちゃ屋の部分は、主に小学生~中学生の悪ガキたちで賑わっていた。 
レトロ感漂うピンボールだ。 

一回10円ぐらいだったはず。


店の前の通路にあったので、通行人にとっては少し邪魔だったかも知れない…。
扉の奥側はオモチャ屋で、定期的に遊戯王(カードゲーム)の大会をやっているため小~中学生がほとんどだった。

が、万引き等が絶えないのでおもちゃ屋から離れられず、ゲーセン側は基本的に放置状態である。

 
「自分(店の親父)よりもこの子ら(常連客)の方が詳しい。」と 

基盤の入荷に関しては常連に任せていたが・・・・


今思うとこんな自由なゲーセンはあまりない。


格ゲーは全て一回50円。
音ゲーは一回100円。
両替機も50円玉が多く出てくる特殊なものだった。

閉店へ…

2009年1月、店主の親父さんが突然倒れ入院。集中治療室へ。 

親父さんが入院中のその間は
奥さんが店を切り盛りしていた。


しかし命に別状はないものの、体力的に経営続行が困難と判断され突然の閉店。 


さらにその後に容態が急変し、心筋梗塞により亡くなった。 


これにより、約40年間続いたバンビの営業の幕は降ろされた。


余談だが、常連客が持ち込んだゲームの基盤が閉店作業中の手違いで処分されてしまうことになったのだった……。

小料理屋とスナック

小料理屋さん、かな。

ここは開店していた。


販売店舗だったら何か購入してみようかと思ってもいたが、飲食店だと予定外なのでスルーした。

もう一店舗のスナックも営業していたが、噂によるとここのママは地元企業の社長の愛人らしい。

名店街の出口

薄暗い通路を真っ直ぐ進んで反対側に出た。


この向こう側は普通の生活道路になっており、名店街は地元民には本当に「通路」の一部になっている。

レンガ色の壁が図書館である。
5歩くらい進み、後ろを振り返った。

左にあるのはどう見ても名店街の共同トイレのようだが、シャッターが降りたままだ。


もしかして、この名店街で飲食しても使用できるトイレが無い?? 


それはキツイな・・・
男なら隣の駐車場ですればいいが……。
ママたちは……?

二階へ…

実はこの名店街は2階もある。

復路は2階を通ってみよう。
2階も多くの店舗はシャッターが降りたままであるようだが、これから営業するように見える店舗もあった。

フィリピンパブ

二階の道路側正面の入り口に戻ってきた。

二階も半数以上はシャッターが降ろされ、時の歳月を静かに伝えていた。

もう三軒ほどしか営業していないのではないだろうか。


ひっそりと続けているスナックと、入り口近くにはフィリピンパブがある。

創業の地

又、他にも情報を調べると実は日高屋(大手ラーメンチェーン)の創業はここの二階だった。

【来来軒】という名前で暖簾を出していたそうだ。

だが、こんな人が通らない場所で開店していてもお客が来るわけもなく…

某県内で有名な繁華街に移転してやっと繁盛したそうだ。

安くて旨いので自分も日高屋は好きである。
学生時代に良く友人たちと食べに行ったものだ。

二階出口

ここを降りれば正面脇に出る。


係争の結果がどうなるのかわからないが、ずっとこのままという訳にもいかないと思う。


いずれ建て替えか全面リニューアルになるのだろう。

取り壊し

2015年夏、とうとう取り壊しが始まった。

管理会社とテナントの長かった係争は終わったのか…。
二階側からの取り壊し風景。 
   
前述したフィリピンパブからの前から撮影した。
一階の半分と二階の半分の建物は取り壊されていた。

この場所もすぐに壊されるだろう。
図書館側から撮影。

取り壊された産廃は錆びだらけである。
これでは次に大きな地震が来たら危なかっただろう。

取り壊して正解である…。
 

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廃墟の精神病院へどうぞ…。
初めて来られた方は①からどうぞ…。

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本当に面倒なやつの話です。

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著者プロフィール
Bacteroides_clip

様々な分野に興味を持ってしまう性格。 読者に分かりやすく自分が知っていることを伝えたい。 興味を惹かれる記事を書くのを目標としている。